チャラ男に優しい剣道娘の話
「へっへっへ。つーわけだからさー鋼崎さん、俺と付き合ってくんね?」
「うん。断るよ」
俺こと掛橋満はクラスメイトの女子に告白した。
そして見事に玉砕した。
「なんでだよ。どうして……!」
「そんな理解できないみたいな顔されても、こっちは帰って言動を思い返して出直せとしか言えないね」
愕然とした表情で膝をつく俺に苦笑で返す女子生徒はとっても綺麗な子だった。
男女から見ても整った顔立ちに加えて、その凛とした容貌。
長い黒髪を一房のポニーテールにまとめたその姿はまさに女侍といっても良い。
そんな可愛いよりもかっこいい寄りの彼女、当然男子よりも女子に人気が高かったりする。
彼女の名は鋼崎蛍。
女子剣道部の期待のホープで次期部長と目される実力者であり、そして俺のクラスメイトでもある。
その一方で俺……掛橋満はどうであろうか?
窓に映る姿は雑に染めた金髪と耳につけたピアス、着崩した制服の下には派手なシャツが覗く。自分で言うのも何だが、いかにもだらしがないチンピラといった風体だ。
実際に見た目通りの俺は教室の片隅で、似たような格好の連中と共に、しょっちゅう他者のゴシップと可愛い女の子の情報を肴にしている。
不良というカテゴリにはギリギリ入らないものの決して好感を持たれるような類ではない。
自分で言うのも何だが、傍目から見ればどうしようもない軟派なチャラ男の一人だろう。
そんな男がクラスでも評判の美少女に下卑た視線を向けて、ヘラヘラ笑いながら言い寄っているのである。
うん。明らかに告白ではなく、ただのチンピラによる下手くそなナンパだ。
……自分で言うのも何だが、これが真っ当なラブコメ漫画とかなら、この後もしつこく言い寄り、華麗に登場する主人公に倒されるやられ役である。
いや、それ以前に今この瞬間、目の前の武道少女に張り手の一つでも見舞われてお終いだろうな。
どちらにせよ、こんな事が彼女のファンクラブにでも知られたら、あっという間に彼らもとい彼女らに袋叩きにされるること受け合いだ。
つまり今の俺はゲームオーバー、ほぼ詰みなのである。
……と覚悟していたのだが、当の鋼崎さん本人は特に怒りもせず、お断りの返事をして以降はそれ以上の拒絶も糾弾もせず、心底不思議そうな顔でしげしげと俺を見つめていた。
顔に何かついてるのだろうか?
さっきも言ったが、彼女は美人だ。
そんな美人にこうして見つめられていると、思わずこっちもドキドキしてしまう。
「一つだけ聞いてもいいかな?」
一方で当の鋼崎さんはゆっくりと口を開く。
「……なんで私なんだい? 見ての通り私は剣道しか取り柄の無いつまらない女だよ。彼女にするなら他にも良い子が沢山いるだろうに」
彼女の疑問に俺はすかさず答えを出す。
「つまらないなんてことはないさ。君はしっかり見た目が良いじゃないか!」
「うーむ。最低な答えだな」
最低だと言いつつ、愉快そうに笑う鋼崎さん。
あれ、好感触?
正直すぎて逆に清々しいって奴か?
……もしかして、ワンチャンある?
「いや、清々しい止まりだよ。一応言っておくが、異性としては欠片も見れてないからね?」
儚い夢であった。
「でもさでもさ。俺も女性は愛嬌っていう言葉も知っているし、それに関しちゃ特に異論はないけど、やっぱり雰囲気やオーラとかって、内面から作り出されるわけじゃん?」
「わからんでもないが、いちいち、それを本人の前で言うのはどうかと思うよ。そもそも、そんなに私は美人かな? 自分で言うのもなんだけど、ガサツだし、それにその……汗臭いし」
そう言いながら、四六時中鍛錬に明け暮れている彼女は自身の汗が染みた胴着の匂いを嗅ぐ。
気にしているのだろうか、少しばかり恥ずかしそうにしてるその姿は普段の彼女からは想像できない。
ちょっと得した気分である。
「そこが良い」
とりあえず彼女の悩みを断ち切るために即答させていただいた。
俺ってイケメンだぜ。
そもそも彼女は充分に美少女だし、そんな彼女の体内から排出される体液はたとえどんな臭いだとしても、男たちの前ではフローラルに早変わりするのだ。
君の臭いが染みついたその胴着をしかる場所に出展すれば、どれほどの値が付くと思っているんだい?
「……もうちょっと離れてくれ」
そう正直に話しただけなのに、今度こそ彼女は本気でドン引きして、おまけに迎撃態勢のような何かの構えを取っていた。
いかん。流石にこれはスルーさせてもらえなかったか。
違うんだ。
これはあくまでマニアックな人たちが集まる某所での話であって、決して俺個人にそういう趣味嗜好があるわけでは……。
と、必死で弁明してのが効いたのか、ようやく彼女は警戒を解いてくれたが、やはりどこか表情と挙動がまだ硬い。
ううむ。完全にドジッたな。
でも、鉄の女傑と呼ばれる彼女にこんな表情をさせる俺って結構すごいんじゃね?
いや嘘です。ごめんなさい。
クラスメイトの女子にドン引かれるのは、思春期男子には心にクるものがある。
「ふう。……まぁ私も女子だからね。見た目を褒められて悪い気はしない。ありがとうね」
社交辞令のような文言であったが、どこか恥じらうような笑みで礼を言ってくれた。
おお、これは大逆転到来か?
「鋼崎さん、やっぱ俺と付き合――」
「だが断る」
「ぐはっ」
二度目の拒絶に俺はオーバーに仰け反る。
そのセリフ言ってみたかっただけだろ!
さっきから期待させるような言動繰り返しやがって!
そんなに俺を惑わして楽しいかよ、この魔性の女!
「魔性の女か。ふむ、そんな呼ばれ方をされたのは初めてだね」
「なんで嬉しそうなんだよ」
やがて、俺はひとしきり憤慨して落ち着くと、チラリと後ろの方を見る。
すると、校舎の影に隠れてこっちを見てクスクスと笑っている奴らがいた。
「な、だから言ったろ。アイツじゃ無理だって」
「賭けは俺の勝ちだろ。百円寄越せよ」
「言うても、アイツが勝つ方に賭けた奴なんていないだろ。全員殴られるか殴られないかだし」
よく聞こえないが、大体そんな感じの勝手な事を口々に言い合っているのだろう。
あそこにいる彼らは俺がいつも教室で話している男子連中……まあ友達だ。
ふむ。いい感じでアイツらのウケも取れたみたいだし、もうそろそろいいかもしれない。
「はぁ。それじゃあ俺帰るわ……」
そもそも今回の一件は俺と友人たちとの間の賭け事だ。
言い出しっぺは誰だったか。
とにかく俺が告白して成功したら、俺はみんなから百円ずつ貰い、逆に負けたら俺はみんなに一人ずつ百円を支払わなければいけない。
そんなルールの下、俺は彼女に告白をしたのだ。
元々最初から結果なんてわかりきったギャンブルだったが、いざそうなるとやはりキツい。
数百円の損失は学生には地味に響く。
バイトしようかなぁ。
――とか思っていたその時、奇跡は起きた。
「待て」
俺は鋼崎さんに呼び止められ、振り返る。
彼女はなぜだかいやに考え込んだような顔をして、意味深な目でこちらを見ていた。
もしかして、やっぱり一発ぐらい殴られるのかな、と俺はビクビクしていたのだが、彼女の唇から漏れたのは予想外な一言だった。
「ふむ……気が変わった。少しだけ付き合うよ」
「はい?」
一瞬、何を言われたのかわからずに俺は呆けていた。
向こうの方でも男子たちの凍り付くような空気を感じる。
「そうだね。ちょうど明日は休みだし、ちょっと一緒にどうかな?」
え……え?
マジかよ。
本当に逆転ホームランかましちゃった?
俺は込み上げてくる歓喜に、思わず奇声を上げて駆け回りたくなる衝動を懸命に堪え、それでも感極まって滂沱の涙を流しながら、青空に向けてのガッツポーズをとるのであった。
……そして、翌日の早朝である。
「ぜぇぜぇ……ひぃ……ふぅっ、はぁ!」
「ほら、遅いぞ。これじゃあ日が暮れる!」
俺と蛍はランニングに勤しんでいた。
付き合うってこういう事ぉ!?
チクショウ! 話がうますぎると思ったんだよ!
ランニングを終えた俺はその場でへたり込む。
「もうダメ限界ぃ! 足腰立たないよぉ!」
「何で無駄にシナを作って言うんだ、気色悪いぞ……」
鋼崎さんの言葉を無視して、俺は汗だくの体を投げ出しながら、バッグから取り出したペットボトルのスポーツドリンクをガブ飲みする。
「つーかさ。なんで休日まで筋トレとかしてるんだよ。鍛錬とか一日ぐらいサボッても良くね?」
「良くないね。こういうのは積み重ねが大事なんだよ」
真面目なことだ。
「そこで自販機がある。奢ってくれよ」
「あんた結構図々しいな」
「ふふ。私のおかげで儲けたんだろう?」
「ふぁ!?」
な、何をおっしゃる兎さん!
突然何を言い出すのかなぁ。ハハハ。
「惚けなくてもいいよ。君は最初から賭け事で私に近付いたのだろう」
なめんな、あんたと付き合える可能性を極小の確率で期待してたっつうの。
結果は大勝ち、思ってたのと全然違ったけどね。
「嫌な視線を感じたからね。少しばかり気配を探ってみたら案の定だった。ああいう連中の予想を裏切ってやるのも面白いと思ったんだよ」
完全にバレてるやん。掌の上でしたやん。
しっかし、視線を感じて気付くとか、漫画の世界だけだと思ったよ。
ところで、俺もその連中の一人なんだけどいいのだろうか?
「君は現在進行形で酷い目に遭ってるじゃないか。言っておくがまだ序の口だからね。今日は徹底的に君を鍛えるのでそのつもりで」
「うげぇー!」
カンラカンラと笑う鋼崎さん。
なんて楽しそうに人をシゴくのだろうか、チクショウめ。
でも、その笑顔を見ただけで、なんとなく許したくなっちゃうから、美人って得だよなあ。
そして、俺はその日は一日中ずっと彼女の修練とやらに付き合わせられた。
筋トレに合わせて、座禅。
座学と称して複数に囲まれた際、武器を失った際の対処法まで教わった。
一体、俺は何と戦わせられるのだろうか。
とりあえず、明日は筋肉痛がヤバい事だけは確かだ。
日も沈み始めた夕日に照らされながら、体力もカラで芝生でぜーぜーしている俺の姿を見て、鋼崎は満足げに頷いている。
「初日でよくここまで食らいついたじゃないか。君らはあまり良い噂は聞かないからね。正直見直した」
皮肉かよ。
しかし、まあ良い噂ね。……確かにな。
最初は俺らってもっと気楽でウェーイな陽キャグループだったはずなんだけど、最近は教室内のカーストとか気にし過ぎて、おかしな方向に行ってるんだよなぁ。
もっと陽キャってのはこう日に焼けた肌でグラサンかけて休日は山や海でバーベキュー……ってアレ?
何か俺の陽キャ像も色々とおかしい気がする。
とりあえずイジリと称して教室で静かに本読んでたり、仲間同士でアニメの話をしてる……いわゆる陰キャと呼ばれている連中にちょっかいかけたり、笑い者にしたりするのは違うよな。
「今でも君は彼らが暴走しそうにする度にそれとなく止めていたよね。立派だと思うよ」
いやいや。
本当に立派ならとっくにアイツらと縁を切っているだろ。
「違うよ。そんな見捨てるなんて不義理な真似は君にはできない。仮にも友人である彼らが道を踏み外すのを見ていられないんだろう?」
なんかこの人、俺の評価高過ぎない?
ヘラヘラ笑いながら周りに合わせ、不興を買わぬように自らオチ担当と称し、わざと馬鹿なことをして場を誤魔化す。それが俺だ。
彼女に気に入られるような人間では決してない。
「そうかい? 君のその行動自体が常にクラスの皆に気を配っている証拠ではないかな?」
蛍は確信するようにのたまう。
……思えばいつもいつもこの女は教室でもこんな感じだった気がする。
周りの空気も読まずに思った事を率直にグイグイと言ってくる。
俺はそんな彼女を普通にウザいと思う一方で、その愚直さに不覚にもちょっとだけ気持ち良いと感じてしまったのも確かだった。
「私の時もそうだったよね。私は周囲の空気に合わせるのが苦手だった。でも、君はいつもそれとなく他の皆と私の間を取り持ってくれた。これでも感謝してたんだ」
取り持ってたっけ?
……ああ。確かに前に教室でちょっとコイツが他の女子と口論になりかけた時、俺が口を挟んだんだっけ。
クールに介入して女子たちへ良い所見せようとしたら、結局受け狙いの下ネタばっか言っちゃって、全員から白い目で見られる羽目になったけど。
……いや、普通に俺一人が恥をかいただけでは?
「そこだよ。あの時は本当に困ってたんだ。言い過ぎたって謝りたくても、恥ずかしながらあの時の私は感情やプライドが邪魔をして口に出せなかった。次第に向こうも口調は激しくなって空気は悪くなる一方。それを君がぶち壊してくれたんだ。ありがとう」
うおお。
これまた、どストレートに感謝されちまった。
逆にリアクションに困るぞ。
いや、待てよ?
「じ、じゃあ本当に俺と付き合って……」
「ああ。これからも私の鍛錬に付き合ってもらおうかな」
ですよねー。わかってました。
そういうわけで、その日の夜、俺は彼女との会話を思い出す。
別に本気で惚れたとかそういうのじゃない。
ただまあ、鋼崎蛍という子の事をよく理解できた気がする。
教室での皆の目を気にするし、自分の趣味を誰かと共有すると嬉しい。
思っていたよりも普通の女の子だ。
「もっと名前通りの鉄の女のイメージだったんだけどなぁ」
そんな彼女に感謝されて、少しだけ誇らしくなった。
一方で、彼女の眩しさを見る度に、自分の軟弱さを見せられてるようで実に嫌だった。
「なんかちょっと変な思考に寄ってきたな。寝よ」
関わるのは今回だけ。
これから休日はずっと筋トレ漬けなんて御免被る。
所詮は真人間とちゃらんぽらん男である。
住む世界が違う。
……そう思っていた、数日後の事である。
「今日の放課後、里山の奴を呼び出して金借りよーぜ」
「いいねー。今月金欠だったんだわ」
「なんなら、これからもちょっとサンドバッグにでもなってもらおうよ」
最初、ケラケラと誰かが冗談交じりに言った一言。
それに皆が賛同していく。
里山とか言うのはクラスでも比較的大人しめの男子生徒だ。
好きなものはもっぱら漫画とアニメという典型的なオタク男子。
いつも教室の片隅でポツンと一人漫画雑誌を読んでいたが、最近は世間でヒットした漫画の話題とかでよくクラスのみんなとよく話すようになっており、なんなら、クラスのマドンナとされている女子生徒とも仲が良いそうだ。
それがコイツら的に面白くなかったのだろう。
陰キャと見下していた奴がクラス内に溶け込んでいき、最初は陰口叩く程度だったのが、最近では聞こえるように陰口を言ったり、歩いてる所を後ろから突き飛ばすなど、次第にエスカレートしていき、今日最後のボーダーを踏み越えようとしていた。
もしかしたら、コイツらなりに自分らのスクールカーストとかが変動するかもしれないと危惧を覚えたのかもしれない。
そんな事したって自分らのカースト順位云々がどうにかなるわけでもあるまいに。
……さて、俺はどうするべきだろうか?
もうこの流れは止められまい。
正直助けてやる義理もない。
むしろ俺のお小遣いもアップするかもしれない。
よし、ならば里山君に悪いが、彼には生贄になってもらおう。
そこまで考えて、ふと俺の頭にはあのおっかない剣道少女の顔が浮かんだ。
今の俺を見たら、彼女はどんな顔をするだろうか。
「――いやいや。それ普通にカツアゲじゃん」
そこまで考えがよぎった直後、気付いたら俺は自然と口に出してしまっていた。
俺の言葉にピシリと彼らの空気にヒビが入るのを感じる。
うわあ、「空気を読めよ」という視線が刺さる刺さる。
だが知った事か。
堰を切ったかのように俺は今まで溜め込んでいたのを吐き出す。
「つうかよ。こんな所でいつも誰かの悪口ばっか言ってて恥ずかしくねえの?」
「百歩譲ってそれはアリだとしても。頑張ってる奴を目を付けて絡むとか一線超えてるわ。逆に嫉妬丸出しですって公言してるようなもんじゃんよ」
「知ってるかよ。イジりって相手が嫌がってたらただのイジメなんだぜ?」
マシンガンの如く俺の口からは彼らを挑発するような言葉が飛んでいく。
対して、向こうの視線がどんどん敵意の色が膨らんでいく。
あかんあかん、ヤバいヤツですやん、コレ!
それでも俺の舌は止まらず、最後にトドメの一言を口にした。
「ホントお前らマジだせぇよ。この陽キャ気取りの真陰キャ共wwwww」
……その後の事をかいつまんで話すと、一対多数の乱闘になって俺は見事にボコボコにされた。
そりゃそうだ。
普通に多勢に無勢だし、最近運動してたってつっても、人間そんなすぐに体力が上がったり、喧嘩が強くなったりするわけでもなし。
なんかもう最後は亀のようにうずくまってボコられるがまま。
このまま嵐が過ぎ去るのを待とうかとしたその時だ。
救いの女神が現れた。
「無事かい? 助けに来たぞ!」
そう鋼崎蛍様だ。
突然、教室に乗り込んできた彼女はまず最初の一人を数名で怯ませ、後ろから迫ってきた奴は肘で鳩尾を打つ。
最後にリーダーもとい言い出しっぺだった奴の腕を捻り上げ『今回は見逃してやる。去れ』と言うその姿は、さながら特撮ヒーローか時代劇の主人公ようで、俺が女だったら、そのまま恋に落ちていたであろう。
撤退していく彼らを尻目に彼女はこちらを向く。
なんとなく恥ずかしい。
今の彼女の眼には今のボロボロの俺はどう映っているだろうか。
「彼らへ啖呵切った所から見てたよ。恰好良かったじゃないか」
うわあ、最初からボコられる所まで見てたのかよ!
恥ずかしい!
つうかそれならもっと早く駆け付けても良かったんじゃないですかね!
「いやー、君の雄姿に見魅っちゃってたんだよね」
フルボッコにされる男子高校生の姿にどこの需要があるんだよ。
さてはそういう趣味か!
「違うってば。体を鍛えるのよりも、精神を鍛える方が難しく重要だ。君はそれを成し遂げたんだよ」
お褒めの言葉どうも。
でもご褒美なら、言葉よりももっと誠意を見せてくれませんかね。
具体的には膝枕とか、傷口にキスとか……!
いつものように茶化すつもりでそう言ったら、彼女はふむ、と思案するように口に手を当てる。
え。嘘。
期待していいの?
「キスは無理だね」
チクショー、わかってましたよ!
そう悪態をつこうとした寸前、ふわっと視界が白くなって頭部全体が温かく柔らかい何かに包まれた。
「だからコレで勘弁してくれ」
蛍は俺の頭を抱きしめて、撫でていたのだ。
「よしよし。よく頑張りました」
これは流石に恥ずかしいので、引き剥がそうとするも、この女の力が強くて無理だ。
いや、それ以前に頭の方に感じる胸の挟まる感触に抗えないものがある。
つうか、けっこうデカいな、この人!
「ふふ。こうして改めて見ると君って可愛いね」
俺が所属していたチャラ男グループはあの後、さらに荒れて完全に不良グループとなるも、ものの数日でもっとおっかない先輩方に目を付けられて、シバキ倒され自然に空中分解した。
『生徒会四天王、不良たちの番を張っている静森姉弟、最近は図書室を根城にしているオカルト部の魔女、空手の女傑水町。――この学園には私なんか足元にも及ばない強者がゴロゴロいるのさ』
というのは鋼崎蛍の談である。
さらりと学園バトルにジャンル移行するのはやめていただきたい。
余談だが、喧嘩別れしたアイツらもなんやかんやあったものの、今ではそれぞれ部活や新しい交友関係など、それぞれ居場所を見つけているようであった。
それは良い。
普通に良い。
だが、当の俺はといえば――
「そこ脇が甘い!」
「ひぃ! ……あのですね。もう少し休ませてくれませんか?」
「は? さっき休憩したばかりだよね?」
「そうですね。なんでもないですハイ」
見ての通り、剣道部に半ば強引に入部させられた。
この人、どうして女子剣道部なのに、頻繁に男子の練習を見に来るんですかね!
なんで、他の部員はこっち見て、妬ましそうに舌打ちしたり、ニヨニヨしてるんですかねえ!
仮にデレだとしても、こんなデレいらねぇよぉ!
「よし次は私と試合をしてみよう」
「うげぇー!」
首根っこを掴まれ、ズルズルと引き摺られながら、俺はきっとこれからも一生この女に勝てない。
そう直感したのだった。