修行、ベクトル
ダナーは、日々の努力を重ねることで着実に力をつけていった。
かつて「ヘナチョコ」と呼ばれていたあの少年の姿はもうどこにもなかった。
小等部で行われる剣術大会において、10歳という年齢ながらも上位30位に食い込むほどの実力を持つまでに成長していた。
それでも、彼にはまだ足りないものがあった。それは、導き手の存在だ。
元々彼にとっての導き手となっていたイェレスは、すでに帝国剣術学院の特待生として認められ、剣の鍛錬を学院で本格的に行うようになった。
その結果、イェレスは小等部にはほとんど顔を出さなくなった。
また、ダナーはかつて「ヘナチョコ」と呼ばれていた経緯があるため、未だに周囲の大人たちから実力を認められないことも多かった。
「手をつけられない」と思われ、無視されることが少なくなかった。
それでもダナーは諦めなかった。
その忍耐力と努力は確かに実を結んできていたが、壁は高かった。
2年が過ぎ、ダナーは12歳になり、卒業までの残り1年となった。
このままではいけない。
大会の前に、今の自分の限界を突破しなければならない。
そう思い立ったダナーは、ある人物の元へと足を運ぶことを決意する。
その人物とは、島の長であり、かつて帝国剣術学院で首席を手にした剣士、リーヒンドだった。
リーヒンドは島で最も尊敬される剣の使い手であり、ダナーの心の中で、最も頼りにすべき存在だと感じられる人物だった。
その手から学べることがあるなら、今の自分を超えるために必要な一歩を踏み出すための力を得られるはずだ。
「リーヒンドさん、お願いします。」
ダナーは心の中で決意を固め、リーヒンドの元へ向かうことにした。
彼の求めるものはただ一つ。
立ちはだかる大きな壁をぶち破ることだった。
リーヒンドは、かつて自身が帝国剣術学院で学んだことを元に、剣術の真髄を身につけていた。その教えが、ダナーにとって新たな道を示すことになるだろう。
ダナーの挑戦が、今、始まろうとしていた。
「帰れ。」
リーヒンドは即答した。
その言葉に、ダナーは一瞬、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。しかし、すぐにその感情を押し込め、力強く言い返した。
「お前、知ってんだろ?俺がそーいうの断りまくってるの。」
「そんなん知りません!」
「じゃ尚更帰れ!」
リーヒンドの冷たい言葉に、ダナーは歯を食いしばりながらも立ち上がる。
だが、その後も言葉をかけることができず、ただ黙ってその場に立ち尽くすばかりだった。
このやり取りが始まってから、すでに5日が経過している。
毎日、何度もリーヒンドの家を訪れては、同じ言葉をかけられて門前払いをくらう。
最初のうちは必死に理由を聞こうと問い詰めていたが、リーヒンドは一切口を開かず、ただ「帰れ」と言い放って去っていくのが常だった。
ダナーは悔しさと焦燥感を抱えながらも、何度も玄関に立ち、家の周りを探し回った。そしてようやく、一度だけチャンスが巡ってきた。
「俺の何が行けないんですか!?」
ダナーが声を荒げると、リーヒンドは短く溜息をつき、そしてようやく答えた。
「……そもそも俺の問題だっつの。」
「え?」
「そんだけだ。帰れ。」
「くそっ、せめて理由だけでも……!」
その一言を聞いて、ダナーは心の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。
「理由」を知りたくてたまらなかった。だが、それを聞いてもなお、リーヒンドは教えてくれない。
ダナーはその後も、玄関からだけでなく、どんな方法を使ってでもリーヒンドの家に侵入し、何度も頭を下げた。
それでも断られ続け、時間だけが無情に過ぎていった。
そして遂に、リーヒンドが折れる時が来た。
「……はぁ、しゃーねぇ。そこまで言うなら指導してやる。だが、ちゃんと"理解"しろよ。」
その一言に、ダナーは思わず跳ね上がった。
「はい!ありがとうございます!」
ダナーは嬉しさのあまり、思わず力強く返事をしてしまった。
こうしてようやく、リーヒンドの指導を受けることができることとなったが、その内容は予想外だった。
まず、リーヒンドは言った。
「まず、このマネキンを敵だと思ってイメージし、攻撃してみろ。」
ダナーは指示通りにマネキンに向かって振りかぶり、刀を振る。
だが、リーヒンドはすぐに手を挙げ、動きを止めさせた。
「ほんらいのバーンってするやつをパッとやってズバーーっ!とするだろ?しかしお前はジャキーンからのバッ!だ。それじゃガンってやってもガンってなる。お前はグーっからパーンと弾けるやつがねぇんだよ。分かったか?」
「…………」
その言葉を聞いて、ダナーは愕然とした。
リーヒンドの指導の仕方は、まるで不器用な人が必死に教えようとしているかのようで、まったくもって理解しづらいものだった。
だが、その「分かりづらさ」が、逆にダナーには響いた。
ダナーはその後、何度もリーヒンドの言葉を反芻し、自分の剣術における弱点を考え直した。
その中で、彼が気づいたことは3つの決定的な弱点だった。
まず1つ目。
「オリジナリティがない。」
リーヒンドが言っていた通り、ダナーの攻撃にはアドリブが欠けていた。
攻撃や回避の動作は、すべて基本の型に沿ったものばかりで、その場その場での柔軟な対応ができていなかった。
それがダナーの剣術に、個性を欠けさせていたのだ。
ダナーはその指摘に心から納得した。「なるほど、オリジナリティが足りないんだ。」
次に気づいたのは、必殺技の欠如だった。
ダナーにはイェレスのような必殺技がなかった。
イェレスは「千斬り」という必殺技を持っていた。それはまさに神業とも呼べるもので、ダナーが10歳の頃に見たその技の輝きが、今も脳裏に焼き付いている。
だが、必殺技を生み出すためには、自分の剣術に対する「オリジナリティ」を編み出さなければならない。
そのことにダナーはようやく気づいた。
そして、3つ目。
「反応速度が遅い。」
ダナーは考えることに意識を向けすぎ、体がそれに追いついていないことに気づいた。
型は体に染み込んでいないため、戦闘の際にはどうしても頭で考えてから体が動く。その結果、他の剣士と比べて反応が遅れてしまうのだ。
これがダナーの最大の弱点だった。
それらの弱点をひとつひとつ克服していかなければならない。
そのためには、リーヒンドの教えをもう一度、深く噛み締める必要があった。
「理解した。」
ダナーは静かに呟き、心の中で決意を固めた。
リーヒンドの指導は、決して優しくはない。しかし、それがダナーにとって最も必要なものであり、これからの自分を作り上げるために不可欠なものだと感じていた。
今、ダナーは新たな一歩を踏み出す準備が整ったのだ。