イグドラシルの種 2話 1部
夕焼けの荒野を一台の装甲自動車が走っていた。全長が50メートル、全幅が20メートル、高さが8メートルでかなり平べったい印象だ。車体の両側に車高と同じぐらいの大きなタイヤが四つ付いている。しかし回っている様子は無い。実は、それはタイヤでなくホイールなのだ。ホイールの円周上に六個の小さいタイヤが付いていて、下側になった二つのタイヤで走る八輪駆動だ。この星の荒れ果てた荒野では、タイヤの減りが早く、走りながらでも交換が出来るように、こんなシステムになっている。もちろん、いざとなったら巨大なホイールごと回転させて障害物を乗り越えることも可能だ。
車体の上部から、ロープが伸びている。その先の1000メートル上空には、後方の基地と連絡を取るアンテナと、周囲を監視するカメラが装備されたバルーンカイトと呼ばれるものが付いていた。
この装甲自動車の乗員は、イプタク・ナン隊長以下十名。彼らの旅の目的は、はるか昔の大戦で荒廃しきったこの星の上に生き残っている人々を探しだすことだった。
彼らの住むタドルシルの都、と言っても半分崩れかけたドーム都市だが……。そこに各地の生き残りをかき集め、やっと6000人ぐらいの規模になっていた。ただ、この再生計画も貧窮生活のなか、細々とやっているに過ぎない。比較的機械文明が残っていたため、ここまでの成果が上がっただけなのだ。今走っているのはかつて海だった場所で、生存者の発見率が頭打ちになりだしていたため、こんな場所にまで捜索範囲の手を広げているのだった。
装甲自動車の上に、防護服を着て命綱をつけた少年が立っている。彼の名前は、アゼル・バーン。まだ幼い印象の残る16歳だ。彼の年齢では捜索隊に加わるにはまだ早いのだが、無理を言って参加させてもらっていた。彼は今太陽電池パネルの掃除をしている。空気が薄いせいで埃があまり舞い上がらないから、パネルはほとんど汚れ無い。が高性能の太陽電池はデリケートで、常に綺麗にしておかなくてはならない。その上長時間の作業のため、やりたがる人が少ないせいで、見習いの彼が専ら掃除役を担当していた。
彼はモップの手を休めると、ふと空を見上げた。空気が薄いせいで星が微かに見える。この荒れ果てた荒野と比べると空の方がまだ生命があるような気がする。
急に大きな音がして左前のホイールが回転しだした。
「左前のタイヤがおかしい、ちょっと見てくれアゼル」
インカムから運転手のノリル・トームの声が響く。
「ハーイ」
「また気の抜けた返事を……。気を抜いたら危険だとあれほど言ってるじゃないか」
装甲自動車の屋根の上は、一面太陽電池パネルが敷き詰められていて手すりが無い。そのうえ、外側に向けて傾斜がついているため、滑り落ちる危険性がある。そのための命綱なのだが、アゼルは気にもせず手慣れた様子でパネルの間を踏みながら、左前のホイールのところまでたどり着くと、止まっているタイヤの隙間に手を差し込んだ。
「OKOK、車軸に鉄くずが絡んだだけ。替える必要は無いでしょ」
そう言うと、タイヤの隙間から真っ赤に錆付いた板を引きずり出して放り投げた。
「まったく」ノリルがぼやく。
「まだ若いんだ大目に見てやれ」
アゼルの親代わりでもあるイプタク隊長は彼に甘い。
「良いんですかねえ……」
「隊長、右前方に白いものが見えます」
突然割り込んできたのは、バルーンカイトで周囲を監視していたレミル・ホーカンだ。アゼルよりひとつ年上で彼よりしっかりしている女の子だ。
隊長は監視用コンソールに来て覗き込んだ。
「で距離は?」
「それが良くわからないんです。地平線上に有るのなら80キロぐらいの距離なんですが……」
「かなり広範囲にわたっているな。こんな海の底だったところに何があるんだろう。よし、ノリル停車しろ。すぐ本部に連絡して指示を仰ぐんだ」
隊長の命令で装甲自動車は停車した。アゼルの直属の上司であるタイカン・カムル技術隊員は基地からの指示を待つ間、ベースキャンプ設営の準備を始めた。
「こら、アゼル、何もたもたしている」
「でもまだ正式な調査命令は出てませんよ」
ベースキャンプとは、彼らが探査するさい、重要と思われる地点に設置される簡易避難所のことである。もし装甲自動車に異常がおきても、近くのベースキャンプにたどり着くことが出来れば、タドルシルの基地に連絡して助けを待つことが出来る。もし、コースを変更するような場合は設営するのがきまりだった。
「あれだけの大発見だ、調査しないわけがないだろう。もたもたしてないでさっさと手伝え。暗くなってからじゃ面倒だぞ」
「はい、はい」
アゼル達がこんな会話をしてるころ、本部から正式な調査命令が届いた。