修業開始1
オリジナリティをつけるためには、まず基礎をきっちり身につけなければならない。そのことを、俺はリーヒンドから言われてようやく実感し始めていた。
「ダナー。そもそもお前はアレをガチっとやらなきゃダメだ。グッとしてバーンとすんのはまだまだ早い。」
リーヒンドの言葉を噛み締めるように聞いた。確かに、俺はいつも派手に攻撃をして、何かを「決める」ことを目指していたけど、それが何か根本的に欠けていたんだろう。基礎を無視して、いきなり華やかな必殺技を求めていた。でも、リーヒンドが言う通り、今の俺にはその前にやるべきことがあった。
「そうですか……まずは基礎を頭に染み込ませるところから、ですね!」
俺は口元を引き締め、決意を新たにした。リーヒンドはその反応にちょっと驚いたようだったが、すぐに頷いて言った。
「ほんとによく分かるな。」
俺は軽く笑った。
「"考える習慣"の賜物ですよ。」
リーヒンドは黙って頷いた後、手を振って言った。
「まぁ良い。このマネキンに実戦感覚で攻撃しろ!」
その一言で、俺は再び気を引き締めた。今度こそ、無駄な力を使わず、基礎を固めるつもりでマネキンに向かっていった。体の動きと型を合わせる。呼吸を意識し、動きがスムーズになるように。
だが、数回攻撃を繰り返していると、リーヒンドが突然声をかけてきた。
「おい、ダナー。ちょっと止めろ。」
俺は攻撃を止め、リーヒンドの方を見た。彼は腕を組んで、じっと俺を見ている。
「マネキンの立場で戦っているか?」
その言葉に、俺はハッとした。確かに、今までマネキンを相手にしても、自分が優位に立っていることばかり考えていた。攻撃して倒すことにしか集中していなかった。でも、マネキンだって「敵」なんだ。相手として戦う覚悟を持っていなければ、成長はない。
「お前にはまだマネキンは早いってことだ。」リーヒンドはそう言い、無表情で腕を組んだ。
その一言が、俺の胸にズンと響いた。確かに、マネキンをただのターゲットとして扱っている時点で、俺の戦い方は甘いのかもしれない。自分にとっても、敵として立ち向かう覚悟が足りなかった。
俺はその後、リーヒンドが言った通り、ひたすら基本の型に集中した。無駄な力を抜き、動きが自然に体に馴染むように。一度も頭で考えず、体が勝手に動くように繰り返した。
リーヒンドはその間、何度も俺にアドバイスをくれた。擬音語での指示が、どんどんスムーズになっていく。彼が時折放つ「バキッ!」とか「シュッ!」という言葉に合わせて、俺はだんだんと動きが自然に出てきた。しっかりと足元を見て、バランスを保ちながら、攻撃と防御の一連の動作がつながる感覚をつかんでいった。
そして、いつの間にか、リーヒンドが口を開いた。
「いいぞ、その調子だ。もう少しだ。」
俺は息を切らしながらも、次々に基本の型を繰り返した。頭の中で動きをイメージしながら、体がそれを追いかける。最初は戸惑っていたが、だんだんと動きがスムーズになり、型に自然と体が合わせていくのが分かった。
そして、気づけば何時間も経っていた。汗をかき、肩で息をしながらも、確かな手応えが感じられた。リーヒンドの言った通り、まずは基礎を徹底的に身につけることが、何よりも大切だということが、ようやく理解できた。
リーヒンドが満足そうに頷きながら言った。
「これでやっと、次のステップに進む準備ができたってことだ。」
俺は笑みを浮かべ、頷いた。確かに、まだまだ道は長い。でも、確実に一歩を踏み出せたような気がした。
次は何をすればいいのか、リーヒンドの言葉を待ちながら、俺はその一歩を踏みしめた。
小等部の授業を終えた放課後、俺の日課となったのは、リーヒンドのもとで修行を積むことだった。それは、最初は義務感から始めたことだったが、今ではすっかり日常の一部となっていた。
今日もまた、基本の型を体に覚え込ませるために特訓を繰り返していた。最初のうちは、ただ動作を繰り返すだけだった。しかし、今は違う。一振一振に意味を込め、流れ作業にしないよう意識しながら、丁寧に素振りを続ける。それでも、最初の頃より疲労感は桁違いに増している。だが、それに比例する形で、着実に自分の成長を感じ取れるようになっていた。
「ダナー。今の一振はかなり良かった。」
リーヒンドの声が響く。その言葉に、俺は反応して立ち止まる。息を切らしながらも、なぜか嬉しさがこみ上げてきた。
「!」
「どうして今のが良かったんですか!?」
俺はその場で息を整えながら、質問した。リーヒンドは一瞬、無言で俺を見つめ、そしていつものように言葉を続けた。
「お前がゼーゼーした時にちょっとボーッとしたろ。ガチガチがシューンってなってボーッとしたままダルーンからのシュッ!だった。」
「……!」
俺はその言葉を反芻する。ガチガチだった動きが、一瞬でシューンと抜けて、ダルくなる。そして、そこからシュッ!と一撃が決まった。
「今の振り、覚えとけ。」
リーヒンドの言葉が響いた。どうしてその振りが良かったのか? リーヒンドが言うには、体が極限まで疲れたときに、俺は自然と脱力状態に入った。それによって、体が無意識に「何をすべきか」を判断し、動きが自分で決まったという。頭を使う余裕がないからこそ、体が勝手に覚えた動きが生まれたということか。
その時、俺はふと理解した。戦闘中に考えすぎると、動きが鈍くなる。でも、余裕を持って体を動かすことができれば、その時に直感的に何をするべきかを判断できるということだ。要は、「考えるための余裕を作り出す」ことが必要だと、リーヒンドは言いたかったのだ。
その瞬間、何かが腑に落ちたような気がした。疲れていないときでも、この脱力状態を作り出すことができるようになれば、もっと早く、もっとスムーズに動けるようになるはずだ。
「今の一振、良かったんですね……!」
俺は少し驚きながら、リーヒンドに答えた。まだその感覚をうまく言葉にできないけれど、確かに何かが違った。今までの動きと比べて、何かが軽く、自然に、無理なく決まったような気がした。
「まあな。けど、今のを疲れていない時に出来るようにしなきゃな。」
リーヒンドが再び指導を始めた。俺はその言葉を胸に、次の一振りに集中した。今日はきっと、自分の限界を少しだけ超えることができる。リーヒンドの教えを、一つずつ体に落とし込んでいく。それが俺にとって、今一番大切なことだと感じた。
「よし、もう一回やってみろ。」
リーヒンドがそう言うと、俺は深呼吸をして、改めて振りかぶった。体が覚えた感覚を忘れないように、次こそは余裕を持って、その一振りを決めるぞ、と。
それでも、今日一日の修行で得たものは少なくない。確かにあの一振をもう一度、欲張ってやろうとした結果、剣筋に力みが入って、結局また体力を無駄に消耗してしまった。しかし、それが逆に大事な教訓となった。
リーヒンドの言葉が耳に残る。
「欲を出しすぎるな、アホタレ。」
その通りだ。あの一振が素晴らしい出来だったからこそ、何度もそれを再現しようとしてしまった。しかし、力みすぎては意味がない。逆に余計な力を入れてしまい、リズムを崩してしまう。欲張りすぎると、その瞬間の感覚が失われてしまうことを学んだ。
「今日はこれで終わりだ。ストレッチして帰れ。」
リーヒンドが俺に告げる。俺は疲れた体を引きずりながらも、素直に従うことにした。まだ終わりたくないという気持ちもあったけれど、体がそれを許さなかった。特訓が終わるたびに、毎回思うことがある。それは、ただ疲れ切っただけではないということ。こうしてリーヒンドと一緒に鍛えている時間が、着実に自分を成長させているのだと感じる。
俺は言われた通り、ストレッチを始める。呼吸を整え、筋肉をほぐしながら、今日の特訓を振り返る。
あの一振りが出来たからこそ、次はそれを自然に出せるようになりたい。そして、力みが入らないように、無駄な欲を出さずに、そのタイミングで適切な力を使えるようになることが課題だ。
「メンタルコントロール、か…。」
つぶやきながら、俺はストレッチを続ける。これも修行の一環だと思って。精神面の強化も、戦闘では欠かせない要素だ。
俺が考え込んでいると、リーヒンドが突然言った。
「まあ、焦るな。お前は着実に進んでるよ。」
その言葉が、少しだけ心を軽くしてくれる。リーヒンドは、いつも厳しい言葉をかけてくれるが、その中には必ず俺を認める一言が含まれている。俺はその言葉を力に変えて、明日の訓練に臨むことを決意した。
「明日も、頑張ろう。」
心の中で誓い、ストレッチを終わらせて帰路に着く。まだまだ道のりは長いが、少しずつ進んでいる実感がある。その一歩一歩を大切にしていきたいと思う。