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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

続・愛おしい彼

作者: SHIZU

諒と薫は俺達と同じ大学への入学が決まり、それぞれ引っ越しの準備をしていた。

薫は一人暮らしを熱望していたが、メイに家賃がもったいないと言われ、渋々メイとの同居に応じていた。

諒も俺のマンションに拠点を移し、たまに実家に帰るようにすると言っていた。

「言ったよな?俺は欲張りだって」

と言ってキスをされた日から数日経ったが、特に何もないまま俺たちは普通の兄弟のように過ごしている。俺はちょっとほっとしていた。愛おしいと思ったのは事実で、好きと言われたことも嫌じゃなかった。だけど…

ホットコーヒーを飲みながら考えていると、

「京。これからずっと一緒に居られるんだな」

と俺の前でアイスティーを飲んでいた諒が言った。その意味深な言い方に焦ってむせてしまった。

「よろしくな」

と諒は続けた。

「うん…」

俺はまだ諒に言ってないことがある。受験が終わったら言おうと思って中々言い出せなかった。

「諒、あのさ…俺、お前に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「何?愛してる、とか?」

といたずらっぽく笑って諒は言った。

「あ、いや、えっと…」

と戸惑っていると、諒が

「冗談だよ。で、何?」

と微笑んで聞いてきた。

「俺、アメリカの大学に編入するんだ。伝えるのが遅くなってごめん」

俺は立ち上がり、引き出しから書類を出してそれを諒に見せながら言った。

「は?どういうこと?」

「向こうの大学に入学することも最初考えてたけど、こっちで2年間勉強して、ある程度基礎を固めたらアメリカに行こうと思ってたんだ。その方が学費も安く済むし」

「なんで…」

「なんでって経営の勉強をするのにはそれが1番いいかと思って」

「そうじゃなくて!なんで今まで一言も言ってくなかったんだよ!」

「ごめん。お前も受験で大変だし、余計な事言って動揺させて失敗させたらどうしようと思って言えなかった。それでなくても年末色々あったし…だから全部終わってからにしようと思って」

「そんなのいきなり言われても…親父さんは?なんて?」

「留学には賛成だよ。でも親父は昔からお前の好きにすればいいって言ってた。跡を継げと無理強いしたことはないし、医者でも冒険家でもホストでもやりたいことやればいいって。でも俺はずっと決めてた。母さんが俺を置いて行った理由を知った時から決めてたんだ。嫌々じゃなくて、俺がそうしたいって思ったから昔から頑張ってきた。色々準備して、1月に書類送ったんだ。で、その結果がこれ」

「そんな…いつ行くの?」

「3月でこっちの授業は終わりだから、あとは準備して7月中にはここを出て8月から向こうの大学に行く」

「あと4か月か。メイたちは知ってるのか?」

「まあな。あいつらには昔から話してたから」

「そうか。何も知らなかったのは俺だけだったんだな。向こうにはどれくらい?」

「大学が2年で修士課程も取りたいから最短で4年かな」

「4年か。長いな…」

そのまま諒は黙ってしまった。


俺は京のマンションで一緒に暮らすことにした。実家は売ってしまってもいいよと母さんは言ったが、結構気に入ってたし、ばあちゃんとの思い出もあるから、俺がたまに帰って維持するよと言って残してもらった。誰かに貸すっていう手もあるし、京とまた喧嘩したら帰る場所にもなると思った。

俺はただ純粋に京と同じ大学に行けることが嬉しかった。

「京。これからずっと一緒に居られるんだな」

とつい心の声を口にしてしまっていた。驚いた京はむせている。

「よろしくな」

と俺は続けて言った。

「うん…諒、あのさ…俺、お前に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「何?愛してる、とか?」

とちょっとからかって言ってみた。

「あ、いや、えっと…」

動揺している姿がかわいい。

「冗談だよ。で、何?」

と聞いた。

「俺、アメリカの大学に編入するんだ。伝えるのが遅くなってごめん」

京は立ち上がり、引き出しから書類を出してそれを俺に見せながら言った。

「は?どういうこと?」

何が起きたかわからなかった。

「向こうの大学に入学することも最初考えたけど、こっちで2年間勉強して、ある程度基礎を固めたらアメリカに行こうと思ってたんだ。その方が学費も安く済むし」

「なんで…」

「なんでって経営の勉強をするのにはそれが1番いいかと思って」

「そうじゃなくて!なんで今まで一言も言ってくなかったんだよ!」

思わず声を荒げてしまった。

「ごめん。お前も受験で大変だし、余計な事言って動揺させて失敗させたらどうしようと思って言えなかった。それでなくても年末色々あったし…だから全部終わってからにしようと思って」

「そんなのいきなり言われても…親父さんは?なんて?」

「うん。親父は昔からお前の好きにすればいいって言ってた。跡を継げと無理強いしたことはないし、医者でも冒険家でもホストでもやりたいことやればいいって。でも俺はずっと決めてた。母さんが俺を置いて言った理由を知った時から決めてたんだ。嫌々じゃなくて、俺がそうしたいって思ったから、昔から頑張ってきた。色々準備して、1月に書類送ったんだ。で結果がきた」

「そんな…いつ行くの?」

「3月でこっちの授業は終わりだから、あとは準備して7月末くらいにはここを出て、8月から向こうの大学に行く」

「あと半年もないのか。メイたちは知ってる?」

「まあな。あいつらには昔から話してたから」

「そうか。何も知らなかったのは俺だけだったんだな。向こうにはどれくらい?」

「大学が2年で修士課程も取りたいから最短で4年かな」

「4年か。長いな…」

幸せのてっぺんにいたはずなのに、一瞬で頂上から転がり落ちた。


俺と薫の入学式。京とメイは母さんたちの代わりに式を見ていた。

「アニキー!」

と式を終えたあと、薫がタックル並みのハグを京にしていた。

「おめでとう。薫」

と京は笑って薫の頭を撫でた。

薫、ずるい。

「諒もおめでとう」

とメイが言った。

「うん、ありがとう」

「よし、みんなでスーパーで材料買って、今日は家でお祝いしよう。何食べたい?」

と京が聞くと

「アクアパッツァ!」

とメイが言った。

「めんどくさ。まあいいか。他は?」

「チーズフォンデュ!と唐揚げ!」

と今度は薫が言った。

「諒は?何食べたい?」

そう聞かれて、お前って言いたかったけどマズイと思って、

「お、おむすび」

と言ってしまった。みんなが一斉に笑う。

「わかった。具は?」

「…しゃけと明太子」

買い物をして家に着くと、メイと薫はチーズフォンデュ用の器具を取りに行くと言って1度帰った。

「お前、おむすび好きなの?言ってくれたら、今までの朝ごはん全部そうしたのに」

と京が笑った。

「うるせぇよ。面倒なもの言われるよりいいだろ?」

「確かに。じゃあご飯炊いとこう」

チーズフォンデュ担当のメイと薫は野菜をレンジで温めたり、パンを一口サイズに切ったりしている。

俺と京はアクアパッツァ担当だけど、アクアパッツァってどうやって作んの?スマホをポチっていると、

「あさりを3%の食塩水に漬けといて。あとドライトマトそこの引き出しに入ってるから、10分位水に漬けてくれる?」

「作り方知ってんの?」

「前もメイに頼まれて作ったことあるから」

「マジか」

「今日は切り身だけど丸ごとで作った方が出汁もたくさん出ておいしいんだよ。もし気に入ったら今度また作るから」

その日はみんなでまた食卓を囲んで、ポラロイドカメラで写真を撮った。

「こんなに楽しい時間、あと何回過ごせるかな…」

薫がしんみりして言った。


京は2人が帰る前におむすびを作って渡していた。

「冷蔵庫に入れとけば、明日の朝ご飯にも出来るから」

「ありがとう」

2人が部屋に帰った後、

「お前は?今食べる?」

「うん」

京はしゃけのおむすびを俺にくれた。

「うまい…」

「諒、ついてる。ご飯粒」

「うん。そーいや前にもこんなことあったな」

「あー逆だったけどクリスマスケーキのクリームな。俺は心ここにあらずだったけどな」

と京は笑った。あの時俺はメイにどうにもできないくらい京を好きだと言った。でも今あの時よりもっと好きになってる。4年も離れて、俺は正気でいられるだろうか?


ゴールデンウィークに入る前、俺は雑誌の撮影でスタジオにいた。

「あっ。スマホ家に忘れた」

スタッフさんに携帯を借りて京に掛けた。

「あ、京?ごめん、諒だけど、スマホを家に忘れちゃって、スタジオ近くだから届けに来てくんないかな?」

「いいよ。どこ?」

京はスマホを持ってスタジオまで来てくれた。

「ありがとう!スケジュールとか全部スマホに入れてるから困ってたんだ。助かった!」

俺と京が話をしていると、

「ねぇ!あなたどこの事務所の子?」

と突然、様子を見に来ていた雑誌の編集長の安達さんが顔を近づけてきた。

「安達さん、紹介します。僕の兄の京です」

と俺が言った。

「あー!お母さんの再婚相手の息子さんて言ってた人ね」

と言われて、

「諒がいつもお世話になっております。兄の冴島京です」

と京は自己紹介した。

「あなた!ちょっと時間ある!?撮影に参加してくれない?」

「え?」

俺と京は声をそろえて言ってしまった。

「でも僕一般人なんで、こういう経験もなくてよくわからないですし、ご期待には沿えないと思います」

「大丈夫!いるだけで大丈夫!わからないとこはRYOが教えてくれるから!」

編集長に押しに押されて京は抵抗するのを諦めた。

「じゃあ再開するんで、そこのソファに2人で座って下さい」

カメラマンの山口さんと編集長が何か打ち合わせしている。

「巻き込んでごめんな」

と俺は京を見て言った。

「いいよ。何事も経験だと思えば。それに諒が普段どんな感じで仕事してるか興味あったし」

と京はこっちを向いて微笑んだ。あーかわいい。

そのときシャッターを切る音がした。

「いい!今の見つめあう感じ!」

編集長は大興奮だった。

「もうちょっと近づいて!京君!RYOの耳元で囁く感じで顔を近づけてくれる?」

もう京は言われるがままだった。俺の耳元に顔を近づけて、少し悩んで

「…今日の晩御飯なにする?」

と言った。マジで可愛すぎて笑ってしまった。みんなの前だけど、思わず抱きしめそうになった。

「本当に囁かなくていいんだよ」

と俺は小声で言った。

「いいね!じゃあ今度は逆ね!」

と言われたから、おれは京の耳元に顔を近づけて

「じゃあ、お前がいいな」

と囁いた。すると京は固まってしまった。

「冗談だよ」

と俺は言った。

「じゃあ2人とも違う衣装に着替えたら、ソファにRYOが座って京君は後ろからハグしてくれる?京君は顔ちょっと俯き加減で」

もう色々言われてテンパる京が面白すぎて、俺はずっと笑っていた。いつも仕事は楽しいけど、こんなに楽しく仕事が出来たのは初めてだった。

撮影は2時間押しで終わった。

「どうだった?」

「なんかすごかった」

「ずっとテンパってたな」

「確かに。でも俺の顔がはっきり映らないような角度やポーズを考えてくれたんだろうなって思った」

「そうだな。一応一般人だしな。でも編集長の安達さんとカメラマンの山口さんにも気に入られて、名刺まで渡されて、またよろしくって言われてたじゃん。お前もモデルになれば?」

「照れくさいからやだよ。でもなんかみんなパワフルだったなー。楽しかったよ。貴重な経験させてもらった」

話しながら家に帰った。


ある日、俺は大学の帰りに薫の家に寄った。

「今日姉ちゃんサークルの飲み会だから、ゆっくりしてって」

と言って薫はいつも通りアイスティーを出してくれた。

「あのさ、俺どうしたいいんだろう?」

「何?急に?」

「最初に薫に京の事相談したカフェの日から、京と2人で過ごす時間を重ねるたびに、俺のあいつへの好きがどんどん増していくんだ。でももうすぐいなくなるだろ?いなくなったら俺おかしくなっちゃいそうで…」

「おまえ…かわいいな」

「俺は真剣に悩んでるんだけど」

「それが初恋っていうんじゃねーの?」

「初恋なのかな。これ」

「たぶんどっからどう見たってそうだろ。で?他にもまだあるんだろ?」

するどいな。

「おれ、大学合格したあと、京の家に行ったんだ」

「そうだな。返事を聞きに行ったんだよな?」

「うん。京は俺の事家族として大事に思ってるって。でもそれだけじゃなくて愛おしいって言ってくれた」

「うん。アニキらしいな」

「俺が好きだって言ったら。知ってるって言われた」

「うん」

「でもよく考えたら、あの時愛おしいって言葉を聞いたっきりで、京が今どんな気持ちでいるのか、どういうつもりで俺に接しているのか、全くわからないんだ。付き合おうとか、好きだとか、愛してるとか言われないし、キスだって1度しただけだし」

「へー。キスまでしたのにそれは両想いっていうか、付き合ってるっていう解釈にはならないんだ?」

「…うん。俺から一方的にって感じだったから。あの万年筆もらった日、他にご褒美はって、俺だけのはないのって聞いたら、ほっぺにちゅってされたから、我慢できなくなって俺からキスした」

「なるほど。そういうことね。でアニキの反応は?」

「じゃ色々必要なものとか揃えに行こうかって買い物に連れていかれた。キスに関してはスルーされたっぽい気がする。なんか京の気持ちが全然わからないんだよ。俺はお前やメイが京にハグするの見ただけでもモヤっとするのに。ばかばかしいだろ」

「ほんとおまえかわいいやつだな」

「だから、俺は真剣なんだって」

「わかってるよ。ちょっと羨ましいだけ。そんなに人を好きになるってすごいなって。てか心理学勉強してんだろ。そのスキルで何とかしろよ」

と薫は笑っていた。

「京がアメリカに行く前に、なんか確かなものが欲しいっていうか、気持ちの確認?しとかないと不安でしょうがない。俺の好きは迷惑になってないかな?というか俺の気持ちとあいつの愛おしいは同じなのかな?…」

「同じでは無いだろうな。お前の方が相当好きじゃん?でもアニキだって諒のこと大切には思ってくれてると思うよ。それか!もうダイレクトに聞いちゃえば?俺の事好き?とか。キスして?とか。抱いて…とか」

「お前、面白がってんだろ?」

「バレたか。でもアニキはモテてきたけど恋愛上級者って訳じゃない。はっきり言わないとわからないかもしれないな」

納得だった。


アメリカに立つ2日前。夕飯を食べながら話をしていた。

「家は?もう決めた?」

「母さん達が所有しているアパートメントが大学の近くにあるんだ。一部屋用意してくれるって言うからそこに住む。ダニエルもいい人でさ。あ、母さんの再婚相手ね。色々世話してくれて助かってるよ」

「へーよかったな」

「他にも同じ大学に通う子が住んでるらしいから、いい刺激になるんじゃないかってさ」

「そうか」

「長い休みになったら諒もこっちに遊びにおいでよ。母さん達にも紹介するし」

「うん。行くよ」

今日の諒はなんか無口だな、と俺は思った。

「仕事は?大変?」

「うん。ドラマの仕事が決まったからそれの準備とかある…」

「へー。どんなドラマ?」

「学園ものだよ。主演の男の先生と女子生徒がいい感じになる。俺はその女子生徒に想いを寄せるクラスメイトの役。よくあるタイプのラブコメだよ」

「よくあっていいの?教師と生徒の恋愛なのに」

と俺が言った。

「まー実際にはどうか知らないけど、ドラマの設定としてはありがちな感じだろ?」

と諒が言った時、インターホンが鳴った。

「はーい」

と俺が出ようとした時、ドアが開いてメイが飛び込んできた。

「なんで!もっと早く言ってくれなかったの?」

「な、何が?」

「これ!」

と言って俺達に雑誌を見せた。すごい興奮してるな。

時々メイが読んでるファッション誌だった。表紙は諒だ。

「諒が表紙だから教えてくれたら買ったのにってこと?」

「違う!中見て!」

俺は中の写真を見せられて驚いた。

あんとき撮った写真が載っている。

「こんなのあるなら言ってよ!まさか京まで載ってるなんて思わなくて、思わず2冊買ったじゃん!」

とだいぶテンションが上がっていらっしゃる。正面から写った写真が無くても、見る人が見れば俺だってわかるんだな。

「それな、俺のスマホ届けてくれた時に、京が様子を見に来てた編集長に気に入られちゃって急遽撮影に参加したんだ。そんなことあるんだって俺もびっくりしたけど、今度特集組んで載せるからって言ってたからそれでだな」

そんな話聞いてないぞ。

「まあ俺も見せてもらったけど、よく撮れてるからいいんじゃん?」

と諒が言うと

「なんかいい雰囲気だよねー。これ素材にして漫画描くから帰るわ!」

とメイが言いながら帰っていった。

何しに来たんだよ。てかどんな漫画描いてんだよ。

メイは嵐のように現れては去って行った。夕飯の続きを済ませて、俺は洗い物をしていた。風呂から出てきた諒が、腰にタオルを巻いたまま俺の後ろに立っていた。

「お前、服着ろよ…風邪引くぞ」

「なぁ。なんで何も言ってくれない?」

と言いながら諒に後ろから抱きしめられた。

「おい。いきなりどうしたんだよ」

「俺さ、お前に告白したんだよ」

「そうだな」

「お前も愛おしいって言ってくれたよな?」

「そうだな」

「俺はお前にキスもした」

「うん」

「あれからもうだいぶ日が経つのに、お前は何も言ってくれないな」

「…」

「俺はどうしたらいい?付き合おうって言ったら、首を縦に振ってくれるのか?好きだとか愛してるって言葉が欲しいと言えば言ってくれるか?今すぐ俺に抱かれろって言ったら身を任せてくれるのか?もう明後日にはアメリカに行くんだろ?お前は俺をどう思ってる?」

「大事に思ってるし、愛おしいよ。今、俺に言えるのはそれだけだ」

「…わかった。もういい」

と言って諒は服を着ると家を出て行った。


俺は気付くとメイの家の前にいた。

「どうしたの?」

「ちょっとピアノ弾かせて。諒が出て行った」

俺がピアノの前に座ると、メイはお茶を入れて持ってきてくれた。横に座って俺に聞いた。

「喧嘩したの?」

「違う。俺のことどう思ってる?って聞かれたから、大事に思ってるし、愛おしいよって言った。それしか今は言えないから」

「…諒は納得しなかったんだね?」

「うん。多分、俺に愛されている証が欲しいと思ってる。俺がアメリカに行くから、だから焦ってるんだと思う。付き合おうって言ったら、首を縦に振るか?好きだとか愛してるって言葉が欲しいと言えば言ってくれるか?今すぐ俺に抱かれろって言ったら身を任せるか?って聞かれた」

「それで?」

「好きだとか愛してるって言うのは簡単だけど、言ってもきっと諒はきっと不安がるし、それで解決する問題ではないと思う」

「そうだね。私もそう思う」

「諒の気持ちを疑う訳じゃないけど、あいつがもし俺の帰りを待てなくて、他の誰かに心変わりするかもしれないとしても、今は時間が必要なんだ。諒もちょっと冷静になるべきだと思うし。

それに色々乗り越えなきゃいけないこともある。諒は俳優やモデルの仕事楽しそうにやってた。この間雑誌の撮影を見たときも楽しそうだった。でもそれがちょっとのスキャンダルで終わる可能性もある。ましてや相手が男で義理の兄なんてのが世間に知られたら、諒へのダメージは計り知れない。

それに親父やリサさんにも話さないと…

俺にはまだ何の力もない。もちろん諒にも。俺はあいつを守るために力をつけたい。じゃないとただお互い傷ついて終わるだけだと思う」

「京なりに考えて決めたんだね。でもちょっと諒が羨ましい。そんなにまっすぐに、ただ好きな気持ちを伝えられる諒が羨ましいな」

「…そうだな。俺がアメリカに行けばまたここに戻ってくると思う。その時は色々フォローしてやってくれる?でも今の話は内緒にしててな」

「おっけー」

「じゃお休み。お茶ごちそうさま」

俺は部屋に戻り、風呂に入ってベッドに横になって諒にメールした。

”あまり遅くなるなよ。先に寝てるから”

諒からの返事はなかった。


アメリカに出発の日、諒は仕事があって、見送りには来なかったがメールをくれた。

”がんばれ。長い休みには遊びに行くから案内してよ”と。

だから俺は待ってると返信した。


8月、大学の授業が始まって忙しい日々に追われていた。いつも誰かしらメールや電話をくれた。メールは時間のあるときに返信した。

諒は勉強とドラマの撮影で忙しいらしい。頑張ってるんだな。

みんなと正月を迎えたかったけど、今年の冬は帰れなかった。


4年に入る前の夏休みになって、諒が遊びに来ることになった。雑誌の撮影も兼ねてらしい。その撮影の合間に何日かオフの日を作ってもらったらしく、会いに行くと言っていた。

迎えに行こうか?と言ったが自分で行ってみると言うので住所を知らせて待っていた。

そろそろかなと思ったころ、部屋のチャイムが鳴った。扉を開けるとサラが立っていた。サラは隣の部屋の住人だ。俺と同じ大学に通っている。そしてなぜか泣いている。

「サラ?どうした?」

「トムが浮気した!もう別れる!!」

「ほんとに?あんなに仲良しだったのに?」

「だって相手は私の親友よ!信じられない!」

だいぶ取り乱している。なんだかありがちな話だが、相当ショックを受けているみたいだ。俺はハグをして

「まあとりあえず中に入りなよ。アイスティーを入れてたんだ。飲む?」

とサラを招き入れた。

そして諒にメールしておいた。

”お客さんが来たから、着く前に連絡して”

そしてサラと話の続きをした。

「本当に浮気なの?聞いてみた?」

「聞いたところで認めるわけないでしょ!」

「そうだね。どうしてそう思ったの?」

「彼とメアリーが3日前にジュエリーショップから楽しそうに出てくるのを見たの!」

それを聞いて、問題は俺の中で解決していた。

「君いくつだっけ?」

「明日で20歳よ」

「じゃあ彼と別れるのは明日まで待ってくれない?」

「どうして?」

「明日になればわかるよ。だから今日はこれ飲んだら買い物に行こう!お兄ちゃんが誕生日プレゼントに好きなもの買ってあげるよ」

「ありがとう!大好き!!」

「もうすぐ日本から弟も来るから、3人でもいい?」

「もちろんよ」

「電話してみるから待ってて」

俺は諒に電話を掛けたがあいつは出なかった。


昨日、空港に着いた時、俺はスキップしそうなくらいテンションがあがっていた。今日、やっと京に会える!撮影は明後日からだから、2日は京と居られる。そりゃたまにはSkypeとかで話す事はあっても、やっぱり生の京に会いたいし、触れたい。迎えに行こうかと言ってくれたけど、俺は自分の力で京に会いに行きたかった。知らない土地だし不安はあるけど、英語は京が一生懸命俺に教えてくれたから何とかなった。

階段を登っていくと、男女の声が聞こえる。男は京の声だった。英語で喋ってるな。女の子は泣いてるのか?姿が見えるところまで行くと、京は女の子を抱きしめて部屋に入って行った。

どういうことだろう。頭が真っ白になった。するとすぐにメールが来た。

”お客さんが来たから着く前に連絡して”

あーそういうことか。こっちに来て彼女ができたんだ。俺は邪魔になったのか。それならそうと、もっと早く言ってくれればよかったのに。まあ邪魔になるも何も、京は俺のものですらなかったんだもんな。こんなにドキドキしながら会いに来た俺、馬鹿みたいじゃん。

俺はアパートから出て呆然と歩いていた。


おかしいな。もう着いてもいい頃なのに。

「ちょっと外見てくるから留守番してて」

とサラに行って部屋を出た。すると2階の一人暮らしのおばあちゃんが、

「今、日本人の若い男の子が泣きながら出て行ったけど、あの子は京の知り合いかい?」

と聞いてきた。

「そうだよ。弟が遊びにきたんだ。その子どっちに行ったかわかる?」

「駅の方に行ったと思うけどねぇ」

「ありがとうございます」

と言って追いかけた。10分ほど探すと、歩いてる諒を見つけた。

「諒!」

と俺は腕を掴んだ。

「離せよ。ホテルに帰る」

「何で」

「わかったんだ。俺は男とか女とか関係なく、京を、京だから好きになった。でもさっきお前が女の子を抱きしめてるの見て、京はそうじゃないんだって。俺の気持ちに応えてくれなかったのも、そういうことなんだろ!?」

「何を言ってる?」

「それならもう終わらせよう。お前なんか、京なんか大嫌いだ」

俺は掴んでいた諒の腕を離した。

「お前がそれでいいなら…」

と言いかけた時、

「ケーイ!」

とサラが俺を呼ぶ声がした。

「サラ。部屋で待っててくれたら良かったのに」

「どうせ出かけるんだからいいじゃない。ちゃんと鍵はかけて来たから」

と俺に部屋の鍵を渡した。そして諒に気付き

「あなたが諒ね!私サラよ。よろしく!」

と言った。諒は

「諒です。よろしく」

と言った。諒は俺に

「どっか行く予定なんだろ?デートの邪魔はしないよ。さっさと行けば」

と言った。諒が怒っていると察したサラは

「彼はなんで怒ってるの?」

と聞いてきた。どう伝えようか悩んだが、ありのままを説明することにした。

「諒は俺がサラにハグしたのを見て、俺に彼女が出来たと思ったから怒ってるんだよ。嫉妬したんだ。このことはまだみんなには内緒だよ?」

と言った。少し考えて、サラは笑いながら

「そういうことか!ちゃんと説明しなきゃダメよ」

と言った。諒はサラがなぜ笑っているのかわからず、怪訝そうな顔で俺たちを見ている。

「諒。お前が何を勘違いしているのかは知らないが、サラは俺の妹だ」

「…は?」

「サラは隣に住んでて、同じ大学に通う俺の妹なんだよ」

「でも歳が…」

「母さんの再婚相手のダニエルの連れ子だよ」

「え!?」

諒はしゃがみ込んで動かなくなった。

「サラは彼氏が浮気してると思って相談しに来てたんだ。で慰めようと明日20歳の誕生日だから、プレゼント買いに、買い物に行こうって誘ったんだよ。弟も来るから3人でショッピングしようって」

「なんだよ…俺てっきり…」

と諒は言った。サラは

「解決した?じゃあみんなで買い物行く?」

と言ったが、俺は

「諒はホテルに帰るらしいよ。俺のことも大嫌いらしいから2人で行こうか」

と意地悪を言ってみた。その会話を理解した諒は

「やだ。俺も行く」

と俺の腕を掴んで言った。


サラは新しい服と靴をプレゼントされて上機嫌だった。

夕飯を食べて部屋に帰ると、トムが部屋の前で待っていた。電話にも出ず、メールの返信もしないサラに痺れを切らして会いに来たようだ。部屋の前で少し揉め始めたから、

「中で話せば?みんなに聞こえるよ」

と言って俺の部屋に案内した。

「なんか飲む?」

と言ったそばから2人は言い合いを始めた。

俺は1つため息をついて、トムに

「サラは君がメアリーとジュエリーショップから出てくるのを見て、浮気してると思ったんだよ。ちゃんと説明してあげな」

と言うとトムは驚いた後、

「メアリーには君の誕生日に渡すペンダントを選ぶのを手伝ってもらっただけなんだ。君と一緒に選びに行ってもよかったんだけど、サプライズにしたくて。」

と言って1つの箱をサラに渡した。

サラはその箱を開けてとても喜んでいた。俺はサラの耳元で

「別れるのは明日まで待って良かっただろ?」と言い、トムには

「俺の大事な妹泣かすなよ」

と言って自分達の部屋に帰らせた。

みんな人騒がせだな。

「解決したの?」

と諒が聞いて来たから

「そうだな。サラの件はな」

と俺は言った。

「…」

諒は黙ってしまった。

「で?俺になんか言うことない?」

と聞くと、

「ごめん。俺、京に彼女が出来たと思って焦っちゃって…」

と呟いた。

「アイスティー入れるよ。そこらへん座ってて」

としばらくしてアイスティーを入れて戻った俺はグラスを諒に渡した。すると諒は言った。

「ありがとう。…でも1つ聞いていい?」

「何?」

「本当にサラとは何もない?」

「妹だって言ったろ?」

「でもダニエルの連れ子ってことは血は繋がってないよな?しかも大事な妹って言ってた。俺のことも大事な弟だって」

「余計な心配しなくていいよ。サラのことは本当にただの妹にしか思ってないよ」

「そうか」

とその時諒のスマホが鳴った。

「もしもし?…お疲れ様です…今京のアパートです…え?」

と言って諒は俺にスマホを渡して、

「安達さんが話したいって」

安達さんといえば、前に諒が忘れたスマホを届けた時にいた雑誌の編集長さんだ。

「もしもし。ご無沙汰しています…はい…え?…いや…わかりました。よろしくお願いします。」

とスマホを諒に返した。

「もしもし?…マジで?…僕はいいですよ…じゃあ明日」

と言って諒は電話を切り、笑いながら

「また撮影に来いって言われたんだろ?あの人京のこと相当気に入ってるな!多分忙しいのに、こっちについて来たのはお前に会うためだと思うし」

と言った。

「あの人押しが強すぎて、もう抵抗しても無駄だと思ったから諦めて引き受けた。バイト料くれるってゆうし。諒が帰ったらバイトするつもりだったから、まーちょうどいいや」

「明後日朝から撮影したいから、明日のうちにホテルに来てってさ。」

「うん。明日は母さん達とランチしようと思うんだ。そのあとでいい?」

「うん」

「あとこの家のベッド、シングルだから諒はそこで寝て。俺はソファで寝るから」

と言った。


翌日、11時に近くのレストランで待ち合わせだった。

なんか緊張する…

しばらくすると3人が入り口から手を振ってこっちに向かってくる。

「京!元気?」

「元気だよ。母さん達も?」

「元気よ!」

「母さん、ダニエル、弟の諒だよ。俺のいた大学に通ってるんだ」

と京が俺を紹介してくれた。

「初めまして。諒です。よろしくお願いします」

「会いたかったわー!よろしくね」

俺がお義母さんとダニエルと話していると、京がしゃがんで

「イーサン、もう一人のお兄ちゃんの諒だよ」

と微笑みながら、2人の間に居た少年に俺を紹介した。

「こんにちは」

と少年は言った。

「こんにちは。諒だよ。よろしくね」

と言うと

「京の隣の席は僕だよ!」

と言って京の手を引っ張って行き、隣にちょこんと座った。

「そうだね。何食べる?」

「ピザ!」

「チキンは?」

「食べるー!」

京にだいぶなついているんだな。

「京に会いたいから自分も行くってしつこくて」

「いいよ。俺もイーサンに会えて嬉しいし」

俺たちは束の間、楽しくランチをして別れた。

「お義母さん、幸せそうだったな。あともう一人弟居たんだな」

「うん。イーサン可愛いだろ?母さんとダニエルの子供だよ。今年8歳になる」

「うん。可愛いな」

「イーサンのことは大好きだけど…妬くなよ?」

と京は笑いながら言った。

「妬くか!バカ!」

と言ったらまた京は笑っていた。


夜、ホテルに着くと安達さんが出迎えてくれた。

「京君ありがとう!引き受けてくれて。嬉しいよー」

「いえ、こちらこそ。またお会いできて嬉しいです」

「ふふ。相変わらずイケメンね。あ、そうそう。部屋急だったから取れなくて、RYOと同じ部屋でいい?ダブルだから寝れなくはないと思うし。ごめんね」

「大丈夫です。兄弟なんで」

と京はサクッと答えていたが、俺はただ隣でドキドキしていた。

「明日、朝8時に入り口に集合でよろしくね」

「はい」

部屋に着くと俺はベッドに横になった。

「疲れたか?」

と京に聞かれて

「ちょっとな」

と俺は答えた。

「じゃあ先に風呂入れば?」

「先に…?」

「うん。それか俺先でもどっちでもいいけど」

「あぁ。じゃ先に入って」

「わかった」

京がシャワーを浴びている間、俺の心は穏やかじゃなかった。久しぶりに京と同じベッドで過ごす。

10分くらいして京が出てきた。

「はい、交代」

と笑って言う。黒いタンクトップにグレーのハーフパンツ。前よりも少し筋肉がついてて、少し会わない間に色気増したんじゃねーか?

「うん。行ってくる」

なんだかんだ考え事していたら、30分も風呂に入っていた。

「のぼせるわ…」

呟いて出てくると、京はベッドの端っこですでに眠っていた。

「もう寝てんのかよ」

俺は目覚ましを7時にかけて、京の隣に寝転び顔を見ていた。やっと、やっと会えた。

俺は京の髪を撫で、頬に触れ、唇を親指でなぞった。日本に帰りたくない。もうずっとこうして触れていたい。

好きという気持ちが溢れると同時に、涙も溢れてきた。

ダメだ。明日撮影なのに。最後に俺は京の唇にキスをして

「お休み」

と言って部屋の電気を消した。


シャワーを浴びながら考えていた。諒と同じベッドで寝るの久しぶりだな。さっきは余裕なふりして

「大丈夫です。兄弟なんで」

とか言ったが、実はちょっと緊張していた。

「はい、交代」

「うん。行ってくる」

アラームを6時半にセットしてベッドに横になった。あいつ風呂なげーな。のぼせるぞ。

諒が出てくる気配がしたから、気まずくて寝たふりをした。

「もう寝てんのかよ」

諒は俺の髪を撫で、頬に触れ、唇を指でなぞった。俺に触れている手がちょっと震えてる気がする。

泣いてるのか?明日撮影なのに。目が腫れたら困るだろ。

最後に諒は俺の唇にキスをして

「お休み」

と言って部屋の電気を消した。

お休み。俺は心の中でつぶやいた。


翌日俺は6時半に起きてコーヒーとサンドイッチを買いに行っていた。諒の分も今日はコーヒーにした。

部屋に戻ると諒はまだ寝ていた。寝顔を見ていると7時のアラームが鳴り諒が目を覚ました。

「うわっ!」

と言って諒は飛び起きる。

「なんだよ。人をバケモンみたいに。コーヒーとサンドイッチ買ってきた。飲む?アイスティーがよければ、違うとこにもう一度買いに行ってくるよ」

「あ、コーヒーでいい。最近ブラック飲めるようになった」

「あー。大人になったんだな。食べたら早く支度しろよ」

と俺は笑って言った。

「うん。いただきます」

支度を終えて待ち合わせの場所に行った。

海外の撮影って色々大変そうだな。

と思っていると、安達さんが

「行こう!」

と言って案内してくれた。近くの貸しスタジオみたいなとこだった。

「夕方は屋上で夕陽をバックに撮りたいから、それまでにスタジオの撮影を終わらせましょ!」

と言って準備を始めた。

「手伝います」

と言って2人で荷物を運んだりしているとカメラマンの山口さんがまたその姿を撮っていた。

「やっぱいいよね。2人。雰囲気があって」

と言って安達さんと話をしていた。

「じゃあ衣装に着替えてねー」

と言われて俺達は着替えた。

「京君は部屋の窓から外を見ている感じで。ちょっと斜めに。RYOは京君の後ろに立って京君の後ろ姿を見つめて」

「じゃあ次は後ろから腰に手を回して、左手で右手掴んで、そう。時計がこっち見えるように」

「次はそのRYOの腕を京君軽く掴んでくれる?」

また俺は色々言われてテンパっていた。それを諒は笑いながらもフォローしてくれている。

「次は窓を背にしてRYOがこっちを向いて、京君はカーテンを引っ張って自分とRYOを隠そうとする感じで」

「次は…」

と色々と写真を撮った。

「衣装チェンジとメイク直してー。30分休憩ね」

次に用意されていたのはスーツだった。

「最初RYOは京君の前髪を触って、京君はRYOのネクタイを直すような振りで」

「じゃあ次ソファに座ってRYOは京君の時計をつけてあげて」

「RYOはソファの左側に座ってカメラを見て。京君は右側に立って後ろ向きで背もたれに座る感じで顔を少し横に向けてRYOをみてくれる?」

そしてまた衣装を変えたり、ポーズを変えたりしながら写真を撮った。

「次に着替えてそろそろ屋上に行きましょう」

と屋上に上がると、とても綺麗な夕陽が見えた。

二人の写真を何枚か撮ったあと、諒だけの写真も撮るということで、俺は後ろに下がって待っていた。すると安達さんが飲み物を持って来てくれて俺に言った。

「前のね、2人の写真が載った雑誌、創刊以来1番売れたの。びっくりしたわー。もちろんRYOは人気だし、ある程度の予想してたけど、京君の力がこれほど偉大とは思ってなくて本当に驚いたの。ありがとう」

「いや僕は何も出来なかったですよ。ずっとテンパってるだけでしたから」

「そんなことないよ。何よりもRYOがすごくリラックスしてたし。あの子自信人気はあるけど、やっぱどこか村上リサがついて回るでしょ。良くも悪くも。特にこういう世界では。本人もそれをわかってる。自分がどれだけ頑張っても、結局親のコネだとか七光りだとか色々言われたりさ。だから、仕事は楽しそうにしてるけど、どこか壁を感じるとこがあったのよ。

スマホを持ってきた京君に、ありがとうって言って笑ったRYOの顔見て、すごいって思ったの。この子、RYOにこんな顔させるのって。だから思わず声かけちゃった。今までいろんな女優さんやモデルさんと一緒に撮影もしてきたけど、あのときはRYOの表情がいつもと全然違って、いつものクールな感じだけじゃなくて、穏やかで柔らかい笑顔も撮れた。多分それがみんなにも伝わったんだと思う。2人の兄弟のようで、友達のようで、恋人のような何とも言えない雰囲気なんだけど、お互いがお互いを大切に思ってる感じが伝わったのかなって。そういう相手がいるとこんなにも彩りが豊かになるっていうことがみんなにわかってもらえた結果かなって。だからまたあなたとRYOの写真を撮りたかったの。私のわがままにつきあわせてごめんね」

それだけ言うと、また山口さんのところへ走って行った。

お互いを大切に思ってる…か。

本当に俺は諒を大切に出来ているのだろうか。あいつを傷つけているだけなんじゃないか。自分の気持ちを何も話さず、勝手にこれがお互いのためだと思ってた。それが一番あいつを苦しめることになっているとしたら…?そう思ったら胸のところがぎゅうっと締め付けられる気がした。


撮影が終わって、ホテルへ帰りながら話した。

「京との時間、あんまりなかったなー」

と諒が言った。

「そう?この3日ほど色々あって楽しかったよ」

「でも2人で過ごす時間はあんま無かった。明日はハワイに移動だし」

「色々行くんだな。じゃあ今日は晩ご飯テイクアウトして、ホテルで2人でゆっくり食べよ」

「うん」

2人でホテルに戻って食事しながら話をした。

「京ってさ。俺と薫の入学式の時もそう思ったけど、外食あんま好きじゃないよな?普通あーいうときって、ちょっと洒落たレストランでお祝いとかってなりそうなのに、いつも家で作ったりして食べてる気がする。人がいる中で食事するの嫌いとか?」

「そんなことないよ。外食も好きだよ。いろんなお店で食べて美味しかったもの、家で作ってみたりするのに参考になるし、お客さん見て、こういうお店にはこういう客層が来るんだなとか考えたりするのも好き」

「それがすごいよな。わざわざ家で作らなくても、美味けりゃまたそこに食べに行けばいいじゃん」

「元々作るのが好きっていうのもあるけど、家で作れたらメイや薫や諒も一緒に作れるだろ?どっちかというとそれが楽しい。何をどこで食べるっていうのも大事だけど、俺にとっては誰とどうやって食べるかが一番大事かな。だから家で、あーでもない、こーでもないって言いながら、みんなで食事作ったりお酒飲んだりするのが楽しい。美味しいツマミ作って親父と酒飲むのも楽しい。人目を気にしなくていいってのもなくはないけど、みんなと一緒なら家でも楽しいし嬉しいから」

「確かにみんなで作るの楽しかったな。アクアパッツァなんて人生で初めて作った。というか食べたのも初めてくらいだったのに。…人目っていうのは俺のため?」

「それだけじゃないけど、それもある。余計なお世話だった?だったらごめんな」

「ちがう!ちがう!誤ってくれなくていい。普通に嬉しいよ。俺の事考えてくれてるの。というか京はいつもみんなの事考えてるな。特にメイとか。さりげなく荷物持ってあげたり、本人気にしてないのに、わざわざ酒飲むためにグラスに氷入れて渡したり。面倒見がいいというか、優しすぎるよな」

「荷物くらいは持つよ。俺だって男だし。酒はまぁグラスに入れた方が、色とか香りもわかるし、缶の開け口で唇ケガしても危ないしな。ってそれも余計なお世話か」

「過保護だな。酒で思い出したけど、京がバイトしてたバーってどこにあんの?」

「なんで?」

「いや、今度バーテンダーの役が来てさ。ちょっと行ってみたいなーと思って。知り合いの店なんだろ?」

「うん。高校からの同級生のお兄さんがやってるお店なんだ。大学入ってすぐの時、その友達が応援に入るはずだったけど、体調崩して入れなくなって、代わりを頼まれて行ったら仕事結構楽しくて、お兄さんとも意気投合して、そっから呼ばれるようになったかな」

「何が楽しかった?」

「なんだろ。人間観察が楽しかったのかな」

「そうか」

「諒は?勉強ちゃんとできてる?仕事忙がしそうだけど」

「ちゃんとしてるよ。ドラマとかCMはマネージャーさんがなるべく負担にならないようにスケジュール調整してくれてる」

「そうか。頑張ってるな。親父やリサさんとは会ってる?」

「親父さん、時々遊びに来るよ。でも俺まだ未成年だから一緒に酒が飲めないーって。京、早く帰ってこーい!ってこないだ言ってた。」

「でも諒ももうすぐ20歳だもんな。なった瞬間家に押しかけてきて、とことん飲まされるぞ。俺ん時そうだった。まあ先に親父が潰れたけど」

と思い出して笑ってしまった。

「2人とも忙しそうにしてる。母さんも新しいこと考えてるみたい」

「新しいこと?」

「うん。最近、ブランドの服をレンタル?みたいなのが流行ってるって。買うと高いけど月額いくらとかで何着まで好きな服をレンタル出来るっていうので、便利だって利用する人が増えてるらしい。母さんも自分のブランドでそれをやりたいって。店に置くものよりも、もっとサイズ展開を増やして、性別や体型や国籍なんかにとらわれず、いろんな人に好きな服を着て、自分に自信が持てるようになるようにしたいって」

「へー。そういや親父のホテルのユニフォーム変えた時も男性はズボンで女性はスカートってゆうスタイルから全員ズボンに変わってたな。機能性だけを考えたんじゃなくて、性別で区別するってゆうのを無くしたかったのかな」

「たぶんね」

「諒は大学卒業したらどうするか決めてんの?」

「俺も大学院に行くよ。臨床心理士になりたいんだ」

「俳優は辞めるのか?」

「辞めないよ。好きだし楽しいから。でも自分の武器が1つしかないのは不安だから。京は?どうするの?」

「とりあえず、親父のホテルで雑用から始めるか、よそのホテルで修行するってのもありだな。そこは親父次第かな。経営の勉強だけして、はい跡継ぎますってわけにはいかないからな。明後日からバイトするんだ、家の近くのホテルで。諒も残りの撮影頑張れよ」

「うん」

「そろそろ風呂入って寝るか」

俺たちはまた同じベッドで眠りについた。

翌日、諒と別れて俺はアパートに戻った。

諒と別れてからは、また忙しい日々が続いた。

忙しさに追われて、最近はメールも電話もなかなか返せていなかった。


春、メイは大学を卒業し教師になった。

男女共学の高校で国語の教師をしていると言っていた。

「私、結構人気者なんだよ!」

って言うから、

「イケメンの男子生徒に手出してクビになるなよ」

って冗談で言ったら、

「そんなのあるわけないじゃん!京のせいでハードル上がってんだから」

と笑いながら反撃された。

薫は大学に通いながらおじさんのレストランでアルバイトをしているらしい。雑用やらなんやらと、覚えるメニューとかが多すぎて、勉強より大変だと愚痴をこぼしていた。

それでも、楽しそうだったからメイに聞いたら、薫にもついに春が訪れたと言ってた。まだ片想いみたいだけどって。

諒は相変わらず仕事と勉強で大変な日々を送っているみたいだった。

そういえば夏にアメリカで撮影した写真が載せられた雑誌は、また記録を更新したと安達さんがメールをくれていた。

みんな色々頑張ってるな。


修士課程に進んだ後、俺は可能な限り単位を早めに取っておき、最短で日本に帰ることにした。

俺の気持ち、ちゃんと話したら諒はどんな反応するだろう?電話やメールで話しているかぎりでは、心変わりはしてないみたいだけど、ほぼ4年間放っておいたのに、まだ自分を好きでいてくれると思ってるなんて、俺も自分勝手だな。

俺は早く諒に会いたかった。会って確かめたかった。あいつは今も、昔と変わらず俺を好きでいてくれているのだろうか。


12月、帰国した俺はマンションにいた。誰にも何も告げずに帰って来た。鍵はずっと持っていた。とりあえず荷物を片付けながら親父に電話をかけた。

「もしもし、京だけど…ただいま。今日アメリカから帰ってきた。話があるからリサさんと今日諒のマンションに来て欲しいんだけど、時間作れるかな?」

親父に連絡した後、メイと薫にもメールで知らせた。

薫はすぐにお帰り!と返信をくれた。

メイはまだ仕事中だろうな。

しばらくしてガチャっと玄関の扉が開く音がした。

「おかえり、諒」

と俺が言うと、諒は何が起きているのかわからないと言ったような顔で俺を見た。

「なんで…?なんでいるの?」

「帰って来たんだよ。さっき着いたとこ」

「だってまだ4年経ってないのに」

「うん。でもちゃんと卒業出来たから。卒業式には出たかったけど、早く日本に帰って来たかったから、帰ってきちゃった」

「どうして?」

泣きそうな顔で聞いてきた。

「どうしてって。やらなきゃいけないことがあるし、こっちで就活するなら少しでも早く帰る方がいいと思って」

「やらなきゃいけないこと?」

俺は諒を抱きしめて聞いた。

「諒、今も俺のこと好き?」

「え?何で急にそんなこと…」

「答えろ。今でもまだ俺を好きか?」

諒は俺を抱きしめ返して、

「好きだよ」

と答えた。

「ごめんな。長い間、何も言わずに放っておいて」

「俺はもう、ずっとどうしようもないくらい京が好きだよ。嫌いになんてなるわけない」

「…わかった。覚悟しろよ」

「?」


しばらくして親父とリサさんが来た。

「あれ?どうして?」

と諒は驚いていた。親父は

「京に電話もらって。おかえり」

と諒と俺に言った。

「ただいま。久しぶりだね。リサさんも、今日は急に呼び出したりしてごめんなさい」

「大丈夫よ!おかえりなさい。なんか逞しくなった気がするわ」

「ありがとう」

ダイニングに4人で座って、俺は親父が持って来たワインをグラスに注いで、用意していたツマミを出しながら席に着いた。

「今日はみんなに聞いて欲しい話があったから来てもらったんだ」

少し呼吸を整えてから

「俺、好きな人が出来た。ずっと一緒にいられたらなと思ってる」

と言ってみんなの顔を見た。

諒はいきなりの事で、何のことかわからず動揺しているようだ。親父達はとりあえず真剣に話を聞こうとしてくれているみたいだった。

「俺は諒を愛おしいと思ってる。最初諒から好きだと言われた時は戸惑った。家族だし。血は繋がっていないけど弟だから。それから時間をかけて色々考えた。俺は留学を決めていたし、もし諒の気持ちが一時的なもので、離れている間に気持ちが冷めて、諒が俺を好きじゃなくなったらそれはそれで仕方ないと思ってた」

「そんなことある訳ない」

と隣に座っていた俺を見て諒が言った。

「それに色々乗り越えなきゃいけないこともあった。諒は俳優やモデルの仕事を楽しそうにしていた。でもそれはちょっとのスキャンダルで終わる可能性もあると思った。ましてや恋の相手が男で、しかも義理の兄なんてのが世間に知られたら、諒へのダメージは計り知れない。そう思ったら、あの時の俺にはどうすることも出来なかった。

だから俺は力をつけたかった。周りがどう思っても何を言っても、諒の盾になれるように。

それに親父やリサさんにも話さなきゃいけないと考えてた。俺達の事で2人に迷惑をかけるようなことは避けたい。俺は親父の跡を継ぐつもりで頑張ってきたけど、それが迷惑になるなら他の道を選ぶつもりでいる。リサさんの仕事に関しても、俺たちの関係が万一明るみに出た時、なんらかの影響が出ることは避けられない。その上で今後俺達のことを認めてもらえるのかどうか確認したいと思った」

諒は隣で話を聞きながら、涙を堪えていた。

するとリサさんが話し出した。

「私、何となく気付いてたの。諒の気持ち。それを裕司君にも伝えてた。京君がアメリカに行く前に撮った、あなた達が2人で写っていた雑誌があったでしょ?息子があんな幸せそうな顔で仕事しているのを初めて見たわ。諒にこんな顔させられるの京君しかいないなって思ったの。私でも無理よ」

と笑いながら続けた。

「だからきっと諒は京君を好きなんだろうなって。京君の気持ちがわからなかったけど、今日2人が想い合っていると知ることが出来て、私は素直に嬉しい」

すると親父は、

「俺は別に気にしてないぞ。お前が誰を好きでも、その人を大事に出来るならそれでいい。もし、出来ないなら俺の育て方が悪かったと自分を責めるさ。仕事のことは、後継ぎとしての問題は色々出てくるかもしれないが、そこは覚悟しておけ。それに関してはお前が誰を好きかとかは関係なく降り掛かってくる問題だ」

と言った。リサさんは

「世間がどう思うかなんて気にしてもしょうがないのよ。そんなの気にして貴重な時間を無駄にしたり、大切なものを見失ったりするなんてバカのすることよ。私は自分の大切なものは自分で守るから心配しないで」

と言った。カッコいいな、と俺は思った。

「親父。就職のことなんだけど、今年の春からエントリー開始だから普通に試験を受けて合格したとしても、親父のホテルで働くのは1年以上先になる。だからそれまでの間、なんでもいいからアルバイトを募集してる部署はないかな?」

「うーん。ここから一番近いとこならアルバイトを募集している部署はいくつかあるよ。ベッドメイクは随時募集してる。あとお前バーでバイトしてたよな。お酒の作り方は覚えてるか?」

「ある程度は」

「そこのホテルのバーのスタッフが実家の和菓子屋を継ぐとかで3月末でいなくなるそうだ。その子の代わりに入るのはどうだ?見習いの間は最低賃金だが、店長が認めれば時給は上がる」

「ありがとう。どっちも行く。朝から清掃で夕方からはバーに入るよ。ただ1つお願いがある。親父以外の誰にも親父の息子と知られずに働きたい。もちろん、アルバイトの面接にもちゃんと自分で応募して行くから」

「…わかった。まあ多分どっちも受かるよ。人手足りないからな。じゃあリサの村上を名乗るってゆうのはどうだ?」

「うん。ありがとう」

「とりあえず…頑張れよ」

「はい」


親父達が帰ったあと、俺はワイングラスとお皿を片付けていた。

諒は椅子に座ったまま動かない。何の相談もせずアメリカに行って、いきなり連絡もせずに勝手に早く帰ってきて、そのまま親に交際宣言て、普通驚くよな。怒ったかな。

「俺、またここに戻ってきていい?ここからなら職場にも通える距離だし、家賃も出すから」

「なあ、この数時間で何が起きた?」

こっちを見ずに諒は話し始めた。

「見たまま、聞いたままだよ。ちゃんと起きてただろ?」

「やらなきゃいけないことって、これ?」

「そうだよ。大事なことだろ」

「好きな人って俺の事?ずっと…一緒に居たいって?」

「うん」

「今まで一言も好きだとか愛してるなんて言ったことなかったのに?」

「お前が大学に合格してその報告に来た時から、愛おしいって言ってただろ?それになんとも思ってない相手にたとえ頬でもキスしたりしないよ」

「俺の事試したのか?俺が心変わりするかもしれないから、それ以上深い関係になるのを避けてた?」

「違うよ。ちゃんと説明する。お前に告白されて、弟だし葛藤はあったけど、嫌だとは思わなかった。それで自分の気持ちとちゃんと向き合って気付いた。俺も諒が好きなのかなって。また後悔するのは嫌だったから、今度はちゃんと大切だし愛おしいって伝えた。でもそれ以上はあの時の俺に求められても無理だった。それは逃げていたわけじゃなくて、お互いに未熟だと思ったからだよ。俺たちは学生で、お互いの事はおろか、自分を守る術さえ持っていなかった。さっきも言っただろ?周りがどう思っても何を言われても、ちゃんと守れるようになってからじゃないと、それから先には進めないと思った。じゃないとただお互い傷ついて終わるだけだと思ったから」

「また後悔って?」

「…それはまた別の機会に話すよ」

「それで?俺達これからどうなんの?」

「どうしようか?諒はどうしたい?」

と言って俺は座っていた諒を後ろから抱きしめた。俺よりも少し高い諒の体温が、とても心地良く感じた。諒の身体は少しだけ震えていた。暫くして諒は立ち上がって、俺の事を抱きしめ返して言った。

「まず俺の事どう思ってるか言ってよ」

言うと思った。

「大事だし愛おしいよ」

「知ってる。それから?」

俺は笑いながら諒を見つめて

「欲張りだな。…諒、好きだよ。お前は?」

と言った。諒の顔が赤くなっていく。

「どっちが欲張りだよ。俺の気持ち知ってるくせに…」

「知ってる。だけど、聞きたいんだ」

「大事だし、愛おしいし、大好きだし、愛してる。もう離れたくないんだよ」

「大丈夫だよ。これからはそばにいる」

と言うと俺は諒の唇にキスをした。


母さんたちが帰って、俺は見送りも出来ないくらい呆然としていた。椅子に座ったまま動けない。

「俺、またここに戻ってきていい?ここからなら職場にも通える距離だし、家賃も出すから」

京はキッチンでグラスを洗いながら話し始めた。

「なあ、この数時間で何が起きた?」

軽くパニックな俺。

「見たまま、聞いたままだよ。ちゃんと起きてただろ?」

「やらなきゃいけないことって、これ?」

「そうだよ。大事なことだろ」

「好きな人って俺の事?ずっと…一緒に居たいって?」

確かそう言ってたよな。夢や妄想や幻聴じゃないことを祈りながら聞いた。

「うん」

「今まで一言も好きだとか愛してるなんて言ったことなかったのに?」

「お前が大学に合格してその報告に来た時から、愛おしいって言ってただろ?それになんとも思ってない相手にたとえ頬でもキスしたりしないよ」

「俺の事試したのか?俺が心変わりするかもしれないから、それ以上深い関係になるのを避けてた?」

「違うよ。ちゃんと説明する。お前に告白されて、弟だし葛藤はあったけど、嫌だとは思わなかった。それで自分の気持ちとちゃんと向き合って気付いた。俺も諒が好きなのかなって。また後悔するのは嫌だったから、今度はちゃんと大切だし愛おしいって伝えた。でもそれ以上はあの時の俺に求められても無理だった。それは逃げていたわけじゃなくて、お互いに未熟だと思ったからだよ。俺たちは学生で、お互いの事はおろか、自分を守る術さえ持っていなかった。さっきも言っただろ?周りがどう思っても何を言われても、ちゃんと守れるようになってからじゃないと、それから先には進めないと思った。じゃないとただお互い傷ついて終わるだけだと思ったから」

「また後悔って?」

「…それはまた別の機会に話すよ」

京の声がちょっと気になったが、それ以上は今は聞かない方がいいと感じた。

「それで?俺達これからどうなんの?」

「どうしようか?諒はどうしたい?」

と言って京は座っていた俺を後ろから抱きしめた。

ダメだ。泣きそうになる。本当に俺は京のことになると冷静じゃいられなくなるんだな。涙を堪えてから暫くして俺は立ち上がって、京の事を抱きしめ返して言った。

「まず俺の事どう思ってるか言ってよ」

俺ばっかり動揺してるのが悔しかった。

「大事だし愛おしいよ」

「知ってる。それから?」

京は俺を見つめて

「欲張りだな」

と笑顔を見せて続けて言った。

「…諒、好きだよ。お前は?」

京はずるい。京の笑顔はいつも計算でも演技でもないから、これが天然だからタチが悪い。どんなことでも許せてしまう。そんで俺の顔、めっちゃ熱い。

「どっちが欲張りだよ。俺の気持ち知ってるくせに…」

「知ってる。けど、聞きたいんだ」

「大事だし、愛おしいし、大好きだし、愛してる。もう離れたくないんだよ」

「大丈夫だよ。これからはそばにいる」

と言うと京は俺の唇にキスをした。京の方から唇にキスをされたのは初めてだった。


京にキスされて、我慢できなくて、京の腕を引っ張ってベッドに連れて行き、そのまま押し倒した。

「今度は突き飛ばして逃げるなよ」

と俺が言うと

「逃げないよ」

と京は俺の首に手を回して、そのまま引き寄せてから、強く抱きしめて言った。お互いの心臓の音が、聞こえそうなくらい京は俺を強く抱きしめてくれた。続けて、

「お前の好きにしていいよ」

と言って俺の首筋にキスをした。京の予想外の行動に押し倒したのは自分のくせに、いっぱいいっぱいでテンパっている。俺の鼓動はおかしなくらい早くなった。息ができないくらい京への気持ちが込み上げる。ただ気持ちが溢れ過ぎてどうにもできず、

「ちょ、待って、無理!」

と言いながら俺は京から離れた。すると京が

「今度は俺が無理って言われる番なの?」

と言って笑った。

「そうじゃなくて…」

と俺がためらっているのを見て

「もう遅いし、俺シャワー浴びてくるわ」

と言ってバスルームに向かった。

暫くして京が出てきた。

「はい、交代」

風呂から出てきた京は、紺のスウェットを着ていた。あ、昔俺が初めてここに来た時に借りたやつ。

「あぁ」

と言いながら俺がバスルームに行くと浴槽にはお湯が溜められていた。身体を洗った後、浴槽に浸かりながら俺は考えていた。なんか京はアメリカに行ってキャラが変わったよな。大人というか、男らしいというか、大胆というか…4年て怖いな。

京が最初に俺を抱きしめて言った、”覚悟しろよ”っていう言葉は、母さんたちに対しての報告のことだと思ったが、実はこういう意味だったのか?ってかこういうって俺何考えてんだ…色々と考えているとまたのぼせそうになったので慌てて風呂を出た。

俺は黒のパジャマの上下を着てベッドに向かうと、京は布団を被ってもう寝ていた。前にもこんなことあったな、と思って笑ってしまった。

あの時と同じように京の隣に寝転び顔を見た。俺は京の髪を撫で、頬に触れ、唇を親指でなぞった。そして

「好きだよ」

と言ってキスをした。すると突然京が目を開けて言った。

「今日はお休みじゃないんだな」

びっくりした。

「なんで?…あんとき起きてたのか?」

「起きてた」

と京は笑いながら言った。

「なんだよ…」

急に恥ずかしくなって、京から目を逸らしてしまった。

あの時、起きていたのに拒否したり怒ったりしなかったんだ。思い出してちょっと嬉しくなった。

「俺、せっかく早く帰ってきたのに、無理って言われるわ、目は逸らされるわで、だいぶ傷ついたんだけど」

と京に言われて、俺は慌てて

「そうじゃなくて、なんか色々一度に起こりすぎて、すごいいっぱいいっぱいになって…」

「俺がアメリカ行く前は、タオル1枚腰に巻いただけで、後ろから抱きしめるくらい積極的だったのに?」

「いや、だってそれは…」

「まあ…わかってるよ」

と微笑みながら俺を抱きしめて

「お休み」

と京は言った。


朝、目覚めたら京が静かに話し始めた。

「諒はさ、いつ俺のこと好きって気付いたの?」

そんなこと聞かれると思ってなくて少し驚いた。

「なんで?」

「いや、なんとなく気になったから」

「いつかな。高3の夏休み、それまでこのベッドで一緒に寝てたのに、京がバイトするからって、俺は実家にいることが増えただろ?」

「うん」

「そんときに、声が聞きたくて、顔が見たくて、気付いたらずっと京のこと考えてて。今何してるかなーとか、誰といるのかなーとか、考え出したら止まらなくて。すごく会いたいなーって思って。それでこれは好きなのかなって気付いたかな」

「そんな前から?」

「でも多分もっと前から気にはなってたと思う。レストランで会った日、俺達に気を遣ってくれることとか、メイや薫とのやりとりとか見てて、お兄さんになる人はいいヤツなんだなって感じたことは覚えてる。次の日、これからはみんながそばにいるからって慰めてくれたことも。そんときにはもう好きになってたりして」

「早いな。出会ってすぐじゃん」

と京は笑った。

「でもちゃんと好きを自覚したのは夏休みだよ。そうだ。思い出した。俺がポラロイドカメラで撮った京の写真。1枚失敗したから捨てたって言ったけど、ほんとは財布に入れてたんだ。そしたらたまたま薫に見られて、アニキのこと好きなの?って聞かれた。カフェで薫はお前が誰を好きでも、変に思ったりしないって言ってくれた。

クリスマスの日にメイには、俺の気持ちがわかってたって言われた。ポラロイドカメラで撮った写真見て、京を見つめる眼でわかったって言ってた。京は?」

「俺は、正月にお前に好きって言われて、メイにちゃんと向き合えって言われて…ちゃんと自覚したのは、たぶんバーベキューの後だな」

「そうか。だいぶ後だな。俺の中にはずっと前から京が居たのにな」

「なんだよ?変な言い方して」

「名前。諒って字の中にも京の字が入ってる。俺、自分の気持ちに気付いた時、これって運命かもって思ったのに」

って言うと京は

「アホだな。というか乙女だな。諒ってそんなロマンチストだったんだ?」

と笑った。なんかムカつく。

「アメリカ行ってちょっと性格悪くなったんじゃねーの?」

俺が少し拗ねたのを悟った京は、

「ごめん。拗ねるなよ。俺自分の名前好きなんだ。だから嬉しいよ」

と言った。

「いい名前だよな」

「うん。小学校5年生の時、自分の名前の由来とか親がどうしてその名前を付けたか聞きましょうって宿題があったんだ」

「へー」

「母さんはもう出て行った後だったから、親父に電話して聞いたんだよ。なんで京って名前にしたの?って。そしたら親父は京って名前は母さんがつけたって。その字は”みやこ”とも読むだろ。たくさんの人がそこに集まるから、そんな風にあの子の周りに大切な人がたくさん訪れるようにって付けたって言ってた。自分は俺から離れたのに。皮肉だよな」

「でもいい話だな」

「うん。母さんに愛されてたって知ることが出来たしな。だからグレたり、恨んだりしなかったってのもあるかも。

諒だっていい名前だよ。京には明るいとかはっきりしているとかって言う意味もある。それに言うっていう字の意味が加わって、はっきりしていて偽りのないって意味でその名前つけられたのかなって。そう思ったら、確かに諒はいつもまっすぐ気持ちを伝えてたなって思った。嘘偽りなく俺に気持ちを伝えてくれていたのかなって。そんなこと考えてるうちに自分も好きだって気付いたのかも」

と言った京は柔らかく微笑んでいた。


今、聞いてもいいだろうか。昨日のこと。俺はベッドから身体を起こし聞いた。

「なぁ、話変わるけど、昨日の話でまたの機会に話すよって言われたこと気になってるんだ。また後悔とか、今度はちゃんとってどう言う意味?」

あの感じだと、本当は思いを伝えたかった人がいたけど、伝えられずに後悔したってことだと思った。聞くことに戸惑いもあったけど、京のことなら少しでもたくさん知っておきたいと思った。

「…」

微笑んでいた京が顔を曇らせて黙ってしまった。

「言えないなら無理には聞かない」

と俺が言うと

「…昔のことだから、冷静に話を聞いてほしい」

と京も隣に座って話し始めた。

「わかった」

「俺には昔、好きな人がいた。たぶん初恋だな。というかその人以外の人と一緒にいることが、想像出来ないくらいずっとその人のことだけ考えてた。高校生の時、ちょっとある出来事があって、自分の気持ちに気付いた。でもずっと友達として生きてきたから、俺は気持ちを伝えられなかった。振られるのが怖いというより、ごめんていう言葉を相手に言わせること、そのあと友達にすら戻れなくなることになるかもと思うと怖かった。だからこのままの関係でそばにいるのが、1番いいと思ってたんだ」

メイのことだとすぐにわかった。

「それで?」

「大学2年の時、その人に告白された。その時、俺と同じ事を考えてたことを知ったんだ。お互いに始まってもいないのに、終わりを考えて臆病になってたんだって。1番大事な人だから慎重になりすぎた。告白されたけど、2人ともそこから新しい関係に進むことも無理だとわかってた。でも最後にその人は、泣きながら自分の初めての人になって欲しいと言ったんだ」

驚いて俺は言葉が出なかった。

「その人はいつも笑ってた。俺の前で泣くなんて、小学生の時以来だった。しかもあんな泣き顔は初めて見た… 泣くって心の苦しみを吐き出すことだって聞いたことがあったんだ。その人の心から溢れ出た苦しみを、受け止められるのは俺しかいないと思った。それに勇気を出して精一杯の気持ちを伝えてくれたのに、放ってはおけなくてその気持ちを受け入れた…俺が勇気を出して自分の気持ちをもっと早く伝えていたら、そんな顔させることはなかったのかと思うと悲しかった。俺も初めてだったし、その人のためにと思ってしたことだったけど、余計に傷つけていたらと思うとそれも辛かった…このまま恋人になった方が傷付けずに済むかもとも考えた…でもその人は俺よりずっと冷静で大人だった。そして俺のこともよく理解していたから、責任取ってこのまま付き合おうって、言い出しかねないって思ったんだろうな…最後にずっと1番の友達でいてと言ったんだ」

所々詰まりながら苦しそうに話をする京を見るのが辛かった。こんな話題出すんじゃなかったな。

「もうあんな後悔はしたくないし、させたくない。だから今度こそは、ちゃんと気持ちを伝えないとダメだと思った」

「そうか…」

もう何も言えなかった。嫉妬とかそういうんじゃなくて、俺は京に自分の気持ちを押し付けていただけなんじやないかと思った。

まっすぐ気持ちを伝えてくれたと京は言ったけど、俺がただ京に嫌だと言わせないようにしてしまってたのだろうか。京は俺の気持ちに流されて、ついつい受け入れてしまっただけかもしれないと思った。

しばらくして京が俺に聞いた。

「酷い奴だと思った?女の子の気持ちに応えるとかカッコつけたこと言いながら、その子を弄んだだけだと思ったんじゃないか?俺はあの夜のこと、後悔はしてない。でもモヤモヤした気持ちがしばらくあって悩んでた。救ってくれたのはその人の明るさだった。本当に俺のことをずっと変わらず友達として、大切にしてくれていることに救われたよ」

「…ごめん」

と俺は思わず口にしていた。

「なんで諒が謝るんだよ?」

「お前はまっすぐに気持ちを伝えてくれていたと言ってくれたけど、俺はただお前に自分の気持ちを押しつけていただけじゃないかと思って。俺が気持ちを押しつけたせいで、お前にNOと言わせないようにしてしまったのかと思って、なんか申し訳なくなった。俺の好きは京にとって、迷惑なだけだったんじゃないかって。まだその人のこと好きなんじゃないかって気がして。俺が邪魔したのかなって」

「違うよ。俺はお前に流されたわけじゃなくて、本当にちゃんと向き合って考えたんだ。だからだいぶ時間がかかっただろ?それに諒に伝えた気持ちに嘘はない。今でもその人のことは好きだし大事だけど、今の俺の諒に対する気持ちとは違う。でも今俺が話したことを聞いて、お前も思うところもあるだろうから。それで諒が俺と距離を取りたいと思っても引き止めるなんて俺には出来ないよ」

「過去は誰にでもあるよ。それに今の話を聞いて、お前がメイを弄んだなんて思えない。メイもそんなこと思ってないと思う。むしろ好きな人と同じ気持ちで、1度でも愛し合えたなら幸せだったかもよ。男と女で考え方は違うかもしれないけど、俺ならそう思う。だから変わらず今も友達でいられるんじゃないか?

俺はお前を好きになった。気持ちを伝えた俺のこと、お前は悩みながらもちゃんと考えてくれた。そして好きだと言ってくれた。俺にはそれが全てで、それ以上はないよ。京と離れるくらいなら死んだ方がマシだ」

「ありがとう」

そう言うと京は鞄から2つの箱を取り出して、1つを俺に渡した。

「渡すのはもう少し落ち着いてからと思ったけど、今逃したら渡すタイミングが無くなりそうだから」

「何?」

「開けてみて」

箱を開けるとペンダントが入っていた。真ん中には黒い石が付いている。京は自分の持っていた箱を開けて俺に見せた。京のは少しサイズが小さいけどお揃いのデザインだった。後ろには小さくお互いのイニシャルが入っている。

「誕生日プレゼント?にしてはちょっと遅くない?この黒い石は何?」

「ちょっと遅くなった。ごめんな。その黒いのはブラックオパールだよ。オパールは10月の誕生石だから。指輪は流石に渡せないと思って。お前も仕事があるし、その度に付けたり外したりするのは大変だろ?変に周りに知られても困るし。こういうのならファッションとしても違和感ないかなと思ったから、アメリカで知り合ったジュエリーデザイナーに、特注で作ってもらった。それなら婚約指輪の代わりくらいにはなるかと思って」

「婚約指輪って。俺達やっと始まったばっかりなのに?」

びっくりした。こんなもの京が用意してるなんて、思いもよらなかった。京がアメリカにいる間、俺ばっかり京を恋しがってると思ってたけど、このペンダントを見た瞬間、同じ気持ちでいてくれたと感じた。

「嫌ならつけなくていいよ…」

と京は自分のペンダントを付けながら言った。

拗ねた京が可愛すぎて、思わず強く抱きしめて言った。

「ありがとう。大事にするよ。このペンダント。あと、お前のことも」

そのあと、俺も貰ったペンダントを自分の首に付けて京に見せた。

「うん。似合ってるよ」

俺は京をベッドに寝かせて、耳元で囁いた。

「京…昨日の続き、してもいい?俺の好きにしていいって言ったよな?」

「ん…いいよ」

幸せだった。昨日京が帰ってきてから、好きだって言われて、キスして、抱きしめて…俺は人生の幸せを、この1日に全部かき集めたんじゃないかってくらい、幸せだと思った。怖いくらいだった。京は1番大事な人を失うのが怖いから、メイに想いを伝えられなかったと言っていた。その気持ち、俺にもわかる。いつか京は俺の元を去るかもしれない。永遠なんてないことは知ってる。それでも俺は、この気持ちが色褪せることはないと信じたかった。こんなに人を好きになれること、なかなかないと思う。そして、その相手が自分を好きになってくれることも奇跡だと。京のことを大事にしたいと思ったのと同時に、今の俺のこの気持ちも大事にしたかった。

俺は着ていたパジャマのボタンを外しながら、京の首筋にキスをした。そして唇にも。

キスを重ねると、時々2人のペンダントが触れる音がした。

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