ライト
ツキは一歩踏み出し、目の前の男――ライトに問いかけた。
「貴方は…何故その事を知っているの?」
何気なく発した言葉だったが、その背後には確かな疑念が込められていた。この場において、この男がなぜすべてを知っているのか、誰もが気にするはずだ。
ライトは、至極当然のことを話すかのように肩をすくめ、口を開く。
「名前、聞いてなかったな。俺はライト。校長の息子だ。」
その一言に、周囲の空気が一変する。ツキもニナも、言葉を失って男を凝視する。ライトはそんな二人の反応をまるで意に介さず、さらに続けた。
「とはいえ義理の息子だけどな。」
軽い口調だったが、その内容はあまりにも衝撃的だった。彼の言葉がどれほど重大な意味を持つのか、自覚しているのかいないのか、ライトは構わず話し続ける。
「説得力ないかもしれないが、コネでここに来たってわけじゃない。ただな、合格が確定してる実力者が戦って落ちたら元も子もないだろ?だからこそ、ここにいる奴らは“まず落とされることがない”って話だ。」
その言葉に、ツキは深い考えを巡らせる。だが、隣でじっと聞いていたニナが鋭く言い返した。
「なら、別に落ちないなら戦ってもよかったんじゃないの?どうして止めたのよ。」
ニナの声には、どこか食い下がるような響きがあった。ライトは一瞬だけ困ったように視線をそらし、頭をかきながらぽつりと答える。
「無駄な戦いっていうのは……なんというか、しょーもない理由で俺の眠りを妨げられてイライラしたし……しゃーないだろ。」
その場にいた三人の間に、なんとも言えない沈黙が訪れる。ライトの発言が、真実味を持ちながらもどこか拍子抜けするようなものだったからだ。
ツキは表情を険しくしながら、ライトを睨む。ニナもまた、肩を落としつつため息をついた。ライトの言葉が放つ軽さに反して、周囲の空気は重苦しく、なんとも気まずい雰囲気が漂っていた。
「なんというか……マイペースというか、なんというか……」
ニナが呆れたように吐き出す言葉に、ツキも深く頷く。その顔には明らかな苛立ちと、でも同時に面倒臭さが滲んでいる。ライトの不遜な態度に対して、どこかあきれるしかなかった。
今や、二人の間にあのしょーもない喧嘩の余韻は消え失せ、残るのはただ「この男、どうしようもない」という共通の感覚だけだった。
しかし、その気まずい空気を吹き飛ばすかのように、遠くから響いた大きな叫び声が三人の耳に届く。
「ぅがぁぁぁぁぁぁぁぁああ!虫野郎がぁぁぁあっ!!!!」
その凄まじい叫び声に、ライトもニナも、ツキも、同時に体を固めて反応した。何かが起きた。いや、何かが起こった。それを確信した。
「「「!!!」」」
三人は一斉に振り返り、声のした方向を見つめる。その視界に入ってきたのは、全速力でこちらに駆け寄ってくる大柄な男だった。頭には血の気が上り、目は焦点を定めず狂気を帯びている。男の手には巨大な大剣が握られており、その姿勢からは何をしても倒れない狂戦士そのものの気配が感じられる。
「……あれは……!バーサーカー(狂戦士)ブラドーじゃねぇか。」
ツキが呟くと、すぐにニナが反応する。
「バーサーカー(狂戦士)ブラドー…」
ライトは二人の反応を聞き、淡々と答えた。
「アイツ…相当の実力者のはずだが…あそこから走ってくるって事は、都市の中心部分に放り込まれた…」
その言葉に、ツキは目を見開く。ブラドーほどの実力者が、都市の中心から追い出されたとは。いや、それが真実なら、今この場で立ち向かってくることになるわけだ。
「奴程の化け物が何故中心部分に…?いや、こっちにきやがる…!チッ相手してやる…!」
ライトの顔に一瞬の冷徹さが浮かぶ。その目は狂戦士ブラドーの迫る姿をしっかりと捉え、無言でその威圧感を感じ取っているようだった。狂戦士は、恐れもなくただひたすらに前へ突進してくる。すでに戦闘モードに入ったブラドーの足音は、地面を震わせるほどだ。
ニナは冷静に、しばらく目の前の状況を観察していたが、すぐに自分の立ち位置を決めたように言葉を発する。
「どうするの、ライト?相手を止めなきゃいけないんじゃない?」
ライトは一度、ニナを見てから、やや不安げに軽く肩をすくめた。
「アイツは……正直、相手にしたくないな。でも、戦わないとここから逃げられないし、引くわけにもいかないだろう。」
ツキは考える間もなく、身構える。ライトがそう言っている間に、ブラドーはその巨大な大剣を振り上げ、まさにそのまま突進してきた。
「行くぞ!」
ツキはその瞬間、迷わず突進した。
ブラドーの巨大な大剣が空を切る音を立てて、無慈悲に振り下ろされた。ツキはそれを瞬時に見切り、素早く片手剣を横に振りながらかわす。その動きはまるで一瞬の閃光のようで、ブラドーの攻撃は空を裂いた。
「くっ…!」
ブラドーはそのまま大剣を振り回しながら、もう一度ツキに向かって突進してきた。その動きは荒々しく、まるで獣のような勢いだ。ツキは一歩後ろに引きながらも、片手剣を巧妙に使ってブラドーの剣を弾き返す。そのまま反転し、再び素早く反撃の隙を窺った。
「バカみたいに暴れてるだけだね、あの馬鹿!」
ニナは語彙力のない皮肉めいた声を上げ、レイピアの柄を握り締めて前進する。ブラドーの大振りな攻撃を目の前に、わずかに身をかがめ、すり抜けるようにして大剣の隙間に入った。その細長い剣を一閃と振るい、ブラドーの防御の隙間を突く。
だが、次の瞬間、ニナは驚愕の表情を浮かべる。
「なにこれ…硬すぎる!」
レイピアの先端がブラドーの体に触れたが、その感触はまるで金属を叩いたかのように硬く、反発が強すぎて手が痺れたような感覚を覚える。ブラドーの防御力は予想以上に桁外れだった。
その時、ライトも冷静に観察し、二人の動きに追随しながら相手の弱点を探っていた。
「無駄だ、あんな暴れ方じゃ俺たちの攻撃は効かない。防御が硬すぎる。攻撃を当てる方法を変えないと…」
しかしこの絶対防御男を半狂乱にしつつもダメージを与えられなかったそいつの相手の判断は正しかったのだろう。
ライトは両手で持った大剣を片手で軽く扱い、ブラドーの攻撃をかわしつつ、その隙間を狙っている。ブラドーが大剣を振り下ろす瞬間、ライトは無駄な動きなく足を踏み出し、鋭く切り込む。
だがやはり、ブラドーの防御は硬すぎた。ライトの大剣がその防具に当たるも、刃がびくともせず、まるで石のように跳ね返された。
「くっ…!」
ライトは舌打ちをしながらも冷静さを保つ。その一方で、ツキは片手剣を握り直し、再びブラドーの動きを見定める。ブラドーは力任せに大剣を振り回し、周囲を無差別に切り裂いていた。だがその荒々しい攻撃にも隙間はあった。
「弱点がないか…!」
ツキは眉をひそめながら、ブラドーの防御の隙間を探る。すると、ふと、ブラドーの胸部の防具が少し歪んでいることに気づいた。それは、数度の攻撃でできた小さな隙間。だが、それでもまだかなり硬い防御だ。
「ニナ、そっちに目を向けろ。あの胸部の隙間、そこを狙って!」
ツキが声を上げると、ニナは即座に反応し、レイピアを構え直した。
「わかってる!」
ニナはその瞬間を見逃さず、再びブラドーの間合いに飛び込む。ブラドーが大剣を振り回すのと同時に、ニナは素早くその隙間に切り込む。しかし、今度は手加減なしで一気に力を込めて攻撃を放つ。レイピアがブラドーの防具に喰い込んだ瞬間、やっとブラドーの防御にかすかなひびが入った。
だが、その反動で、ニナはバランスを崩し、距離を取らざるを得なくなった。すぐに反撃が来るが、ライトがその隙を見逃さない。
「今だ!」
ライトが叫び、素早くブラドーの側面へと回り込む。ブラドーの視界をかいくぐり、ライトはその大剣を片手で持ち、力強く横に振り抜いた。だが、ブラドーの硬い防御には依然として全く歯が立たない。反動でライトも一歩後退する。
「くそっ!こいつ、どうしてこんなに固いんだ!?」
その時、ツキが再度冷静に分析を始める。ブラドーの防御力の高さ、それは単に防具が優れているからではなく、彼自身の体力と精神力が関係していると直感した。
「硬いだけじゃない。奴は攻撃を受けるごとに攻撃力が上がってる。硬いがゆえにその才が発揮されなかっただけ。つまり少しでも傷を与えてしまった結果この状態になったってことかな。」
ツキはその思考を続けながら、次の一手を考える。