第一章 雨上がりの丘で
今回は、幻想と現実が曖昧に交差するような雰囲気のローファンタジー寄りの物語となります。
気に入っていただけたら幸いです。
雨が上がった午後、俺は旧市街のはずれにある丘へ向かった。
この街に帰ってくるのは、何年ぶりだろう。すっかり舗装された通りを歩きながら、それでもところどころ残る石畳の感触が、昔の記憶を引き寄せる。
丘の上には、何もない。ベンチがひとつ、傾いたまま放置されているだけだ。
けれどこの場所には、昔から「風が鳴く」という噂があった。俺とアイリが、最後に言葉を交わしたのも、ここだった気がする。
そのとき、風が吹いた。
ふと、あの声が聞こえた気がした。
――リュカ、と。
だが振り返っても、誰もいない。
ただ風だけが、午後の街を抜けて、音もなく流れていく。
アイリがいなくなったのは十年前。
正確には“失踪”という形だったが、警察も町の人間も、誰一人彼女を見つけることはできなかった。
あのとき、俺はまだ十四歳だった。
記憶は曖昧だ。
けれど、アイリは“風の声を聞ける”と言っていた。まるで本気でそう信じているようだった。
俺にだけ打ち明けてくれたその秘密は、当時の俺には、なぜか少し怖く感じられた。
「……君を、守れる気がしたんだ」
そんなことを言ったのは、俺の方だったはずなのに。
守るどころか、何もできなかった。
彼女は風のように消えて、俺だけが取り残された。
今日この場所に来たのは、たまたまじゃない。
古書店で見つけた、ある一冊の本がきっかけだった。『記憶の風と忘れられた門』――著者不詳、発行元不明。
その本の中には、俺とアイリしか知りえないような言葉や、記憶にそっくりな場所の描写が書かれていた。
そして、最終ページにはこう記されていた。
> “風の門は、心の鍵によって開かれる”
> “そのとき君は、記憶の狭間で彼女に出会うだろう”
ありふれた都市伝説のようでいて、それが俺には妙にリアルに思えた。
そして今、風が吹くたびに、胸の奥がざわめく。
――あの日、きちんと手を伸ばしていたなら。
この風が、ただの自然現象でなければ。
もう一度、彼女に会えるのなら。
そんなふうに考えてしまうのは、きっと、大人になりきれなかった男の、未練なのだろう。
このような調子で、「幻想を現実が侵食してくる」ような世界観で進めていきます。
ファンタジー要素はじわじわとにじませていき、「風の門」や「記憶の狭間」は後半に初めて確信に変わる…そんな展開にしていく予定です。
次回は第2章「本の記憶と“風の門”の手がかり」です。
気に入っていただけたら、どうぞ次回もご一読ください。