キス
(キ、キ、キスをされた…キッスを…)
温室の外で1人残されたアメーリアは混乱で動けずにいた。
え?なんで?今そんな流れだった?なんで?
しかもさっきまで彼女といたのに?
ロレンシオ様はほんっとに良い人だと思う。優しいし、気遣って下さるし…なのに、なのに…王太子読めねーー!!
でも、そうだよね、私達結婚するんだもんね。
はあーーー。
わかってるけど……櫂……あっダメ、もう考えないようにするって決めたんだもん。
櫂はもう彼女出来たのかな…悲しいけど、でもやっぱり櫂には幸せになってほしい。
私が勝手にいなくなっちゃったんだもんね、私が悪い。ごめんね、櫂。
あーーーもう転生ってなんなん?
それにしてもロゼッタ様すごかったな。
ボンッ!キュッ!ボンッ!あれは男の人はやられるわ。それに比べて…どこをどうとっても控えめな…貧相な……いや、むしろいいのか!ロゼッタ様がいてくださるから私は多くを求められなくてすむもんね、うんうん、お楽しみはロゼッタ様担当で。
でもロゼッタ様、お茶会に来るのはちょっと頂けないかな。わかるよ、わかる、恋人に会いたいんだよね、ダメって言われれば余計会いたくなっちゃう、わかるよー。でもさ、あれはロレンシオ様に恥をかかせちゃうからね。あれはアウトだわ。ロレンシオ様的にはセーフなの?まぁ彼女だもんね、なんでも許しちゃうか。
そう考えるとロレンシオ様もツラいよね。私と結婚しなきゃいけないんだから。
あっ!ある意味『同志』?
あ、なるほど!同志のキス?同志ってキスするの?……まぁいいや、忘れよう、うん、それがいい。
でも…イヤじゃなかったな、キス。だめ!忘れなきゃ!ロゼッタ様がいるんだから。
って、いやいやいや、その前にロレンシオ様のことなんて好きじゃないし…好きじゃないよ…ね?………ムリ、疲れた。
ーーーーーーー
デバルザン王国へ花嫁がやって来てから3ヶ月が経ったその日、ついに王位継承者であるロレンシオとリベラリオ王国アメーリア王女の結婚式が執り行われた。盛大且つ荘厳な結婚式はたくさんの人々に祝福され無事終わった。
リベラリオ王国国王である彼女の父は残念ながら国を空けることが出来ず、アメーリアの母と彼女にとっては兄にあたる第二王子が駆けつけた。
アメーリアは2人との再会を涙を流して喜んでいた。
多くの国の王太子や王女、また貴族達がアメーリアの縁戚にあるとロレンシオは今さら知った。
リベラリオ王国との格差を感じずにはいられなかった。
今夜のロレンシオはさすがにずっと彼女に寄り添ってばかりもいられず、しばらく別々に会場を回ったあと、彼は彼女の姿を探した。
彼女は自身の兄ともう一人別の男性との3人で楽しそうに話していた。その男性はロレンシオに背を向ける位置に立っているので顔が見えない。
『彼女にも恋人がいる』
まさか…彼は3人に近づいて行った。
「あっ、ロレンシオ様!ロレンシオ様!」
「楽しそうだね」
「ロレンシオ様、先日話していた温室のグナラータ!こちらのタハミール様のところの苗なんですって!」
(タハミール?苗?…ああ、種や苗の売買が生業のウェンティ侯爵家か)
タハミールが彼を見て敬礼した。
(たしか私と学園で同年だったはずだ)
(彼がアメーリアの想い人ということはまずないだろう)
彼は少しホッとした。
「ご無沙汰しております、ロレンシオ殿下。この度はおめでとうございます」
「ありがとう」
「ロレンシオ様聞いてください!今、タハミール様にお願いして、リベラリオにもグナラータの苗を輸出して頂くことになったのです!お兄様のお許しも頂けました」
「こちらの王宮の植物の種や苗の大半を扱ってると聞きました。それなら余計な心配もいりません、安心です」
「そうですか。タハミール、デバルザンの名に恥じぬようしっかり頼むぞ」
「はい」
「それにしてもアメーリアは商売上手なんだな」
「ほんとだよ、サラッと約束させられてしまったぞ。義弟よ、気をつけたまえ。我が家の男は皆、アメーリアには逆らえないのだ」
「お兄様!」
「はい、しかし残念ながら私もすでにメロメロです」「ロ、ロレンシオ様?!?!」
4人は祝いの場にふさわしくただただ楽しく笑いあった。
今夜の主役である花嫁アメーリアはいつにも増して美しかった。
もはや美しいという言葉では表すことができないほど美しかった。その美しさに何度も息を呑む瞬間があった。
これからの人生を彼女と共にできる運命に心から感謝した。
彼女しかいらない、フッと頭を過ぎったその言葉に自分の中のあるひとつの思いが確信に変わった。
そして、2人は初めての夜を迎えた。
ラフなシャツとズボンを着たロレンシオがアメーリアの寝室を訪れ、そっとベッドのシーツをめくり隣に入ってきた。
「疲れたね、大丈夫かい?」
「そうですね、少し疲れましたね」
ロレンシオは明らかに緊張しているアメーリアを見てクスッと笑うと優しくキスをした。
初めての夜が明けようとしていた。
汗ばむ身体で、同じように火照る彼女の身体を抱きしめた。
「アメーリア、愛してるよ」
その瞬間、彼女の身体が小さくビクリと反応した。