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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-5

 メラが所長室に戻って二時間後、戸を叩いたのはオルソであった。そそくさと所長室に入ってきたかと思うと、大きな図体に似合わず青い顔で「やばいです」と呟いた。

「中央から人が来ました」

 晴天の霹靂である。ギルド職員が『中央』と言ったらそれは王都にある『中央ギルド』を指す。ソルミラは雪の影響を加味して監査が入るならこの時期だが、去年来たばかりだ。通例どおりならあと三年は対象から外れる。

「誰だ? 何しに? なんて言ってる?」

 必死で思考を回すも思い当たる節が一つもない。つい早口で問うメラに、やはりオルソも早口で答えた。

「交易労務部の統括官って言ってました。理由は分かりません。雪が降る前に一度見に来た、と」

 聞いてもやはり心当たりはない。ソルミラのような辺鄙な田舎ギルドと関係のある部署ではないし、メラが中央にいたころにもさほど関わりはなかった。今誰がその役職を務めているのかすら把握していない。よって来た理由はさっぱり分からない。分かっているのは、長々と待たせる選択が悪手であることだけだ。

 メラは慌てて自前の、防寒と動きやすさ優先の上着を脱いだ。壁に備え付けられた小さなクローゼットからギルド支給の襟付きジャケットを取り出して羽織る。早足で部屋の外、そしてホールへと進むと、カウンター越しにスコイアが三名と対峙してた。そのうちの一人、他より二歩ほど前に出て彼女と話している人物を認識すると同時にメラは思わず足を止めた。

 百八十センチ近い長身に、ストレートで長い金髪は首の横で一纏めにして前面に垂らしている。手足が長いおかげで遠目から見るとすらっとした印象を受けるが、近づいてみると意外としっかりした体つきをしている。服装こそ旅仕様のため見慣れないが、その姿は五年以上前から印象が変わっていない。

 立ち尽くすメラの存在に向こうも気がついたらしい。こちらを向いた端正な顔はすぐに柔らかく微笑んだ。

「久しぶりだね、メラ」

 ヴェルド・インサラータ。ヤツに話し掛けられた瞬間、メラの胸中に憎悪と憤りが同時に湧き上がる。どの面提げて来たんだよ、と口に出さなかっただけ褒められるべきだ。

「すごいところだね。あの山を越えるのは骨が折れるよ」

 楽しくおしゃべりする気など一切ないので、メラは彼が振った雑談を無視して残りの二人を見る。どちらも知らない顔だ。おそらく、護衛と道案内を兼任させるために雇った冒険者だろう。そのわりに片方は異様に背が低く体格も小さな女性だ。むしろ少女と呼ぶべきだろう。

 何にせよ、オルソから聞いていた交易労務部の統括官はこいつで間違いないはずだ。いつの間にそんな出世したのか。考えるだけで腹が立つ。のでメラは思考を止めた。極力『ソルミラ支部の所長』としての振る舞いに注力することにした。

「お久しぶりです統括官殿。遠路はるばる、こんなところまでご足労ありがとうございます。して本日はどのようなご用件で? ここは上層部のお眼鏡にかなうような成果も情報も何もない、辺鄙な田舎でございますが」

「どこの営業所も数年に一回、監査がてら見回りが入るだろう?」

「そうですね。去年来てましたよ。ですからあと数年はこないものだと思っていましたが」

「ここ、外部冒険者に出す出張費が異様に嵩んでいただろう? それが急にゼロになって、これまた急に常駐冒険者が現れたってことで視察対象に急遽加わったんだ。日程は組んだ後だったから、特別に別部署の僕が来ることになったんだよ」

「そうでしたか」

 適当ほざきやがって、とメラは舌打ちをしそうになった。絶対に嘘だ。どうせ己の様子を見たくて立候補したに違いない。

「冒険者一人が依頼を独占するのはトラブルの元だからね。ギルドを介さない個人受注に繋がったり、冒険者と住人、そしてギルドとの力関係の均衡が崩れたりする。まあメラのことだからきちんとやっていると僕は思っているけどね? ちゃんと外部冒険者も頼りなよ?」

「そうですね。中央が予算を増やしてくれればいくらでも頼りますよ。……そろそろ雪が降りますので、今の三倍くらいいただけると気軽に呼べるようになりますね。少なくともこの村にとっては常駐冒険者の存在は非常にありがたいですよ」

「あっそう。それで、その冒険者に会いたいんだけど」

 メラとしては全力で嫌味を言ったつもりなのだが一切気にしないらしい。「どこにいるの?」と平然と続けてくる。

「野暮用で席を外しております。ここに住んでいる以上、冬支度は必須ですから」

「そう。じゃあ先に村の視察に行こうかな」

 メラの脳裏はとっさに、こいつが冒険者を連れて我が物顔でソルミラを闊歩する姿を思い浮かべてしまう。非常に不愉快な光景である。

「ご一緒しますよ。案内します」

「いいよ別に。そう広くもなさそうだし」

「田舎ですから。見慣れない顔は警戒されます。不審者がいるなんて通報は受けたくありませんので」

 と同行する方向へ無理矢理固めつつ、それから統括官殿、とその後ろへ視線を向ける。

「後ろの二人は?」

「護衛の冒険者だよ。決まっているだろ?」

「……そうですか」

 もう一度よく二人を見る。百四十センチ程度しかない女性の小ささに先ほどは気をとられたが、もう一人の男性も随分と細身で頼りない。二人とも腰に剣をぶら下げているが、柄も鞘も、留め具の革も全て使い込まれているような経年劣化は認められない。なんなら護衛されているヴェルド本人が一番強いのではないだろうか。こいつら本当に冒険者か? と疑わざるを得ないが、ここで食い下がるのは得策ではないだろう。

「それじゃあ行こうか」と踵を返して外へ出て行こうとするヴェルドの後ろを冒険者二人も着いていく。メラはそのさらに後ろへと着いていった。

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