第七章 風が吹く場所へ 〜 終章
それでは、物語は静かに終章へ――
別れではなく、風のような“再接続”としての別れを描きます。
目を開けたとき、そこはもう祠の中だった。
時間が経ったのか、まったく経っていないのか、それすらわからない。
ただひとつ確かなのは、
あの“空白”のような場所で起きたことが、夢でも幻でもないということだった。
風の匂いが変わっていた。
空気の粒子ひとつひとつに、誰かの“気配”が宿っている気がした。
それからというもの、俺はまた丘へ通いはじめた。
あの丘には何もない。
古びたベンチと、少しだけ風の抜ける空。
それでも、そこに座って空を見上げると、胸の奥がすこしだけ、静かになる。
それで充分だった。
誰かを想い続けることは、きっと、祈りに似ている。
宗教的な意味ではない。
もっと個人的で、生活に根ざした、ささやかな祈り。
朝、窓を開けて風に挨拶するような。
夜、灯りを消して名前を呼ぶような。
そんな形で、人は記憶のなかの誰かと、生きていけるのかもしれない。
風が吹くたびに、思う。
アイリは、もうこの世界にはいない。
でも、消えてしまったわけじゃない。
失われたのでもない。
ただ、“もう別の時間”にいるだけだ。
そして俺たちは、その“別の時間”とすれ違いながら、
ほんのときどき、風の音や、空の色や、夕焼けの匂いの中で、
ほんの一瞬だけ、交差する。
その一瞬を“再会”と呼ぶなら、
俺は何度だって、風のなかに君を見つけるだろう。
「また来るよ」
丘の上、空に向かってそう呟く。
風が答えた気がした。
ささやかな音とともに、枝葉を揺らして。
まるで、微笑んでいるように。
終章 ―そして、風はつづく―
忘れない。
どんな時も。
きっと、そばにいるから。
そう信じられることが、
人が人として生きていくために必要な、“祈り”なのだと思う。
風が吹く限り、
俺は、君を探しつづけるだろう。
君の記憶のなかで、
そして、自分自身のなかで。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
このローファンタジー小説『風の記憶と翡翠の空』は、ここで終了となります。
次に登場人物紹介をしてから、もう少し詳しい個別エピソードを追加していく予定です。
もしよろしければ、次回もどうぞご一読くださいませ。