002 戦闘開始
「嬢ちゃん。ここはガキの来るところじゃねぇぜ?」
「みんなガキみてぇなもんだろ。負け犬同士傷を舐め合うのを〝大人〟とは言わねぇよ」
「……好きにしろ。酒は出さねぇけどな」
マスターは素っ気なく皿を洗いはじめた。ラークはカウンター奥、そして周囲に視線を走らせる。
「……雑魚しかいねぇな」
ぼそりとつぶやくと、すぐさま隣の席から声が飛ぶ。
「雑魚しかいねぇ? 心外だな」
いつの間にか、背後の席から地獄耳の男が横へ滑り込んできていた。
「事実だろ。雇い主がいないからって、昼から工業アルコールは飲まねぇよ、普通」
「辛辣なガキだな……可愛げってもんがねぇ」
「かわいげなんて、必要ないだろ」
男は舌打ちすると、近くの瓶を乱暴に掴み、ラークの頭へ振り下ろした──が。
パリンッ。
瓶は、ラークの小さな腕に触れた瞬間粉々に砕け散った。
「……魔術の腕も高けぇのかよ」
男の目がまん丸になる。
「ああ、そうかもな」
ラークは退屈そうに視線を逸らす。 本当は狙ってやったわけではない。反射的に〝虫でも払うように〟腕を動かした結果だ。それでも瓶が砕けたということは──。
「悪魔の片鱗、ってやつを知らねぇのか?」
「なにそれ。悪魔の……なんだって?」
「小学校で習うレベルなんだがな」
「学校、中退してんだよ。金なくてよ」
男は思わず吹き出した。
「……なるほどな。ならちょっと教えてやるよ」
彼は自分の胸を叩いて、名乗りもせずに語り出す。
「片鱗ってのは簡単に言えば、〝魔力の扱い方の基礎〟だ。魔力を身体のどっかに集中させることで、威力が跳ね上がる」
「魔力を腕へ流す……そんな器用なことできるかよ」
「オマエ、さっきやってたじゃねぇか。自覚ねぇだけで」
「……マジ?」
「マジだ。オマエさん、本来ならとっくに大成しててもおかしくねぇ才能持ってるぜ?」
男の声が少し低くなる。なにかを見つけた人間の声だった。
「なぁ──俺を引き上げてくれねぇか?」
「は?」
「今の瓶割り。それだけで十分だ。オマエについていけば、俺は絶対に成功できる」
10歳の幼女に懇願するその姿は、確かに落ちぶれているように見える。しかし、それ以上に〝見る目がある〟とも言えた。
「……好きにしろよ」
ラークは興味なさそうに素っ気なく返す。だが男はさらに続ける。
「この国で成功したいなら、暴力が一番手っ取り早ぇ。魔術と技術の国──ロスト・エンジェルスの本質は、紛れもなく暴力だ」
「まぁ、否定はできねぇな」
男が手を差し出す。
「連絡先、交換しようぜ。名前はジョニーだ」
「私はラーク」
スマートフォンを操作しづらい小さすぎる指で、ラークはなんとかジョニーと連絡先を交換する。
「じゃあ、歓迎ついでに紹介してやるよ。美人相手に闘える機会を」
「美人?」
「ただし、仕事は荒い。裏社会じゃ有名な女だ」
ジョニーの目が光った。ラークは思わず眉をひそめる。
「……まさか、空間移動術式で?」
「正解だ。手、握れ」
ジョニーが手を差し出す。ラークが握った瞬間──視界がぐにゃりと歪んだ。
「どこだ、ここ?」
「ソイツの縄張りだ。警戒しろよ?」
裏路地はゴミまみれで、魔力のざわつく気配が無数に漂っていた。
「てめぇ!! ここが誰のシマだと思ってんだ!!」
「ミクさんに逆らうやつは、私たちがぶっ潰す!!」
怒声とともに、30ほどの魔力反応が殺到する。
「ジョニー。こいつら全員賞金首か?」
「その通りだ」
「よし、話が早ぇ」
ラークの口端が、不敵に吊り上がった。
──戦闘が始まる。




