眼帯の小悪魔少女
都市の海沿いに案内されたツキは、敵がまったく見当たらない状況に、内心で焦燥感を抱いていた。
(早く一人でも戦闘不能にして、ポイントを稼がないといけないのに…!この地帯は不利すぎる…!)
ツキはそう思いながら、戦況を有利に進められる場所を探していたが、周囲の状況は自分の希望とは程遠かった。広々とした海辺の地形は、ツキにとって動きが制限される場所であり、隠れる場所も少ない。焦る気持ちを抑えきれず、急いで都市中心部分へ向かうツキだったが、そこで一人の人物を目撃した。
その男は、のんびりと木の上で寝転がっていた。敵としてはあまりにも油断しすぎているその姿に、ツキは目を疑った。
(なに、あいつ…こんな状況で寝てるなんて…)
ツキはそっと木のそばに近づく。この男を戦闘不能にすれば、少なくともポイントを確保できる。そう思った瞬間だった。
シュッ!
突然、そいつとは別の誰かからの攻撃がツキの背後から飛んできた。ツキはその殺気を感じ取り、とっさに寝ている男から離れることでかわす。
「今のは……?」
振り向いたツキの目に映ったのは、一振りの投剣だった。それが地面に突き刺さっているのを確認するや否や、声が響く。
「へぇー?中々いい反応速度してるじゃない?」
その声の主は、ツキの予想を裏切る人物だった。投げたのは、ツキよりもはるかに小柄で、眼帯をつけたツインテールの女の子だった。
彼女は口元に不敵な笑みを浮かべながら、ツキを挑発するように言葉を続ける。
「でもアンタ、寝てる奴に刃向けるって、剣士として終わってない??」
その態度に、ツキは内心で怒りを覚えたが……
(こいつ……生意気だけど、出来る……)
ツキの中で、ただポイントを稼ぐだけでは済まない感情が湧き上がる。かなり年下に見えるこの小娘に、まるで見下されたかのような態度を取られたことによくわからない苛立ち
そしてかなりの手練たナイフさばき。
(どれだけ凄かろうと、解らせてやる……!こんなチビに負けるなんてなんか嫌だ)
ツキはその思いを胸に秘め、彼女に冷たい視線を向けながら静かに構えを取った。
「チビが調子に乗らないで。本気でやってあげるから覚悟しときな。」
ツキとニナは、互いに険しい視線を交わしながら、瞬時に距離を詰めた。バトルロワイヤルのルールに従い、どちらも技を使わず、ただ自分の肉体のみで戦っている。戦闘の中でお互いの実力は完全に互角で、勝敗を決するのはほんの一瞬の判断と反応力、そしてその一歩先を見越す思考力だ。
ツキは最初の一歩で全力を出し、相手の懐に飛び込もうとした。だが、ニナはその動きを即座に察知し、身をひねってツキの攻撃をかわす。ツキが拳を繰り出す前に、ニナは足を使って反撃しようと足元を狙った。
「チビの癖に案外力強いんだ」
ツキはひるまずにその攻撃をかわし、すぐに体勢を立て直す。
「チビしか悪口のレパートリーないの?脳筋!」
ニナは笑いながら、次々と連続の蹴りをツキに向けて放つ。ツキはそれをスライディングで避け、反撃を繰り出す。
「あとアタシはチビじゃなくて名前はニナだっての!!」
ニナは手を振りながら、自分の名前を叫んだが、ツキの目は冷徹だ。
「名前なんか聞いてないんだけど」
ツキは鋭い眼差しで再度ニナに向かって突進し、その隙間をついて攻撃を仕掛ける。
「チビしか言えないアンタが可哀想だから仕方なく言ってあげたんだから感謝しなさい?」
ニナはバカにしたようにツキに向かって舌を出し、足元を使ってツキの足を狙ったが、ツキはその攻撃をジャンプでかわしてさらに距離を詰める。
「覚える価値もないわ。クソチビ。」
ツキはニナを一気に詰め寄り、拳を振るおうとしたが、ニナがそれを察知し、かわしてツキの側面に膝を打ち込んだ。ツキはその攻撃にわずかによろめき、ニナがその隙を突いてさらに押し込む。
「そんな脳筋だからモテないのよアンタ。」
ニナがその言葉を口にした瞬間、ツキの目に怒りの炎が宿る。
「「ぶっ潰してやる!」」
二人は同時に叫び、激しい怒りを込めた攻撃がぶつかり合った。お互いに小さな隙を見せず、動きは早く、精緻で、それに対する小学生レベルの口喧嘩を超えて、いつの間にかそれは肉体で語り合う戦いへと変貌していた。
ツキはニナの顔を狙って右ストレートを放つが、ニナはそれを頭をひねって避け、ツキの腕を掴んで逆にそのまま回転して投げ飛ばそうとした。しかし、ツキはすんでのところでそれをかわし、地面に手をついてバランスを保つ。
そのまま一気に反撃しようとしたツキだが、ニナがその瞬間、身体を低くしてスライディングしながらツキの膝を狙う。ツキはその攻撃を予測していたが、少しだけ反応が遅れた。ニナの足がツキの膝に強烈に当たり、ツキは一瞬、足が止まる。
「さっきまでの自信はどうしたの?」
ニナはツキに向かって挑発的に笑う。
「……!」ムカッ
ツキは一瞬でも隙を見せることなく、すぐに体勢を立て直して前進。ニナも同じく立ち上がり、二人は再び向き合う。
「本当に、どっちが上か、勝負しようじゃない」
ツキはその言葉を吐きながら、息を整え、再び一歩を踏み出す。
ニナもその視線を外さず、イラつきの混じった笑みを浮かべる。
「さっさと倒れなよ…!しつこいなぁ!」
お互いに息が荒く、疲れが見え始める中で、戦いはさらに激しさを増していった。
戦いはますます激しさを増し、ツキの剣の一撃がニナの剣を弾き飛ばし、その剣が10メートル先に飛んでいくと、ニナは素早く身を屈め、地面に低く落ちてから一気にツキの手首に蹴りを入れた。その衝撃でツキの手が痺れ、剣を握ることができなくなる。
二人の剣士は剣士らしからぬ素手で戦わざるを得ない状況へと突入した。
だがその瞬間、ツキは冷静に反応し、ニナの足が地面に接触する前に素早く手を引き、逆にその蹴りの勢いを利用してニナを後ろに弾き飛ばす。ニナは空中でバランスを崩しながらも、着地してすぐに素早く立ち上がる。その動きに無駄は一切ない。
両者剣を持たずに手と足だけで戦うことになった。ツキは鋭い目つきで、ニナの動きを読み取ろうとする。ニナはそれを見透かしたかのように、予測できない角度でツキの顔を狙って回し蹴りを放つ。ツキはその蹴りをかろうじて右手でかわし、即座に左フックをニナの腹に叩き込もうとするが、ニナはそれを屈んで回避。ツキの拳が空を切る。
ニナはそのまま足を伸ばしツキの膝を蹴り上げようとする。ツキはその蹴りを素早く横にかわし、瞬時に反転してニナの後ろに回り込む。しかし、ニナはすでにその動きを察知し、ツキの背後に回られる前に急速に振り向いてツキの肩を狙って肘打ちを決める。ツキはその衝撃で少しよろけるがすぐに体勢を立て直し、ニナの足元を狙って急接近する。
ツキはニナの体に触れた瞬間を見逃さず、足を滑らせるようにニナの横腹を蹴る。ニナはその痛みをこらえながらも、ツキの胴体に膝を突き刺しツキの動きを止める。その隙を突いて、ニナはツキの肩を掴み、身体をひねって投げ飛ばす。
ツキは背中から地面に叩きつけられるが、すぐにその勢いを利用して回転しながら立ち上がり、再び戦闘態勢に入る。ニナも軽く息を整えながら、攻撃の準備を始める。
二人はそれぞれの力を出し切ろうと、互いの隙を見逃さずに戦っていた。その動きはすでに肉体的に限界に近づいているが、意地とプライドがそれを上回っていた。
激しい戦闘が続く中、ニナの叫びがツキの耳に響く。
「アンタほんっとにしつこい!キライ!!」
「それは私も同感。強い相手は嫌いじゃないんだけど、アンタだけは嫌い。さっさと倒れて。」
その言葉と共に、二人の間で再び衝突が起きた。
ツキが右足で地面を蹴り、スピードを上げて突進する。ニナもそれに応じて両手で構えるが、ツキの動きが速すぎて完全に捉えることはできない。ツキの拳がニナの顔面を狙うが、ニナはわずかな隙間を見つけ、ツキの拳を右腕で受け止めつつ、膝でツキの腹部に強烈な一撃を浴びせる。ツキの顔が歪み、少し後退するものの、すぐに体勢を立て直す。
お互い、間髪入れずに攻撃を仕掛ける。ツキが左手でニナの腕を掴み、力任せに振り回すと、ニナはその手を強く引っ張りながら、回転しつつツキの胸を膝で突き刺した。ツキはその衝撃を受けて一瞬動きを止めるが、すぐにニナを押し返し、立ち上がる。
ニナは息を整えながらも、ツキの反応が速すぎることに感心しつつ、次の攻撃を仕掛けようとした。その瞬間、突然、周囲の空気が変わった。
「誰だ?俺の睡眠時間を奪ったヤツは?」
ツキとニナは同時にその声に振り返った。寝転んでいた男が、ゆっくりと目を開け、周囲を見渡すと、その表情は笑顔だったが、その目に宿る殺気を隠しきれない様子だった。男の殺気は圧倒的で、どこか冷徹なオーラを放っている。
その目は二人にとって尋常ではないものだった。まるですべてを見通すような視線だ。その瞬間、ツキは昔に出会った校長、アリステリアを思い出す。あの時と同じ、強烈な圧力を感じた。言葉にならない恐怖がツキを襲う。
(イェレスと同等……いやもしかするとそれ以上……?)
ニナはその男を見て、目を見開きながらも、足を退かせる。その男はまるで何もなかったかのように、あの笑顔を保ちながら口を開く。
「お前ら、何してるんだ?あんな意味の無い争いなんかして。」 男の声には不思議な穏やかさが漂っている。
その穏やかな口調に反して、ツキはただならぬものを感じていた。男の背後にある圧倒的な力が、彼女を圧倒し、戦う意志を完全に萎えさせる。おそらく、敵ではなく、倒すべき相手でもない。だがその力を、ツキは本能的に危険視していた。
その男は続けて言った。
「ここらにいる奴ら……まぁ敵が少ない地域に飛ばされた奴は、実は既に合格が確定…または候補、といった奴らだ。」
「その共通点として、お前らの故郷に訪れた者がいたはずだ。」
「そう、アリステリア校長だ。」
その言葉に、ツキとニナは思わず足を止める。この戦いには意味がない。無駄な争いだ。だが、それでも一度戦いを始めてしまった以上、簡単にはやめられない。しかし男の存在があまりにも大きすぎて、ツキはその場で動けなくなっていた。
「つまり、中心部分の奴ら以外戦う意味がないということだ。」 男の言葉は、すべてを納得させるに足りるものだった。
ツキは静かに息を吐き、その男に視線を向けた。確信が生まれるとともに、その男の強さがどれほどのものかを理解した。
ツキにとってのバトルロワイヤルは既に終わってあたことを、今や確信したのだった。