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第二話 SOLDIER

「――というわけでできたのが、この退職代行サービス課だ。なにより大事なのは前の職場と揉めない円満退職! これからは仕事も職場も選び直せる時代だ!」

「はぁ……」


 さっそくやってきたお客さん第一号。

 戦士風の男に、この『退職代行サービス課』がどういう場所なのか説明してみた――のだが、なんとも覇気のない返事がかえってきた。


 仕事をやめるにはエネルギーが必要だ。

 しかしその気力すらも失ってしまった、という人をサポートするために作った場所なわけなんだけど、せめて返事くらいはしっかりしてほしい。

 新設部署の功績を早く作りたいのに……受付嬢たちにもうちょっと相手を選ぶよう伝えておいた方がよかっただろうか。



「ほら、君も戦士ならわかるでしょ。『もう死ぬぅ!』って時でも、大切な仲間のためだったら最後の瞬間まであきらめずに踏ん張れるじゃん? 命を懸けて戦う冒険者なんて仕事だからこそ、仲間とか環境って選ばなきゃダメなわけよ」

「でもタクミさん。気に食わない仲間なら、モンスターから逃げる時に足ひっかけて囮にしても心が痛まないというメリットもありますよ」

「君は見かけによらず考え方がゲs……現実的だねぇ」

「えっへん! 大人の女はシビアなのです」

「うんうん、今後どのクランにも入れないようブラックリストに載せておくね」

「なんでですかぁ」

「考え方が邪悪だからだよ」


 俺と小さな邪悪ことアンナちゃんが、場を和ませようと小芝居をしている間も、男はくすりともしなかった。



 だがわかる。わかるぞ。

 この虚無な表情はアレだ。鬱だな。


 前世で共に働いていた社畜達。

 そして毎朝、電車の窓ガラスに映る自分の顔……何度も見てきた。

 優秀な冒険者にありがちな上昇志向というか『俺様は特別なんだ。お前らみたいな雑魚とパーティーなんて組んでいられるか!』って理由でクランを抜けるタイプでないのは間違いない。


 まずは彼の話を聞くことにしよう。



「名前は」

「……シールズです」

「とっても強そうな名前なのです。軍の特殊部隊にいそうです」

「彼はどちらかというと友達に騙されて学生運動とかしてたタイプじゃないかな。気が弱そうだし……てか脱線させないの。……次、職業は」

「ポジションは前衛職、パーティーを守る盾役です」

「職業、肉壁戦士っと」


 書類のメモに、シールズ君は少しだけ不満そうな目でにらんできた。

 だが無視して質問を続けていく。

 所属するクランの名前、クランメンバーなどの内情、どうしてクランを辞めたいのか――



「言葉にすると金に汚いみたいに聞こえるかもしませんが……金欠で……」

「タクミさんタクミさん、これアレですよ。どうせ色町で女に貢いでるとかですよ。男の冒険者はみんな、命が危険に曝されると種を残そうとする本能が刺激される~とか言って女遊びで身を滅ぼすです。わたし知ってます!」

「それは男性冒険者に対する偏見だよ」


 てきとうな事を抜かす耳年増を叱って話を続けさせる。



「受ける依頼に対して、君の出費と収入が釣り合っていない、ということでいいかな」


 書いた資料を読み返しながら同時に確認をしていく。

 彼はクラン内の中で盾役のリーダー格らしい。確かにその見てくれは歴戦の勇士……といえば聞こえはいいが、明らかに修理の追いついていない鎧の傷が目立つ。

 加えて数ヵ月前から、主力の僧侶が魔力枯渇症で教会へ治療しに帰っているらしく、シールズ君の負担――つまり、パーティーを組まされる回数やポーションの使用量が増えているのだとか。


「もしかして君のところ、消耗品の代金や装備はぜんぶ自分持ち?」

「はい」

「自腹かー」


 それは痛い。

 冒険へ出る度におサイフが泣いてしまいそう。


「なんでそんな契約しちゃったの。最初におかしいって気づくでしょ」

「それが……私のクランは、創立メンバーが同じ村から出てきた幼馴染でして……」

「あーなるほど、田舎者あるあるね」



 聞いて納得。

 この『幼馴染パーティー問題』、地方出身にはよくある話だ。



 彼らの出身地であるド田舎の村には学校がない。

 教会もない。

 行商人もろくにこない。

 今世で俺の生まれた村もそうだった。

 そんな外を知らない田舎モンが突然、『おらこんな村いやだ! 王都さ行ぐだ!』と旅立ったところで、学のない彼らは右も左もわからない。なにせ契約を交わす以前に字が読めない。彼らの最初の冒険は、都会の常識と読み書きを覚えるところからはじまる。



 しかし、なまじ才能があると『仲間だし細かいことなんて決めなくていいよな!』となあなあで済ませている内に、新しい仲間が増え、クランが大きくなり――気づけば、適当に流していた取り決めが契約として残って組織の障害となる。

 前世でもよくあった。仲の良い学生同士が集まって起業しても、最後は必ず金で揉めて会社が分裂する。アレと同じだな。



「でももう、自分限界で……臨時で新しい僧侶を雇おうと言っても『仲間を見捨てるのかよ!』ってクランリーダーにキレられるし……」

「仲間想いだけど視野の狭いリーダーについて行けないと」



 小声でアンナちゃんにも意見を聞いてみる。


「ぶっちゃけ…………この人、単に口下手なだけじゃない?」

「ですです。必要なことを満足に伝えられないコミュ障チキンは自業自得なのですよ。へい、ティキーーーン! ほうれん草食って出直せです!」

「こらっ、煽るんじゃない。彼も傷ついているんだぞ」


 細かく話を聞いたところ、ワンマンなリーダーに絶対逆らえないブラック企業ってほどひどくもなさそうだし、ちゃんと話せば通じるんじゃないだろうか。

 でも他の報告書も見てみると、盾職って寡黙な男が多いせいか、一人で問題を抱えて酒や女に溺れるやつが多い――って統計も出てるんだよな。となると、いずれは他のクランでも表面化する問題なのか。俺の立場的には、把握した今ここで手を打っておくべきだろう。



「よし、『新人が悪徳クランに不平等な契約を結ばされる事案が発生している』という体でギルドから各クランにコンプライアンスを見直すよう注意文を発行しよう。そこに君に似た事例もそれとなく書いておくから、その時に自分達にも悪いところがないか仲間と相談するといい。それでダメだったらもう一度来い」


 俺に出せる助け船はこんなもんか。

 すぐに辞める必要のある職場ってほどでもなさそうだし、昔からの付き合いなら短気を起こして縁を切るより、関係を修復した方がいいだろう。社会に出てからだと、仲間は作れても友人を作るのは難しいしな。



「……どうして……自分のような一介の冒険者にここまでしてくれるのですか」


 備考まで書き終えた書類を箱に入れると、シールズ君が瞳を潤ませてこちらを見ていた。


「わからない? 何でもひとりで出来る冒険者なんて、Sランクの連中みたいなモンスターよりモンスターしてるバケモノ人間しかいないだろ。だからこういう問題を放置して不人気職ができちゃうと、いずれみんなが困ることになるんだよ」


 そう、パーティーやクランだけじゃなくて――俺も困る。


 事実、剣士だけのパーティーとか魔法使いだけのパーティーとか、どんなに個人が優秀でもすぐ死ぬ。マジで死ぬ。

 将来有望な人間がほいほい死んでしまえば、当然、俺が責められる。

 だから俺は、ギルマスとしてジョブの多様性を守らねばならない。初心者だろうと中堅だろうとコミュ障だろうとみんな大事な仲間なのだ。みんな違ってみんなイイ!




「Sランク冒険者なんて雲の上の方に、こんな風に理解していただけるだなんて思いませんでした。さすが生ける伝説と呼ばれるお方だ」

「タクミさんの本当の実力はSランクどころかZランクくらいありますからね。ぷぷぷーっ」


 ナチュラルに見下してきやがるぜ。

 Zだと下限突破してるだろ。


 でも俺って、アンナちゃんが手加減しないとデコピンで瀕死になるレベルなんだよなぁ。

 だめだ、考えてたら俺の方が鬱になってきた。

 用の済んだシールズ君を部屋から追い出す。



「…………あ、しくった。退職の功績を作る予定だったのに、依頼一件目から仕事に引き留めてしまった……」

「ん? どうかしました?」

「なんでもない。気にしないでくれ」

「ん~??」


 アンナちゃんはまだ俺の企みに気づいていないようだ。

 次の相談者こそは必ず円満退職させてみせるぜ。




「ところで……今回は『もうやめてやる!』って結論まで行かなかったからいいですけど……この『退職代行サービス』って、他の当事者であるクランリーダーの意見は聞いてあげないですか?」

「はははははっ! 何もったいないこと言ってるんだ。無理難題を押しつけて社員を追い詰めたクソ野郎に、いきなり退職届を受け取らせて困らせるのが楽しいんじゃないか」

「ええー……」


 不信感を募らせたジト目が向けられる。


「もしかしてタクミさんがやりたいのって『退職代行サービス』じゃなくて『ざまぁ代行サービス』じゃないです? 自分が気持ち良くなるためにこんな部署を……」

「いやいやまさか。100%善意から生まれたサービスだよ」


 と笑って答えたものの、アンナちゃんの言う通りだ。

 他の当事者側の話も聞かないのか?って方。

 最初の客で気持ちが逸ってしまったけど、次からはアドバイスする前に、関係者の話もちゃんと聞こう。





作者が自分の働いてる職場がブラックだと感じた瞬間シリーズ!

第六位

仕事中、乗り込んで来たヤクザにスタッフが拉致された時

突然すぎて何が起こってるのか最後までわからなかったぜ


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