イグドラシルの種 2話 10部
聖樹二百年のお祭りの日がきた。
元からイグドラシルに住んでいた人たちは、各自の家に篭って祈りを捧げていた。新参者の3割ほどはイグドラシルの習慣にならった。
残りの半分は、自分には関係ないとたかを括り普段の生活を続け、後の残りは怯えからイグドラシルから離れたところにドームを作り引き篭もった。
アゼルとレミルはイグドラシルの西の端っこにある公園でベンチに座っていた。もう既に日は陰り辺りは暗くなり始めていた。
「うん、まだ何も異常はない。判った、引き続き監視よろしく。じゃ、切るよ」
アゼルは通信機のスイッチを切った。彼らは、今夜出没するであろうイグドラシルの種を運ぶ怪物を待っているのだ。アゼルは、イグドラシル移植計画の本部に連れて行かれたとき、すぐに賛同して彼らに協力することに決めたのだった。
「ごめんなさい、こんなことに付き合せちゃって」
「べつに……。君の婆ちゃんにはいろいろ世話になってるし……」
「彼女と過ごす筈だったんでしょ」
「かまわないよ……」
アゼルはここに来る前、モリナのところへ寄って、今日は一緒に過せないと伝えていた。その時、モリナは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐいつもの笑顔に戻って、
「仕方が無いわね、せっかくお料理作って待ってたのに……。明日は夕飯食べに来てくれるわよね」
「いや、判らないんだ。もしかしたらとんぼ返りするかもしれないし」
モリナはまじまじとアゼルの顔を覗き込んだ。
「まさか、良からぬことを企んでるんじゃないでしょうね」
「何を急に……」
「一体どうしたんだ」
マリナンがいつのまにか話しに加わってきた。
「モリナの心配ももっともだよ、アゼル。タドルシルの人たちの中に今回のお祭りに合わせて何かしようとしている人たちが居るらしいと、もっぱら噂になってる」
「噂になってるんですか?」
「やっぱり関係しているんだね」
「いや、それは……」
「君達は仲間になったんだから、とやかく言わないが、一体何をしようというのだね」
普段は人懐っこいおじさんだが、この時ばかりはアゼルもたじろんだ。
「別に疚しいことでは……。ただ、例の怪物を見てみたいという好奇心から集まっているだけで……」
「嘘だな……」
アゼルは追い込まれた。
「実は、怪物を捕まえようとしてるんです」
「捕まえる?どうして?」
「タドルシルにはここまで来られない人達がまだまだ沢山残っています。その人達のためにイグドラシルを向うに根付かせたいんです」
「どうやって連れて行くんだ」
「装甲自動車に檻が作ってあります」
「檻に入れるのか?。人間だぞ」
「怪物です。怪物になっても人間の意識があるとは思えません」
「判らないだろう。それに肉親達の気持ちを考えないのか」
「見捨てることに変わりはありませんよ」
「見捨てるって?我々がどれだけこの事実に心痛めて、せめてこの日だけでも皆で殉教した人達のために祈って、心穏やかに過ごそうとしてるのか……。君達に理解できないこととは思えないが……」
「あなた達は、ただ自分の身に降りかかるかも知れない悪夢に耐え切れずに、ただ引き篭もってるだけじゃないですか。我々はこの機会をチャンスと考えて、利用するために行動しているんです」
「やはり、君達とは理解しあえないらしい」
「二人ともやめて」
モリナが二人を引き離すようにして間に入った。
「アゼルは、タドルシルに残るしかない人達のために頑張っているんでしょう」
「知人のお婆さんが入院しているんだ」
「お父さんも彼らの身になって考えてあげて。あたし達はこの自然豊かな暮らしに慣れて当たり前のように思っているけど、この恩恵に預かれない人たちが居るのよ。そういう人達のために何とかしてあげたいと思わない?」
「ふん」
というとマリナンは奥の部屋に入っていった。
「父が……ごめんなさい」
「僕も黙っていてごめん。あと親父さんにも謝っておいて欲しい。
僕たちだって絶対に正しいとは思ってやっていないんだ」
そう言い残して、アゼルはモリナの見送りにも振り返らずに戻ってきたのだった。