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離婚成立

「ええっ、破産したの?」


 レイナは口をあんぐりさせて、信じられないと言わんばかりの顔をして彼を見据えていた。


「ああ、すまん。事業がうまくいかなくなったんだ。債務の返済期限が今月末に迫っているんだが、今のままでは履行できそうにない」


 そう言いながらライアが懐から取り出したのは一枚の紙きれである。

 ただそれはエード家の主要取引先であるバリアード商会発行の正式な紙きれ・・・・・であって、そこには「債務の返済期限が迫っているので、確実に返済されたし、履行できない場合は担保の差し押さえ措置に移る」といった脅し文句が延々と書き連ねてあった。


「……そ、そう。履行できなかったらどうなるの?」


 いかに世間知らずの御姫様とはいえ、債務の返済を全うできなければどういう事になるのかぐらいは知っている。そもそも彼女の実家であるレントール家も債務の支払い期限には再三困ってきたのであり、その姿を見て育った彼女が知らないはずはなかった。


「破産だ」


 ライアはいかにも深刻そうな顔をして言う。


「だ、だが、安心してくれていい。俺はこの必ずやこの難局を打開してみせる。今までもそうだった。数多の難局を打破してきたからこそ今の俺があるんだ。今回だって何とかしてやってみせるさ。だから、お前にもついてきてほしいんだ。そして引き続き俺を支えてほしい」


 露骨に嫌そうな顔をするレイナである。

 カネのないライアになど興味はないと言わんばかりの呆れ顔だった。カネの切れ目は縁の切れ目というが、今の彼女の反応はまさしくその格言を体現化したようであった。


「そんなのは嫌ですわ」


 彼女はぴしゃりと言う。


「私は惨めな生活なんか送りたくなくて貴方と結婚したのに、どうして惨めな生活を送らないといけないのです? 破産したのは貴方の責任です。私を巻き込まないでください」

「……俺だけの責任か」


 そもそもエード家の財政が苦しくなったのはお前の散財が原因だろうと、ライアは突っ込みを入れたい衝動に駆られるも何とか抑え込んだ。そのおかげで自分がどれだけ金策に苦しんだ事か。

 聖女だの、天使だの、世間の人々からの称賛を得る為だけに実家や夫の財産を浪費し、自分が属する家をどん底に突き落とす。こいつは天使の顔をした悪魔だと、ライアは改めて思った。


「そうです。貴方に甲斐性がないからこんな事になったんだから、貴方の責任でしょう」

 

 全く悪びれる様子もない。

 そんなレイナにライアは苦笑する他はなかった。


「ではどうするんだ? 俺達は夫婦だ。巻き込みたくなくても巻き込んでしまうが」


 ここからが肝心。

 いわゆる勝負所。

 内心の昂揚を必死に隠しながら、彼はそんな事を言う。

 

「だったら別れましょう」

「別れる?」

「だってそうでしょう。なんで私が貴方の失敗に巻き込まれないといけないのよ。自分の尻拭いは御自分でなさってくださいね」


 上手くいったと、ライアは心の中で快哉を挙げるが、そんな内心とは対照的に、顔の上には苦悶の表情が浮かべている。


「なんでそういう話になるんだ。別れるなんて俺は嫌だ」

「だったら、これからも私の為にお金を用意できるんですか? お金もろくに用意できない甲斐性なしの男なんて、聖女たる私の夫として相応しくありません。まして借金を抱えた男なんて……」


 聖女としての活動にはカネがかかるのよ、と言いたげに睨んでくるレイナに対して、ライアはこれで何度目になるか知れない溜息を吐いた。カネが無くても聖女的な活動は幾らでも出来るだろうに。病人を看護したり、貧しい子供達に読み書きを教えたりする程度であれば、特別カネは必要としない。だがそういった地道で辛く汚い作業を、この自称聖女様は嫌うのだ。


「それでも離婚は嫌だって言ったらどうする?」


 確認するようにライアは言う。


「星室庁に訴えるわ」


 星室庁――。

 それは貴族同士の揉め事を仲裁、あるいは審判したりする為の特殊な裁判所の事だが、通常の裁判所と異なって、大貴族の影響力が強い為、大貴族に有利な判決が下る事が多い。レントール伯爵家が訴えるという形をとれば、星室庁は確実にレイナ有利の判決を下すだろう。即ち否応なしに離婚は成立してしまう。


「……わかった」


 いかにも観念したような体裁で、ライアはあからさまに肩を落としてみせる。


「離婚は認めよう。で、財産分与の件はどうする?」

「……私が申し出たんだから、その辺の事は貴方が決めればいい。でも借金を押し付けるつもりなら、星室庁に訴えるわよ。それ以外の事なら貴方の好きにすればいいわ。私の資産なんてロクにないしね」


 勝ち誇ったように言い放つレイナに対し、ライアはフンと鼻をならした。


「わかった。ならこういうのでどうだ。互いに財産分与は求めない。資産も債務もそれぞれの責任で処理する事。そして今後その事について一切の異議申し立てを行わない」

「ええ、それで構わないわ」


 間髪入れず答える彼女を見て、その本音が透けて見えるようだとライアは思った。

 彼女は離婚したくてたまらなかったのだ。その口実をずっと探していたところ、ライアの方から口実をもたらしてくれた。ならば乗っかるしかない、そして突っ走るしかないと言ったところなのだろう。

 そこまでして離婚したい理由。

 言うまでもない。

 新たな恋人と添い遂げたいのだ。

 より正確には、新たな金づるに乗り換えたいと言ったところか。まして今の金づるが金づるとしての役割を果たせそうにないとあっては、一刻も早くというのが偽らざる本音であろう。

 所詮、金づるは金づる。

 カネの切れ目が縁の切れ目。

 非情な現実を前に、ライアは天を仰いだ。


「じゃあ、以上の事を文書にまとめるから少し待っててくれ。サインがいるからな」

「ええ、わかったわ」


 手際よく話を進めていくライアに、レイナは特に違和感を覚えた様子もない。間もなくライアの執事であるシモン・バードが書面を持ってやってきた。予め用意されていたとしか思えないスピードだったが、一刻も早く離婚したいという衝動に駆られているレイナは全く気にせず、ちゃっちゃと署名して、ライナに手渡した。ライナもまた署名し、ここに離婚届が完成する。後は役所に持っていって提出を済ませれば正式に離婚が成立する事となる。


「最後に言っておくけど、離婚するからにはもう私達は他人よ」

「ああ、当然だ」

「貴方がどこの女とくっつこうと私は関知しないし、興味もない。だから貴方も、この先、私が誰とくっついても文句を言わないでよ」

「……ああ、わかってる」


 念押しされるまでもない事だが、あえて念押しされると、さすがに堪えるものがある。私はこれから浮気相手と結婚します、と宣言されたようなものだからだ。

 ライアはレイナの事が好きではなかったが、それはそもそもの馴れ初めが政略に基づくものゆえ致し方ない事である。しかし結婚するからには、夫婦となるからには、少しでも好きになろうと努めてきた。少なくとも名家の令嬢たる彼女に相応しい夫であろうと努力を重ねてきた。結果として彼女に対する好意らしきものも少しずつだが芽生え始めてきていた。自分のカネを勝手に引き出して浪費を重ねる彼女に対しては眉も顰めたが、貧しき民の為に尽くす姿は確かに美しく、そんな彼女に惹かれていた事は否定しようのない事実である。だからこそ、これまで彼女の金づる役に甘んじてきた。

 だが彼女はそうではなかった。

 彼女はどこまでも自分を単なる金づるとしか思っていなかった。

 カネを稼いできてくれる自分に対して、これっぽっちも好意など覚えてはいなかったのだ。

 今の念押しでその事がはっきりした。

 何やらがっくりするが、あるいはその方がよかったのかもしれない。

 後腐れがないし、彼女を騙している事に後ろめたさを覚えずに済む。

 下手に未練を残すより、ずっとマシだろう。



 ライアは複雑極まりない顔のまま、安堵の溜息を漏らした。

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