24.スラムの真ん中でホルモンを焼く
本当に日が暮れる前に宿に戻ってこれたのは驚きだった。
とてつもない時間短縮方法を手に入れてしまった。
何もかもジーナのおかげである。
これは何かご褒美をあげねばなるまいな。
***
宿に帰って、すぐにお風呂に入りたいと言ったジーナをエウリィとレーヴェに任せて、俺は晩飯の仕込みを開始する。
このところ出番を取られがちだったからな。今日は俺が腕を振るいたい。
ということで本日のおメニューは……取り立ての猪のモツを使った鉄板焼きでいくか。
身の方の肉は少し熟成させた美味いので、今日はあまり使わずに寝かせておこう。
余談だが、この世界ではなんとモツを食べるものとして扱っていない。廃棄対象である。
非常にもったいないことに、この世界の人たちはモツの旨味をまったく理解していないのだ。
……まぁ、あっちの世界でも近代になるまでは食べていなかったハズなので、どっこいどっこいか。
ちなみにここの宿泊客にはモツを使った料理を何度かお出ししているので、その旨味を存分に堪能して頂いている。
あの舌の肥えたお嬢様でさえも大変美味しいと喜んでいたくらいだ。
その後、正体が内蔵だと知って顔面蒼白になっていたが。
さて、兎にも角にも、まずはモツの下処理が肝要である。
なんせ内臓だ。内容物が収まってるわけで、丁重に下処理を行わなければ臭みもエグみも抜けないのだ。
……が、ここはISEKAIなわけで、魔法という大変便利なものが存在している。
光属性の浄化魔法を使うことであっという間に下処理が終わってしまうのであった。
こればっかりはこの世界に感謝せざるを得ないな。
***
「タナカの兄貴……仕込みですか」
仕込みを続けていると、いつの間にか厨房に居た巨漢のあらくれ2が声を掛けてきた。
お前エカーテさんをちゃんとエスコートしてきたんだろうな?
「勿論ですぜ。今は部屋にお戻りになってます」
フン。彼女に何かあればお前らの首が飛ぶと思えよ。
返事は無かった。
なぜかあらくれ2は無言ですっと隣に移動して、俺の仕込みの様子を見つめてきた。
いや隣に来るんじゃねえよ。美少女になって出直してこい。
「モツですか……手伝いますぜ」
俺の返事も待たず、モツの一房を手に取り、俺に倣って仕込みを始めた。
中々手慣れたものであるが、俺には遠く及ばんな。フン。
「タナカの兄貴……最近スラムに見かけない奴らが出入りしているのを知ってますか?」
あらくれ2はそれが本題とでも言うように話しかけてきた。
ああ、朝出掛ける時に大量に出くわしたな。
王都のスラムの奴らか? あれって。
「どうやらそうみたいで。例の騒ぎで王都のスラム街が崩壊したらしく……炙れた厄介者たちが今になってこのリシアに押し寄せているみたいですぜ」
かぁー……面倒くせぇ。
しばらくはエカーテさんのエスコートは欠かせんなぁ。
宿にちょっかい掛けてくる輩も出てくるかもしれんし、警戒も必要か。
「こっちの組織との抗争の面もあります。なんで俺らに任せといてください。タナカの兄貴の手を煩わせるまでもねぇですぜ」
お前らの組織の事なんか知らんが、やるなら早めに決着つけてくれよ。
ただでさえ面倒な状況なんだから。
「分かってやすぜ。タナカの兄貴」
全く、なんでこうも最近面倒臭い事ばかり起こるのか……。
もうストレスが溜まりまくりんぐでしてよ!
趣味のお料理でお発散するしかありませんわ!
***
所変わって宿の屋上へ。屋内だと匂いが籠るからな。
クラフトスキルで生成した大きな鉄板を広げて、鉄板焼きの準備は完了だ。
最初の一品はホルモン焼きである。
向こうの世界のスラム(に近い場所)でもファストフードとして有名だったから、丁度いい料理かもしれんな。
解体時に取れた背脂を鉄板に投入し、油通しを行いつつ火加減を調整する。
調整とは言っても、火は普通に薪や炭に熾しているので、普通に難しい。
これが魔法なら簡単に調整できるのだが、俺は火の魔法が使えない。
火・水・風・土の基本四属性は、一人につき二つの属性しか扱えないというこの世界特有の謎縛りのおかげで、何かと不便なのである。
クソ運営がよ……。
良い感じの火加減になったところでホルモンを投下する。
下味として絡めておいたタレがジュウッと音を立てて焼けていく。
皆大好きな甘辛い醤油ベースのタレの匂いが食欲を刺激するぜ。
「くぅ~っ……! 旦那ァ、もう我慢できやせんぜ! 早く焼いてくんな!」
「タナカの兄貴ィ、こうも連日でご馳走続きだと酒が足りねえんじゃねえか?」
「モツ焼きは……酒のアテとして進み過ぎますぜ」
野郎どもがピーチクパーチクうるさいのなんの。
なんともスラムらしい客層である。
酒ぐらいテメエらで用意しやがれってんだ。
「確かに、とてもいい匂いですよねぇ。匂いだけでもお腹が減ってきちゃいます」
おっとレディ。こちらのキンキンに冷えたラガーをどうぞ。
労働の後の一杯は格別ですよ。
「あ、そんな、またこんなお高いお酒を」
いえいえ遠慮なさらずに。ささ、ぐいっと。
すぐにホルモンも焼きあがりますんでね。
「あーっ、もう始めてる!」
いかん、お風呂上りの乙女たちがもうやってきてしまった。
ホルモン焼きは酒のアテとしては最強なので、先に大人だけで楽しむのは仕方のないことなのである。
だが子供たちにも大人気なのがホルモン焼きというものだ。
「ジーナが遅いせいよ! 長湯したと思ったら今度は湯あたりとか……ほんっとに世話が掛かるんだから」
「ゆあたりじゃないですよ! ちょっとからだをさましたかっただけです」
「それを湯あたりと言うんだ」
一気に姦しくなってしまった。
さっさと焼いてお出しするしかないな。
いい具合に焼けてきたホルモンに、追加のタレを掛け回す。
じゅわっ……! と、弾けて香ばしい匂いが溢れ出す様を見て、俺とジーナ以外の喉が鳴った。
専用に生成した金属ヘラでチャッチャッと音を立てながらかき混ぜ、焦げ目が付かないように焼き上げる。
皆の目が釘付けになっているな。
鉄板焼きはエンターテインメント性も高いので、こういった見せ物的な側面もあるのだ。
さて、そろそろいいか。
さぁさぁ皆さんお待ちかね。
多分ここでしか食えないホルモン焼きの完成だい。
と、声を上げた瞬間にしゅばばっ! と群がられて我先にと焼かれたものが奪われていった。
「えぇー……そんなにですか……?」
ジーナがドン引きしている。
いや、美味いんだよこれが。甘辛い味付けはこっちでも好評だからな。
大人も子供も皆大好き、酒も進むとなればこうなるのも当然だ。
それを分かってもらうためにも、俺は餓えた獣たちの猛攻に耐え、何とかジーナの分を皿によそってやった。
ほら、お前も食べてみろ。
「なーちゃんはほどほどでいいのですが……」
ジーナはそう言いながら、特に感慨もなくひょいぱくっとホルモンを口に運んだ。
──ジーナ自身が言ったことだが、人の食事はこいつの好みではなく、必須ではない。
ドラゴンであるこいつは、龍気の補給と、愛した者との触れ合いによってのみ、エネルギーを補充できる。
……だが、その言葉を聞いて、少し疑問に感じた事があった。
愛した者との触れ合い、という部分だ。
これには、一体どこまでがその範疇に含まれているのだろうか? ……と。
例えば、愛した者の作ったお手製の料理を食べる、というのは──……?
「……──? …………っ!? んむーーー!?!?」
その答えは眼前の様子に如実に表れた。
ジーナが目を輝かせて悶絶しておる。
推察は当たりのようであった。
どうだ? 俺の愛が籠ったお手製料理は美味いか?
「そっ、そういうことなのですか!? めちゃくちゃおいしいのですっ!!」
餓えた獣が一匹追加されてしまったようだ。
フッ、俺も罪作りな男よ。
「旦那ァ! 次を作り始めないと無くなっちまうぞ!」
結構多めに焼いたというのに、気付けばもう残り少なくなっていた。
爛々と光る眼が俺を取り囲んで次の獲物をはよしろと急かしてきている。
フッ、慌てるな諸君。今のホルモン焼きはまだ第一波である。
まだまだ大量に在庫はあるし、追加の品もどんどんお出ししていくので安心して欲しい。
「だんなさま! はやくつぎのくださいっ!」
クソッ、俺の食べる暇とか全く考えてないなこいつらっ。
俺はこのまま全自動鉄板焼きマシーンになるしかねぇのか……うおォン……。




