もたらされた救い
私は何をしているのか。
我が民が次々と死んでいく。
流れる血で大地は赤黒く染まり、聞こえてくるのは金属がぶつかり合う音、叫ぶ声、雄叫び、呻き声。
粘り気のある生臭い空気が辺りを満たし、それを吸えば吸うほどに体が重くなっていく。
半年前、日照りによる水不足の報告を受けた。
それを皮切りに各地から日照りの報告がもたらされた。
やがて作物が枯れ果て、草木が枯れ始めた。
豊富な水を湛えていた湖も、決して泳いで渡ることができないほどの水量のあった川も、それが幻だったのではないかと思えてしまうように水が消えてしまった。
大地は完全に乾き、生きているもの達もことごとく乾き、弱いものから死んでいった。
国中で水を奪い合う争いが起き始めたために唯一水が確保できた各地の井戸を軍で管理し、争いが起こらないようにした。
しかし、その井戸の水位も徐々に下がっていき、一箇所、また一箇所と水が消えていった。
もう時間がない。
このままでは国が死んでしまう。
各地に飛ばした密偵が戻ってきた。
どうやら世界中で水が無くなっているが、なんという幸運だろうか、隣国にはまだ水があるという。
我々は急ぎ隣国に使者を送り水を分けてほしいと頼んだが、分けるほどには無いと断られたしまった。
今我々が用意できる全ての財を用意しても答えは同じだった。
我々は迷ってはいられなかった。
全ての動けるもの達を集めて隣国に攻め入った。
だが、力の差は歴然だった。
我が国の兵達は水を十分に得られずに弱っていた。
無謀な戦いだったのだ。
無謀な……
守りたかったはずの我が民が次々に死んでいく。
力で奪おうと思ったことが間違いだったのか?
だが水がなければ我々は生きられない。
では座して死を待てば良かったのか?
何もせずにただ死ぬのを待てば良かったのか?
大いなる存在よ、答えてくれ!
私はどうすれば良かったのだ!
我が民を守るためにどうすれば良かったのだ!!
——剣を収めて
今のはなんだ?
——剣を収めて、足元を見て
足元?
!!
これはどういうことだ?
私の周りに草花が?
水気など一切ない血を吸って赤黒くなってもなお乾いた硬い土しかなかったはずだ。
な! 体が勝手に動く。
何故だ。
地面にお辞儀をしている場合ではない!
敵兵が斬りかかってき——
弾かれた?
地面が!
このままでは地に接吻してしまう!
せっぷ——
——命の息吹を
体の中を熱い何かが勢いよく通り抜けていき辺りが光に包まれ、その光が収まったと思った途端に体が自由になった。
慌てて立ち上がった私の目に映ったのは、一面に広がった草原とそこかしこで倒れていた兵達が、死んだはずの兵達が呆然とした様子で立ち上がる姿。
——剣を収めて、もう戦いは必要ない
頭に響く声が収まった時、鼻先に何かが落ちてきた。
と思ったら次々と何かが落ちてくる。
手に落ちてきたそれは乾いた皮膚に染み込んでいった。
水……
思わず空を見上げた私の目に飛び込んできたのは、青い空ばかりで忘れかけていた黒い雨雲と、雨雲に覆われた空から次々と落ちてくる雫。
『雨だー!!!』
あちこちから聞こえてきた。
我が兵も敵兵も入り混じり抱き合って喜んでいる。
手を上げて踊っているものもいる。
ああ、私も皆と共に踊りたい!
どれほどにこの瞬間を待ち望んだことか!
だが、この雨は我が国でも降っているのか?
——大丈夫、星は息を吹き返しました、雨は全ての場所で降っています
「全ての場所! では、我が国でも!! ああ、感謝します! 大いなる存在よ!!」
私は思わず声に出して大空に向かって叫んでしまった。
——感謝はあなた自身に、私はあなたの声にたまたま引き寄せられた通りすがりのもの、あなたの声がなければこの星はこのまま死を迎えていたのですから
大いなる存在の言われた『この星はこのまま死を迎えていた』が分からずに何度も問いかけてみたが、答えが返ってくることはなかった。
通りすがりと言っておられたからもう行ってしまわれたのだろう。
さて、この戰の後始末をしなければならないな。
こちらから仕掛けたのだ。私が責任を取らなければ。
私の命一つで許してもらえるといいが。
副司令官を呼び後のことを頼むと私は敵国、ではもうないな。隣国の総司令官がいる天幕へと向かった。
自身の命で責任を取ろうとした若き王は死ぬことはありませんでした。大いなる存在と繋がる尊き人を殺すなんてできないと言われたとかなんとか。めでたしめでたし、でした。