出航の日 3年後
ツキは恋する乙女です
中等部のとこすっとばします
書くのめんどいし話を早くすすめたい
新たなる旅立ち
大会が終わり。
中等部の3年が過ぎた。
恒例と言われる大会はツキが総ナメを果たしたものの、その表情には満足の色がなかった。「まだ通過点」と語る彼女の姿に、周囲の人々は幼さを超えた覚悟を感じずにはいられなかった。
一方で、最後の大会をベスト4で終えたダナーもまた、その言葉の意味を理解していた。彼にとって、敗北はただの終わりではなく、新たな始まりを意味していたのだ。
試合から1週間後、帝国剣術学院の選抜試験が控えている。休む暇もなく準備に追われる日々の中、ダナーは自分ができる限りのことをしようと決意していた。
そして、彼はツキの姿を再び見かけた。彼女はいつもの場所、島のグラウンドで剣を振るい続けていた。その真剣な横顔に迷いはなく、ダナーは思わず声をかけた。
---
「よ、ツキ。」
振り向いたツキは、少し驚いた表情を見せたがすぐに平静を取り戻す。
「……ダナー。何しに来たの?」
「謝りに来たんだよ、あの時の発言をな。」
ツキは少し首を傾げる。
「結構素直なとこあるんだ。」
ダナーは苦笑しながら肩をすくめた。
「自分の非を認められねぇ奴が強くなれるわけがねぇだろ。だから、すまなかった。」
ツキはその言葉を聞いて、一瞬驚いたようだったがすぐに微笑む。
「もう気にしてない。むしろ、あれで良かったのかもね。」
「お前のおかげで俺は自分の慢心に気づくことができた。本当にありがとな。」
ツキは目を細めると、少し茶化すような口調で返す。
「こんなこと言うのもアレだけど、慢心するのも無理ないよ。貴方、島最弱の剣士“だった”んでしょ?」
ダナーは笑いながら頷く。
「まぁな。だからこそ、強くなった実感が慢心に繋がったんだ。けどな――」
そこで一度言葉を切り、ダナーはツキの目をまっすぐに見つめた。
「それでも俺は、必ず剣王になるぞ。イェレスやお前、それだけじゃねぇ。」
「……それだけじゃない?」
「ああ。"世界のテッペン"、獲ってやる。」
その言葉に、ツキは少し驚きながらも笑みを浮かべる。
「そうでなくちゃね。だから、貴方も試験ではヘマだけはしないでね。」
「ああ。任せとけ。」
「「世界のてっぺんは俺が(私が)獲る!!」」
互いの視線が交わり、短いやり取りの中に確かな信頼が生まれていた。過去のわだかまりは消え、2人はそれぞれの道を進む決意を新たにした。
出航の日
ついにその日がやってきた。帝国剣術学院への選抜試験を受けるための大船が港に停泊している。船は、これから剣士としての未来を目指す若者たちを乗せ、広大な海を越えて帝国の中心地へと向かう。
ダナーは剣を腰に差し、港に集まる人々の中で立ち尽くしていた。ふと視線を横に向けると、ツキがすでに船の甲板に立ち、こちらを見下ろしているのが見えた。彼女の瞳には迷いがなく、強い決意が感じられた。
「ダナー!」
突然、リーヒンドの声が響いた。振り返ると、彼が大股で近づいてくる。
「しっかりやれよ。お前ならできる。」
リーヒンドの手が、ダナーの肩に力強く置かれる。その手の温もりが、彼の背中を押してくれるようだった。
「……ああ、ありがとう。」
ダナーは短く答え、リーヒンドの言葉を胸に刻む。
---
船の出航を告げる鐘の音が鳴り響き、甲板に立ったダナーは島を見下ろす。小さな島での生活が、遠ざかっていく。
ツキが横に立ち、ぽつりと呟いた。
「ここからだよ。」
「ああ、そうだな。」
船はゆっくりと港を離れ、広い海へと進んでいく。ダナーは心の中で決意を新たにする。
(俺は、もっと強くなる。もっと上を目指す。)
これが新たな旅立ち。剣士としての未来を切り開くための第一歩だった。
ダナーはツキに話しかけようとしたが、何度声をかけても反応はなかった。
「なぁ、ツキ。」
しかし、返事はない。
「おーい、ツキー。」
まだ反応がない。まるで意識が遠くに行ってしまったかのようだ。
「おい、ツキ。いい加減に―」
突然、ツキがぼそっと呟いた。
「ちょっと黙っ………ダナ…おぇ」
ダナーは驚き、すぐにツキの顔を見つめた。彼女はひどく青白く、船酔いで苦しんでいる様子だった。今にも吐きそうな表情をしている。
「お前、船酔いすんのかよ…」
いつも冷静で凛々しいツキには、珍しい一面だ。ダナーはリーヒンドから渡された船酔いの薬を手に取って、ツキに差し出す。
「ありがと…」
ツキは薬を受け取ると、少しほっとした様子でそれを飲み込んだ。ダナーはその様子を見守りながら、ふと思いついて質問を投げかけた。
「帝国での一番の目標は?」
ツキは少し黙った後、ゆっくりと答える。
「私は剣王になりたいのもあるけど…なにより、イェレスを倒したい。」
「イェレスを、か。」
ダナーは思わずうなずいた。イェレスは確かに、今はダナーにとっても超えるべき存在だった。親友であり、ライバルであり、目標であり。その言葉に、彼の胸の中で何かが込み上げる。
「それと…」
ツキは少し言いづらそうに言葉を続けたが、途中で言葉が途切れた。ダナーはすかさずその続きを促すように聞く。
「……なんだ?」
ツキは一瞬ためらったが、何かに決心したように口を開く。
「……………………から。」
その言葉だけでは、何を言いたいのか分からなかった。ダナーは首をかしげ、さらに問いかける。しかし、少し後悔したのか、ツキが少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
その時、ダナーは無邪気に質問を放った。
「お前、イェレスのこと好きなのか?」
ツキはその瞬間、顔を真っ赤にして固まった。驚愕の表情を浮かべ、まるで言葉を失ったかのように震えている。
「!?!?!?」
ダナーはその反応を見て、少し驚きながらも、そのままツキの顔を見る。ツキの顔があまりにも真っ赤すぎて、どうやら自分の言葉があながち間違いではないと感じ始める。
実は、ダナーは前にイェレスが言った言葉を思い出していた。
『俺は自分より強い奴がタイプなんだよ』
その言葉に、ダナーはピンときた。ああ、だからツキがイェレスのことをあんなに意識していたのか、と。
「どーりで、俺のあの時のセリフに怒ったわけだ…」
ダナーは、あの時のことを思い返す。
あの時、自分が冗談半分で言った「イェレスが居ないから1番になれた」っていうセリフ。あれが、ツキにとってはただの侮辱だけでなく他に色々と意味を持つ言葉だったのだ。乙女的に。ダナーは少し後悔し、申し訳ない気持ちになった。
「な、なんか……あん時ほんとにすまん。」
ツキは顔を赤くしながらも、少し照れたような表情を見せた。ダナーはその反応に、意外な一面を見た気がして少し面白く感じた。
「意外だな。ツキが恋する乙女だなんて。」
ツキは顔を背けて、恥ずかしそうに言った。
「うるさい…」
その時、ツキの心の中で呟きが響く。
(アイツより強くなって、隣で戦いたいから。)
その思いが、彼女の心の中で深く根を下ろしていることを、ダナーはまだ知らなかった。
第1章 故郷編 完