001 クビになったアイツ、幼女になったらしい
ついにクビになった。
少しくらい落ち込むべきなのだろうが──いかんせん、それどころではない。追放された事実すら些細に思えるほど、もっと面倒な出来事が山積みだった。
「いやー、とても良い天気だ」
ラークは菩薩のように穏やかな表情で、妙に達観した声を漏らした。空はやけに澄み渡り、太陽は遠慮という文字を知らないかのように輝いている。
そんな空の下に立っていると、追い出されたことなんて、どうでもよくなってくる。いや、正確には〝どうでもよくするしかない〟のだが。
「あの光玉の中には神様でもいるんでしょうかね~……。いや、いたらぶん殴らせろ!! なんで女のガキにならなきゃなんねぇんだ!!」
叫んだところで変わる現実ではない。 職を失い、飯さえ満足に食えず、今では廃棄弁当が主食となった。調子に乗って〝デザート感覚〟でリンゴをかじったのが、どうやら決定打だったらしい。 その翌日──目覚めたときには、見た目10歳の少女になっていた。
「えひゃあああああ!! もう笑うしかないだろ!! あぎゃひゃはははは!!」
泣いているのか笑っているのか、自分でも区別がつかない。ただ、薬物中毒者めいた笑い声が、自分の心をさらに削っていくことだけは確かだ。
「ぎゃはははは……あ?」
ひとしきり笑ったあと、ようやく身体の異変に気づく。身長が180センチから150もない幼女サイズへ縮んだことによる違和感ではない。この身体になって三日、ちいさな手にも頼りない筋力にも、ある程度は慣れたはずなのに──今日だけは、妙に身体が軽い。
「……生理か? いや、もっとだるいはずだろ。知らねぇけど」
中身は男なのだから、生理の知識などあるわけがない。この世界には〝実際に体験しないと分からない〟現象はいくらでもある。
「しかも、妙に調子が良い。いつもどっかしら痛かったのに、今日は雲でもつかめそうなくらい快調だ。なにがどうなってんだ……」
原因不明の絶好調は、むしろ不安を増幅させた。落ち着くためにタバコに火をつけるも、ひと口吸った瞬間にむせて、そのまま地面へ放り捨てる。
「この見た目じゃ年齢確認されるよな……。なんでこの国、酒とタバコだけ無駄に厳しいんだよ。大陸じゃ年齢確認って概念すらねぇぞ? あぁ、貧乏はヒトを殺すね」
金はない。失業保険は降りない。そもそも雇用保険なる文化がこの島国にしか存在しないという。エウロパ大陸の住民はどうやって生きているのか、本気で疑問だ。
「仕事探さねぇとな……。けど、無能が理由で追い出された人間にできる仕事なんてあるのかよ。バウンティ・ハンター以外、おれはなにもできねぇぞ」
賞金稼ぎだけで生きてきたラークに、他の手段はない。しかし、クビになった無能を雇う者などいるはずもなく、独立するにしても“無能”の烙印を剥がさねばならない。そこまで考えたとき、ラークはようやく重大な事実を思い出した。
「……今のおれ、幼女じゃん」
怪我の功名というべきか。幼女だ。中性的でありふれた名前。元のごつい体型も顔立ちも、跡形もない。
「使えるもんは全部使うしかないわな……。問題は魔術が使えるかどうかだ」
魔術は生命線の九割を担う。魔術が弱いから追放されたはずの自分が、再び魔術にすがるなど滑稽だ。しかし、今さら格好をつけても仕方がない。
「底辺から大化けしてやるよ」
明日の飯を確保することすら困難な状況だ。失うものなど、もう命くらいしか残っていない。
「まずは味方集めだな」
幼女の姿で「おれがラークだ」と名乗っても、旧友が信じるはずがない。だが、一人では死ぬのも時間の問題だ。
「よし。職業安定所へレッツアンドゴー」
*
昼間から酒を浴び、自分の人生の空虚さを誤魔化す──そんな〝モンスター〟たちの巣窟。それが職業安定所、通称ギルトだった。薄暗く、湿った空気が漂うカウンター席へ、ラークは遠慮もなく腰を下ろす。




