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イグドラシルの種 2話 13部

 倉庫では、アゼル達が瓦礫の山から這い出していた。特別に作られた檻のせいで、物がほとんど置いていなかったから、多少の怪我人だけで済んだようだ。

 「おい、皆無事か」

 「なんとかな」

 「アゼルは?」

 その時、宙吊りになった檻から金属が裂けるような音がし始めた。

 「アゼル何してる。危ないぞ!」

 ヘイミーが檻にすがって覗き込んでいるアゼルを引き剥がした途端、檻が落ちてきてた。物凄い音がして檻が天井にめり込むと、壊れた隙間から白い触手のような物が飛び出してきた。

 「なんだ!」

 薄暗い空間に、ほの白い鞭が乱舞する。その鞭は手当たり次第に壁を叩いている。出口を探しているのだ。

 

 割れたフロントガラスの間から抜け出したトロロフとストレイカルは、逆さになった装甲自動車の惨状を見て呆然としていた。

 「何でこんな……」

 「あの怪物は重力まで操るのか!」

 「そんなバカな……」

 「イグドラシル自体が物理法則を無視して存在してんだぜ。大いに有りうることだ。それ以外に説明がつかないだろ」

 「おい見ろ!」

 車体の隙間からガソリンが漏れてきている。二人は慌てて側面のドアに取り付き、開けようとしたが、隙間が少し開いただけだった。

 その隙間から中を覗くと倉庫の扉が見える。仲間の名を呼んでみるが返事は無かった。その代わりにバタバタと壁を叩く音が聞こえてくる。


 倉庫の中では、ヘイミー達が荒れ狂う鞭を板で避けながら、ドアを開こうと悪戦苦闘していた。

 「駄目だ」

 「いやちょっと開いたぞ」

 その時、隙間から差し込んだ光に反応して鞭が跳んだ。扉の近くにいた二人が飛び退く。

 「レミル!」

 アゼルが叫ぶと、触手の動きが急にゆっくりになった。まだ心が残っているのだろうか。触手の先端はドアの隙間を探り当てるとスルスルとすべり込み、扉をこじ開けていく。ヘイミー達はただ固唾を飲んで見守っていた。扉が開ききると、まだうごめいている触手に気を付けながら皆は倉庫の外へ出た。

 「大丈夫か。早く出ろ、ガソリンが漏れている。いつ爆発するか解らんぞ」

 外の扉の隙間からトトロフが叫んだ。

 「危ない、トトロフよけろ」

 今まで動きを鈍くしていた触手が、物凄い速さで向かっていき、外扉が粉砕された。

 「大丈夫か」

 アゼル達が外へ出るとトトロフとストレイカルが倒れていたが、二人はすぐ起き上がった。

 「なんとかな。それより早く逃げろ、危ない」

 逃げる途中でアゼルは、装甲自動車の方を振り返った。装甲自動車の底は膨れ上がり、出口からは触手が溢れかえり根のように地面に潜って行く。

 「レミル、ありがとう。皆を助けてくれたんだね……」

 その時、装甲自動車に火の手が上がった。

 「皆、伏せろ!」

 液体酸素のボンベとガソリンに火が回り装甲自動車が大爆発を起こした。火の着いた破片が辺りに降り注ぐ。

 「皆無事か?点呼。」

 ストレイカルの呼びかけに各人が答える。どうやら逃げ遅れた人は居ないようだ。

 「あーあ、せっかく此処まで運んできたのに……」

 トトロフが燃え盛る炎を見て呟いた。

 「いや、見ろ!」

 炎の中から緑色をした樹が伸びあがって来た。それは炎を物ともせず、みるみる葉を繁らせていく。根は触手のように動いて地面に潜ってゆく。そして、どんどん成長していく樹は、装甲自動車の残骸を覆い尽くし、炎すら飲み込んでいった。

 やがて百メートルほどの高さまで成長すると動きが止まり、普通の木のように静かになった。

 「聞いていたのとは違う……」

 「五日も待ってたんだ、アレぐらい大きくなるさ」

 「そんなもんなのか?」

 各人はただ呆然として樹を見上げていた。


近くのベースキャンプに避難していたアゼル達に救援の装甲自動車が到着したのは十数時間後。バリヤント・モノマ直々の出迎えだった。

バリヤントはこの距離なら十分移住可能だと皆を慰めたが、アゼル達の耳には届いていなかった。ただ疲労とイグドラシルへの畏怖だけが彼らを包んでいた。

 アゼルはタドルシルに戻ると、新都市建設の計画に取り掛かる仲間達と別れてイグドラシルへの定期便に乗った。

 途中、レミルだった新しい樹の近くを通った時、アゼルは言いようのない空白感に襲われた。意識して無かった訳ではないが、モリマと出会ってからは彼女の存在をすっかり忘れていたのだ。そのことが悔やまれてならない。泣いていたあの時なんて声をかければよかったのだろう。

 今はただ、帰って心の空白を埋めてくれるだろうモリマのことだけ考えるようにしていた。

 

 装甲自動車がイグドラシルに着くとすぐ、アゼルはモリマを訪ねていった。

 「モリマ、ただいま」

 と言いながら玄関の扉を開けると、モリマがいつも座って繕い物しているイスには誰も座っていなかった。

 おかしいなと思いつつ、奥の部屋に入っていくと、マリナンが食卓に顔を突っ伏している。

 「おじさん……」

 どうしたの、と言葉を続けようとしたが、なにか不吉な予感がして言葉が続かない。マリナンはゆっくりと振り返り、その憔悴しきった顔でアゼルの目をぼーっと見つめていたが、ふと我に返ったように。

 「ああ……、君か……」

 「どうしたんです。モリマは……」

 マリナンの目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。彼はよろよろと立ち上がると「ああ、そうだな……君にも……」と言いながら辺りを片付け始めた。しかし、その動作は無意味に空回りしている。

 「やはり会ってもらったほうが……いやしかし……」

 足がもつれ、倒れた所をアゼルが受け止めた。

 「おじさん、一体何があったんです」

 しかし、マリナンはアゼルに取りすがったまま涙を流していた。


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