アメーリアの戸惑い
「ロ、ロレンシオ様」
「大丈夫、怒っているわけではない。ただ…少し彼のことを聞いてもいいかな」
「………はい」
「リベラリオ王国の人?」
「いえ」
「では別の国?」
「…………」
「…………」
「……もう会うことの叶わない別の世界です」
「……………亡くなったのか」
「……………」
「それはすまない。ツラいことを聞いてしまったね」
「いえ、そんなことは…申し訳ありません。ロレンシオ様は誠実に私に向き合って下さったのに。私は…あの時はまだそれを口に出来るほど気持ちの整理ができていなくて…」
「そうか…」
「なぜお気づきに?」
「気づかなかった。でもおかしいとは思っていた。
いくら政略結婚で初めて会う相手でも…いや、初めて会う相手だからこそ、いきなり恋人がいると言われてあんなに優しく微笑むことが出来る人間はいないよ。
あの日、君の目は私を見ていなかった。
それからも君は時々寂しそうに遠くを見ているような表情をしていた」
「ロゼッタが気づいたんだ。君と初めて会ったとき。君が彼女のことを女として見ていないと。そして私のことも男として見ていないと」
「ロゼッタ様が…すみません」
「正直あれはかなりショックだった。私はこれでもなかなかモテるんだ。男として見られないなんて初めてのことだった。男としてのプライドが…」
ロレンシオがニヤリと笑いながら言った。
「いえ、ロレンシオ様は素敵な方です。とてもとても美しいお顔ですし、背も高いし、腹筋割れてるし」
「腹筋割れてる?ハハハハハハ、なんだそれは!まぁモテるというのは冗談にしても、でもロゼッタにそう言われて…私は君への思いに気づいたんだ」
「いや。それにしても事と次第によっては彼と決闘も辞さない覚悟をしていたんだが…」
「決闘?!」
「ハハハ。でも私は君を手放すつもりはないからね。君と彼が恋人であっても、申し訳ないが私は君を絶対に手放さないつもりだった。私は自分勝手で酷い男なんだよ」
「酷くなんかないです」
「酷いさ。君が他に好きな人がいることをわかっていながら君を抱いた。夫という立場に物を言わせたんだ。君が……私を求めていないのをわかっていながら、それでも君を抱くことを止められなかった」
「わからないんです」
「ん?」
「わからないんです、自分の気持ちが」
「彼のことが好きでした。ものすごく。彼以外なんて考えられなかった。なのに最近は………」
「ロレンシオ様は私を気遣って下さって本当に優しくて。公の場ではいつも私のそばにいてくださいます。普段はなかなかゆっくりお会いできませんが、毎日お花やお菓子を届けて下さってお気持ちを私のそばに置いてくださいます。
同じ王宮にいるのに、そんなことをして下さるなんて聞いたことがありません」
「以前…ロレンシオ様にキスをされてから…おかしくなってしまって…気づいたら彼よりもロレンシオ様のことを考えていて…でもロレンシオ様にはロゼッタ様がいると思って、出来るだけ考えないようにしていました」
「それに、ロレンシオ様のことを想うことは、彼に対する…なんというか…裏切りのような気もしてしまって。薄情なんです、私。ずっと彼のことを好きでいると思っていたのに。どうしたらいいのか…」
ロレンシオは彼女の小さな身体を引き寄せた。
「私が彼の気持ちを代弁することは彼に失礼にあたるだろうから、すべきじゃないと思う。だから私の気持ちを言おう」
「私は君が好きだ。一生君を離さない。彼の分も君を幸せにすると誓おう」
「だから君は迷惑そうに私に愛されてくれればいい。彼に恨まれるならその役は私が引き受けよう」
「そんな!迷惑だなんて!そんなこと絶対にないです」
ロレンシオは彼女に優しく口づけた。
「アメーリア、ここから始めよう。ずいぶんな遠回りになってしまったが。2人で進んでいこう」
それからというもの、王宮内では2人の笑い声がそこここで聞こえるようになった。
ロレンシオは仕事の合間を見つけては彼女の部屋を訪ねたり、庭園を散歩したりした。
そうしてすぐにアメーリアは彼の子どもを身籠った。
「アメーリアが戻らないとはどういうことだ!」
不幸は突然彼らを襲った。