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第四話 SAINT

「あのさぁ……さすがに食堂のパーティー用メニューを執務室に持ち込むのはどうかと思うわけよ」



 あれからいくつもの案件を解決している内に、季節は冬に入った。

 こっちは寒さでかじかむ指先を擦り合わせて温めているのに、王宮への呼び出しから戻ると、部屋にはあごが痛くなるような甘ったるい匂いと熱気が充満していた。


 原因は……火鉢の上に置かれたチョコレートフォンデュ。


 こんなもんを他人様の部屋でやる輩がいるとかマジで信じられん。常識以前に人としての良識がない。



「親の顔が見て見たい……熱々のチョコレートを顔面にぶっかけて、一体どういう教育してきたんだと丸一日かけて罵倒してやりたい……」


 エルフとかいう種族、学校で情操教育とか教えないんだろうか。

 他もみんなこんな性格だったら、そのうち絶滅するぞ。


「一度本気で親御さんに会いに行くべきかもしれない……」

「そんなことよりお客さんですよ~」



 アンナちゃんが隣に座っていた人を紹介してくる。

 ソファーには、きれいな雪ん子のような女性がいた。

 自分の眼と記憶を疑っていたため反応が遅れたが、その外見はこの国の人間なら誰でも知っているものだった。


 輝く銀色の髪。透明感のある白い肌。海のように深く青い瞳。

 それはウルザント王国の国教である『聖心福音教会』で認められている聖女の特徴だ。現在、聖女は四人。王国の守護神とされる水神ウルスマリスから加護を得ている彼女たちは皆似た容姿となる。

 しかもいま目の前にいるのは、四人の中でも特別な存在。魔王を討伐するために選ばれた勇者パーティーに加わっているマリア・リンデンスだった。




「……マリア様と知り合いだったのか」

「えーと、20年くらい前ですかね? マリアちゃんが修道院から修行しに来てた頃に『撲殺紅蓮隊×魔裏亜无哭マリアンナ』のパーティー名で一緒に活動してたですよ」

「ぼくさ…………え、なんて?」


 おかしいな。

 聖女様とはゼッタイ縁のなさそうな単語と昭和の暴走族が使うような変なイントネーションで聞こえたような……過労とストレスで難聴が出てきたかな?


「……アンナ様?」

「おっと、ボツ案とまちがえたです。ほんとは『聖少女♰まりあんな』です」

「そちらではなく……20年前じゃなくて10年前の話です。私、まだそこまで歳じゃありません」


 いつも天使のように微笑んでいるマリア様からは想像もつかないが――彼女が教会から派遣された僧侶として冒険者ギルドに登録していたのは事実なようだ。きっと当時はアンナちゃんの世話で苦労したことだろう。



「落ち着いた雰囲気になったですねマリアちゃん。大人っぽくなったです」

「うふふ、ありがとうございます。アンナ様は…………あの頃のままですね。本当に、何年経っても愛らしい姿のまま……エルフの老いぬ血がうらやましい」

「えへへ、照れるですぅ」


 俺の前では、エルフの美少女と白銀の美女が旧交を温めていた。


 しかしなんだ……。

 一瞬、悪寒を感じた気がしたけど、気のせいか。

 アンナちゃんは何も察知していないみたいだし、うん、気のせいだな。




「それで、マリア様がどうして冒険者ギルドに? 教会からの依頼や僧侶の派遣人数の件ならいつも他の司祭が窓口になっていたはず……あっ! もしかしてアンナちゃんを魔王討伐に連れて行きたいとか? 火力だけは頼りになりますからね」

「……ふぇッ!? わたしですか!?」


 おいこら、服を引っ張るな。

 背中に隠れようとするな。

 いやいやしても勇者が望んだらギルドは強制派遣するからな。


「たまには外で労働の尊さを感じてきなさい」

「いーやー、わたしはぜったい今の仕事を手放さないですぅー」

「いえあの……戦力の要請じゃなくて……こちらで『退職代行サービス』なるものを行っていると聞きまして、ですね……」

「まさかのサービス利用者!?」


 まだ用事を聞いていなかったらしく、アンナちゃんも目を丸くしていた。


「そ、それは……勇者パーティーを辞めたいということですか……それとも、聖女を辞めたいということでしょうか……」

「どちらかと言えば、勇者様のパーティーを抜けさせていただきたいと……まあ聖女を辞めてもいいんですけど……」


 一体勇者パーティーで何が起こっているんだ。

 珍しくアンナちゃんも『これヤバくね?』って顔をしている。

 とにかくマジでヤバい事態だ。




 まず第一に、勇者パーティーは冒険者ギルドに属していない。

 勇者パーティーはその時々によって少数精鋭から大人数に活動を変える、臨機応変な軍隊である。冒険者ギルドからも勇者と共に英雄になりたいと望む者や特殊技能を持った者を派遣しているが――その全体を管理しているのは王家だ。ギルドの立場から口出しするのはかなり難易度が高い。


 第二に、聖女も冒険者ギルドに属していない。

 そもそも治癒や解呪を得意とする僧侶の大半は、水神ウルスマリスを奉る我が国の宗教、『聖心福音教会』からの出向だ。教会との関係は、ギルドからの喜捨と彼らの修行を兼ねた取り引きの上で成り立っている。



 俺の目的のためにも、こういう大物こそ『退職代行サービス課』で扱いたい案件ではあるが……力になれそうもない。

 というかなったらヤバい。

 もしもこの案件に俺が直接手を出したとバレたら、国王陛下と法王猊下からダブル呼び出しを喰らってしまう。


「話だけでも聞いてあげてくれませんか。わたしのお友達なのですよぉ」

「いやでも、そろそろ俺の胃が……」

「ぽんぽんいたいの? ポーション飲んだら、がんばれるです?」

「下手に出てるフリして完全に逃がす気ねェなこんにゃろー」


 相棒からの頼みに渋々頷く。

 お茶を下げて胃痛用のポーションを飲みつつ理由を伺うことにした。






「私……もともと魔王討伐とかどうでもいいんです」

「ぶほぉ!? ごほッごほッ!? ……い、いきなりブッ込んできましたね」


 思わずポーションを噴き出した。

 そういやこの人、聖女である前にアンナちゃんのお友達だった。

 その時点で黄色信号だと理解しておくべきだったか。


「マリア様はご自身で出兵を志願したと聞いておりましたが……」

「ええ、実は私は……勇者様と恋をしたかったのです」

「……使命より恋とな?」


 払うべき敬意を忘れて、つい『正気か?』と言いそうになる。




 話を聞くと――

 このマリア様、まだ物心がつく前から才能を見い出され、親元から引き離されてひたすら厳しい修行を強いられてきたんだとか。


 来る日も来る日も修行修行修行修行。


 エブリデイ修行。

 オールウェイズ修行

 エンドレス修行。

 ライフイズ修行。


 そんな地獄のような日々の中、心の支えにして唯一の楽しみが、修道院に置いてあった一冊の絵本。

 大昔、はじめて魔族を統一した魔王が誕生した時代。神の祝福を受けた勇者と聖女が人類を滅ぼさんとする魔王を倒して結ばれる、という話だったそうな。


 そして、自分もいつか素敵な勇者様と結ばれることを夢見て、それのみを生き甲斐にして頑張ってきた――いたいけな少女が抱くような夢物語を延々と聞かされている内に、次第に眉間へ力が入り、シワが深く刻まれていく……



「恋がしたい、か…………」

「タ、タクミさん! べつにマリアちゃんは聖女としての使命を軽んじてるわけじゃないのですよ! あくまで比重の話なのです! 人は誰でも己の幸せも考えるべきなのです! 奉仕の心や使命感だけに支配されれば人としてバランスを――」

「いえッ! 恋無き人生に価値などありません!」

「マリアちゃんは黙ってるです! 『退職代行サービス』なんてやってるけど、このひと根っからの社畜だから最低限職務をやり遂げようと戦い抜いた人しか逃げるのを認めないですよ!」

「…………泣ける」


 気づけば俺は、滂沱の涙を流しながらマリア様の手を取っていた。


「あれ? なんで??? もしかして社畜ライフと教会の修行で共感したですか?」

「共感はしてるけど、たぶんアンナちゃんにはわからない」




 これは、前世の未練だ。


 前世では、幼い頃に父が出て行って母と二人暮らしだった。

 家は貧しく、学生時代はひたすらバイトで学費を稼いでいた。母を捨てた父を軽蔑していたせいか、恋愛に対し潔癖すぎて同世代とは話が合わなくて誰かと付き合うことはなかった。

 就職してからは、片親で身体を壊すまでずっと俺を支えてくれた母に恩返しするべく、仕事と介護で他に何かをする余裕もなかった。務めた会社がブラック企業だったり、クソ上司に当たったりで運が悪かったのもある。

 結局、病気の母を看取り、自分の時間ができたところで――長年の睡眠不足がたたり心筋梗塞で死んでしまった。



 だから……マリア様の気持ちがわかる。

 死ぬまでに一度でいい!

 俺だって恋がしたかった!



「あなたはもう十分戦った……。詳しく話をお聞かせください」

「泣きすぎでちょっと引くです」



 聖女様と勇者の冒険は、まさに正統派ファンタジーに出てくる主人公とヒロインそのものだった。

 苦楽を共にしながら強大な敵を打ち倒し、無辜の民を救い、時には救えなかった命に涙を流し、それでも歩みを止めることなく互いに支え合い正義のために戦い続ける。

 普通に聞いていて、誰でも恋に落ちてしまいそうなタイミングが幾度もあったように感じられた。



 だが、それを毎度の如く必ず邪魔してくる存在がパーティーにいるらしい。

 そいつは一体何者かと問えば――



「道化です。ピエロです。遊び人です。パーティーのお荷物です!」



 どういうわけか勇者パーティーには『ネタ枠』がいるらしい。

 これまで勇者とは軽く事務的な会話を交わした程度で気づかなかったが、もしかして彼は俺と同じ日本の転生者なのだろうか。そういう印象は受けなかったんだけど……。


「なぜそんな男が勇者の仲間にいるのか知っていますか」

「えっと、陛下の計らいで、吟遊詩人などを含む慰安部隊も軍に組み込まれることになっていて……気づくといつも私達の傍にいるのです……」

「なら勇者は無関係か……ん?」


 そういえば、俺がギルドマスターになったばかりで冒険者ギルドの福利厚生やメンタルケアの改革をやっていた頃に、陛下から呼び出しくらって何をやっているのか説明させられたことがあったな。


 となると、聖女様の恋の邪魔をしている男は俺のせいで派遣されたわけか?

 だがその時に、職場恋愛を否定するようなことは言っていないはず。

 その道化の行動は俺が陛下へ教えた理念に反している。どういうことだ。


「あの男が邪魔で……でも陛下には言えないし……もう、あの道化を亡き者にするか、私が聖女を辞めるかしないとっ、私の生きる意味がッ」

「待った待った。早まらないでください。まずはそのピエロをどうにかして追放する方向で検討しましょう」

「…………できるのですか。陛下のご厚意を否定することになりますよ」

「これでも多少の実績がありますので……。ひとまず調査に一週間ください」







 それから、我がギルドの精鋭スパイと伝手を使って、勇者パーティーの慰安部隊なる者達の構成を調べた結果――ピエロはどうにもならないという答えが出た。

 一週間ぶりにギルドを訪れたマリア様へ申し訳ない気持ちを飲み込みながら、まずは端的に事実を伝える。


「あのピエロを追放することは不可能です」

「そんなッ」



 勇者パーティー慰安部隊に所属する『恋のお邪魔虫』こと謎のピエロ。

 正体は空気の読めない遊び人――ではなく元宮廷道化だった。


 宮廷道化。

 それは王族の傍に侍る者たち。

 王族を楽しませるためだけにいる単なる道化、と思いきや……主のための毒見役に、体を張って刺客からの盾となることもある。場合によっては荒ぶる王を諫めたり、政治に口出ししたりと、アホや軟弱者では決して就けない非常に優れた総合職だったりする。

 実際、個人調査を依頼したものの、黒子さんのクランの誰一人としてそのピエロ本人からは情報を引き出せなかった。勇者パーティーのお荷物どころか恐ろしい手練れである。




 話を理解できていないようで、アンナちゃんは一人小首を傾げていた。


「つまりピエロは、王家が密かに差し向けた盾なんだよ」

「肉盾? シールズちゃんです?」

「守る対象が違う。たとえば……勇者は魔王討伐を成し遂げたら、将来必ず英雄として祭り上げられるだろ? 王家はその武力と政治的影響力を無視できない。すると、王は勇者を管理下へ取り込むために、王族か高位貴族の娘と縁談を強制するわけだ。しかし後から勇者の婚外子が現れては困る……要するに、悪い女を近づかせないための虫除けだな」



 勇者が『結婚前に外で子供作ってました。てへぺろ♪』では済まないのだ。

 最悪、そこらの町にいる娼婦との子なら、小金を握らせて黙らせるなり暗殺するなりすればいいかもしれない。

 だが、勇者と聖女の子となればどんな才能を持っているかわからない。法王猊下などは喜んで政治利用するだろう。

 王家でも手を出せない、そんな怪物が生まれる可能性は絶対阻止したいはずだ。ある意味、魔王よりも厄介な存在になるかもしれないのだから……。




「あの勇者の性格を考えれば、いらん心配だと思いま――」

「私が、悪い虫……? 陛下は私を……私に、一生独身でいろと……? あんの老いぼれぇ……」

「ひぃ!?」


 リアルに髪を噛んでる女はじめて見た。超怖ええ。

 マリア様はうつむいたまま、ぶつぶつとドスの利いた声で呪詛を吐いていた。



「だ、だいじょうぶですよ。マリアちゃんだって一の位を切り捨てればまだ20歳じゃないでですか。全然だいじょぶです。いくらでも次の恋を探せるです」

「そんなふざけた計算が許されるのは長命種のエルフだけです! 自分ばっかり恋人がいるからって、上から適当な事を言わないでください!」

「…………え、アンナちゃん、恋人いんの? マジ?」


 このロリババアに、ちゃっかり彼氏がいただと!?

 いや、世界は広い。

 合法ロリで妥協しようとするロリコンに騙されている可能性もある。

 ここは一度、アンナちゃんのためにも俺が恋人の身元調査をしなくてはッ。

 伝声管を開けて黒子さんを召喚する。



 しかし、当の本人は何を言われたのかわかっていない様子できょとんとしていた。


「恋人ってだれのことです?」

「だって、タクミ様と付き合っていらっしゃるのですよね……?」


 聞かれた瞬間、執務室に下品な笑い声が響き渡った。

 アンナちゃんと声が重なる。


「「ないない。それはない」」

「違うん、ですか……? 男女にしては大変距離が近いように見えますけど……本当に恋人ではないのですか。おふたりは互いにどう思っているのですか。いつも一緒にいて好きなっちゃったりしないんですか??」


 マリア様には俺達の関係が恋人同士に見えたらしい。

 距離が近いのはいつもド突き合っているだけなんだが。


 今度は視線が重なる。


 確かに、アンナちゃんはかわいい。

 相棒としていざという時は信頼している。

 付き合いは短いわりに、気が合う部分も多いのもわかっている。

 でも、そうだな……これまで女性として意識したことはなかった。

 アンナちゃんのことをどう思っているか、か――





「焼き芋の魔女?」

「よく働く奴隷なのです」

「誰が奴隷だコラァ」

「そっちこそ焼き芋の魔女ってなんですかぁ」

「焼き芋で世界樹燃やしただろうが!」


 飛びかかってきたアンナちゃんの頬を引っ張り返す。

 ちょうどドアを開けた黒子さんが、その様子を見て無言で帰っていく。


 やっぱりダメだな。顔のパーツはケチのつけようがないほど整っていても幼すぎる。見た目が美少女なだけであって美女ではない。このチンチクリンは俺の趣味からかけ離れている。


「いい機会です! 世界一にして永遠の美少女アンネローゼ様に対する態度を改めさせてやるですよ!」

「うるせぇ! 俺の好みはスタイルが良くて知的な美人なんだよ!」

「……え、知的な美人? そんな……いきなり告白されても困るです……」


 顔を赤くしたアンナちゃんが慌てて距離を取る。


「不意打ちはずるいですぅ……」

「はい? 誰もアンナちゃんのことなんて言ってないけど?」


 アンナちゃんでは身長も胸もまったく足りていない。

 なにより顔からにじみ出るような知性が足りない。


「まじめに何をどう勘違いしたの? イミフすぎてウケる」

「キサマぁ! 消し炭にしてやろうか、デス!!」

「やめておけ。ムキになって俺を殺せば、今の発言を肯定したことになるぞ」

「ぐ、が、こ、このっ……くそザコなめくじのくせにぃぃぃ」


 くくく、おバカさんめ。

 才能にも容姿にも恵まれた人生イージーモードのロリババアが何百年生きたところで、持たざる者である俺に口喧嘩で勝てるわけがないのだ。


 ……まあ実際、ワンチャン可能性はある。あまり森から出てこないため、エルフの生態はよく知られていないが……あと300年もすれば、アンナちゃんも俺好みの美女に成長しているかもしれない。

 しかしその頃、俺は確実に墓の下だ。朽ち果てて骨も残っていないだろう。ならどうでもいい話だな。うん、無視してマリア様の相談に戻ろう。




「勇者が勇者である限り、彼の結婚相手は決まっている。だからまずは、勇者パーティーを抜けるしかない」

「でもそれぇ……教会が認めますかねぇ……」

「いや、むしろ問題はその先かな」


 当代の聖女はまだ他に三人もいるからな。

 なんなら他の聖女を推している司教の派閥から後押しまでありそうだ。


「仮に勇者パーティーを抜けたとして、聖女であるマリア様の交際相手は教会から干渉されるだろう。流石に暗殺はないとしても、下手な相手だと異教徒だとか適当な理由をつけて国外追放くらいはするかもしれない。そっちに対処する方が難しい」

「私……生涯……独身……確定……?? ふあぁぁ~……」

「マリアちゃん、だいじょうぶですか! 魂が抜けてるですよ!」


 マリア様は『聖女』という身分があるかぎり詰んでいる。

 国も教会も自由に恋愛などさせない。

 貴族の娘よりもガッチガチにガードが固められているに違いない。


 だが、まだ可能性は残っている。

 俺も一週間かけて宮廷道化について調べていただけじゃない。



「聖女の称号を捨てれば、マリア様の望む生き方をできるかもしれません。というかそれしか手がありません。……もちろん、普通の恋愛をできる環境を勝ち取るという意味で、勇者と結ばれる未来はないと思いますが……それでよければ」

「私は聖女を辞めることができるのですかっっ!?」


 放心していたマリア様が戻ってきた。

 しかし――勇者より先にそっち食いついちゃう感じですか?

 マリア様は、恋に恋する乙女のまま大人になっただけで、勇者本人にあまり興味がないのかも。これは相当こじらせてんなぁ。



「あ、はいはーいっ! わたし方法わかったです! 処女を捨てると神様の加護も外れるとかですね! よくある話ですぅ!」

「そういう宗教もあるにはあるけど、天罰が下りそうな言いがかりはやめような。この国の神様は処女神でも処女厨でもないから」

「そ、そそそそもそも、私、処女じゃありませんし! 大人の女性ですし!」


 目が泳いでますよマリア様。

 シスターには珍しくもない話だから、そんな恥ずかしがらなくていいのに。



「基本的に聖女は一生涯、聖女であり続ける。しかし、王宮図書館に秘蔵されている本に、どうにか一例見つけました」

「王宮図書館……? 平民のタクミ様がどうやってそんな場所へ……」

「マリア様、善意で人助けをするのは尊敬すべきことですが、時にはしっかりと恩を売ることも大切ですよ。特に身分の高い相手には」



 これは一般人お断りの王宮図書館で見つけた秘密の情報だ。

 歴史書でも古い聖書でもなく、修道院へ来たこども向けの時祷書(じとうしょ)(聖書に連なる詩編や祈祷の言葉、神話の絵を記したもの)にヒントが隠されていた。個人の書いたものだから教会も回収し損ねたのだろう。




 神の加護とは、何を理由にして与えられるのか未だにわかっていない、一方通行なものである。祝福を拒むことは何人にもできない。


 しかし過去、聖女の力を失った女性が一人だけいた。


 その聖女がいた時代には、魔族や魔物から甚大な被害が出ていたにもかかわらず、勇者として祝福を与えられた者がいなかった。絶大な力を持つ戦士の不在により、人類は国家の垣根を超えて協力して尚、劣勢だった。

 そこでその聖女は、人を癒す力よりも敵を打倒す力を求めた。独学で魔法を学び、聖女として得た莫大な魔力を以って魔族を焼き払った。しかしその代償なのか、いつしか聖女は水神の加護である癒しの力を失っていた――



「これを神話と合わせて考えるなら、水神は隣国の守護神である火神と姉弟の関係にありながらすこぶる仲が悪い。だから、火神にまつわる力を求めると水神に嫌われて加護を失うのでないかと推測されます」


 話を聞いたマリア様が目を見開いた。

 思い当たることがあるのだろう。なにせ聖心福音教会の僧侶たちは、攻撃魔法を学ぶことを禁止されている。教会は癒しと救済のためにあるから、と。

 他にも、攻撃魔法を修めると治癒魔法の効果が落ちるとかも言われている。

 教会が本当に禁じたいのは『火の魔法』なのだろうが、全てを覆い隠すことでそれを誤魔化しているのだ。



 ついでに、冒険者の魔法使いたちにアンケートをとってみた。

 『雨男・雨女』という言葉があるが、この国ではそれは実在する。

 火系魔法を得意とする人間が外出する時、ピンポイントで局所的な大雨が降ったりするのだ。計算したら統計学上の有意差も認められた。

 教会は雨に降られることを『水神の恵み』と呼んで縁起が良いとしているが、実態は気まぐれな女神からの嫌がらせなのだろう。水神は間違いなく火を嫌っている。



「聖女を辞めてもいいと考えているのなら、アンナちゃんから火魔法を教わればいい。そうすれば、マリア様も人並みの恋ができるようになると思います」


 聖女の資格を失えば、教会も厳重管理する理由がなくなるからな。

 マリア様は美人だし俺から見ても魅力的だ。

 教会からの圧力や束縛がなくなれば恋人ができるのなんてあっという間だろう。



「もっとも加護を失えば、その理由を邪推してマリア様を襲おうとする狂信者とか教会の暗部も出てくるかもしれない……というリスクもありますけど」

「問題ありません! 私の恋路を邪魔するようなひとは、みんな馬に蹴られて死んでしまえばいいのです!」

「さっすがぁ! マリアンナの撲殺担当ですぅ!」


 一切迷いのない返事だった。

 やはりアンナちゃんのお友達……類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ。

 それにしても、この聖女の信仰心はどこにあるのだろう?



「でもなんで教会は、水神様は火が嫌いだって隠してるですか?」

「火魔法は純粋に強い。使い勝手もいい。戦いで絶対必要になる力だ。なのに、国の崇める神がその力を嫌っていると広まればどうなると思う」


 一部の魔法使いへ偏見と差別が生まれるか。

 火魔法を学ぶ者が減り軍事力が落ちるか。

 火神を祀る同盟国との関係が悪化するか。

 いろいろ考えられるが、国家としてはどれも致命傷に成り得る。



「この短期間でそこまで調べるなんて、タクミさんはやっぱりよく働く奴隷ですぅ!」

「感心してんのか貶してんのかどっちだよ……まぁそんなことより、マリア様はあまり時間もないんだから、訓練場で魔法を教えてきな。邪魔が入らない様に人目につかないようにするんだぞ」

「はいなのです! 教会を敵に回すかもしれないのに、マリアちゃんのお願いを聞いてくれてありがとうなのですよ!」


 アンナちゃんはマリア様の手を引っ張って訓練場へと向かう。

 マリア様も慌てながら頻りにこちらへ頭を下げていた。




 俺としても、彼女の力になれてよかった。

 国と教会からの疑心が多少強まったとしてもその価値はあっただろう。

 今回の事を機に、王家が勇者絡みでしている裏工作と教会の内情を探れた。


 だが何より、俺にはマリア様へシンパシーを感じている理由がもうひとつあった。


 幼い頃に神の加護を得てしまったことで、過酷な人生を強制されたマリア様。

 彼女が簡単に聖女の地位を捨てられるのは、その事を恨んでいるからに違いない。





 窓の外では、しんしんと静かに雪が降っていた。


「……やっぱり……俺が外出していた時より雪が弱くなっている……」



 神は誰に加護を与える。

 なぜ俺に加護を与えない。


 俺は人生二周目だ。

 この世界の人間が知らないこともたくさん知っている。

 俺に力さえあれば。

 俺が魔力を使えれば。

 俺が一番力を上手く使えるはずなんだ。

 神様が人の味方をするというのなら、俺にこそ加護を与えるべきだろう。

 この世界の神様連中、ぜったい俺のことを嫌ってやがる。



 なんて、ガキの頃は教会の前を通るたびに唾を吐いたもんだけど――


「加護持ち、ねぇ…………神様なんてワケわかんねー奴等の家畜をやらされるより、社畜の方がまだマシだよなぁ……」


 俺よりも可哀そうなマリア様に、どうか素敵な恋が訪れますように。

 神様ではなく、偶然の幸運に祈りを捧げた。





作者が自分の働いてる職場がブラックだと感じた瞬間シリーズ!

第四位

お客様の起こしたレ××事件の揉み消しをご命令された時

お客様は神様ですシね


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