イグドラシルの種 2話 6部
「ではお互いに自己紹介も終わりましたので、話を進めたいと思います」
タドルシルの代表であるフェイ・エルマータが話を切り出した。
「我々の都市タドルシルは、そちらから見て西南西の方角約8000キロの位置にあります。ここは昔タイドレーンと呼ばれた国の首都、アマルメヌの中に有った観光用のドームだった場所です。大きさは1キロメートルほど有ります。このドームの気密性が高かったため、かろうじて人が住める場所が残ったと言い伝えられております。我々は約250年くらい前からこの星に生き残っている人々を探してきました。乏しい資源をかき集めながらのこの作業は、苦難の連続でした。それでも今は何とか人口6000人に達するようになっております。で、その探索のおかげで我々は今ここに集えたというわけなのです」
「えー、エルマータ代表、もっと簡潔な言葉でお願いします。翻訳機に負荷がかかっていますので」タムルは代表のつけているイヤホンに向けてささやいた。
「え、そんなに難しい言葉は使ってないが」
代表が急に発した言葉で、場の皆が苦笑い。タムルの心遣いが台無しだ。
「えー、それでは私、市長コトノフがこちらの状況を説明いたします。まぁ市長といっても最高責任者でして、国という言葉を使うほどの規模ではないという理由だけで市を名乗っているわけで有りますが……。こちらは海底の鉱山であったためいくらかの人々が生き残ったと伝えられております。もし海を遮る壁に穴があいていたら誰も生き残らなかったと考えられます。それはこの最も激しい戦闘地域において奇跡的だったと昔の人は伝えております。200年ほど前までは2000人だった人口はイグドラシルのおかげで今や30万を数えるほどになりました」
そのとき、タドルシル側の人々に緊張が走った。人口の二桁の違いは彼らにとって予期していたこととはいえショックだったのだ。自分達が苦しい思いをしてやっと集め増やした数を、こちらの人たちはいとも簡単に凌駕している。何が悪いわけでは無いものの、嫉妬とも妬みとも言えない感情がタドルシル側を包んだ。
しかし、コトノフはそれには気付か無い様子で、資料を捲りながら話を続けている。
「100年前のイグドラシルの新生で、ドームが7つになり2万平方メートルほどが現在居住可能な面積になっております。主な産業は農業です。干上がった海の底という立地上、作物を作るのには適していないのですが、イグドラシルの葉を細かく砕いた物を地面に撒くことでそれなりの収穫が有ります」
その時、マルドールが手を上げ、ここまで何故語られなかったのか、という疑問に対しての根本的な質問をした。
「あのー、イグドラシルって何なんですか?」
「我々を守ってくれる大切な存在です」
「いや、そうじゃなくて、正体は解っているのですか、ということなんですが……」
フェイ代表が後を続ける。
「こちらに送ってきた写真を見たのですが、こちらの科学者たちの討議の結果、そちらでイグドラシルと呼ばれている物は、ことごとく科学の常識を逸脱している存在だという結論に達しました。果たしてそのような得体の知れない物を簡単に受け入れて良いのでしょうか」
「こちらはすでに二百年という長い時間をかけてイグドラシルと付き合ってきました。その間、病気とか他の不都合な事態は起きたことは有りません」
「しかし、百年ごとに生贄を出すというのは不都合な事態では無いのですか」
「すいません、翻訳機の調子が悪いようです」
タムルが慌ててマルドールとコトノフの話に割り込む。
「かまいませんよ。しかし我々はキクリ、彼は最初の殉教者です、アメク、タリリ、ヒムメ、ヘム、トトル、サン、彼ら7人の死を不都合な事態だと考えてはおりません」
「では何だと……」
「ですから殉教と……」
「あなた達の宗教的なものの考え方は我々には理解できかねますが、今まであれの正体を解明しようとは考えなかったのですか?」
タムルがまたこの疑問をぶつけた。
「何故そのようなことを?我々には生きていく場所があればそれだけで十分満足と考えてますが……」