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4 東征遠路

 王都からウガイの森までは馬車で一週間ほどの行程だった。

 馬車の座席は四人乗りで、ココと三人の役人——年配と中年と若い男——が座っていた。外には前後に御者がひとりずつ乗っている。後ろの御者は休憩のたびに前と交代していた。

 道中、会話はほとんどなかったが、役人たちはココを丁重にあつかった。表立って口にすることはできないが、国を守った英雄だという声もまだささやかれている。役人たちのなかには彼女を処罰するのは正しいことなのかと疑問に思うものもいた。正当性に疑いを持つたびにモン伯爵の顔がちらつくのだった。

 日が落ちると宿場町で夜を過ごした。ココは毎夜、留置場の中だった。

 どんな街にも大なり小なり犯罪があり、それを犯したものを拘束する場所がある。本来、留置場は刑が確定していないものが勾留される場所なので刑務所よりは待遇がいいはずだが、小さな町ではどれも等しく牢屋だった。


「俺にもあのくらいの年頃の娘がいるが——」


 警備施設の一室で、中年の役人が浮かない顔で仲間に言った。


「ウガイの森でひとりで暮らすとなればひと月——いや、半月ともたないだろう。飢えて死ぬか、獣に食われるか、どちらもろくな死に方じゃあない」


 中年の役人は自分の娘とココを重ねて、いかにこの仕事がつらいかを仲間に吐露した。

 よほどの救いようがない悪ガキならまだしも、泣くこともわめき立てることもなく、観念したようにおとなしくしているのがまた、見ていてよけいに苦しいと。

 年配の役人と若い役人も共感した。

 若い役人はまだ独身だったが、妹がいるのでそれに置き換えて考えればいかに酷い仕打ちかわかると言った。

 それだけでなく、役人たちは女神の罰を恐れていた。

 女神の神通力は本当に存在するのか。するにちがいない。なぜならいまだに聖霊防壁なるものが発動するのだから。よその国にはない、女神と契約したこの国だけのものである。そして、国家の大事にそれを発動した聖女がいま目の前にいる。

 聖女を処罰して本当にいいのか。

 しかも、それが無実の罪であるならば、きっと女神の怒りに触れるにちがいない。

 若い役人はそのことを心配して馬車の中でココにたずねた。


「あなたがたは自分の職務をまっとうしているだけですから、女神が罰をあたえるようなことはありません。安心してください」


 女神の意向など会ったこともないココには知るよしもなかったが、元聖女がそう言えば役人たちもいくらか心安まるだろうと思った。


「あなたが言うならきっとそうだろう」


 年配の役人がそう言うと、ほかのものたちも自分に言い聞かせるようにうなずいた。

 若い役人が「ふぅ」と息を吐いた。それほど「女神の罰」が気になっていたのである。役人たちはココの言葉を聞いて少し安心できたようだった。

 一度会話をすると話しやすくなったのか、若い役人がまた口を開いた。


「おま——あなたはおとなしくしているけど、この刑に納得はしてないんでしょう?」


「そうですね、大聖女候補に選ばれたときは、これまで励んでいたことが報われたのだとほんとうに嬉しく思いましたが、そのすぐあとには犯罪者になっていて……どうしてこんなことになってしまったのか」


「モン家の謀略だと言われてますが」


「そのことについては、なんとも……」


 ココはババロアの顔を思い浮かべながらも、はっきりとは言及しなかった。


「実際のところ霊力はすっかりつかい果たして、まだほんの少ししかもどっていないのです。どちらにせよ、大聖女の役目はもう務まらないでしょう。当分は他国の侵略はないと思いますが」


 周辺国は全員でかかって勝利するどころか手痛い反撃を食らったのだから、聖霊防壁があるかぎり攻めてくることはないと思われた。


「つかいものにならなくなったからって救国の英雄にこの仕打ちはないでしょう。家族も心配しているのでは……」


「わたしは孤児だったので、悲しむ家族がいないのが救いです。いまはそう思うようにしています」


 ココは別れ際の大聖女の顔を思い出しながらつぶやいた。

 若い役人の横腹を隣の役人が肘でドスンと突いた。




 話しやすくなったのはココも同様のようで、外の景色を眺めては「あれはなんですか?」「なにをやっているところですか?」と役人たちに質問した。ずっと聖女学校の寄宿舎に(こも)っていたのでめずしいことばかりなのである。

 役人の説明を聞いて「あれがそうですか。初めて見ました」「まあすごい」などと感嘆の声をあげるとき、紅い瞳は薄く開かれたまぶたの隙間から好奇の光を輝かせた。

 これから訪れる運命を知っているにも関わらず、ときおり見せるその朗らかな笑みは、「やはり聖女にふさわしい無垢な魂の持ち主なのだ」と役人たちに実感させた。




 東の国境が近づいてくると若い役人がまた声をかけた。


「おどかすつもりはありませんが、ウガイの森には恐ろしい魔物が出るそうです。どうか、お気をつけて」


「魔物が出るとは聞いたことがありますが、どういったものでしょう」


「数十年前に龍のようなものがあらわれたと聞いています」


「龍……ですか」


「龍、というか……数十メートルの巨大な蛇で、(マムシ)を潰したようないびつな頭部をしていて、コウモリのような羽で飛びまわるのだとか」


「の、だとか? それは多くの人が目にしたのでしょうか。それと、何体くらいいて、それ以来数十年見られなかったのは航路からはずれたところに棲息しているせいなのかしら」


 ココの紅い瞳に見つめられて、若い役人は赤面した。


「もう、突っ込まないでくださいよ。私がじかに見たわけじゃないんですから」


「すみません、疑っているわけじゃないんです」


 ココもつい夢中になってたずねてしまったことに頬を染めた。

 年配の役人が笑って若い役人の肩を叩いた。


「聖女殿は『不確かな情報に惑わされるな』と言っておられる」


「ウガイの森……龍のような魔物……」


「なにか、心当たりでも?」


 ココが考えるそぶりを見せたので、中年の役人がたずねた。


「いえ、わたしも聞きかじっただけの知識ですので、なんとも……」


「聖女殿なら女神の加護があるからきっとなんとかなりますよ」


 若い役人はもう一度「きっと」とくり返した。




 ウガイの森の入り口には国境警備のための城があった。

 近くのリック湖から名を取りリック城と呼ばれる。

 隣国エキドナ王国とは軍事衝突がほとんどないため、国境を守るほかの城よりは規模が小さく、普段は貿易のためにつかわれていた。

 エキドナ王国のさらに東は海である。ヴァンバルシアには海がないので、海産物を活かして運んでこれれば高値で売れるのだった。

 城と隣接する城郭で囲われた街は、貿易が盛んなためそれなりに人口が多かった。

 城門の前で馬車を停めると、年配の役人が降りて門番に書類を渡した。


「おやおや、大罪人のおでましか」


 書類に目を通した門番は、ニヤニヤしながら護送される罪人の顔が馬車の窓から見えないか首を伸ばした。


「聖女殿だ。役目により東へ向かわれる。お前がいまそんなふうに平和ボケした締まりのない顔をしていられるのもこのかたが国を守ってくれたからだ。さっさと門を開けろ」


 年配の役人は、その視線を遮るように立つと強い口調で言った。

 城壁のなかには東の聖女がいる神殿があった。しかし、ココは罪人なので神殿に立ち入ることはできなかった。

 ココはヴァンバルシア王国最後の夜を、牢獄ではなく、リック城の中の一室で迎えた。

 一人部屋で、なおかつ国内では希少な海の魚が出るなど料理も豪華だった。

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