表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第五話 HERO


「アンナ様、ぜひお願いしたい案件があるんですけど今よろしいですか」

「うむ~? もうせ~」


 うららかな春の陽気にあたりながらお昼寝をしていたエルフ様の肩を揉む。

 寝ぼけて薄っすらと開けられた瞼の奥に疲れた男の顔が映った。

 日頃、重荷を背負うことない少女の肩はふにゃふにゃだ。

 凝る事がないからわざわざ揉む意味もない。

 それでも、お願い事をする時は下手に出る姿勢こそが大切なのである。


「最近この界隈で、『パーティークラッシャー』って呼ばれてる女魔法使いがいるんだけど、迷惑行為が目につくっていうか、わりと冗談にならない感じでギルドがピンチだから、ちょっくら力づくで大人しくさせてくれないかなぁ~なんて……」

「いやですよぉ。だってそれ、マリアちゃんのことでしょ?」


 肩を揉む手が止まった。

 なぜバレた!?


「タクミさんが人のご機嫌を取るの、あぶない案件の時じゃないですか」

「……え、そう? 俺もそこまで露骨な人間じゃないと思うけど」

「近くにいるとパターンがわかるですよ~、このペテン師め~」


 今回はおっしゃる通りなので否定できない。




 あの冬の日――俺たちは間違えた。

 そう、間違えたのだ。

 安い同情などするべきではなかった。

 俺は聖女という檻に閉じ込められていた怪物を世に解き放ってしまった。

 あれは、神様と教会が生み出したモンスターだった。



 現在、抑圧から解放されたラブモンスター・マリアは自由を謳歌している。出会いを求めてパーティーを渡り歩き、男の冒険者を弄ぶように喰い散らかす。年齢不詳の魔性の女と化していた。

 そのせいで、パーティー内では女の取り合いと男を盗られた女の嫉妬が勃発。さらには多くの人間が仲違いをして解散するクランまでもが続出。たがが外れるとは正にこの事だろう。もはや聖女というよりただの性女ビッチである。


 しかも、個人的に呼び出しをしても無視され、恋愛なんて個人的な用件にギルドから強く口出しもできない。聖女の魔力を攻撃魔法全振りに転向した結果、強くなりすぎて教会も何も言えない状態……。

 おかげで依頼の成功率が下がるどころか、ギルドは依頼の請け負い件数が急激に低下。王都民から旅の商人、はては貴族まで苦情の嵐でてんやわんやである。冒険者になって10年近くなるが、かつて経験したことのない大惨事だ。




「お礼にプレゼントもあるからさ、頼むよ」

「うわぁっ」


 バッグから秘密兵器を取り出すと、アンナちゃんがソファーから転げ落ちた。


「なんですそのフラスコ……光る青汁? ちょ、くさ、近づけるなですよ」

「これね、俺が監修したギルド販売の新作ポーションなんだよ。商品名は『月月火水木金金ワンピース』! お値段たったの金貨百枚で、どんな貧弱な冒険者でも世界の終末まで戦えるようになる優れもの――危なッッ」


 無言で腕に恐ろしく速い手刀チョップが落とされる。

 もちろん、フラスコが床に落ちるまで見えなかった。

 俺は慌てて全ての窓を全開にする。

 こいつは揮発した成分を嗅ぐだけでハイになれる劇薬なんだぞ。

 しかも、しっかり一本分を飲めばいいのだが、中途半端に服用すると躁と鬱が交互に襲ってくるから要注意だ。




 しかし……許せん。元はと言えば、アンナちゃんの友人だからとマリア様の相談を聞いたのが問題のはじまりなのに。だんだんムカムカしてきた。


「今じゃあっちの方が『劫炎の魔女』って感じじゃん! 魔術師の象徴と言える二つ名を奪われて悔しくないのか!? さあアンネローゼよ、偽物の魔女を退治しに行くのだ! ギルドと俺の心の平穏のために」

「ンンン拒否するゥ」


 ソファーにしがみついて丸っこいおさげを横へ揺らすちびエルフ。

 だが俺は拒否など認めない。

 強引に戦闘用のローブと杖を握らせようとする。


「友達が道を踏み外したら、正してやるのが本物の友情だろ!」

「やめろぉー! わたしを働かせようとするなー! 児童虐待だぞー!」

「こんな時だけ都合良くこどもになるんじゃねえッ」

「いえ、やめるのは貴方ですよ、タクミ君」

「――ッ!?」


 杖を押しつけていた手が、背後から何者かに捕まれていた。

 身体が固まる。言うことを聞かない。軽く触れられているだけなのに、全身をコンクリで固められたかのようにピクリともしない。


 人間離れしたふざけた腕力と原理すら理解できない高度な体術。

 俺はこれができる人物を一人しか知らなかった。



「ギルドマスターが小さな女の子に乱暴とは感心しませんね」

「……神の眼、黄金瞳おうごんどうアレックス・レイダー……なんでここに……」


 大陸全土を守護する大地神に祝福された聖剣を腰に携える金髪金眼の優男。

 即ち、勇者の称号を与えられし者がそこにいた。



「この人が勇者ですか~。アレックスちゃん、はじめましてなのですよ~」

「あっはい、どうもはじめまして」

「わたしのオリジナル魔法『スライム保護結界』をすり抜けてタクミさんを押さえるなんてすごいですね~。部屋に入ってきたのすら気づかなかったですぅ」


 ……んん?

 待って、スライムって俺のこと? 俺のことだよね。

 このロリババア、影で俺のことスライムって呼んでんの??


 やや不機嫌な俺の横で二人はのんびりと挨拶を交わす。



「結界、エルフ……では貴女が有名な劫炎の魔女殿でしたか。ということは……ハッ!? お二人はじゃれ合っていたのですね!? すいません、お邪魔してしまったみたいで。てっきり婦女暴行の現行犯かと!」

「……相変わらず嘘のつけない男だな。俺が犯罪者に見えたか、ん?」

「すいませんすいません。悪気はなかったんですっ」


 手を放されると途端に身体に自由が戻ってきた。


「謝罪より否定をしろよ」

「いえ、それはできません」

「このクソ正直者がよぉ……」


 まあ、そんなことは別にいい。

 今のは単に質問が悪かった。

 俺を捕まっていないだけの犯罪者だと『神の眼』が見抜いたのだろう。

 それが聖剣に選ばれた勇者の持つ資質のひとつであり、時には法に触れる行為もしなきゃいけないのがギルマスなんだ……。


 と、そんなことより問題は、勇者が突然ギルドへ現れたことだった。




「さて、神に選ばれし超戦士である君が何の用かな。弱き民草はいつでも君の助けを待っているぞ。こんな場所で油を売っていていいのか、ん?」

「……タクミ君は何故かボクに棘がありますよね」

「気のせいだ」

「器のちっさい男の嫉妬なのですよ~」

「アンナちゃん、シャラップ!」


 この純朴そうで嘘のつけないまっすぐな青年は、人々のために魔族と戦う勇者。

 またの名を、決して悪を見逃さない大地神の眼を持つ者、黄金瞳のアレックス・レイダー……とか呼ばれている正義の味方。全てを見透かすような黄金の瞳が大地神の加護を受けた者の証だ。

 そして、俺と年齢は変わらないというのに、すでに世界最強の一角として数えられている正真正銘の英雄様である。



 その英雄様になぜ俺は素っ気ない態度を取るのか?


 そんなもん決まっている。

 マリア様の過去を知り『やっぱり神様の祝福なんていらんねんな!』と結論を得た俺だったが――本音を言えば、一人の男として今でも最強の称号には憧れる。


 だから俺はこいつが、

 俺には無いこいつの力が、



 うらやましくてたまらないぃぃぃッ!!!



「アンナちゃん、他人から神様の祝福を強奪する方法ってないのかな」

「考えることがすがすがしいくらいに小物ですねぇ。さすが自分を勇者だと思い込んでた男ですぅ」


 やめろっ、俺の恥ずかしい過去をほじくり返すんじゃない。




「…………とにかく、今日は忙しいから下の受付けで次回のアポ取って帰ってくれ。たぶん半年くらいしたら時間取れると思うから」

「そんなこと言わずに話くらい聞いてくださいよ」

「……話なら聞かなくてもわかってるし」


 知ってる知ってる。どうせあれだろ。マリア様が勇者パーティーを抜けて一人の冒険者として活動するようになったから、文句でも言いに来たんだろ。

 マリア様の行動を調べれば、冒険者ギルドへ来た事実までは簡単に追える。今のところシラを切ってはいるものの、国と教会の上層部はマリア様が加護を失った原因が俺にあると勘づいている。きっと誰かから聞いてきたのだろう。



「マリアさんの話は聞いてあげたそうじゃないですか」


 情報を漏らした犯人は協力してあげた本人だった。

 つくづくしょうがない人だな。


 しかし、マリア様はアンナちゃんの友人だったからの特別待遇だ。

 俺とアレックスは友人でも何でもないから優遇する理由がない。

 そう伝えると、アレックスは傷ついた顔でうつむいてしまった。



「ちょっとタクミさんっ! アレックスちゃんが泣いちゃったじゃないですか! 勇者に助力するのは国民の義務ですよ! いつまでもみみっちい嫉妬してないで話を聞いてあげてくださいっ!」

「あの……泣いてはないです……」


 まさかのアンナちゃんから援護射撃が来た。

 このロリババアも一応は女、さてはイケメン勇者にほだされたか。


 ――などということはないだろう。

 俺には君がなぜアレックスの味方をするかわかっているぞ。



「勇者がモチベを下げると自分も徴兵されるかもしれないと焦っているな」

「どきぃ」


 やはりか。

 冒険者は基本的に自由を保障されている――が、非常時はそうもいかん。

 普段は貴族の言うことすら聞かない荒くれ者だろうと、抵抗されて多大な被害を出してでも、国家として言う事を聞かせなければならない時がある。権力者の面子を保てなければ社会制度が崩壊してしまうからな。


 特にAランク以上の者が出兵命令を無視すれば国外追放は免れない。最悪、全ての同盟国に人類への反逆者として名前が知れ渡る。一時は逃げられたとしても、最後はどこか人のいない辺境に隠れ住むしかなくなるだろう。



「でもでもっ、これはタクミさんにとっても問題じゃないですか」

「なんで? こう言っちゃなんだが、俺は戦場ではなんの役にも立たんぞ」


 というか魔族が襲ってきたら俺なんて秒殺だよ。

 ギルマスが秒殺されたら一瞬で周りの士気が地の底まで下がるよ。

 肉壁にすらなれない、いない方がマシな人間だよ俺は。


「そんなの知ってるですよ。でも国はそう思ってないです」

「…………Oh」


 しまった。そうだった。

 俺はファムに功績を押しつけられて、強引に地位だけ上げられたランク促成栽培冒険者だ。しかしその事実を知っているのは、仕組んだ本人のファムと護衛のアンナちゃんしかいない。



 少々癪だが仕方ない、気を取り直して話を聞いてやるか。

 アレックスに気持ち良く働いてもらうのは大事なことだ。

 俺の命のために。


「それで冒険者ギルドへ何を求めにきたんだ。マリア様の代わりなら既にルイーズ様が派遣されただろう。他の聖女に替えて欲しいという交渉はいろんな派閥が関わってるから難しいぞ。マリア様をパーティーに戻すのも俺には無r」

「勇者をやめたいんですッ」

「…………お前もか、アレックス」


 思わず呆然としてしまう。


 しかし何故なんだ。

 いいじゃん勇者。

 聖剣ぶんぶん振り回してたら勝手にモンスター死んでくんだぜ。

 ガチチート兵器な上に、持ち主の強化と回復までしてくれる。

 魔王軍でも大将クラスが出てこないとタイマンじゃ苦戦すらしない。

 それでみんなからチヤホヤされて、魔王を倒せば一生安泰。

 ついでに、この国のお姫様達はみんなスタイルもよくて美人揃いだ。

 そんな女を抱けるだけでもいいじゃないか。

 聖剣が要らんなら俺と代われ。

 ぶっちゃけ俺がお姫様と結婚したいわ。



「……もしかしてアレか? アレックスは大地神の加護が強すぎて、お姫様じゃ耐えられないくらい夜の営みも激しいとかそういう悩みでも抱えてるのか」

「へ~聖剣にそんな副作用があったですかぁ」

「ああ、おそらく勇者は股間に『女を殺す第二の聖剣』を隠し持っている」


 大地神も教義で『産めよ増やせよ地に満ちよ』と言ってるしな。

 間違いない、俺には確信がある。


「大地神様への信仰が揺らぎそうですぅ」

「間違いしかありませんよ。真顔で何言ってるんですか、あなた達は……」


 なに? 俺の読みが外れただと?

 正直に言って俺にはアレックスの悩みが想像できない。

 嫉妬は抜きにしても、こいつと俺では性格が違いすぎる。



「なら勇者の何が嫌なんだ」

「……『勇者』と呼ばれるのが嫌なんですよ」

「すまん、意味がわからない」

「だって……ボクはまだ何も成せていないじゃないですか……。これまでも、救えない命がたくさんあった……。それなのに、どうしてみんなボクを勇者だなんて呼ぶんですか。ボクはまだ何者でもない、ただのアレックスだ。勇者と呼ばれていいような人間じゃない」



 アレックスは若者特有の青臭い悩みを抱えていた。


「ナイーブな年頃ですかねぇ」

「俺も俺も」

「??」

「実は俺、アレックスと同い年なんだぜ」

「急に若者ぶられても困るですよ。タクミさんは変に擦れてるっていうか、中身おじさんじゃないですか。どんだけ人に裏切られたらそんな性格になるです?」


 俺の前世も転生者だとも知らないくせに鋭いな。

 確かに人生二周目ですし、こういうウジウジした気持ち悪い自責思考とか前世に捨てて来ましたけど。




 にしても、アレックスは『勇者』という役割ロールを理解していないようだ。


 前世で見た戦争映画でも言っていたが、功績とは加算で考えるものだ。被害の出ない戦いなんてどこにもない。いつもどこかで誰かが死んでいる。それを理由に減点しはじめたらキリがない。

 救えない命すべてを自分のせいだと責めるのは、力を持った者の傲慢でしかない上に、無駄に心を疲れさせるだけだ。



「そうだなぁ……勇者、勇者か…………アレックス、俺は勇者に必要な資質は三つあると考えているが、お前が勇者とは何かわからなくなっているなら教えてやるぞ」

「……では教えてください。タクミ君の考える勇者を」

「それはな……絶対負けない強さ。その強さを正しく扱う正義の心。そして、役者であることだ!!」


 強さは絶対条件だろう。

 勇者が負けてもらっては困る。


 絶対の強さを持った者が悪に染まっても困る。

 それは勇者じゃなくて人の形をした怪物だ。

 理知的である分、そこらのモンスターより遥かにタチが悪い。


 しかし、勇者が最強だとしても一国の軍隊を単独で殲滅できるわけではない。個人では継戦能力にも限界がある。そこで勇者に求められる資質は――



 英雄のロールプレイができるかどうか、となる。



「自分達の時代に勇者が生まれてきてくれた。それだけで人々は希望を持てる。絶望せずに生きていける。だから勇者には勇者というイメージを守る義務がある」


 アレックスの言う通り、本来であれば勇者とは何かを成し遂げた者へ送られる称号であり称賛であるべきだろう。

 だが、神の加護を得た超人が現れた時、それはその事実だけで人々に希望を与えることができる――というか嫌でも与えてしまう。


 故に勇者とは、どんな過酷な困難でも果敢に挑むことのできる『勇者(BRAVER)』であると同時に、全ての人民に未来を約束する『勇者(HERO)』でなければならない。

 国も宗教もその点を理解しているから、まだ何も成していない加護を得ただけの若造を最初から『勇者』と呼ぶのだ。



「そんな……タクミ君はそんなものが勇者だというのですか……救えなかった命から、防げなかった悲劇から目を逸らして……そんなの、まるで詐欺師じゃないですか……」

「英雄としての立ち振る舞いを身につけろって言ってんだよ。悪い面なんて見るな見せるな。他人にも自分自身にも良い面のみを魅せ続けるんだ」


 アレックスは俺の言う事が認められない様子だった。

 なら勇者と同じくらい責任ある立場の国王にでも法王にでも同じことを聞いてみればいい、似たようなことを言われるはずだ。

 みんな自分じゃない誰かを演じている。国王も法王も普段は『私は厳粛な人間でーす』みたいに澄ました顔して、中身はどちらも俗物のくそじじいだ。立場に応じて求められる『役の完成度』が変わるって話でしかない。



「いっそのこと、タクミ君が勇者だったらよかったのに……」

「ハハハ、まったくだ。神様も人を見る目がないぜ」

「だめだめ~、こんな男に力を持たせたらだめですぅ。いっつも権力を悪用する方法ばっかり考えてる人なんですからぁ」


 アンナちゃんがアレックスと俺に溜め息をついてくる。

 でも実際、俺が勇者の力を持っていたら魔王を倒した後どうするだろう。


 まずはお姫様を嫁にもらって王国を乗っ取るよな。

 そして次は、悪徳貴族にブラック商会、仕事しない給料泥棒なんかを片っ端から牢屋にブチ込んだら、真面目な労働者に優しい平和な国ができるのか――大規模な社会実験から始めるか。

 もちろん反抗するやつは片っ端から聖剣でぶっ飛ばす。才能も運も待たない大多数の弱者のために、悪意を持った権力者は全員粛清だ。



 ……あ、ほんとだ、ロクでもないことしか思いつかねぇじゃん俺!


「なんてこった、力に溺れる未来しか見えない……」

「神様はそういうとこちゃんと見てるですよ?」


 確かに、マリア様だって自由恋愛主義者クソビッチとして暴走していても、魔物の討伐数で言えば、聖女だった頃よりも貢献度は上がっている。

 アレックスは言わずもがな。人を救うことばかり考えている善人だ。


「俺が加護を貰えないのは必然だったのか」

「ぷぷぷー! 神様にブーメラン投げ返されてて草生えるですぅ」


 アンナちゃんが前に教えたネットスラングを使いながら顔をつついてくる。

 けど今回ばかりはなんも言い返せねえ……。

 自分を優先する。自分のやりたいことをする。自分が幸せになれない世界に存在価値はない――という考え方が、前世の死から学んだ最も大切なことだ。



「…………まーなんだアレックス……どうしても今の環境に納得できないってんなら、バックレちまえばいいと思うよ」


 そう言うと、深刻な表情で俯いていたアレックスが顔を上げた。


「……バックレとは何ですか?」

「だからさ、いっぺん前線から離れてみろよ。お前がこれまでどれだけの人を救ってきたか、どんな風に頼りにされているか、よく見えるはずだ」

「ちょっ、なに言ってるです!? 反逆罪に問われますよ!?」

聖女マリア様の時には『話を聞いてあげて~』とか言ってたくせに何言ってんだか……。アレックスの人生はアレックスのものだろ。一国民として戦争に参加する義務はあっても、生き方すべてを他人が決めようだなんて間違ってる」



 言っていて気づいた。

 俺もアンナちゃんも自分が戦場へ行きたくないから、アレックスに勇者としての使命を果たせと言っている。

 俺たちは自分の人生を自分で選択して生きているのに、他人には無茶で過酷な仕事を平然と押しつけている。


 これでは俺が憎んできたブラック企業のクソ上司やクソ経営者たちと同じだ。

 一方的にアレックスの人生を搾取している。



 と言っても、勇者は正式には国家に仕える軍属である。

 そして教会からの使命を帯びた聖務でもある。

 神の加護を捨てようにも、聖剣は勇者以外には抜くことすらできないため調査しようがない。聖女と違って殉職以外で勇者を辞められた例もなく、俺の知識を総動員しても辞める方法はない。


「恥らうことなく『自分こそが世界を救う勇者だ!』って言えるようになるまで、自分探しの旅でもしてこい」


 ならもう逃げるしかないだろ、ってな。



「……それは、あまりに無責任では……」

「お前の人生には誰も責任を持ってくれないのに、お前はどうしてそこまで責任を背負おうとする……。それに、このまま迷いを抱いて剣が鈍れば、身近な人間を失うこともあるだろう。自分のミスで大切な誰かを失った時、お前がぽっきり折れちまう方が俺は不安だね」

「ううっ……今のボクは、そんなに頼りないですか……」

「つーかもともとメンタルは言うほど強くないだろ」

「ですねぇ、勇者ならタクミさんのツラの厚さを見習ってほしいですぅ」



 アレックスは、腕っぷしは世界有数でも弁舌はあまり立たないようだ。

 神様もオツムの出来までは祝福してくれないらしい。

 と言っても、脳味噌にまで手を入れられたら、加護ってより本格的に神様の操り人形か。それはそれで嫌だな。



 心が揺れ始めたアレックスへ追い打ちをかける。


「年に一体か二体、名の知れた魔族を倒してくれたらそれでいいよ。『勇者は人類側に潜む魔族との内通者を炙り出すため、秘密裏に行動している~』とか適当に俺が話を作っておくから。しばらく自由に生きてみな」

「それでは、タクミ君にもどんな迷惑がかかるか……」

「だーから他人のことなんて気にすんなって。神様に選ばれた勇者も、所詮ひとりの人間だ。人生の経験値を溜める遊びの時間(モラトリアム)が必要になることもある」



 まっ、何年も猶予はやれないだろうから、本物の英雄として生きる心構えを身に着けてさっさと帰ってきてくれー、とは思うけどね。


「もっと悩め悩め。若者は悩まなきゃ成長せんぞ」

「タクミ君と話してると、なんだか故郷にいる親戚のおじさんを思い出します」

「だよね~。中身おじさんですよね~」


 おいおい、やめてくれ。

 せっかく転生して若返ったのに、悩める若人と話してると精神が前世のおじさん側に引っ張られるじゃねえか。





 ――なんてしゃべりながら、俺は頭の中でそろばんを弾いていた。

 今回の話は恐らく協力者を得やすい上に利用できる。



 さすがに魔族に買収されるような人間は滅多にいない。

 だけど、魔王を討伐して魔族との戦争が落ち着いた後に備えて悪だくみをしている貴族は結構な数いるわけで……。

 もちろんその行為自体は俺も否定しない。力を使い果たしてから『魔族に勝った後で領民が同じ人間から迫害されました~』では元も子もない。


 ただし、魔族との戦争中に他の領地の足を引っ張るのはダメだ。そこまでやったら人類への反逆だ。国王陛下も国土を盤石にするために、そういう貴族を排除する理由を欲しがっている。

 俺が勇者の代理で口裏を合わせると言えば、陛下なら相手が貴族でも簡単に罪をでっち上げられるだろう。アレックスが二・三年ほど軍から姿を隠し、活動頻度を下げるまでなら協力してくれるはずだ。




 そもそも俺は現在の勇者の運用方法に疑問があった。


 アレックスは本当に強い。つーかヤバい。実力を知るAランク冒険者なんかだと『勇者の近くじゃ戦いたくない!』とビビッて逃げ出すほどに。

 つまり軍隊での大規模な戦闘になった時――俺から見れば『屈強な味方兵士』でも、勇者アレックスにとっては『守るべき足手まとい』にしかならない。巻き込むのが怖くてこの男は戦場で全力を出せない。前線で味方を鼓舞する旗頭としての役目も大切だが、これでは勇者の力を持て余していることになる。

 そんなんだったら、戦端が開く前に少数精鋭で敵大将を暗殺して回ってほしい。それが勇者の戦闘力を最も活かす戦い方だ。目立つ活躍なんて『たまに』でいいのだ。




「腐った貴族どもは既に調査済み。多少戦線は押されるかもしれないが、勇者が散発的に暴れれば、動向が掴めない魔族側も侵攻速度を下げざるを得ない……これは陛下と勇者の両方に恩を売れるチャンス……」

「また悪い顔になってるですよ?」

「んん゙、ごほんっ……。まぁ今日は帰ってじっくり考えてみな。どの選択が一番いいか、決めたらそん時にまたここへ来い」


 アレックスは何かを言いたげに、しかし、何も言わず立ち上がると、俺とは目を合わせないようにして部屋を出て行った。










「旅に出ます」


 一ヵ月後、思ったより早く答えが出たようで、アレックスは遠征後その足で冒険者ギルドへやってきた。

 結局、勇者としての聖務からしばし離れることにしたらしい。

 やることは完全に『バックレ』だが以前よりすっきりした表情をしている。



 現実問題として――悪い大人に囲まれて育つと俺みたいになっちまうのは経験済みだ。ストレスを抱えたまま性格がひん曲がって、いつ暴発するかわからない勇者とかイヤだしな。もっと悩んで悩んで、真っ当なまま大人になってくれよ。


 なんてことは言葉に出さず、余裕をもってアレックスを送り出す。



「陛下と法王猊下には話を通しておいた。納得するまで好きにやってみろ」

「ありがとうございます」


 国の支配者たちを説得するにはかなり骨が折れた。

 けど、これまで『退職代行サービス課』でいろんなお悩み相談に乗りながら、関係各所の事情に探りを入れてきたおかげだな。

 王族は勇者を上手く使うために裏工作をしまくっているし、一般人では知りようのない教会の隠し事もいろいろと知る事ができた。それに、俺のためなら協力を惜しまないというクランや冒険者もかなり増えている。



 ……あれ? 俺ってもう王国の影の支配者(フィクサー)になれるんじゃね?

 今なら大抵の目的は叶えられるんじゃね?



「確実に成果は伸びている。そろそろ頃合いか……」

「どうしたです?」

「いや、なんでもないよ」

「ふーん……? でも、アレックスちゃんはよくこんな男に相談に来たですねぇ」


 席を立とうとしたアレックスをアンナちゃんが引き留めた。


「ハハッ、こんな男って。……ボクはタクミ君のこと好きですよ。口は悪いし厳しい事ばかりを言うけど、なんだかんだ言って最後は力になってくれるんですよね。アンネローゼ様もわかるでしょう」

「むぅ……? わかるような、認めちゃいけないような?」

「そうだ、出発する前に少しいいか。俺からもアレックスに言っておきたいことがあったんだ」



 勇者アレックスに頼みたいことがあった。

 もちろんの案件である。



「マリア様がどうしてお前の隣から去ったか、聞いているか?」

「…………いいえ、それだけは秘密だと……最後まで話してくれませんでした。やっぱりボクが勇者として頼りないから、愛想を尽かせたんでしょうか……」

「違う。マリア様はお前に……アレックスに恋をしてしまったんだ」


 アンナちゃんが『おいちょっと待て』と服を引っ張ってくる。

 確かに今更だ。

 でももう、あの元聖女様は俺の手に負えないンだわ。

 今のギルドの惨状を考えると手段を選んでいられない。

 俺は今日ここで、あの不良債権を勇者に引き取らせる!




 マリア様もアレックスと同じなのだ。若さ故の悩みを抱え、このままアレックスと共にいれば、恋にうつつを抜かし隣にいる人を危険に曝してしまうかもしれない。そう不安に思い、距離を取ることにした。


 ――みたいに話をてきとうに盛って説明していく。



「聞いた感じだと、お前もマリア様へ想いを寄せていたそうじゃないか」

「そうです、ボクはマリアさんに惹かれていました。……ですがボク達には人々を救う使命があります。そういう話であれば、マリアさんの判断は正しかったかと――」

「バッキャローッ」


 感情的になった感じでアレックスを怒鳴りつけた。

 本当は殴りつけたい場面だが、それをやると俺の手の方が折れるから我慢だ。



「人ってのはなぁ、守るべきものがあるから、大切な人がいるから力を出せるんだろ! それを手放すような、自分の気持ちや愛する人をないがしろにするようなハンパ野郎に、世界を救えるわけがねえッ! きっと……お前が追いかける『本物の勇者』ってのは、自分の愛を貫いた先に見つかると思うぜ」

「そう……なのでしょうか……」

「ああ、いつだって本当に求めているものは家の庭に埋まってるもんさ」


 アレックスが感銘を受けたとでも言いたそうに目を見開いた。

 しかし本っ当にチョロいな。

 国王陛下や法王猊下へ相談する前に俺の所へ来てくれてよかったわ。


「まだ手遅れじゃない。旅へ出る前に、彼女を迎えに行け」

「……はいっ! 行ってきます!」


 ギルドマスター・アマカスタクミは勇者の駆け落ちを推奨します。

 俺はさりげなく、夜の営み用に改良した新作ポーションをアレックスのポケットに忍び込ませて、部屋から送り出した。外を駆けていくアレックスの背に、窓から手を振って見送る。





「おっと、なんてことだー。ずっと頭を悩ましていた大きな問題が二つとも解決してしまったぞー」

「悪魔かこいつ、ですぅ……」


 アンナちゃんがジト目でにらんでくる。

 でも先にお友達の暴走を見捨てたのは君だからね。

 俺をにらむ資格はないはずだ。




「ところでアンナちゃん、魔族との戦争ってどうやったら終わると思う」

「とつぜん話が変わるですね?? 魔王を倒せば終わるですよ」

「そうだな。そして、その時点で人類連合軍は分裂する。魔族を絶滅まではさせられない。そして何十年、何百年かすればまた魔族は新たな王を頂き、力をつけて決起するだろう。再び戦争だ」



 魔族と人類の戦争は選民思想や差別意識から始まっている。

 エルフと同等の長命種にして、平均的に高い身体能力と魔力を持つ魔族は人類を見下している。

 過去、人類は魔族と対話で友好を図ったが、その時やつらは――



『なんでアイツら角も翼もないんだ。キモすぎて生理的に無理なんですけど』

『人間とかハゲた猿じゃん。畜生と何が違うの?』

『そんな生き物が俺らと対等な顔してるとかマジ許せねえよな』

『家畜にはいいんじゃね?人間牧場でも作って奴隷にしてやろうぜ』


 ちょっと意訳が入ったけど、だいたいこんな感じで対話を拒絶。

 一方的に戦争を仕掛けてきたという。

 魔族は人間よりも本能に忠実だ。

 そして悪意を持って生まれてくる。

 それが種としての特性なのだ。


 つまり、人類全体が圧倒的に強くなるしか戦争を終わらせる方法はない。

 九族皆殺し、民族浄化、種族根絶――そういった悪行をやれる力を身につけなければ、徒に悲しみを増やし続けるだけだ。




 そこでアレックスが答えを出すまでの一ヵ月、俺は本当の意味で戦争を終わらせるにはどんな方法があるか考え……王家や教会の意向を汲む以前の考えを改めた。



「俺さぁ……勇者が誕生した時代に頑張って魔王を倒すより……勇者を種馬に、聖女を孕み袋にして、次代の英雄の卵を量産した方が人類のためになると思うんだよね。加護を別にしても、あいつらの遺伝的素質って神様に保証されてるようなもんだし。一般人のお姫様や貴族の娘じゃ体力的にたくさん子供産めないし……」

「うわっ、さいてー! 考えることが魔族よりひどいですぅ! タクミさん、その内、邪神から加護がもらえそ……ちがいますね、邪神すら避けて通りそう」

「人を道端に落ちてる馬糞みたく言わないでくれる?」



 産めよ増やせよ地に満ちよ――

 ちゃんと大地神の教えに則った意見を言ったのに、なんて言いぐさだ。



 まあ何にせよ、俺は選択肢を与えただけ。

 決めたのは全部マリア様やアレックスである。

 俺は社会の中の小さな歯車。

 道に落ちてる小石の一つにすぎない。

 俺みたいな非力な労働者に世界を動かす力はない。

 世界は彼らのような特別な存在が変えていくのだ。



「どうか世界が平和になりますように」

「本気で言ってます?」

「もちろん」


 だってさ――


 せっかく準備が整ったのに、でないと俺が気持ち良く仕事をやめられないだろ?





作者が自分の働いてる職場がブラックだと感じた瞬間シリーズ!

第三位

会社が起こした事故の責任をなすりつけられて業務上過失致死で捕まりかかった時

原因作ったやつが責任持って捕まらんかい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ