010 ラークの遺伝子
平行線である。ラークの文句は正論だが、ラキナもある意味正論を述べているのだ。だから交わることはない。
そして、この場合折れなければならないのはラークのほうだ。現状男性に戻る手段がないのだから。
「ははッ……。怪我の功名はそもそも、瀕死並みの怪我くらわないと発動しないってか」
「でもさ、その分おいしいところもあるでしょ」
「……、悪魔の片鱗か」目を細める。
「見た目が変わろうと、性別が変わろうとヒトの考え方は変わらない。でも、変わらないんだったらやることも手っ取り早いでしょ? 邪魔なものは壊して、欲求は他人を奴隷にすればどうとでもなる。問題はその腹積もりが立ってるかどうかだよ」
人間の本質は欲望だ。ラキナの語ることはもっともだと感じた。考え方が似通っているから兄妹だと断言している節もあるだろう。
ラークは空を眺める。そして冷静に自分を見据える。
「おれの欲望か。そりゃきっと、かわいい女や男に囲まれて、ハーレムパーティ24時間365日だな」
「男も入ってるんだ」
「むさ苦しい野郎はいらないけど、美形だったら許せる気がしてきた。もともとの気質か、こうなったからかは知らんが」
ややこしい話だ。この見た目ならば性愛を向けるのは男性だが、中身は列記とした男性だから本来は女性であるべきであり、しかしその哲学が崩れ始めているのも事実だった。ラークは限りなく中性に近づいているのだ。
「ま、楽しければそれで良いんじゃない? ラキナは正妻としてラークを待ち続けるだけだよ」
「妹が正妻になる世界なんて、聞いたことないね」
「ラキナは家族がほしいだけだよ。そのためだったらなんだってする。ラークの手足を切り落としてでも、最後にはその位置にいるようにしてみせる」
異質に服を着せればこうなるのだろうか。
しかし考えてみると、ラークは明確にラキナを否定していない。変なヤツがいる、という捉え方だ。
そして危害を加えられたわけでもないので、特段対処する理由もなかったりする。
されど、こうやって会話していると、この少女は危険因子以外の何者でもない。現状は無害だが、いつしか猛毒に化ける可能性だってある。
「……ラキナ、仲良くやろうぜ。互いにな」
「そりゃもちろん。ラークが受け入れてくれるなら、ラキナなんでもするよ?」
だから、ラークは爆弾を抱えつつ、うまく起爆装置を無効化する方法を考えるほかない。現状ラキナは無害だから、この間に方程式を組み立てるしかないのだ。
「なにはともあれ、家へ帰ろう」
*
さほど広くない家。あしたまでに家賃を払えなければ追い出されるため、出ていくことがすでに決まっているような自宅。回りっぱなしの換気扇。殺風景な家電。
「相変わらずなんにーもない」
「もうストーカーするなよ? オマエ多分、思い込んだら一直線なんだから」
「ストーカーじゃないもん」
「ならなんなんだよ」
「熱心なファンってところ?」
どちらにしても犯罪である。子どものような屁理屈……いや、ラキナは子どもだ。ただアルビノな子どもでしかない。
「しかし、アルビノってところに嫌味を感じるな」
「なんで?」
「おれもそうだったから」
ラークはこうなる前、白い肌に白い髪、赤い目をもったアルビノであった。見た目で舐められないようにと筋肉をつけて刺青も入れた。なお、刺青は現在も残っている。
「なにかやらしい考えを感じるぜ。たちの悪い、嫌がらせみてーな」
「そりゃラキナは、ラークの遺伝子でできてるんだもん」
「……は?」
「冷蔵庫もからっぽ~」
引っかかるどころの騒ぎではないことを口にした。
ラークに子どもはいない。いないはずだが……。
「ちょっと待て。おれの遺伝子でできているだと?」
「気づかなかったの?」
「気づくもなにもないだろ! ──オマエは、おれのなんなんだ?」
「父であり、母でもある存在?」




