イグドラシルの種 2話 5部
いよいよ巨大な幹が近づいてきた。深い皺が刻まれた直径1000メートルほどの幹が上空に伸びている。下から3000メートルぐらいの位置から横に伸びる枝は、雲がかかっていてはっきり見えない。途中で何本かの枝が雲の間から垂れ下がり地面に突き刺さっている他は、遥かかなたの枝の壁まで何も無い空間が続く。
再び前を向き、幹のほうを見渡すと農家らしき家々が点々と存在し、根元に近づくにつれて件数が増え、町の賑わいも大きくなっていくようだ。
幹の上の方からパイプのような物が伸びていることにアゼルは気が付いた。
「あのパイプは何?」
「あれは水道よ。幹の途中をくり貫いてそこから水をくみ出しているの。中に水車が有って発電もしてるのよ」
「おいおい、物見遊山に来てるんじゃないんだぞ」
ハッポ・ノルバ技術隊員がやんわりと釘をさす。
「だって初めて見る物ばかりなのよ、しょうがないじゃない」レミルからの援護射撃だ。
やがてアゼル達のトラックは、中継用のアンテナを立てるため、中央のイグドラシルへ向かうトラックと分かれて手前のイグドラシルの根元に止まった。
ハッポ・ノルバは6本足の付いたアンテナメカをトラックから下ろすと、入り組んだイグドラシルの根の間を器用に進んでいく。
やがて垂直に切り立った所までくると、足の先が爪になりイグドラシルに爪を食い込ませながら登りだした。
「おい、大丈夫なのかこれ」
本体が垂直になっても運転台は平行を保っているのだが、案内として一緒に乗り込んだ役人はびびっている。
「大丈夫ですよ。それにしても爪が立ってよかった」
約100メートルほど登ったところで、二つのアンテナを開き微調整を終わらすと運転台だけになって降りてきた。
再度の微調整の後、ハッポを残してアゼル達は隊長たちの後を追った。もう一箇所、今度はイグドラシルの境界にある枝に中継アンテナを立てなければならないのだ。
一方、隊長たちは馬の乗るトラックの先導で中央のイグドラシルへの大通りを進んでいた。沿道にはそれほど多くないが、人々が寄り集まり、遠巻きにして通り過ぎる車列を眺めている。
「落ち着かんな・・・」
「仕方が無いでしょう。こっちだってきょろきょろしてるんだから」
と言いながらタムルはカメラで写真を撮りまくっている。
運転していたタイカン・カムル技術隊員が前方を指をさした。
「いよいよ着いたようですよ」
イグドラシルの根元に巨大な建物がせり出している。どうやらそこが目的地らしい。建物自体はけっこう高い位置にあり、長く広い階段が跡付けで継ぎ足されている。役人の話だと、昔は地面に接して造られていたのだが、樹が生長するにつれて持ち上がっていったということだった。
隊長たちが玄関の前につくと歓迎レセプションが始まった。お定まりのつまらないスピーチだ。
「こういうのはどこでも同じだな」
「翻訳が正確でない可能性もあるぜ」
タイカンはレセプションをそこそこに辞退して、通信アンテナの準備をし始めた。
「おいおいまだか。なにやって……。おっ来た」
イグドラシルの幹にアンテナメカを登らせて、双眼鏡を見ていたタイカンは、アゼルの操るアンテナメカを見つけると、そこへアンテナの焦点を合わせて怒鳴った。
「遅い。干上がってしまうぞ」
「こちらはそっちと違って幹が細いんです。それだけ面倒くさいと」
「いいから黙れ。まったく言い訳ばっかり上手になりやがって」
通信が通じたばかりでこれである。
イグドラシル市庁舎の奥にある大会議場には、そのシックな造りに不似合いなモニターパネルと照明機材が運び込まれていた。ケーブルが縦横無尽に走り、閉まらりきらない扉が開け放たれている。電源の規格が合わなかったため、電気は自前で発電しているおかげで余計なケーブル類が増えたせいなのだ。
通信の準備をタイカンとマルドールに任せ、隊長とタムルの二人は、イグドラシルの役人の案内で市庁舎の裏手に来ていた。
そこには、かつての生活の場所だった穴が大きな口をあけていた。
穴にはかつての栄華の跡はなかった。直径の半分ほどをイグドラシルの根が覆っている。下を覗きこむとはるか遠く、根の間から黒い水が溜まっているのが見える。二人はそこでモナとセリの伝説を聞かされた。
「今の話、本当なんだろうか?」
「目の前に見えるあれ、なんだと思うんだ」
「解っちゃいるがねえ……」
豪華な晩餐会を辞してそこそこの食事を済ませた後、いよいよ二つの都市間の会議が始まった。タドルシルとイグドラシルの間には8時間ほどの時差があるので、こちらが夜の方が具合がよいのだ。
大会議場ではイグドラシルから切り出されたであろう大きな机を挟んで、イグドラシル市長のコトノフと市の役人三名、イプタク・ナン隊長と、マルドールが向かい合って座っていた。その後ろのモニターには、タドルシルの代表者フェイ・エルマータと数人の役人が映し出されている。タムルは隣の部屋で目の前に巨大な翻訳機を置いて各自のマイクから集中するコードを整理しつつ、ヘッドホンから聞こえてくる言葉に耳を澄ましていた。