#2 一難去ってまた一難
バランスを崩して地面に倒れたアレックスは、起き上がらずに他の死体と紛れてどうするべきか考えていた。
撃たれたのは左肩で、利き腕ではなかったから痛むものの問題なく戦える。
アレックスにとって本当に問題なのは、今自分が倒れている場所から解放軍の兵士たちのいるトラックまで遮蔽物がないことだ。
このまま立ち上がってトラックの方へ走れば確実に撃たれる。
アレックスは目の前の国防軍兵士の死体へ匍匐前進で近づき、ベルトに手を伸ばした。
幾つもの手榴弾が入ったベルトを死体のズボンから外し、まとめてピンを抜く。
すかさずベルトを国防軍兵士たちがいる一番近い輸送トラックの方へ投げた。
兵士たちは自分たちの方へ投げられたベルトがなんなのかすぐに理解したらしく、叫び声を上げながらそれぞれ輸送トラックの裏へ伏せた。
そのタイミングを見逃さなかったアレックスは、立ち上がり解放軍のいるトラックの方へ走り出した。
背後で手榴弾数個分の大きな爆発音が聞こえた。
音が止んだあとも、アレックスは後ろへがむしゃらに持っているAK-103を撃ちながら走った。
解放軍の兵士たちのいるトラックの裏へ滑り込み、
素早くAK-103の弾倉を交換した。
それが最後の弾倉だった。
「コイツが最後の弾倉だ。ダナン。あんたの仲間はいつ来るんだ?さっき8分とか言ってたが、とうに8分は過ぎたぞ。このままじゃジリ貧だ」
銃弾が飛び交い金属同士がぶつかる音が響く中、アレックスはダナンへ話しかけた。
「もうじき来るはずだ。それより、撃たれた箇所は大丈夫なのか?」
「利き腕じゃないから、大丈夫だ」
そう答えてアレックスは撃たれた左肩を触った。
撃たれた肩からは赤茶色の血が服に滲んでいて、まだドクドクと生あたたかい液体を出していた。
触った手にも血が付着して、ベタついていた。
「クソっ···」
ダナンはそう呟いた。
その呟きを聞いていたアレックスは不安に包まれた。
ダナンにも仲間がいつ来るかわからないということを意味していたからだ。
「うあっ···?!」
そううめき声を上げてまた仲間が一人、銃撃を受けて倒れた。
国防軍兵士は一向に減る気配がない。
万事休すか、そう思われた時、何やら兵士の怒声と明らかにこちらに向けられたものでは無い銃声が聞こえた。
アレックスが恐る恐るトラックから顔を出すと、道路の外側の荒野を、砂埃を上げながら走る一台のピックアップトラックに兵士たちが発砲していた。
ピックアップトラックは、兵士たちの銃撃を気にせず走り抜け、アレックスの乗ってきた大型トラックの後ろに停車した。
そのピックアップトラックはトヨタ製で、荷台にソ連製のDShk38重機関銃を搭載していた。
運転席の男が大声で話しかける。
「ダナン!来たぞ!早く乗れ!それからそこの銃持った外国人もな!」
「仲間が来た!アレックス、悪いが機関銃を操作してくれ!」
ダナンのその言葉を聞いてアレックスは顔をしかめた。
「怪我人に機関銃を撃てって言うのか?」
「俺が死んだら、解放軍を率いるやつがいなくなるだろ?」
「あんたのそう言う飾らないところ、気に入ったよ」
アレックスはため息をつき、皮肉混じりに言った。
それをダナンが笑いながら返した。
「それはどうも」
「ホラ、時間が無いんだ!早く乗れ!」
運転手に急かされて、アレックスは荷台に乗り、DShk38重機関銃のトリガーに指を置く。
ダナンは助手席へ乗り込み、運転手へ指示を出していた。
「ワグダへ向かってくれ。解放軍の仲間がいるはずだ」
「わかった」
運転手はアクセルを踏み、ピックアップトラックはボロボロの道路を砂埃を上げて勢い良く走り出した。
アレックスは左肩に雲天から貰った布を巻き、重機関銃を構え敵がいつ来てもいいように備えていた。
ピックアップトラックが道を外れ荒野へ出ると、先ほどアレックスたちが銃撃戦を繰り広げていた場所から再びフレアが上がった。
「おい、ダナン!またフレアだ!追っ手が来るんじゃないのか!?」
アレックスは緊迫した様子で声を上げた。
「ああ、分かってるよ!俺も見えた!窓からお前を援護する!頼んだぞ!」
ダナンは窓から顔を出し、荷台のアレックスへ向かってそう答えた。
「ああ、クソッタレが···」
そう悪態をつきながらアレックスは重機関銃を後ろへ向けた。
程なくして緑が増え、村や農家らしき建物もチラチラ見えるようになった荒野の中、茂みを国防軍のUAZ-469が4台ほど抜けてこちらを追ってきていた。
国防軍の運用するロシア製のUAZ-469には、アレックスたちの乗っているピックアップトラックと同じくDShk38重機関銃が搭載されており、それぞれ機関銃手が操作していた。
「ダナン、追っ手だ!機関銃を積んでるぞ!」
「やれ!アレックス!援護する!目的地に着くまでに全員倒すんだ!」
「よく言うよ!まったく」
そう言いながらも、アレックスは機関銃の引き金を引いた。
1分間に600発の発射速度で機関銃を撃つ。
目の前のUAZ-469のフロントガラスが割れるが、国防軍の運転手は伏せながらその銃撃を凌いでいた。
すかさず敵の機関銃手が撃ち返す。
いくつもの弾丸が、アレックスたちの乗っているピックアップトラックに当たって金属音が鳴り響く。
アレックスは出来るだけ屈みながら撃ち返していたが、足元の悪い荒野を早い速度で走っているために中々弾が当たらなかった。
敵の機関銃の弾が切れ、銃撃が止んだタイミングで、アレックスは車両のタイヤを撃った。
前輪にいくつもの重機関銃の弾丸を浴びた車両はスピードを殺しきれずに右へ横転した。
更にそこに後ろからアレックスたちを追っていた3台の国防軍のUAZ-469の内の1台が、突然目の間に横転した車両と激突し、激しい音と大きな凹み傷を作って止まった。
「あと2台!リロードする!」
アレックスはそう叫び、足元においてある新しい弾薬ベルトを手に持った。
撃たれた左肩に痛みが走る。
布を巻いて応急処置をしているとはいえまだ痛む。
幸い出血は止まって来ているようだ。
弾薬ベルトを機関銃へ装填しようとするも、国防軍からの攻撃が激しくアレックスは身を屈める事しか出来なかった。
「ダナン!攻撃が激しくて装填出来ない!」
「分かった!任せろ!」
そう言ってダナンはピックアップトラックの助手席の窓から顔を出し、手に持っているAKMSUの銃口を後ろの車両へ向けた。
そして一拍置いてから、2、3発ほど発砲した。
その銃撃の内一発がUAZ-469の機関銃手の兵士の頭へ直撃し、兵士は車両の荷台へ倒れていった。
「ナイスショット!いい腕だ」
そう言ってアレックスは素早く弾薬ベルトを装填。
コッキングレバーを引いて、機関銃手のいなくなった車両へ向けて引き金を引いた。
フロントガラスが割れ、運転手の頭を弾丸が貫通。
シートに血が飛び散るのが見えた。
運転手を失った車両は、そのまま進路を外れて行った。
残るのはあと1台だけだ。
最後の1台へ向かってアレックスは引き金を引いた。
敵も負けじと撃ち返してきており、頭を銃弾がかすめた。
「くそッ、危ねえ」
そう呟き撃ち返す。
しかしDShk38重機関銃の弾薬ベルトの装弾数は50発。
機関銃はまた弾切れになった。
しかしそれは相手も同じのようで、相手からの銃撃も止んだ。
そのタイミングを見計らい、アレックスは道路での銃撃戦で入手していた破片手榴弾を取り出した。
ピンを抜いて、車両が通るであろう場所を予想して手榴弾を落とす。
数秒後、車両は見事に落とした手榴弾の上を通り、機関銃を装填し終わった兵士が射撃をしようとしたものの手榴弾の爆発を受けて車両は動けなくなってしまった。
機関銃に弾薬を装填しながらアレックスは声を上げる。
「ダナン。全員やったぞ。目的地まであとどのくらいだ?」
「あと10分ほどで着く。助かったよ」
「敵には知られていないんだな?」
「ああ、そうだ。そこで武器装備と解放軍の仲間がいるから、軍に知られるのだけは避けたくてな」
「そうか」
そのような会話をしていると、今度は運転手が声を上げた。
「いや、まだだ。まだ追っ手が来てる。今度は正面だ」
「何?」
それを聞いたアレックスは機関銃を正面に向け、前に目を凝らす。
「なんてこった。あれは、UAZの他にBTRか?」
先ほどの追っ手の数を超える複数の車両隊が正面に見えた。
こちらに迫って来ているのはUAZ-469の他にソ連の装甲兵員輸送車、BTR-60の姿が見えた。
今のこちらの武装では間違いなく敵わないだろう。
「どうするんだ?ダナン」
「村に着くまでに何とか撒くしかないな。BTRは振り切れるだろうが、数が多いな。ヤツらの来ている方向へ行かないと村にたどり着けない」
「遠回りするのは?」
「だめだ。燃料が持たない」
「正面突破しか無いって言うのか?あの車輛隊の前に?」
「そうだ。なるべく全速力でかっ飛ばす。コイツを使って援護してくれ」
助手席から顔を出してダナンが渡してきたのは火炎瓶だった。
「こんなもので奴らが倒せるか?」
「時間を稼げればいい」
ダナンは声色を変えずにそう言った。
「それから、俺はコイツを使う」
ダナンはそう言って席の足元からRPG-7を取り出し、窓の外へ構えた。
2話目です。
割とアクション優先で書いているので軍事描写に突っ込みどころが多いかもしれないので、おかしい点があればご指摘をお願いします。
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