2秒間の死闘
大会当日、ダナーはすでに覚悟を決めていた。この大会が自分にとってただの試練ではないことを、誰よりも自覚していた。帝国剣術学院への入学を望む者にとって、この大会の結果はその後に控える選抜試験に大きな影響を及ぼす。それだけに、ダナーとツキにとっては、決して敗北を許されない戦いだった。
大会は2日間にわたって繰り広げられ、ツキはその圧倒的な実力で1回戦から順調に勝ち進んでいた。一方、ダナーは昨年の30位を超えることを目指して苦戦を続けながらも、粘り強く戦い、ついにベスト16にまで進出する。
そしてついに、その時が来た。決勝戦、ダナーとツキが激突する。
ダナーVSツキ
ツキは、これまでの戦いでその圧倒的な実力を見せつけ、順調に勝ち進んできた。一方、ダナーは数々の強敵との戦いで身体も心も限界に近い状態であり、対するツキの余裕が全く異なる。二人の違いは歴然だった。見た目にも疲労が顕著に現れているダナーに対し、ツキは余裕の表情を浮かべている。
ダナーは思った。このままでは勝てない、どう足掻いてもツキには勝てない。しかし、だからこそ、この戦いを諦めるわけにはいかない。
「あなたはそんな状態でも戦う気なの?」
ツキは冷ややかな目でダナーを見つめる。その視線に、ダナーは一瞬ひるみそうになった。しかし、ここで引けば、すべてが終わってしまう。
「戦わない理由にはならねぇから。」
彼の心には、あの目標があった。イェレスを超えて、剣王になるという夢が。もう後戻りはできない。どんなに差があっても、今、ここで負けるわけにはいかない。
2秒間の激闘
0.00
「"絶"!!!!!!!」
ダナーの声が、まるで轟音のように響き渡る。彼の全身から、これまでのすべての力が解放された。木刀は鋭く、まるで雷光が裂けたように空気を切り裂いていく。その一撃には、彼が積み重ねてきた全ての闘志、全ての悔しさ、そして誓いが込められている。
0.5
彼の筋肉が、骨が悲鳴を上げるように動き、全身を駆け巡る力が、脳に直接響く。その瞬間、彼は一切の感覚を閉ざし、ただ目の前の相手に全力を注ぐことだけに集中した。
(今だ、これが俺の全力だ! これを当てるしかない!)
ダナーの視界が狭くなり、ツキを捕えるために目の前にある空気までも切り裂こうとする。手のひらに込めた力が、次々に伝わっていき、腕から指先、そして木刀に集約された。
その瞬間、全てが静止したように感じられた。音が途切れ、時間が一瞬止まったかのように、ダナーの体と心がひとつになった。彼の全てをかけたその一撃――「絶」を放つ瞬間、その力が時間さえ歪めてしまったように感じた。
1.0
しかし、ツキは微動だにしない。
彼女の瞳は、まるで冷徹な深海のように静かで、ダナーの動きをまるで予測するかのように見据えていた。
(来る……来る!)
ツキは、ダナーが放った一撃がどれほどのものかを理解している。それがただの必殺技ではなく、彼の全てを賭けた一撃だということを。だが、彼女は何も恐れなかった。むしろ、その力を――その必死さを、心のどこかで楽しんでいる自分がいた。
(避ける? そんなもの……!)
ツキの思考は瞬時に切り替わり、全身に力がみなぎる。彼女の目の前で繰り広げられた一瞬の未来、予測が脳裏に浮かぶ。それは、ダナーの攻撃がどうなるか、どうすればその攻撃を最大限に活かし、そして無傷で次の一撃を決められるか――それだけだった。
1.23
(冗談じゃない!)
ツキの心の中で一筋の熱い気持ちが湧き上がる。ダナーの決死の攻撃。最後の力を振り絞って来ているダナーに対してそれは彼女にとっては、ただの足元の小石のようなものだとどこかで冷たく笑っていた。だからこそ、自分にもそんな薄汚い感情があったのか、と自分に対して怒りが渦巻く。
(私は、あなたを全力で倒す。)
1.46
その決意を胸に、ツキは一歩踏み込む。その動きがまるで時間を遅くしているかのように見える。足の先から、全身に力が伝わり、彼女の木刀が鮮やかに振り下ろされる瞬間、あらゆる空気が震え、ツキの手元に集まった。
1.78
その攻撃、名付けて「月花」――。月光のように静かに、しかし鋭く煌めくその技は、ダナーの全力を一瞬で迎え撃つ。
1.89
そして、二つの技が激突した。
その瞬間、世界がスローモーションになったかのように感じられる。ダナーの「絶」、ツキの「月花」、両者の木刀がぶつかり合った瞬間、空気が裂ける音が、まるで雷鳴のように鳴り響いた。
木刀同士が触れるその瞬間、ダナーの力が解放され、ツキの力が反発し、衝撃波が巻き起こる。その力は、まるで風が吹き荒れるように、周囲の空気を振るわせる。
ダナーは、その一瞬の反応を必死に感じ取ろうとしていた。彼の目には、ツキの力がどれほどのものかが、遅れて映し出される。それを感じ取るたびに、心の中で一抹の恐怖が芽生えていった。
だが、その恐怖を振り払おうとするが、それは無駄だった。
木刀が砕ける音が、次第に耳をつんざき、視界を覆っていく。ダナーの目の前で、彼の攻撃は形を成さずに消えていった。木刀の破片が、まるで流れ星のように飛び散り、空中で煌めく。
そして――
僅か2秒。たった2秒にみえたそれは瞬間的な出来事だった。木刀が砕け、ダナーの攻撃がすべて無に帰す。
静寂が訪れる。
その空間で、ツキだけが立っている。彼女の呼吸は整い、冷徹な眼差しを持ちながらも、どこか淡々としていた。その目には、勝者としての余韻を感じることはなかった。ただ、次の戦いに集中するだけだ。
ダナーは、その場に倒れ込んでいた。彼の体は完全に力尽き、無防備な姿勢のまま倒れている。彼の目はわずかに開かれ、そこにはわずかな涙が浮かんでいた。全てをかけたその一撃が、ついに崩れ去った瞬間、彼の心も折れていた。
「……ここが、今の俺の限界、か。」
その言葉が、彼の心に深く刻まれた。だが、悔しさだけではない。敗北を認めることができずに、自分の力の限界を悟ったときの、あの空虚感。それが彼を一層、苛立たせた。
ツキはその姿を見つめ、まるで他人のように冷徹にその場を後にする。
「……これで、ベスト16。」
彼女の声には、勝者としての余韻も興奮も、全く感じられなかった。勝利を手にした彼女の胸中には、ただ次の戦いのことしかなかった。
そのはずだった。
始まりの涙
闘技場の中、ダナーは倒れ込んだまま動かない。木刀が砕け、力尽きた体がその場に横たわる。あの瞬間、すべてをかけた戦いが終わり、彼の体から力が抜けていった。彼の目の前に広がる景色は、かつてないほど遠く感じられ、すべてがぼやけて見える。
涙がゆっくりと頬を伝い落ちる。それは悔しさ、そして痛みの証だった。だが同時にその涙は長い間胸にしまっていた何かが解放された瞬間でもあった。彼は初めて、負けを実感していた。
そして、その時、ダナーは思い出した。
「俺は、いつもこうだった。」
ダナーと本気で相手するヤツは一度もいなかった。何度も決闘をしてきたが、いつもいつも相手はどこかで手加減していた。そして皆ダナーの弱さに呆れかえり相手しなくもなった。それは彼が本当に戦いに足りるだけの強さを持っていなかったからだ。自信を持って戦ったことがなかった。それに気づかされた瞬間だった。
「俺は、そんなに弱かったのか……。」
敗北の重みが、ダナーの心にずしりと響く。それは、単なる体力や技術だけではなく、自分の内面、心の中の甘さや過信が引き起こした結果だった。そして、彼はようやく本当の意味で敗北を知った。
その時、遠くから見守っていたリーヒンドが近くに来て静かに呟いた。
「これが剣士になるという事だ。ダナー。」
リーヒンドは、かつてダナーを指導していた。彼が見てきたダナーは、自分に足りないもの気づくことが、いつの間にか自己満足になっていた。しかし、今、ダナーがその敗北をどう受け入れ、次にどう進んでいくのかを見守りながら、リーヒンドは心の中で確信していた。
「今までお前は剣士というものすら理解していなかったんだ。」
そして、リーヒンドの思考はさらに深まる。
「いや、違うな。以前はその土俵にすら立つ事すら許されなかったんだ。」
だが今、ダナーは確かに成長している。それを実感したリーヒンドは、彼が初めて本物の戦士の土俵に立った瞬間を目撃していた。リーヒンドは続けて心の中で語りかける。
「でもお前は、やっとそのスタートラインに立ったんだ。」
「俺はただお前が土俵に立つための手伝いをしたに過ぎん。」
「これからダナーは何度も何度も敗北を繰り返し、壁にぶつかるだろう。」
「でも、その度にお前は乗り越えていける。そう信じている。」
そして最後に、リーヒンドは深く頷く。
「だからこの悔しさを絶対に忘れるんじゃない。絶対にだ。」
その言葉が、ダナーの中に響き渡る。涙がさらに溢れ、彼の体が震える。だが、彼はその涙を拭い、力を振り絞る。
「オレはッ………!!必ず剣王に……!!なってやるッ!!!!!絶対にだ!!」
その決意は、単なる決意だけではなかった。彼の目指すものは、ツキでもイェレスでもない。これから出会う数多の強敵、そして最終的に一番になること。それこそが、彼の真の目標だった。
そう。世界の頂だ。
涙を拭いたダナーは、闘技場を後にする。彼の背中はもう、あの日の弱い自分とは違っていた。成長を感じながら、次の戦いへと向かう決意を固めていた。
その背中を見つめていたツキは、静かに言葉を漏らした。
「本っ当に……面白い奴…」
ツキは、いつもの冷静な表情を崩さずに、だがその内心では強い感情が湧き上がっていた。彼女の瞳の中に、少しの光が宿る。ダナーの決意、その熱い言葉に、何かが触れたのだろう。
「……剣王になるのは私だ。」
ツキはその言葉を心の中で繰り返す。そして、無意識に笑みがこぼれ、心の中で闘志が燃え上がっていく。今、彼女もまた新たな挑戦を受け入れたことを、強く実感していた。