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悠太は本を読んでいた  作者: KOMON井上
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第六章 誕生日の決意 

 六月一八日は静子の誕生日であった。佐賀家ではお祝いのパーティーを開こうということになった。晶子は朝から買い出しに行き、外来の診察を終えた綾子が戻ってくるのを待って、料理に取り掛かった。三時過ぎにかなえが戻ってくると、前日仕込んでおいた生地を取り出して、クッキーを焼き始めた。誕生日はデリバリーなどせずに、手作りの料理で祝う。佐賀家では誰の誕生日も同じである。


 今日はまだ静子は来ていない。図書館で閉館までいて、自分の家に帰って着替えてから来るようにと、綾子から厳命されていた。なぜかは秘密にされていた。学校では話をしない悠太に聞くこともできない。悠太は放課後の図書館のカウンターに座って、いつものように本を読んでいる。普段と変わった様子はなかった。


 綾子に言われた通り、四時四五分に図書館を出て、自分の家に帰った。今日は夕食が用意されていなかった。代わりに母からの誕生日プレゼントとカードが食卓に置かれていた。「お誕生日おめでとう。今日は楽しんでいらっしゃい。」と書かれていた。「確かに今日は私の誕生日だけど、今までプレゼント以外に何もしてくれなかったのに。『楽しんでいらっしゃい』?佐賀家で何かあるのかしら。」と静子は考えた。綾子に言われた通り、普段着に着替えて、佐賀家に向かった。

 

 佐賀家の玄関を入ると、悠太の部屋ではなく、ダイニングに通された。そこには佐賀家の家族が勢ぞろいしていて、「しーちゃんお誕生日おめでとう!」と拍手で迎えてくれた。「さあ、座って!」と綾子に促され、用意された席に着いた。目の前にデコレーションケーキが置かれていて、ろうそくが一五本立てられていた。食卓には、手作りのご馳走が並んでいた。


 普段はこの時間に家にいることのない悠太の父武郎(たけお)が、ろうそくに火をつけた。ハッピーバースデーの歌が歌われて、もう一度「しーちゃん誕生日おめでとう!」と拍手が起こった。


 「さあ、ろうそくを消して!」と綾子に言われて、「どうすればいいの?」と隣に座っている悠太に聞いた。

 「吹いて消すんだよ。こうやって!」と息を吹きかけた。ろうそくは半分ほど消えてしまった。

 静子も真似して、息を吹きかけた。残りのろうそくが消えた。


 綾子がろうそくを抜き、ケーキを切り分けた。「さあ、どうぞ」と綾子が、ケーキの一切れを皿にのせて、静子の前に置くと、静子は、驚きとうれしさで思わず泣きだした。


 「どうして、私にここまでしてくれるんですか?私、誕生日にケーキを用意してもらったの、初めてなんです。本当に申し訳ないです。」と泣きながら言った。


 綾子は「悠太の初めての友だちだから。他に理由なんてないわ。さあ、ケーキと私たちの料理を食べて楽しんでいってね。」と言ってハンカチを渡した。


 かなえが「しーちゃん。私からのプレゼント」と言って焼き立てのクッキーを渡した。まだ、温かかった。静子はやっと笑顔になり、「ありがとう」と言った。


 悠太も「ほら、僕からのプレゼントだ」と言って、きれいに包装された本を渡した。ずっしりと重かった。「開けてみな」と悠太に言われて、静子は丁寧に包装紙をはがした。中から、ハイレベル問題集が五冊入っていた。悠太は、「僕とおそろいだよ。一緒に清陵高校へ行こう。」と言った。静子はまた泣き出した。「ありがとう。私頑張るから、絶対悠太と一緒に清陵高校へ入るから。」と涙声で言った。


 悠太は、「なんで泣くんだよ?僕が友だちに送る初めての誕生日プレゼントだよ」と不思議そうに言った。それを聞いて綾子は「人はうれしい時も泣くの。しーちゃんは泣くほど喜んでいるのよ。」とあきれたように言った。悠太が「へえそうなんだ」というと、みんなが笑った。静子も笑った。いつしか目から涙が消えていた。


 その日は、静子を囲んで、遅くまで楽しく語り合った。悠太も楽しかった。毎年家族の誕生日は、夕食の時間に、全員そろって祝うのが習慣だった。かなえも兄直哉も、必ず親しい友だちを何人か招待していた。しかし、悠太の誕生日は家族だけであった。誕生日のパーティーがこんなに楽しいと思ったのは、初めてであった。悠太は、本を読むこと以外に楽しいことがあるのを初めて知った。他の人と本の話ではない、たわいもない世間話をすることが、こんなに楽しいと感じたことはなかった。 

 静子と友だちになってから、悠太は人との関わりの大切さを理解できるようになっていた。それは静子も同じだった。佐賀家の人々の温かさに触れて、もっと友だちが欲しいと思い始めていた。でもそれは、高校に入学してからの話になりそうだった。


 悠太は「僕は、絶対しーちゃんと一緒に清陵高校へ行く。高校に行ったら、友だちをもっと作るんだ」と決意を固めた。静子も同じ思いでいた。


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