表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第七話 RESTART/


 ウルザント王国、フォーブリス地方の最南端。俺の生まれ故郷イカボット村は、神々が住まうと言われる天高き山稜に囲まれた窪みの中にあった。

 山から下りてくる川の流れは早く、されど狭い空の間を渡る雲の歩みは遅い。魔族も魔獣も出ないこの場所は、誰にも荒らされることがない。何かに怯える心配もなく大自然を全身で感じることのできる高級保養地みたいな場所だ。

 ちなみに、田舎すぎて領主がいないため、どこにも税金を納めなくていい。水神様の嫌がらせも起きないので、実は王国民として認知されているかどうかも謎だったりする。


 そんな最高の環境で、俺は無心でくわを握る。毎日毎日、畑を耕しては服を泥で汚す。日に一ミリも伸びない農作物の背丈を気にしながら、汗を乾かす風を感じるだけの日々を送っていた――



「昔は何もない時間に窮屈さを覚えたもんだが、年取ると感じ方も変わるんだな」


 冒険者ギルドを退職し、王都から帰郷して一年が経った。

 十年ぶりに顔を見せたにもかかわらず、家族は俺を確認すると温かく迎えてくれた。今は村のすみっこに余っていた小屋と土地をもらって、のんびり畑を拡張しているところだ。





「今日も風が気持ちいいぜ」

「パパ―! またジョンおじが仕事サボってたそがれてるー!」


 木陰で一休みしていたら、村のチクリ屋こと姪のマリーが叫んだ。


「こらぁー! ジョンおじムシするなぁー!」

「……ああ、俺のことか」


 ジョンおじ、本名ジョン・クルス。俺だ。

 しかし、タクミと呼ばれていた期間が長すぎて、十年ぶりに呼ばれるこっちの名前にはまだ慣れない。

 特にジョンおじという呼び方……故郷に帰ったら姪や甥ができてるとか、余計に時の流れを感じる。



「それよりダメだぞ。密告は組織で一番嫌われる行為だと教えただろう」

「ぶぅ……だってパパ言ったもん」


 軽く注意すると、マリーはふてくされたように言い返してくる。


「ジョンおじは都会に毒されてるから、言うこと聞かなくていいって言ったもん」

「……なぁマリー、ちょこっと聞きたいんだけど……アルノルト兄さんて、ほんとは俺のこと厄介者だと思ってたりする?」

「ううん。でも『あいつは体力がない』っていつもあきれてるよ」

「ああうん、そこはしゃーない」


 我がクルス家の長兄、アルノルト兄さんは平凡な俺と違って熊並みに体がデカい。たぶん冒険者になったらあっという間にAランクまでは行けるような人だ。

 三十歳になったばかりでもう村長を任されているし、頼りがいのある皆のアニキに俺ごときが評価されるはずもなかった。



 だがしかし菓子。

 小生意気な姪っ子を近くに呼んで、ポケットに入れておいたチョコレートを渡す。するとマリーは態度を一変させて腰に抱き着いてきた。

 田舎を通り越して秘境とも言えるこの村では、甘味が貴重品だ。行商人がわずかに持ってくる物も、みんな高くて手が出せない。


 その点、俺だけは違う。


 ギルドマスターとして働いていたのはファムとの呪術契約のせいでも、給料はしっかりもらっていた。

 つまり、俺は都会に敗れて逃げ帰ってきた負け犬ではない。都会でがっぽり稼いできた勝ち組なのだ。買えない物など何もない。なんなら俺が帰郷したことで、行商の来る回数が増えたくらいだ。


 何が言いたいかって言うと、もっとみんな俺を認めてくれてもいいと思う。

 田舎では体力のない男は評価されなくてつらい……。



「また甘い物を食べたければ、兄さんにはしっかり働いていたと伝えるんだぞ」

「かしこまっ」

「……」


 ふと、ほっぺをふくらめた姪の姿に、ギルドへ置いてきた相棒の笑顔が被った。


 彼女は……俺がいなくなっても元気でやっているだろうか。

 俺は冒険者をやるにはあまりにも弱くて、立場のせいもあって味方以上に敵を作り過ぎた。情報を伏せるためには逃げる様にして姿を消すしかなかった。それでも……手紙一枚で別れを告げたことには、今も怒っているかもしれないな……。




 アンナちゃん、マリア様と同じでめっちゃ口軽いから後悔はしてないけど。



「あだっ!?」


 感傷は突然頭へ落ちてきた激痛によって遮られる。


「こんだらぁ、成金野郎がおらの娘に悪いこと吹き込むでねぇ」

「いってぇ~……アルノルト兄さん?」

「ジョン、なんでもすぐ金で解決しよっとすんな。言ったべ? だから王都へ行く時、みんな反対しただら」


 兄は娘を肩に乗せ、のしのしと自分の畑へ歩いていく。

 どうもアルノルト兄さんは金を害だと思っている節があった。

 村へ帰ってきた直後は、俺がこっそり密輸した他国の貴重な農作物の種を見て喜んでいたくせに。それだって金で買った物だとわかっていないようだ。



「……まー、この村じゃそれもいいか」


 ここは魔法や神様の加護がある異世界。超常の力によって現実を上書きするような謎の現象と、世界を構成する物理法則が干渉し合う場所だ。

 そのせいで何を実験しようとしても再現性を得るのが難しいらしく、世界の解明が遅々として進まない。だから科学も発達しない。変化の緩やかな世界となっている。


 この村で言えば、隣の村との交流も数ヵ月に一回あるかないか、水車で麦の粉を引き、太陽が落ちたらわざわざ火を灯すこともなく皆布団へ入る。そんな穏やかな生活がきっとこれからも何百年と変わらずに続いていく。


 だから、間違っているのは俺なんだ。

 兄さんが言う様に価値観が毒されているのだろう。

 しばらく調子に乗って成金よろしく金を使いまくってたけど、村の空気を壊さないために自重が必要かもしれない……。








 また季節が一巡して三度目の秋がやってきた。

 そろそろ近隣の村と合同でお祭りがある――と言っても、お祭りというよりご近所さんと集まっての芋煮会って感じだけど。



「さあ、今年こそは俺のすごさを見せてやるぞ!」


 気合いを入れて畑の手入れをする。

 イカボット村へ帰ってくる前、王都でいろいろと良質な野菜や果物の種を買ってきたのに、去年は畑の拡張までで収穫に間に合わなかった。

 現在、両親や兄達の援助を受けて生活をする俺は非常に肩身が狭い。周りの村では『イカボットには都会から逃げ帰ってきた穀潰しがいる』などと陰口を叩かれているらしい。今年こそは、田舎者の知らない美食を披露して、やつらを見返してやるのだ。



「ジョン、今年は少し注意した方がええぞ」


 険しい顔をしたアルノルト兄さんが畑にやってきた。

 会合で隣の村へ行ってきた帰り、よくない話を聞いたようだ。

 なんでも近くの村で順番に畑が荒らされているらしい。


「猿? それとも猪かな?」

「まぁどっちかだろうけどよぉ……」


 この地域には、魔族も魔獣もでない。

 熊のようなデカくて危険な動物もいない。

 それでも兄さんは心配そうに俺を見てくる。


「おめぇ、ほんと弱ぇかんなぁ。猪が出たら無理せずおらを呼べよぉ」

「一応ゴブリンくらいなら一人で倒したことあるんだけど」

「どのゴブリンだ」

「緑の……一番小さくて一番弱いやつです……」


 呆れたように溜め息を吐かれる。

 確かに俺は弱いけど、アンナちゃんにもスライムとか呼ばれてたけど、腐っても冒険者として10年向こうでやってきたんだ。猪ごときで兄さんの世話になるわけにはいかない。俺は久しぶりに夜更かしして罠を作ることにした。



 ……そうだよ。普通の猪でも直接戦うのはちょっと怖い。






 三日後の深夜、物音で目が覚めた。

 何かが畑にいる――

 害獣の侵入を察知した俺は鍬を持って外に出た。

 しかし、すぐに後悔の波が襲ってくる。

 畑に設置した罠は、ことごとく破壊されるか避けられている。そして、雲の隙間から僅かに差し込む月明りで、畑を掘り返している影がうっすらと見えた。



 えんじと金の毛皮に長い耳を持った猿。

 特徴的に見てイビルエイプか。

 数多いる魔族において、最も多くの種の始祖となった魔獣だと言われている。

 知能が高く素早くて力もある。ゴブリンの百倍は強いやつ。


 まさか標高5000mを超える山を越えて流れてきたのか。

 鍬なんかで戦ったら100パー死ぬ。

 ただし、俺のポケットには秘密兵器が入れてあった。

 魔術や武術が使えなくても、人はクソ強アイテムさえあれば戦えるのだ。

 油断している今がチャンスとばかりに、『劫炎の魔女』の魔力を込めた魔石を取り出して振りかぶった。



「死ねやくそ猿ッ――」

「おほー! こんなど田舎で長紅芋を栽培しているとはー! うれしい誤算ですぅ! 明日は焼き芋パーティーですねぇ!」


 ずっこけた。

 それと同時に、俺に気づいた芋泥棒がゆっくりと振り向く。

 雲が流れて満月の光がその正体を照らす。



「…………おい芋泥棒、ここで何してる?」

「タ、タクミさんっ!?」


 芋泥棒は、気まずそうに垂れ下がっていたエルフ耳を跳ねさせた。

 ひさしぶりに前世の俺の名を呼ぶ存在。

 泥と埃で汚れた魔術師のローブに身を包んだアンナちゃんが、胸に抱えていた芋を捨てて走ってくる。


「タクミしゃあああああん! 会いたかったですぅぅぅぅ!」

「うばふっ!?」


 低身長タックル特有の頭突きを鳩尾に喰らい、肺から空気が押し出された。瀕死の肺ガン患者並みに咳き込む俺を無視して、アンナちゃんは涙と鼻水だらけになった顔を押しつけてくる。



「ど、どおして……どおしてぇ…………アマカス・タクミって名前のひとをずっと探して、でも、どこの領地の戸籍にもそんな名前なくて……二年かけて痕跡すら見つけられなかったのに……」


 事情はよくわからないけど、ずっと俺を探していたのか。


「ああ、俺の名前ね。冒険者になる時、家族が何か事件に巻き込まれると嫌だなって思って前世……じゃなくて偽名で登録したんだよ。そういやアンナちゃんにも教えてなかったんだっけ」

「おおおおまえぇぇぇ!!! こんにゃろぉぉぉぉ!!!」


 俺の胸に顔を埋めながら、ぽすぽすと力のない拳で叩いてくる。

 どうやら俺を探して相当苦労したようだ。

 ちいさな頭を撫で、アンナちゃんが泣き止むまで待った。

 まだ少しぐずりながらも、王都で何があったのか説明をはじめる――



「ファム様に……解雇されたですよ……」

「解雇!? なんでそんなことにッ」

「なんでって、タクミさんのせいでしょお! タクミさんのせいでわたしは……わたしは、労働ができないからだになってしまいました。責任取ってくださいっ」

「……さっぱり意味がわからん……」




 俺が王都から姿を消し、ファムがギルドマスターに戻ってから数週間――アンナちゃんはそれまで通り執務室で食っちゃ寝の毎日を送っていた。

 秘書としての仕事は覚えてもいないし、ファムは呪いや魔導具製作が得意なだけじゃなくて戦闘能力も恐ろしく高いため護衛が必要ない。ファムはアンナちゃんの必要性を見い出せなかった。


 何度か普通の冒険者に戻って依頼を受けるよう提案されるも、この給料泥棒は断固として拒否。その結果、烈火の如くファムがキレる。

 そしてファムはギルドマスターの正当な権利を行使し、アンナちゃんは無事クビを切られることとなったそうな。



「うん、不当解雇でも何でもないな」

「でもでも、タクミさんがギルマスだった頃はそれでよかったじゃないですか」

「よくねーよ。俺もいつも仕事しろって言ってただろ」

「それでもタクミさんが厳しくしなかったから悪いんですよ?」


 アンナちゃんが甘えるような眼で見上げてくる。


 これはつまり……やっぱりわからん。どういうことだ?

 自分がさんざん仕事サボって怠け癖がついたのを、俺がサボりを見逃し続けたせいだから責任を取れってことか。

 なんでもかんでも他人のせいにして『俺は悪くねえ!』が口癖の野郎はたくさん見てきたが、ここまで重症なやつはなかなかいないぜ。




「今、お祭りのシーズンでちょうど行商人が来てるからさ、馬車に乗せてもらえるよう明日頼んでやるよ」


 直訳:王都へ帰れ。


「そんな!? タクミさんが家族を説得するって約束を守ってくれないから、まだ実家にも戻れないのに……それに、わたしはもう二度と働きたくないんですぅ!」

「働け。あとそんな約束はしていない」

「やだやだ、タクミさんなら養ってくれると思って国中探したのに冷たすぎますっ」


 なに甘えたこと言ってんだこのアグレッシブニート。

 そんなん誰でも断るわ。

 俺は仏様か何かか。

 つか俺を探して国中を駆けずり回る気概があるなら働けよ。



「能力あるくせに働くのが嫌で金なくて芋泥棒とか末期すぎる……」

「な、なら、ここに永久就職するですっ」

「……永久就職ぅ?」


 クソニートエルフが何かほざきはじめた。


「永遠の美少女こと、このアンネローゼ様が、タクミさんのお嫁さんになってあげるですよ! すっごくうれしいでしょ? …………あっでも、タクミさんにはおともだち以上の感情は持っていないので、え、えっちなことはなしですからねっ」


 なんて、語尾を強めながら言うアンナちゃんのエルフ耳は、これまで見たこともくらい赤く染まっていた。

 こうして恥じらう姿は、確かに永遠の美少女の名にふさわしい。



「抱けない働かない家事もしないとか、ただのうんこ製造機じゃねえか」

「うんkっ!? 乙女になんてこと言うですか! 訂正っ、訂正をもとめますぅ!」


 腰にしがみついてくる寄生虫を持ち上げて芋畑へ放り捨てる。

 乙女とか美少女とか俺にはどうでもいい、そんなもん嫁でも何でもない。

 俺が嫁に求めるのは大人のエロスだ。

 ロリはヒロインに非ず。

 まあ訂正するにしてもせいぜい愛玩動物ペットがいいとこだろう。



「ぷげらっ」

「あまりにひどい……もはや『焼き芋の魔女』と呼ぶのもお芋様に申し訳ない」

「……じゃあ、これからは『怠惰の魔女』を名乗るですぅ」

「ちょっとカッコいい感じにしてんじゃねぇよ。ずうずうしいわ」


 以前は大陸に名を轟かせた有能魔法使いだったはずなのに、一体どうしてこんなプライドのない女になってしまったのか。



「本当に、タクミさんのせいだもん……ファム様だって言ってたもん……」


 と、一通の手紙が渡される。

 差出人の名前はファム・ディエロ・サローメ。

 俺を騙してハメた極悪非道の悪女……。


「あの魔女め、まだ俺に何か言いたいことがあるのか」


 封筒を破って中を確認する。



 ファム曰く――アンナちゃんは、俺が予言した『退職代行サービス』によって生み出された自堕落人間の第一号らしい。

 サービス利用者はひとりひとり別々に俺の下へやってくるだけでも、アンナちゃんだけは俺の全ての言葉を、あらゆる言葉を隣で聞き続けた。つまり、最も強く繰り返し洗脳を受けた被害者なのだという。


 よって、俺に責任を取れと。



「んなバカな……」

「タクミさん、あなたの言葉は人を堕落させる毒です。あなたのせいでわたしの魂は穢れてしまいました。だからあなたには、わたしを養う義務があるんですぅ」

「…………ないよ。それは責任転嫁だよ」

「ありまぁす! 責任はぁ! 絶対にぃ! ありまぁすっ!」


 アンナちゃんの叫び声が夜の帳に木霊する。


 ……これ、次の手は勢いで押し切るつもりだな。

 世の中には『ゴネ得』という言葉もある様に意外と有用な戦法である。

 こうした他責思考に入った人間は強い。

 都合の悪い言葉は全部無視するから、ある意味無敵だ。

 一体どうやって追い返そうか……



 悩んでいたら、騒ぎ過ぎたようで遠くの家から人が出てくるのが見えた。

 今日は夜も遅いし時間切れだな。


「はぁ……ひとまず今日はベッド貸すから、泊まっていけばいいよ」

「いぇーい! アンナちゃん大勝利ぃ」

「勝ち誇るのはまだ早い。話の続きはまた明日するからな」











「あれ…………アンナちゃん、もう帰ったのか……?」


 翌朝、床の上で目を覚ますと、ベッドは既にもぬけの殻だった。

 テーブルに散らかっていた荷物も無くなっている。

 いつもの様に、しんと静まり返った小屋には俺一人。

 昨夜の騒がしさが嘘だったかのように静かだ。


「ったく、黙っていなくなるなんて、俺が辞めた時の仕返しかよ」


 ひさしぶりの再会だったのに、少し邪険にし過ぎたかな……



「………………はっ」


 自嘲するような嗤い声が漏れた。


 俺はイカボット村での生活を気に入っている。

 ここには、人混みの喧騒も、都会の悪臭も、危険な事件もない。

 ゆっくりと自分の心の声を聞いて自身と語らうゆとりがある。

 以前の六倍は睡眠時間も取れるようになった。

 これこそ自分の力で手に入れたスローライフだ。

 自分が望んだ人生なのだと満足と達成感も得られている。

 それは、嘘じゃない。

 なのに――

 どうしても忙しかったあの頃の楽しさを思い出してしまう。

 心に隙間風が吹いたような寂しさが残る。





「あー、なんかやる気しねぇ……今日は実家の方で飯もらうかぁ」


 なんとなく、一人でいるのがだるくなって実家の扉を叩く。



「すまん、なんか食うもんあるか」

「ジョン! おめでとう!」

「え? ありがとう? え、なにが?」


 扉を開けた瞬間、アルノルト兄さんが抱き着いてきた。父さんや母さん、普段は自分の家で暮らしている他の兄姉たちもいて、俺の周りを取り囲んだ。いつにない嬉しそうな顔で謎の祝福をしてくる。


「だからなんなの」

「やるでねか! まさかエルフのお姫様に駆け落ちさせるなんて!」

「おめーが都会でそんな大恋愛してたなんて感心したぞぉ」

「なん……だと……!?」


 瞬時に出遅れた事を理解した俺は、家の奥へと視線を向ける。

 そこには義姉や姪、甥に囲まれたちいさなエルフが――朝食を食べながらせっせと嘘の恋物語を語り聞かせる姿があった。


「あっ、タクミさん、おはようなのです」


 目が合う。

 ととと、と小走りで近づいてきた。

 ロリ顔の小悪魔は、家族からは見えない角度でにやりと悪どい笑みを浮かべる。


「ア、アンナちゃん、俺の家族に何を……」

「先に外堀を埋めておいたですぅ♪ 寝坊はよくないですよ♪」

「マジかコイツ!?」


 一体いつそんな知恵を身に着けたんだ。

 ギルドで俺の交渉のやり口をしっかり学習していたとでもいうのか。

 しかも、寝坊の常習犯はそっちだろうが。

 ギルドで働いてた頃、こんな朝早く起きたこと一度もないだろ。



「いや~、いま村に余ってる娘っ子は一人もいなかったし、えがったえがった」

「マリーをやるには年が離れすぎてるしなぁ」


 父さんも兄さん達も、完全に騙されていた。

 完全に俺の嫁として歓迎ムードが出来上がっている。

 一部、義姉がアンナちゃんと見比べて姪を背中へ隠すように立っているが。



「ち、違う。俺はロリコンじゃない。アンナちゃんともそんな関係じゃない。彼女はただの友人というか仕事の相棒で」

「あ゙あ゙ん゙!? 何いってるだか、こん馬鹿息子がぁ!」


 父さんに殴られた。


「え、痛い……父さんに殴られたことなんてなかったのに……」

「たりめぇだぁ! 責任も取らねぇような男に育てた覚えはねえぞ!」

「んだんだ! 最低だジョン!」

「男らしくねえ!」


 兄たちも加わってタコ殴りにされる。

 一体なぜ俺がこんな目に……。



「やめてくださいなのですっ」


 そんな俺の窮地を救ったのも、俺を窮地に追い込んだ小悪魔だった。


「タクミさんは照れ屋さんなので恥ずかしがってるだけなのですよ~」

「おお、そうか。さすが嫁だぁ。ジョンをよくわかってるだな」

「よくできた嫁さんが来てくれてよがったなぁ」

「なんだこの茶番……」


 熱い手のひら返しで、再び祝福ムードになる。


 マジふざけんなッ――そう叫びたいが、我が家における俺のヒエラルキーは一番下、最低辺。ギルドで好きにできた頃と違って俺の発言力は無いに等しい。

 俺は弁明する機会を与えられないまま、アンナちゃんと婚約して一緒に暮らすことになった。






「これからまたよろしくですよ~」

「絶対婚約破棄してやる……こんな押しかけ女房捨ててやる……」


 帰り道、いろいろな物が重い。

 厄介者が転がり込んできて気が重いし足取りも重い。

 御祝儀でいつも以上に食料も持たされて肩も重い。

 しかし、そんな俺の気など知らず、アンナちゃんは、にかっと太陽のような笑みを浮かべていた。



「ったく……その顔されると憎めないんだよなぁ……」

「ふふふ、結局、受け入れちゃうんだから。タクミさんって自分から苦労を買うタイプですよね~」

「……言っとくがそりゃそっちもだぜ」

「え?」


 俺をやり込めて得意げになっているようだが、それは違う。

 俺は何の仕事もしない居候など認めない。

 必ずアンナちゃんを更生して働かせてみせる。




 そして、またそれとは別の問題もあった。

 ここはイカボット村。

 ど田舎、秘境、限界集落なんて呼ばれる場所だ。

 のんびりするのもいいが、いつ人が減って滅ぶかわからない。

 新しい村人はいつでも歓迎される――ということは?


「こんな小さな村だ。子供はまだできないのかと毎日聞かれるぞ」

「うげぇ!?」


 トラックに轢かれた牛蛙のような鳴き声。

 永遠の美少女が出してはいけない汚い悲鳴が聞こえた。



 俺はアンナちゃんに恋愛感情を持っていない。

 それは向こうも同じはずだ。

 アンナちゃんにはまだ恋愛なんて早い。

 俺に寄生して養ってもらうことしか考えていないだろう。

 なのに――これから毎日やってもいない夜の営みについて、村中から要らぬお節介をかけられることを思えば、叫びたくもなるか。



「あ、あの、タクミしゃん……一緒に、王都へ帰りませんか?」

「王都はともかく、アンナちゃんのせいで長くは居られないかもなぁ」


 こんな小さい子(本当は超年上)とデキてると思われてちゃ居づらくてたまんねぇわ。マリーとか義姉さんとかからは変な眼で見られてるし……



「今度はどこか旅でもするかぁ」

「お供するですよっ」


 隣を歩きながら、楽しそうに俺を見上げてくる。


「どこへ行くですか? わたしは温泉のある都市に行きたいです!」

「はぁ、もう………旅費はちゃんと二人で稼ぐんだからな」

「かしこまっ」


 てっきりまた拒否されると思ったのに、元気いっぱいな返事が返ってきた。

 この子、俺が一緒だと一応は働くのか。よくわからんな。

 とりあえず多少の労働意欲を取り戻せたのなら先ずは――と、さっきから肩に食い込んでいたクソ重たい野菜カゴを押しつけてやる。



「女の子に荷物を持たせようとするなんて、さいてーですぅ」

「一緒に旅するなら、俺が頭脳担当でアンナちゃんは労力担当だろ。Sランク冒険者より俺の方がか弱いんだから」

「もっと男の甲斐性を見せてくださいよぉ!」

「もうムリ、肩いたい」

「なさけなーい!」


 『二人の家』となった狭苦しい小屋へと続く帰り道、村人が俺達を物珍しそうに眺めていた。人口の少ない静かなこの村で、ふたりだけが既にお祭りがはじまったかのように騒がしい。

 アンナちゃんが俺を探してイカボット村へやってきたその瞬間、俺のスローライフはもう終わっていたのだった。




 第一部完





作者が自分の働いてる職場がブラックだと感じた瞬間シリーズ!ラスト

第一位

被害妄想持ちの同僚から訳の分からない言いがかりで殺されそうになったのに、なかった事にされた時

ちなみに凶器は注射器とアドレナリンでした

成功してたら脳卒中あたりで完全犯罪だったな。危なかったぜ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ