校長先生
アリステリアはダナーを見たとき、何故か昔の自分を思い出していた。
剣をひたすらに求め、ただ強くなることだけを考え、がむしゃらに剣術を楽しんでいた日々。
その頃の自分と、今目の前にいる少年が重なったのだ。
その心は今でも変わらず、強さを求める気持ちは一切衰えていない。
「フフッ。昔の私みたい。」
彼女はその瞬間、無意識に微笑んでしまった。その笑みは先程の戦闘時のような魔王のような威圧的なものではなく、むしろ懐かしいものであった。
ダナーはそれを見逃さなかった。
「おい!何笑ってんだよ!もしかして、舐めてんだな!」
強気な口調で、ダナーは再び挑発的に声を上げた。だが、彼の強気な態度の裏には、一瞬だけ不安げな表情が浮かんだ。自分の腕を引っ張る仲間たちの視線を感じ、その不安が隠しきれなかった。
その微妙な変化を見逃さず、アリステリアはまた笑みを浮かべる。
彼女の目には、目の前の少年がどこか可愛らしく映った。彼の強気な態度や、言葉の裏に見え隠れする弱さが、アリステリアには何とも愛らしく思えた。
しかし、アリステリアの目は鋭い。彼女は少年の構えや体つきを見て、すぐにその実力を見抜いた。
剣術においては明らかに未熟で、体格もそれほど特別ではない。
島で「剣術だけはド下手」と言われてもおかしくないほど、まだまだ素人同然だった。
ただし、アリステリアは見抜いた。少年の身体能力も一目で分かる。彼が持っている力の源は、技術ではなく、むしろその無意識に流れる何か、見えない力のようなものに依存していると。
周りの野次馬たちは、ダナーの挑発を見て必死に止めようとしていた。
「ダナー、待て!無茶だ!」「今はやめろ!」
誰もが彼を引き止めようと必死だった。しかしダナーはそれを振り払い、アリステリアに向かって叫んだ。
「お願いだ、止めるな!行くぞ!!女の人!!」
その声は強い決意を込めたものだったが、どこか焦りも見え隠れしていた。
アリステリアは、再び冷静に微笑み、目の前の少年を見た。
「さぁ、かかってこい。少年。」
その言葉に、彼女の眼差しは真剣そのものであり、戦いの準備を整えていた。少年の実力を試すつもりで、そして、かつての自分のような情熱を見出すために、彼女はこの戦いを受け入れたのだ。
ダナーは必死にアリステリアに攻撃を繰り出す。
上から、下から、横から、突き。
基本的な剣技を何度も何度も試みるが彼は止まらずひたすらに振り続ける。
自分にできることを精一杯ぶつける、その一振一振が命を懸けたような熱意を感じさせた。
彼の進化は一朝一夕で得られたものではない。
かつてのようにただの特訓ではなく、意識的に身体能力をコントロールすることを学んだ。
その結果、微弱ながらも成長の跡が見て取れるようになった。
彼はただの剣術の練習だけではなく、"考える"習慣を手に入れたのだ。
アリステリアはその気迫を感じ取る。
子供として見ていてもかなり弱く、荒い、遅すぎる。だがその根底には、彼の血のにじむ努力が見え隠れしている。そしてこの身体能力の持ち主でありながら何故ここまで剣術が成長しないのか。
しかし考える事を始めたばかりの彼の剣は未熟であっても彼が戦う姿勢には真摯なものがあった。それがアリステリアの心に触れた。
2人の決闘はまるで親が子に剣を教えるような、真剣でありながらもどこか温かい空気が漂っていた。
それに気づいたのは、リーヒンド、そしてイェレスだった。
「すっかり教師みてぇな面しやがって…あの校長。」
「これでお前は、ヘナチョコじゃないな。」
イェレスは、ダナーの成長を心から喜び、噛みしめた。
彼がここまで成長したことに対して、感慨深さを感じていた。
アリステリアの目に、ほんの少しの迷いが浮かぶ。
(私とした事が、つい……)
彼女はもう決着をつけようと決めた。
長引かせるつもりはない。
「そろそろ終わりにしようか。」
アリステリアは、ダナーの足元に素早く蹴りを入れて彼を浮かせ、その後素早く腹部に不可視の力を加えた。
ダナーはその衝撃で「ウォェッ」と呻き、気を失ってしまった。
アリステリアは息をつき、少しだけ後悔の表情を浮かべる。
「すまない少年。」
その言葉が口をついて出た瞬間突然、ダナーの左腕が微かに光り始めた。
「捕まえた……ッ!」
ダナーの声がアリステリアの耳に届き彼女は驚き、周囲の人々もその光景に目を見張る。
(こ、この光は……!!)
アリステリアは瞬時にその意味を理解した。
「届けぇぇぇぇぇぇ!!!」
ダナーの左腕が振り下ろされる。その先には木刀が握られているが、その木刀がアリステリアの右頬に軽く触れる。
だが、どれだけ強く振ってもダメージなど与えられないはずだった。しかし、何故かその一撃が、アリステリアの心に響くような感覚を与えた。
その瞬間、ダナーは完全に気を失ってしまった。
周囲の人々はその一瞬に何が起こったのか理解できなかった。
イェレスも困惑した表情を浮かべ、リーヒンドはただ驚きの目でその光景を見守る。
アリステリアは、そんな静寂を破るように高々と笑った。
「ハッハッハッハ!今日は凄く良い日になった!!」
「特待生候補でもない、ましてはただの子供が私に攻撃を当てるとは!!!大したやつだよ!」
彼女はその瞬間、ダナーの成長を認め、心から感心していた。
「リーヒンド。少年の名前を教えていただきたい。」
アリステリアはその目をリーヒンドに向け、尋ねた。
「こいつの名は……ダナーだ。島で最弱の剣士…だった奴だ。イェレスと同い年だ。」
リーヒンドは、ダナーのことをこう紹介した。その言葉が驚きと共に、アリステリアの耳に響いた。
「ほう。面白い。イェレスと同年代とは。」
アリステリアは、さらに興味を示す。
「ダナーも連れて行くのか?」
アリステリアはその先を聞こうとした。
「流石に連れては行けないさ。今はまだまだ未熟過ぎる。」
リーヒンドは冷静に答えた。
「中等部を卒業する約6年後を楽しみにしておこう。」
アリステリアは満足げに頷いた。
その後、イェレスは小等部を卒業後に帝国剣術学院に飛び級で入学が決まった。
そして、6年後に行われる帝国剣術学院の選抜試験を目指し、新たなスタートを切ったダナー。
二人の運命は、確実に動き出していた。
(それにしてもーーーー。)
アリステリアはダナーのあの光を見た時
ある仮説を立てていたのだが誰も知る由もない。
(流石にない、か。)