第三話 LEADER
初めての相談を受けてから二ヵ月が経った。
シールズ君がなんかイイ感じに宣伝してくれたようで、退職代行サービス課を訪れる冒険者が増えた。なかなか幸先のいいスタートができている。やはり一度入ってしまったものの、クランに不満を持っている冒険者はかなり多かったらしい。
なにより、不当な契約で部下を縛っているクソ野郎どもに、ギルド発行の契約解除通知を叩きつけるのが最高に気持ちイイ。疲労と心の疲れで自分を見失い、洗脳されるように過労死するまで働かされた前世での鬱憤が晴れるようだ。
これからもギルドマスター権限で抑圧された冒険者たちをブラッククランから解放してやるぜ。
「悪化していた依頼の成功率も少しずつ元へ戻ってきた。アンナちゃんもギルドの風通しが前よりよくなったと思わないか」
「……ギルドの風通しなんてどうでもいいです。くそくらえです……」
だがここしばらく、新設部署が軌道に乗って気分のいい俺とは逆に、ちびっこ秘書は異様に機嫌が悪かった。
今日もデスクで不気味なワラ人形を編みながら毒を吐いている。ついでに言えば、以前に比べて顔色も少しずつ悪くなっている気がする……大丈夫かこの子?
「のろってやる……のろってやるです……デスデスデース……」
「きみ、人を呪わば穴二つって言葉知ってる?」
「デスデ……そうだっ! タクミさん、わたしの依頼を受けてほしいのです!」
突然、アンナちゃんは俺の小言を無視して切り出してきた。
エルフ特有の無意識に短命種を見下す性格と、生活力の低ささえ無視すれば一流冒険者であるアンナちゃんが俺に助けを求めるとは、余程深刻な事件だろうか。
「じつは……もう、ずっとなのです……ずっと困っているのです……」
「だから何に困ってんのさ」
「夏に入ってからずっと…………隣のババアの風鈴がうるさくて眠れないですよ! 夜だけでも外してくれたらまだ我慢したですけど、なんど言っても外さないし、セミの声よりうるさいし……一日中てぃりんてぃりんてぃりんてぃりん! もうムリ、もう限界! いい加減、頭がおかしくなりそうなのです!! あの頑固ババアをどうにかしてくださいっ!」
クソしょうもない案件だった。
ご近所トラブルはギルドじゃなくて憲兵さんに言ってくれ。
まぁそっちでも門前払いされるけどな。
「ただでさえ忙しいのに、そんな相談までされたらこっちが頭おかしくなるわ」
「ぶぅぅぅ~! あと一ヵ月は猛暑が続きそうなのに、ずっと我慢しろって言うんですか! タクミさんはご近所とモメたりしないんですか!」
「しないな。俺、ギルドがマイホームだし」
アンナちゃんがきょとんと首を傾げる。
どうせ仕事仕事でほとんど帰ってなかったから、家は先月引き払った。
家賃なんて払うだけムダよ、ムダ。
今は元々俺専用になっていた仮眠スペースを改造してギルドで生活している。
「ひえぇぇ、職場に住むとか狂気の沙汰ですぅ……。そんなのなんのために生きてるかわからないレベルじゃないですかぁ。もっと自分をたいせつにした方がいいですよ?」
「余計なお世話だ。俺は生きるために生きてんだよ」
「……だめだこいつ、考える力すら失ってるです。いっそファム様にゾンビにされても、今と変わらなくないです?」
昔の哲学者だって『受け入れ難くとも、生きてこその人生』つってんだろ。
何を望むにしろ、まずは生きて生活を安定させてからよ。
……しかし、このちびっこの言う事も一理ある。
これはもしかして哲学的ゾンビってやつか?
俺はすでに、働きすぎて心がゾンビになってしまったのか?
これ以上は考えない方がいい気がする。やめよう。
ついでに、実はこのちびっこの問題を放置できないのも悩みの種である。
なにせアンナちゃんが隣人に向かって『とっとと引っ越し!』とか叫んで、風鈴ババアと騒音バトルをはじめれば、その苦情は俺にくる。ファムに押しつけられたせいで彼女の身元保証人は俺なのだ。
仕方ない、ちょっとお話してこよ……
帰り道、俺は歩きながら頭を下げる。
「話半分に聞いてて悪かったね。難聴のお年寄りかと思ったら、まさか風鈴100個並べて24時間オーケストラやってるババアがいるとは思わなかったわ。あれは誰でもキレる」
うだるような暑さの中、俺はどうにか風鈴ババアとの交渉を終えた。
大家さんを交えた話し合いの末に、風鈴は一個まで。
つけるのも昼の間だけとなった。
「なんか貴族と交渉するより疲れた気がする……」
「そ~でしょ~。耳よりあたまがおかしいですよ、あのババア」
「ま、ババアってもアンナちゃんより年下だけどね」
その時、アンナちゃんのエルフ耳がピクリと動いた。
マズい。これは要警戒態勢の合図だ。
「あーちがうちがう、ディスってないよ。アンナちゃんは世界で一番かわいいババアだから。アンナちゃんよりかわいいババアとかどこにもいないから」
「ほんとにそう思ってるですか? なら許してあげるです」
「ちょろ」
「お、ギルマス、やっと帰ってきたか」
そして――ごきげんになったアンナちゃんを連れてギルドへ戻ってくると、部屋の前で一人の男が待っていた。
こいつはヤべぇ。
男を見た瞬間、脳が警鐘を鳴らした。
高ランク冒険者特有の自然と他を威圧するオーラ。
そして、外見も一目でわかるほどの危険人物だった。
後ろに背負っている巨大な曲刀は魔剣の類だろう。優れた特殊能力を持つ代わりに使用者に呪いをもたらす不吉な武具。漏れでている禍々しい魔力は見るだけで不安を煽ってくるようだ。
それに、顔に深く刻まれた疵の数々は、もはや強面というより凶相と呼ぶのが相応しい。あれはまさに人斬りの目つきだ。
「退職代行サービスの客だよな……書類の準備があるからそこに座っててくれ」
「おいおい、まだ待たせんのかよ」
この男も斬り合いを所望してきたわけではなく、退職代行サービス課の利用者なのだろうが――『こういう客』が来るとどうしても緊張してしまう。
「…………もしもの時はいつも通りに頼むぞ」
そこで俺は、ひそひそ声でアンナちゃんに依頼を出した。
彼女は秘書としての仕事をしてくれないコネ採用ポンコツ従業員である。
しかし、それを許しているのは強力な護衛でもあるからだ。
見た目はせいぜい背の低い中学生。
でも強さという一点に限り、彼女は誰より信頼できる。
伊達や飾りで300年もロリババアをやってるわけじゃない。
「先週のメンヘラ魔法使いみたいに、いきなり逆上して刺されても困るからな。危険を感じたら先制攻撃だ」
「焼き加減はどうするです?」
「……相手はSに近いA。生焼けだと平気で襲ってそうだから……ウェルダンで」
「かしこまっ」
返事だけはいいが、本当に理解しているのだろうか。
前にネタを教えてからハマってるようだけど、余裕ぶって『今のはメラゾーマではない。メラだ』とかやらなくていいからな。このレベルの冒険者だと、アンナちゃんがふざけて手加減してる一瞬の間に俺は死ぬんだぞ。
「心配ご無用っ! かつて世界樹の半分を焼き焦がし、炎の精霊に愛された禁忌の子として森を追われたハイエルフの力を見せてやるです!」
「おお、今日のアンナちゃんは頼もしいなっ」
くだらねぇご近所トラブルを解決してやった甲斐があったぜ。
「気になったんだけど、なんで世界樹を焼いたりしたわけ?」
「焼き芋の後始末がちゃんとできてなかったですよ……」
「ただの火事かよ」
エルフ耳がしょんぼりと垂れ下がる。
これもう禁忌の子じゃなくてアホの子だろ。
「そんな目で見ないでください。300年も生きてたら誰だって多少はやらかすですよ」
いやいやいや、多少で済ましていい問題じゃねえし。
世界樹と言えばエルフ達が持つ精霊信仰の大本。御神木だぞ。
根元で焼き芋やっていいわけねぇだろ。
世界樹の葉に包んで焼くとおいしさ30%アップ?知るかっ。
「でも、あれから100年も経ってるのに、今だに一族からぷち勘当されてるです。タクミさん、今度得意の話術で里帰りできるように交渉してくれませんか」
「無理だ。その願いは俺の能力を超えている」
「しょんなぁ」
「オイ! 客を無視していちゃついてんじゃねえぞコラ!!」
疵顔の巨体が怒鳴る。つい、つられて体が震えあがった。
あぶなかった。常に結界を張っているアンナちゃんを盾にしなかったら漏らしてたかもしれない。
現実逃避はここまでにしとくか。
「だいたいギルマスよォ! ダチに向かって人斬りの目つきだとかひどすぎんだろ!」
「あれ、声に出てた?」
疵顔がさらに怒鳴る……しかし、ダチとはなんのことだろう。
スラムのチンピラから国王&法王までと幅広い交友関係を持つ俺も、繁殖期のレッドグリズリー並に殺気を振りまいているようなオッサンとお友達になった覚えはない。
「おいマジか……オレのクランがアイスドラゴンを討伐した時の祝勝会で一緒に飲んだ仲だろうがよ。マジで覚えてないのか……」
「タクミさんは小物の顔なんて一々覚えないですよ。三下が大物ぶるなです」
「やめてアンナちゃん。煽る相手はちゃんと選んで」
その男は、温厚なシールズ君と違って俺相手でも攻撃できる男だよ。
魔剣使いなんて人格破綻者と厨二病しかいないんだから。
――にしても、記憶力には自信のある俺が真面目に覚えていないとはどういうことだ。
しばらく考え込んで、ようやく朧気な記憶がよみがえってきた。
先月行われたアイスドラゴン変異種の討伐記念パーティー、確かに参加したな。
でもあの時は、護衛のアンナちゃんがごちそう食べすぎて途中離脱したから、顔が怖い連中とは目を合わせないようにしてたんだ。
そりゃ覚えていないわけだ、HAHAHA。
疵顔の男の名はヴォルター・ゲルバルト。
数ヵ月前にとある伯爵様がスポンサーについて、大手の仲間入りを果たした新進気鋭のクラン『ドラゴンスレイヤー』の代表者……らしい。
「クランネームに『ドラゴン』って入れるとこ多くないです?」
言われてみれば、王都だけでそういうクラン30個くらいある。
「そのせいもあって覚えてなかったのかもな。どうせクラン立ち上げるならもっとオリジナリティを出してもらいたいもんだ」
「……今そのダメ出しはいらねえよ?」
ヴォルターは言いながら目を逸らした。
少し自覚があるらしい。
しかし、大手クランのトップがなぜ退職代行サービスに来るんだ。
俺みたいな支部のマスターだったら、気持ちも分かる。
ギルドには、ファムのように引退したと見せかけて権力を放さない会長職を望む者もいれば、さらに全支部を統括するグランドマスターなんてのも上にいる。王都支部では、王族や高位貴族、教会上層部といった相手から別系統の命令を受けることも多い。
だから、誰彼かまわず威張り散らせるような権力もなく、役職としての旨味はない。俺と違って戦闘能力のあるヤツなら直接依頼を受けた方が稼げる。辞めたくなるやつも少なくないだろう。
比べて、クランリーダーってのは社長業だ。
一国一城の主を目指して、自ら辿り着いた地位のはずなのだ。
そんなやつが辞めたい理由とはなんだ。
「……まさか……お前も強いられているのか?」
「意味がわからねえ。なんだ、強いられるって」
「ネクロマンサーの悪徳業者から、終わりのない労働を?」
「死霊術を使う知り合いなんていねぇよ。そもそもあれは魔族から奪った魔術で、習得するだけでも国際法違反だろうが。アンタの交友関係どうなってんだ」
違ったか。
凶悪な顔して俺より健康的な人付き合いしてやがる。
だがそうなると他に何がある……まさか――
「さては横領か? そうか、クランの金に手を出したんだな!? 伯爵がバックにいる大手のトップだろうと犯罪者に手を貸さんぞ。にらんでもムダだ! 自分だけ円満退職して国外逃亡しようなんて、神が赦しても俺が許さん!」
俺は前世で、会社の金を横領していた上司に罪をなすりつけられた経験がある。
裁判では勝ったものの、賠償金を得るまで借金で三年間も地獄をみた。
クソ上司は絶対ゆるさないっ。
「ブタ箱で反省するがいい!」
「……タクミさんて、ときどき犯罪者に並々ならぬ憎悪を向けますよね」
「犯罪者を見逃すということは、真に価値ある国民の権利を侵害することだ。欲に流されて法を犯すこともなく、日々勤勉に働き、定められた税を納め、健全に生きる全ての国民への裏切りだ。俺は権力を与えられたギルドマスターとして、こういう不埒な輩から労働者を守らなくてはならない」
「指さすな! そもそもオレは横領なんてしてねェ!! 頼むから話を聞いてくれよ!」
……これも違うのか。
よく見ると、人斬りみたいな顔をしているわりに綺麗な瞳をしている。
本当はあまり怖い人じゃないのかも。
ひとまず話を聞いてみるか。
ヴォルターは、どうやら自分が辞めたいのではなく、クランに所属するとある魔法使いを『上手い具合に辞めさせたい』らしい。
その男は『王宮魔導士団』から引き抜いたエリートだった。
王宮魔導士団は、そのほとんどが爵位を継げない貴族出身者で構成される。
親から優れた才能を受け継ぎ、幼い頃から英才教育を受けただけあって、その実力は折り紙つき。最も弱い新人団員でも中堅冒険者以上の実力を誇る。魔族の大規模な侵攻やモンスターが大量発生した時に最も活躍する軍隊である。
「なのにあの野郎……『ドラゴンスレイヤー』に入団してから、まったく仕事をしやがらねぇ。魔力枯渇症だのポーションでも治癒魔法でも治せない持病の腰痛が悪化しただのと、何かにつけて依頼へ参加しない。しかも、伯爵様の伝手を使ってムリに引き抜いたから追放するわけにもいかねぇ…………。頼む! 何か良い案はないか、オレぁマジで困ってんだよォ!」
いるいる。高額な契約金を払って引き抜いたのに、移籍した途端に怪我だの不調だので働かなくなるやつ。テメーに高い金払ってるせいでチームの補強できないんだから、とっとと調子戻して仕事しろってな。
自分より高い給料もらってロクに仕事しないやつが身近にいると、クラン全体の士気もどんどん下がっていくし。代表者としては早急に解決したい問題だろう。気持ちはわかるぞ。
だが同情する前に、すごく重要な問題がある。
ウチは『退職代行サービス』であって『解雇代行サービス』じゃない。
つまり業務外だ。
「お帰りはそちらなのです」
「そこを押して頼んでんだよ! 脳筋ばかりの冒険者の中で、唯一貴族や教会ともやりあえるアンタだけが希望なんだ!」
大の男から涙ながらに頭を下げられる。
苦労もわかるが、なにより自分より遥かに強い男に持ち上げられると断りづらい。
「しゃーねえな、一回俺がそいつと話を――」
「もお! 仕方ないですねぇ! ここは長年タクミさんの手腕を隣で支えてきた、この劫炎の魔女アンネローゼ様が知恵を授けてやるですよ!」
俺が意見を出す前に、アンナちゃんが前へと乗り出した。
長年……とは言うがまだ知り合って二年も経っていない。なんなら交渉ごとで手伝ってもらった覚えもないし、悪い予感しかしない。
それでも、冒険者として名前だけは売れているアンナちゃんの言葉を聞いて、ヴォルターは期待のまなざしを送っていた。
「わたしも高貴な生まれなので何度か面倒な仲間ができた経験があるですよ。でも、そういう輩を従順にさせる方法があるです」
「マジか!? どうかその方法を教えてくれ」
「ふふふ、それはですね……ダンジョンの最奥へ置き去りにするです!」
ふんすっ、とちいさなエルフは鼻息を荒くして平らな胸を張った。
話を聞いても『やっぱりなぁ』といった感想しか出てこない。
「身ぐるみ剥いでから転移トラップに放り込むのもアリです。調子に乗ったアホを反省させるには暴力と恐怖が必要なのですよ」
「その手があっ――」
「ないない。その手はない。それ冒険者法を軽く13個は破ってるからな。低くめに見積もって禁固100年は堅いぞ」
ふたり揃って『マジかよ……』みたいな顔を向けてくんな。
普通に重罪だわ。
「その案は二度と口にするな、俺の部屋から犯罪が流行したら困る。それとアンナちゃんには後で話がある」
「もう時効なのです!」
嘘だな、絶対わりと最近の話だ。
しゃべる時の気持ちの入り方がそんな感じだった。
「だが……教えてくれギルマス……オレはどうしたらあの野郎を追放できる……オレはあと何回、仲間からの苦情に耐えればいいんだ……」
「伯爵の顔を潰すから追放は無理だって自分で言ったろ」
「……クランリーダーやんのつれぇわ……」
「栄光の代償として受け入れるしかないですねぇ」
ぽん、と小さな手が肩に乗せられる。アンナちゃんにすら憐憫の眼を向けられるヴォルターの背中には哀愁が感じられた。
如何な強者と言えど、パトロンやお得意様のご機嫌取りに、大手クランともなれば他の高ランク冒険者からの突き上げ――といろいろ悩みがあるのだろう。眉から頬にかけて刻まれた戦いの疵が、泣き跡に見えるくらい追い詰められていた。
「……顔上げろよ。俺がそいつと話してみるから……」
「おお、ギルマス、いいのか……心の友よぉ!」
業務規程より同情が勝った。
俺達は、問題の元王宮魔導士のいる『ドラゴンスレイヤー』クランハウスへ行くことになった。
「あの野郎に解雇など生温い。殺そう」
「だからなんでアンタが一番キレてんだよ」
『ドラゴンスレイヤー』クランハウスからギルドへ帰ってきた俺達は、ヴォルターの前で正座させられていた。
「マジで反省しろよ! 特にそっちのエルフ! オレのクランハウスをぶち壊しやがって!」
「そうだぞアンナちゃん、めっ」
「ごめんちゃい」
「軽いんだよ謝罪がよォ!! つか最初に焚きつけたのはギルマスだろうが! これだからSランクの連中は手に負えねぇ!!」
件の元王宮魔導士、ハインツ・ビネット氏と直接お話してきた。
その結論から言うと、ハインツは真性のクズだった。貴族の息子とか関係ない。呼び捨てで十分だわあんな奴。思い出すだけで胃がむかむかしてポーションを樽で一気飲みしてしまいそうになる。
そのクズ曰く――
自分が所属しているだけでクランに箔がつくんだから依頼まで受ける義理はないんだとか。
もちろん給料は他のメンバーと同様にもらい続ける。
さらには、クランへ移ってから腰の調子が悪いから治療費を出せと要求。
仲裁に入った俺に対しても『自分と話す時は平伏しろ平民』と要求。
しかもあの変態野郎……うちの秘書に向かって『性奴隷として飼ってやる』なんて抜かしやがった。
「むふふ~」
なぜかアンナちゃんがにまにまして俺を見ていた。
「…………なに笑ってんだよ」
「タクミさんてば~、わたしのためにそんな怒らなくていいんですよ~。ほんとはわたしのこと大好きなんですから~、このこの~」
「たりめーだ! 相棒がコケにされたら戦争しかねえだろーが!!」
「えっ……あっ、これひさしぶりに本気で怒ってるですね」
「おうよ! アンナちゃんをいじっていいのは俺だk、ギルドの代表として従業員は守るのは当然だ!」
「おい、いまなに言いかけたです」
俺は、ブラックな職場が嫌いだ。
パワハラ上司が嫌いだ。
ロリに手を出してしまうロリコンも嫌いだ。
だけど、働かずに権利だけ主張するクズも死ぬほど嫌いなんだよ。
血反吐はくまで鉱山で働かせてやりたくなる。
「というわけでヴォルター君。全面的に力になろう」
「お、おう。ほどほどに頼まぁ……」
ヴォルターが小声で応える。
既に、アンナちゃんにGOサインを出したら『ドラゴンスレイヤー』クランハウスの一室を吹っ飛ばすという事件を起こしているせいか、訪ねてきた時より勢いが弱くなっていた。
しかし、手加減ありとはいえ『劫炎の魔女』の一撃を防ぐ結界を張れるとは……クズはクズでも腕だけはあるようだ。もっとも、それでハインツは完全に仮病だとわかった。恵まれた職場で怠けるやつには、罰を与えなければならない。
俺は執務室に取りつけられた伝声管の13番を開けて鈴を四回鳴らす。しばらく待つとノックの音が響いた。あまりギルドでは見ない全身黒ずくめの冒険者の登場に、ヴォルターが背中へ手を回した。
「アサシンだと!?」
「魔剣をしまえ。黒子さんは警戒しなくていい」
「でもソイツ……闇ギルドのやつじゃねェのか……?」
黒ずくめの冒険者・黒子さん(仮名)が首を振る。
闇ギルドとは、犯罪者の互助会みたいなものだ。
合法的な何でも屋が冒険者ギルドで、非合法な何でも屋が闇ギルドといったところか。
冒険者の中には魔獣よりも犯罪者狩りを好むバウンティハンターもいるため、我々とはすこぶる仲が悪い。だからこんな場所に出入りできるはずもない。
「彼女はここの元利用者だよ。先月、とある貴族のところから引き抜いたばかりだから身元は保証する。今は個人や組織の調査を行うクランを作って、そこの代表を任せている」
黒子さんをわかりやすく言うと、子飼いのスパイだな。
無口で雰囲気は闇ギルドの連中に似ているけど悪い人じゃない。
「その調査専門クランとやらで何をするんだよ」
「もちろん、ハインツを脅迫する」
平然と答える俺を、ふたりは開口したまま見ていた。
「アンタさっき、犯罪者がどうとか、俺の部屋から犯罪が流行したら困るとか語ってなかったか?」
そのツッコミはごもっとも。
しかし、立場が変われば意見も変わるのが人間だ。
「ふむ………………これは俺の故郷で弁護士がよく使う言葉なんだが……法治国家において、犯罪とは悪事を働いた時ではなく、裁判で有罪判決が下った時に初めて成立する。だから判決が下るその瞬間まで、犯罪者と呼んでいい人間はどこにもいないのだ」
「ひどい詭弁を聞かされたですよ」
その通り詭弁だ。
だが法とはそういうものだ。
平等を保つため、正しい審判を行うため、法は悪党にも武器を持たせる。
「しかも、審判を司法へ委ねるには時間と金がかかる。法は体力のない弱者より金を持った悪党に味方する。だから人は、時に法を犯してでも自分の信じる正義を為さねばならない」
「こいつはダークヒーロー気取りのとんだダブスタ野郎ですぅ」
「そのダブスタ野郎の手下のくせに」
「罵り合ってるけど、アンタら基本的に同類だろ……」
そもそもこの程度の事ができなきゃギルドマスターなんてやってられん。
貴族が冒険者を搾取するために、どれだけ汚い手で脅してくると思ってんだ。
でもまあ、その辺はヴォルターもいろいろ経験しているらしく、ツッコミもほどほどに作戦は決行されることになった。
「まさか治療費とやらがマッサージ代だったとはね」
「ヘルスだろ。あの野郎、オレをナメやがって……殺してやる……」
黒子さんから受け取った調査報告書を読みながら、俺とアンナちゃんは爆笑していた。なお、ヴォルターはキレすぎて眼が血走っている。
ハインツが『ドラゴンスレイヤー』で仕事をしない言い訳が『治療不可能な腰痛』との事だったため、まずは本当に治療に努めているのかを調査してもらった。
確かに彼は足しげくマッサージに通っていた。ただそこは、大人の会員制高級マッサージ店『メンズエステ・夜の蝶』という場所――簡単に言うとえっちなサービスをしてくれる店だった。
「ほらぁ、前に言ったとおりですよ。男なんてこんなもんなのです」
「そこでアンナちゃんが勝ち誇った気になるのはおかしい」
ハインツはその嬢に惚れこんでいるらしく、かなりの額を貢いでいた。
黒子さんの描いた似顔絵によると、いわゆるロリ系。しかし、どこか母性を感じさせるようなタイプだ。顔もかわいくて常に人気トップスリーに入っているような高級娼婦。
当然の如く、ハインツは相手にされていない。嬢には嬢で貢いでいる相手が他にいるのだから、いくら貢いだところで財布扱いから抜け出せることはない。
『非モテ男』⇒『風俗嬢』⇒『ヒモ』⇒『ギャンブル』という穢れたピラミッドの最下層。愛と性欲と金の奴隷階級である。
しかも既に借金まみれで、お店にはツケで通っていた。『ドラゴンスレイヤー』の依頼に参加しない本当の理由も、個人でこっそり別の依頼を受けて金策に奔走しているからだった。
この時点でいくつもの契約を破っているのはハインツ側であり、いつでも解雇を言い渡せる。しかし、自分をナメた相手は、痛い目に合わせてやらないと気が済まないのが冒険者という人種だ。
「夜の蝶の出資者とヒモが通っている賭場の胴元は同じ、闇ギルドのメンバーのようです」
「……作戦が決まったな」
黒子さんが耳元で報告してくる。
違法風俗に違法賭博。
この類の輩なら、人さらいや違法奴隷もやっているだろう。
ただでさえ王都の貴族達が懸賞金をかけているような賞金首、何をしても構わないというわけで。
「アンナちゃん…………焼き討ちの準備だ」
「かしこまっ!」
通常業務を一切しないだけあって、こういう時は良い返事だった。
その夜、アンナちゃんと黒子さん達を連れて、違法賭博場を襲撃した。
賞金首の懸賞金では破壊したクランハウスの補填にはまだ足りない。なので、ついでに金庫に保管してあった闇ギルド発行の債券を奪ってヴォルターに渡してあげる。
調査書と債券を突きつけられたハインツは、顔面蒼白となり、その場で残りの人生を懸けて『ドラゴンスレイヤー』へ忠誠を誓う。
追加のダメ押しで、お気にの風俗嬢には本命の彼氏がいることも教えてやると、なにやら既に死にそうな顔になっていたが気にしない。
また、違法賭博場を襲撃した際、
「テメェ……オレ様が誰かわかってるのか、必ず報復してやるぞ」
などとイキがる賞金首に対して俺が、
「我々は元王宮魔導士のハインツ・ビネット様の命令で来た。ぼったくり風俗店の借用書がどこにあるか教えろ。さもなくば、劫炎の魔女の究極破壊魔法『ベイクドポテト』で貴様ら全員消し炭にしてやる」
と答えているため、現在ハインツは闇ギルドから狙われている。
大手クランである『ドラゴンスレイヤー』に所属している内は、向こうも報復合戦を恐れて手を出してこないだろう。しかし、クランをクビにされた瞬間、物理的に首が落ちることになるだろうから、今後は死ぬ気で働くはずだ。
「わたしの奥義がお芋料理になってるんですけど……?」
「とにかくこれで一件落着だな。また困ったら相談に来るといい」
「…………いや、今後はできるだけ自分達の力でどうにかするわ。もうSランクの連中とは関わりたくねぇ、無茶苦茶すぎる……」
事が大きくなりすぎたせいかな。ヴォルターは悩みが解決したというのに、やや消沈した様子でギルドを去っていった。彼は魔剣持ちのわりに繊細なメンタルの持ち主だったようだ。俺も今後は第一印象で危険人物だと差別しないように気をつけよう。
「ねえねえ、タクミさん」
今回関わった組織と貴族の情報をまとめていると、アンナちゃんがなにやら不思議そうな目で俺を見ていた。
「タクミさんってくそザコなめくじのくせに、賞金首とかハインツとかヴォルターちゃんとか……誰が相手でも普通に怒鳴りますよね。わたしには煽るなとか言うくせに……心臓に毛でも生えてるですか?」
どうやらアンナちゃん的には、俺が恐怖心の欠如した欠陥人間に見えるらしい。
「簡単な話だ。高位の冒険者ほど相手の強さを読むのに長けている。だからみんな、格上を怒らせまいと下手にでる。自分から自分が弱いとアピールする……。そこを敢えて、どこでも誰が相手でも常にデカい態度を取ることで、能力を隠す技術を持った凄腕だと周囲に勘違いさせるのだ。強気外交の真髄ってやつだな」
生まれた時から手札にブタしかこない人生を歩んでいれば、はったりの技術だけは上がるってなもんさ。
俺の場合特に、一回のミスが死に繋がるからな。相手がDランクだろうとSランクだろうと違いもないし、この点はもう開き直っている。
「なにそれぇ! タクミさんすげー! 弱者の知恵すげー!」
「ハハハッ、そんなにほめ……誰が弱者だ」
「タクミさんは草原のスライムと一緒~♪ ぷちぷちぷっち~♪ ぷちっと踏むまで、弱いことすら気づかれな~い♪」
「変な歌作るなッ」
しかし、あれだな……今回、俺も初めて身をもって知ったけど、クビにする側もする側で、別の苦労があるんだな……ギルドでまともに働かない職員なんてアンナちゃんしかいないから知らなかったわ。
作者が自分の働いてる職場がブラックだと感じた瞬間シリーズ!
第五位
会社駐車場が放火された時
どんだけ恨み買ってんだよ…




