イグドラシルの種 2話 12部
あの日から五日。装甲自動車はタドルシルへ向けて猛スピードで走っていた。普段は太陽電池で作った電力だけで走る装甲自動車だが、今回は、ガソリンと液体酸素を使って発電し、夜も走り続けていた。
怪物は、車体中央の光を遮断した倉庫の中に特別製の檻を設えて入れてあった。檻は隙間が目張りされ、怪物がいくら暴れてもいいように太いボルトで床に止めてある。アゼルはその檻の傍らで中の怪物に始終話し掛けていた。そうすれば大人しくしていると思っているのだろう。しかし、怪物は眠っているので声が届くはずは無いのだが……。
「おう、アゼルの様子どうだった」
「なんとか連れ出して、飯を食わせてます。この五日間ろくすっぽ食べてないんですよあいつ」
「ショックだったんだ。そっとしておいてやろうぜ」
運転席に戻ったストレイカルがトロロフと話していると、前方に橋が見えてきた。この辺は元陸地だった場所だから起伏が多く、谷に仮設の橋が架かっているのだ。
「あの橋を渡ると残り約1000キロ。約一日の距離か、もうすぐだな」
装甲自動車が渡り始めると、橋が軋み始めた。
「おい、何かいつもより揺れてないか」
「そういえば……。まだガタが来るはずは無いんだが」
その時、急激な横Gがかかり装甲自動車の巨体が右の欄干にぶち当たった。
「何だ、どうした」
続けざまに今度は左の欄干に。蛇行しながらも装甲自動車は走りつづける。
「止めろ!」
「ここで止めるのはかえって危険です」
「こちら倉庫、怪物が暴れてる」
ヘイミーからの連絡が入った。
「麻酔はもう効かないのか!」
「手がつけられません」
「何とか大人しくさせろ。こっちはまっすぐ走らせるだけで手一杯だ」
アゼルが倉庫に戻ったとき、怪物は薄暗い中で檻を破ろうと体を左右の壁にぶつけていた。その動きに合わせて車体が左右に振られていたのだ。
「レミル……」
アゼルが声をかけると、怪物はアゼルの方を振り向いた。指を檻の隙間から差し出しながらアゼルの目を見詰めている。
装甲自動車はなんとか橋を渡りきると停車した。
「ヘイミー。そっちはどうなった」
「今は落ち着いている」
「よし判った。トロロフ発車しよう、ただしスピードは控えめに頼む」
「了解。それにしてもあの怪物が暴れたせいなのか今の揺れは」
「まさか……」
装甲自動車はそろそろと走り出した。
「一人にしてごめん。寂しかったんだよね」
ヘイミーは、アゼルが握っている怪物の手に、麻酔薬を注射しようとしたが諦めた。
「レミルのこと、忘れてたわけじゃないんだ。でも君といるとつい良いお姉さんとしか感じなくて。ただあまえていたかったんだと思う」
他のクルー達が非常事態に備え集まって来たなか、アゼルは怪物に話し掛けていた。怪物が声を聞いている限り大人しくしていると思ったからだ。
いくらかスピードが出だしたところでトロロフはふと違和感を憶えた。車が左に傾いてる様な気がしてきたのだ。おかしい、この辺りはまっ平らのはずだ。と思いつつ前方を見ると、遠くの地平線は傾いていない。
「おい、何か変じゃないか」
「何が?」
地図を見ているストレイカルは気が付かないらしい。そうこうしてるうちにハンドルが取られるようになってきた。
「何だこりゃ」
顔を上げたストレイカルはやっと異変に気付いたようだ。
「ハンドルが取られる……」
トロロフは傾きを補正しようとして左にハンドルを切っているが傾きは酷くなっていく。ブザーが鳴った。左のタイヤの圧力が異常に高くなった警告だ。
「おい、何で傾いてるんだ」
「俺が知るか!」
「止めろ」
装甲自動車はかなり扁平な形をしている。だから横転することなど無いはずなのだ。しかし、右のタイヤが浮き上がり始め、あっという間に横倒しになり、暫くそのまま引きずられると停止した。
「大丈夫か」
「ああ、なんとかな。それよりヘルメットだ、被っとけ」
シートベルトにくくり付けられ宙吊りになったトロロフは、ストレイカルにヘルメットを手渡すと、シートベルトを外そうとした。
「待て」
装甲自動車が再び傾き始めた。車体上面に付けられた太陽電池パネルがパキパキと音を立てて割れ、破片が飛び散る。そして完全にひっくり返ってしまった。転倒した勢いでフロントガラスが割れ、もうもうとした煙が立ち昇っている。