イグドラシルの種 2話 11部
「ああ判った、引き続き監視宜しくお願いしまーす」
アゼルは定時連絡を終えると、隣のレミルに話し掛けた。
「ウーン、ホンとにここに現れるのかな……。百年前の発芽パターンから類推してココら辺を通るはずだってバリヤントのおっさんは言ってたが……」
「うん」
「でも現れたってこの麻酔銃が効くのかな……。おっさんは、元が人間で変化したばかりなら効くだろうって言ってたけど……」
「うん」
「だいぶ暗くなってきたね……。上で監視してる連中は大丈夫なんだろうか。もう暗視スコープに切り替えたと思うけど……」
「うん」
「どうしたの、さっきから。どこか調子でも悪いの」
「うん……。あ、別にそういう訳じゃないけど」
「どうしたの?」
「昔のこと思い出してたの。アゼルと初めて会ったときのこと……」
「なんでこんな時に……」
「ねえ、あの娘のこと好きなんでしょ」
「な、何……。誰のこと?」
「モリナのことよ。すぐ判るわ。あなたの場合わかり易すぎるのよ」
「だ、だから何が?」
「いつもあの娘のことを見ていたでしょう。初めて会ったときもずっとこっち見ていた……。そのくせ表面では関心の無い素振り」
「そんな事無いよ」
「嘘……」
「やけに突っかかるな」
「でも、当たってる……」
「だから何が」
「あなたはあの子に夢中で他のことなんてぜんぜん見向きもしない」
「だからって何だっていうんだよ」
「前からあなたのこと好きだったの……。でももう……」
「えっ……」
レミルはうつむいて泣きだした。
アゼルは声をかけようかどうか迷っている。
あたりがいよいよ暗くなってきた。
彼女はまだ泣いている。
アゼルは所在無さげに彼女の隣に座っているしかなかった。
やがて泣き声が止み、あたりを静寂が包んだ。
「おい地上班、何か熱源が高速で移動してる。そっちから確認できないか。南西の森の方角だ」
「こちら第一斑ヘイミー、少し遠めだが向かって見る。指示宜しく」
「こちら第三班、俺たちも向かう」
樹上で見張っていたストレイカルは、熱線透視装置つきの双眼鏡で熱源を追った。
「一番近い二班は何してる」
「判らん、連絡が付かない」
別の監視班からの返事だった。
「どうした、アゼル……んっ」
その時、暗視スコープの視界に、走る電動バイクのテールランプとモーターの赤く滲んだ光りが飛び込んできた。
「よし、ヘイミー。もう少し右だ、進行方向右」
「捉えた、でも木が邪魔で思うように近づけない」
「第三班、森の向こうはすぐ外だ。回り込めないか」
「何とかやってみる」
第三班のトロロフがくぐもった声で答える。ヘルメットを着けたらしい。
ヘイミーは電動バイクを駆り、怪物を追っていた。バイクのライトは木の幹に遮られながらも、数十メートル先を走る怪物を捉らえている。が、思うようにスピードが出せずなかなか近づけない。その時、怪物が横っ飛びで視界から消えた。ヘイミーは慌ててバイクを止め、辺りを見回した。怪物が地面を蹴る音がする。バイクをその方向に向けると再び走り出した。急にヘッドライトの光が近づく。ヘイミーは後方から来た相棒のバイクを避けて、倒木に乗り上げ転倒してしまった。
「だいじょぶですか」
「いいから追え!」
相棒は慌てて体勢を立て直し怪物を追った。ヘイミーもすぐ後を追う。
「怪物は?」
「ヘイミーか?。今、やつはイグドラシルの隙間から外へ出るところだ。向きは合ってる。そのまま進め」
ストレイカルが身を乗り出しながら無線で答えた。
ヘイミーの乗ったバイクがイグドラシルの隙間を駆け抜けた時、怪物は既に遠くの砂漠の上を走っていた。
「くそっ」
そのとき、怪物の前方に光が灯った。第三班が先回りに成功して、バイクのサーチライトを怪物に投げかけたのだ。
「良いぞ!やれ」
怪物は眩しい光を真正面に受けても物ともせず、麻酔銃を構えたトロロフに突っ込んで行く。トロロフが銃を撃とうとした瞬間、怪物が飛び上がった。トロロフは慌てずに怪物の動きを追う。彼は、追いきれないサーチライトの光でまだらに浮かび上がる怪物の姿を捉えて銃を撃った。
「ぼぇっ」
という甲高い声を立て、少しバランスを崩しながらも、怪物はトロロフの後方へ降り立ち、そのまま再び走り出したが、さっきよりもスピードが無い。
「チッ、一発じゃ無理なのか」
トロロフ達はバイクを廻して怪物を追う。再び怪物がサーチライトに浮かび上がったときトロロフの銃が火を噴いた。
怪物はもんどりうって地面に転がった。
が、まだ這うようにして前進を続けている。トトロフ達はそれを遠巻きにして監視していた。やがてヘイミー達の班が到着した。
「やったな」
「ああ、だがまだ眠らない。もう一発撃とうか?」
「いや、殺してしまっては元も子もない。太陽が出てないから発芽することは無いだろう。もう少し様子を見るんだ」
その時、イグドラシルの方向から高速でヘッドライトの光が近づいてきた。
「アゼルか。何やってたんだアイツ」
アゼルは彼らの近くまで来て、バイクから転がるように降りると駆け寄って来た。息が荒いと思ったら、ヘルメットをしていない。いくらイグドラシルの近くとはいえ、ヘルメットなしでは息が続かない。おかしいなと思ったトロロフが声をかけようとしたが、それを無視してアゼルは怪物のそばに駈け寄ると、かすれた声で叫んだ。
「レミルー!」
その時初めて他の人たちは、その怪物が着ているボロボロに引き裂かれた服に見覚えがあることに気が付いた。