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第一話 START‐UP

 リハビリがてら久しぶりにいくつか短編書いてます。


「冒険者ギルドへようこそー! 本日はどういったご用件でしょうか!」


 ギルドには今日も元気な声が響いていた。

 冒険者などという荒くれ者たちのアイドルである受付の声だ。

 美男美女を揃えた彼ら、一時はギルドマスターの独断による『顔採用』などとやっかみも上がっていたが、今では彼女たちの声が冒険者たちの活力となっている。

 危険な仕事を前に内心では憂鬱になっている見栄っ張りな冒険者も、魅力的な彼らから「おはようございます!」とあいさつをもらえるだけで一日頑張れる。


「あの………………たいんですけど……」



 しかし、世の中には追い詰められている人がいるもので……。

 そうした人の目には、思わず見惚れてしまうような美男美女の姿も映らないし、活力をくれる声も耳に届かない。


 蚊の鳴くような声でぼそぼそと話しかける男も『ソレ』だった。


 大きく屈強な体に傷だらけの鎧を纏う歴戦の戦士――だというのに、あまりにも覇気がない。頬は痩せこけ、唇は紫に染まったまま小刻みに震えていた。


「すいません、聞き取れなかったのでもう一度言っていただけますか」

「だ、から…………を……たいんです、けど……どうしたらいいかなって……」

「それでしたら階段をふたつ上がって廊下一番奥の部屋へどうぞー」


 受付嬢の返事に、男はうつむいていた顔を上げる。

 門前払いされると思っていたのだ。


「…………え、どうぞって……話を聞いていただけるんですか」

「どうぞー。次の方どうぞー」



 本当に話を聞いてもらえるのだろうか。

 鎧の男はおぼつかない足取りで階段を上がった。案内された部屋のドアには“ギルドマスター室”と書かれた表札が目に入る。

 冒険者ギルド王都支部の現代表アマカス・タクミと言えば、中堅冒険者ごときでは話しかけることすら恐れ多い、18才の時に最年少でSランク冒険者に到達したという生ける伝説である。


 鎧の男はいきなりそんな大人物の下へ案内されてたじろぐ。

 自分のような者がどうして。軟弱者と叱責されるのだろうか。それとも何かアドバイスでももらえるのだろうか。いや、希望なんて持つな。冒険者なんて所詮は犯罪者一歩手前の連中ばかりだ。そこのトップに相談したところで何も変わりはしないだろう。


 だが、表札の右隅に小さく書かれた文字を見つけ、男は引き返しかけた足を止めた。


「冒険者ギルド……退職代行サービス課……?」





 *****





「冒険者っても実際は夢がないよなぁ……ああー、世知辛い……」


 ソロ冒険者、それは社会保障を受けられない個人事業主。

 いくつかのパーティーを抱える各クランは会社。

 大商人や王侯貴族がスポンサーについてる大手クランは一部上場企業。

 そして冒険者ギルドはハローワーク兼お役所……とでも言ったところか。



「うがぁー!! 会社員時代とやってること変わらないとかやってらんねー! 帰って浴びるほどビール飲みてぇー! エアコンがんがんに効かせた部屋で毛布に包まって寝てぇー! アンナちゃんもそう思わないか」


 出勤早々、朝っぱらから甘ったるい匂いを漂わせるちっこいエルフへ話しかける。


「えあこん? タクミさんはたまに何言ってるかわかんないですよ?」


 案の定、ちっこいエルフは連日の徹夜明けで疲労&ストレスがMAXの俺と違って平常運転だった。

 昨日も『寝坊したから今日はこのままお休みするですぅ』とか使い魔を飛ばしてきて、マジでそのまま出勤してこなかったし当然か。ストレスと無縁な生活がうらやましい。


「んまんま……朝食は食堂のスイートポテトにかぎるですねぇ~」


 ちびエルフのアンナちゃんは、いつも幸せいっぱいって感じだ。今日も休憩時間とか関係なしに、だらしない顔で口いっぱいにお菓子を頬張っている。


「そんなことよりタクミさん。一人前のレディにちゃん付けは失礼なのですよ。そもそもあなた、わたしより300も年下じゃないですか。敬意を込めてアンネローゼ様と呼ぶべきなのでは??」

「こっちが役職上なんだからいいだろ別に。俺ギルマス、そっち秘書」

「でも年下は年下でしょ?」

「あーでたでた、ロリババアのエイジハラスメント~」

「ババアじゃありません~! 人族に換算したらまだ十代ですぅ!」



 俺の秘書を務める『自称永遠の14才』が不満そうに机を叩く。

 このエルフ秘書は上司である俺に、いつも小馬鹿にしたような態度を取る。だが、そのふざけた態度の原因は彼女との年齢差にあるわけじゃない。


 異世界に転生して現在二十一歳。

 史上最速で『ウルザント王国王都支部』の頂点に立った伝説の冒険者なんて呼ばれている俺だが、その真の実力は最低辺であるEランクに位置する。強さという意味では一般人と変わらない。この世界にも戦闘民族がいたら『戦闘力たったの5か、ゴミめ』とか言われてたと思う。ようするに……俺はナメられていた。



「こんなちびっこにもバカにされて……あーもうムリ、転職したい! 芋畑でもなんでもやるから故郷の村に帰りたい!」

「ファム様が『貸しを全部返せたら辞めてもいいわよ』ですって」

「だからソレいつになったら辞めれんのさ。働きすぎて死にたくなるわ」

「『勝手に死んだらアンデッドにしてこき使ってあげる』とも言ってました」

「マジで鬼だよ、あの女~」


 この世界には、ポーションなんつう違反薬物よりヤバいエナジードリンクがある。それに治癒魔法も。死霊術で死人をゾンビやスケルトンにして使役する鬼畜女までいる。

 休日なしで毎日18時間の労働を強いられようと、死んで天国へ逃げることすら許されないブラックな世界なのだ。






 10年ほど前――


 剣に魔法にモンスター。憧れていたファンタジー感満載なこの世界に転生した俺は、家族の反対を押し切り12才で冒険者になった。

 そしてソロ冒険者として活動をはじめて半年ほどした頃、ファムと名乗る美人でやたらスタイルのいい女魔法使いがパーティーを組みたいとやってきた。


 年上スキーな俺は、妖艶な美女から『あなたには才能がある』と誘われて舞い上がった。まさか王都へ出てきていきなり、おねショタ展開がやってくるとは思いもしなかったからな。

 俺は彼女の気を引こうと無茶な冒険をたくさんした。何度も大怪我をし、何度も死にかけた。彼女の助けがなかったら軽く100回は死んでいるだろう。小さな怪我など数え切れない。

 だが気づけば……俺は何者にもなれないまま凡庸な青年となり、ファムへの借りだけが大量に積み上がっていた。


 この年齢不詳の魔法使いこそ、俺を今の地位にして裏から操っている前任のギルドマスター様である。



「くそっ、過労死する前に恩を返しきらないと……マジであの鬼畜外道の魔法でゾンビ奴隷にされてしまう」


 彼女とパーティーを組む際、何の疑いも無しに『互いに、ひとつ恩ができたらひとつ恩を返す』なんて内容の呪術契約を結んだのが間違いだったわけだが、今更気づいても後の祭り。この呪いのせいで俺はファムの言いなりになっている。



「巨乳に釣られたスケベが悪いですよ。だいたいわたしのことロリババア言いますけど、ファム様のが年上じゃないですか。あの人、ホムンクルスに魂を入れ替えて若さを保ってるだけですからね。うちの長老とマブダチの人間とか彼女だけですよ」

「エルフの長老とマブダチ……?」


 てことは……ファムの野郎、アンナちゃんより更に年上なのか!?

 うわぁ! 詐欺じゃん、完全に騙されたぁ!!



 つって、外見と中身があってないって意味じゃ俺も同類だったわ。

 見た目がエロい美女なら年齢なんてもどうでもいい問題だな。

 異世界でつまんねえこと気にしてもしゃーないしゃーない。

 気を取り直していこう。



 ところで、と話題が変わる。


「タクミさんはなんでそんな弱いくせにソロで冒険してたです?」

「え、なんでって……その頃は、その、なんていうか……俺にしかない特別な能力があるっていうか……俺だけチート的な強くなる方法があるんじゃないかと思って色々試していたというか……」


 だって思うじゃん。

 異世界に転生なんてしたら、自分は特別だって、誰だって思うだろ。

 チートで楽々最強ハーレムライフが待ってるはずだったんだよ。

 転生したところで、特別な才能が付与されてるなんてことはなかったけどな!


「ぷぷぷーっ、やだなにそれ~! みなさーん、ここに自分が選ばれし勇者だと思ってる勘違い野郎がいますよ~!」


 ちっこいエルフさんが腹を抱えて指さしてくる。

 転生のことは話していないから、ただの痛い話にしか聞こえないのだろう。…………にしたって笑いすぎだろ、こんなろー!


「あーおなかいたい~! ……ふつう『もしかして才能ない?』って途中で気づきません?」

「もちろん途中で思ったさ。俺は大器晩成型だったんだなって」

「大器っ、晩成っ! まだその言葉が出るのがすごすぎですぅ。ぷぷぷ、自己肯定感強い人ってほんと無敵ですよね~」


 あのなぁ、人生なんて宝くじと同じで夢見てる時が一番楽しいんだよ。

 若い頃から自分を信じずに生きるとか損するだけだろ。


 まぁそうした結果、悪い女にだまされて今の俺があるわけですが。







 ここの長である俺の仕事は、ギルドの依頼を円滑に回すことだ。

 絶対ミスが許されない王侯貴族からの依頼の割り振り。そうした依頼主から無茶な話が来た場合の折衝。できないもんはできないとはっきり突っぱねないと、貴族連中は容赦なく冒険者を使い潰そうとしてくるからな。

 あとは他の都市や軍部との連携が必要な案件……上級職員でも対処できないような依頼は俺が応じる必要がある。冒険者の心のケアも受け持っているし、ギルド職員への福利厚生なんかも俺が決めている。



 一人優雅に朝のケーキタイムを楽しむ秘書の隣で書類をめくっていると、職員からの報告書で手が止まった。



 この数ヵ月、依頼の失敗が徐々に増え続けているだと?



 冒険者は単細胞の無鉄砲野郎ばっかりだ。

 昔の俺のように、実力以上の仕事を受けて死ぬ若者が絶えない。

 その点はなんども注意喚起をしているんだが……と考えながら書類を読んでいたが、原因は違ったようだ。


 依頼を失敗しているのは、これまであまりミスのなかった中小クランだった。

 中堅どころの集まりである中小クランは、大手と違ってむやみやたらと新人冒険者を採用しない。だから無茶な新人教育で犠牲者を出すこともない。自分達の力量を正確に理解して堅実に仕事をこなす集団であり、一番依頼の成功率が高い層とも言える。



「なんでだ。急に上を目指したくなる意識高い系クランでも増えたか……」

「ほんとはタクミさんが何かミスったんじゃないですか~」

「俺の責任問題にしようとすんなって。無理な依頼はちゃんと弾いてるし、依頼料も受注資格も適切に割り振ってるだろ」

「まぁタクミさんの場合、手を抜くとアンデッド化が近づきますしね」

「おうよ」


 ファムの呪術による取り立てからは誰も逃げられない。


 ……とはいえ今回の件はちょっとまずいな。

 このままだとギルド全体の評判が落ちてしまう。たとえ俺個人の仕事にミスがなくても、ギルドマスターはギルド内での事に責任を持たなければならない。急いで何か対策を講じなくては……。俺は書類との格闘をはじめた。






 結論から言うと、依頼失敗はクラン内の不仲が原因だと考えられた。

 戦闘での連携不足や冒険に出る前から連絡の不備が見られる。


「仲悪いなら辞めて別のクランに入れてもらえばいいのに」

「エルフの箱入り娘にはわからんだろうけど、近場かつ同職で再就職ってむずかしーんだぞ」

「じゃあどうするですか?」



 同じクランの冒険者といえば、互いに命を預ける仲間だ。軽いノリでほいほい入れ替えるわけにはいかない。

 そうすると、頼りになる奴ほど引き留められるし、仲間を置いて自分だけ上のレベルに行こうとすれば、裏切り者として根も葉もない悪評を流されたりもする。その噂で、最初に信用できない奴だと疑われてしまうとヨソへ行っても中々馴染めない。

 こんな世界じゃ年取ってから他の職種になるのも難しいし、心機一転して外の土地へ移るのも難しい……。



「辞めたいのに辞められないジレンマ……ん? 理由はちがうけど、俺と同じ……か?? ああそうか、くくくく、なるほどね」


 ふと閃いた案に口元が緩む。

 この事態は俺のために利用できるかもしれない。


「なにがなるほど?」

「決めたぞアンナちゃん! 俺はこの国に働き方改革を起こす!」


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