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恋人

舞踏会から3日後、王宮で茶会が開かれた。

その日はロレンシオ主催の茶会で、ごくごく少人数のひときわ王族に親しい貴族だけの集まりだった。

その場で改めてアメーリアの紹介がされた。


そこでも彼女はすぐに客人達を惹きつけ、ロレンシオは誇らしげに彼女をエスコートしていた。



「ロレンシオ殿下」

呼ばれて振り向いた彼の顔が強張った。

そこには妖艶に『女』の顔で微笑むロゼッタがいた。



「ロゼッタ…嬢……今日は君を招待していないはずだが……」



2人の関係を知る周りの客人達は息を呑んで成り行きを見守っている。



ロゼッタがこのような愚行をするのは初めてではない。以前にもあった。

それはたいがい彼が彼女を怒らせた時だ。まるで彼の愛情を試すかのように招かれていない場所に現れる。

そして周りの目を黙らせ笑いながら自分を受け入れる王太子に満足するのだった。


『我儘な恋人のかわいいイタズラ』と許していた…今までのロレンシオなら。


しかし今日の彼は違った。彼は苛立ちを感じた。隣にはアメーリアがいる。



「ロゼッタ嬢、悪いが帰ってもらえないか。今日は決められた人数分の食事しか用意されていないんだ」


いつもとは違う彼の対応にロゼッタの表情があからさまに歪んだ。



「そんなことおっしゃらず!」

横からアメーリアが明るく言った。


「ロレンシオ様、ご紹介くださいませ。

はじめまして、アメーリアでございます」

彼女は完璧すぎるほど完璧な挨拶をした。


「アメーリア………ロゼッタ・ビンシャーク男爵令嬢だ」

しかしロゼッタは軽く膝を曲げた程度だった。

ロレンシオは苛つきが増すのを感じた。



「あの…失礼ですが…」

アメーリアが2人に囁いた。

「もしかしてお2人は……」

「………」

「ふふっ、お綺麗な方ですね、素敵!では、あとはお若いお2人で」

年上の2人に向かって冷やかすように言うと、彼女は客人に向きなおり言った。



「申し訳ございません、皆様!」

「実は私、先程から少々気分が優れないので退席させて頂いてもよろしいでしょうか。どうか勝手をお許し下さいませ。

本日は皆様にお会いでき、短いながら大変貴重なお時間を過ごさせて頂きました。

次の機会には体調を整え、次こそゆっくりとお話させて頂けたらと思います」


予想外の申し出にも思わず笑みをこぼしてしまうような可愛らしい笑顔と言葉を残し、彼女はその場から去って行った。



ーーーーーーー


「彼女も恋人がいるわね」

「えっ?」


ワインを飲みながらロゼッタが言った。


茶会での態度に苛立った彼は、ロゼッタに文句を言うつもりでその夜、彼女を訪ねた。

が、結局長年の身体の関係には勝てずベッドを共にしてしまった。

しかしロゼッタを抱きながら彼が考えていたのはアメーリアのことだった。



そして事が済み、そろそろ帰ろうかと考えていた時、ロゼッタが呟いたのだ。



「アメーリアか?」

「ええ。気づいてなかったの?」

「………」

「彼女は私のことなんて気にもかけていなかった。女として私に対抗意識のかけらもなかった。ついでにあなたのことも男として見ていなかった」

「男として見て…いない」


「恋人がいる」と伝えた日の彼女の目が不意に蘇った。



「あなたほどのいい男で、かつ王太子。しかも彼女にとっては婚約者。そんなあなたを男として見ていないなんて、他に恋人がいるとしか考えられないじゃない。良かったわ、安心したわ」

ロゼッタはそう言うと、彼に口唇を重ねてきた。

彼は儀礼的にそれに応え、ベッドから立ち上がった。



ロゼッタ邸からの帰りの馬車の中、ロレンシオは頭から離れない昼間の出来事をまた思い出していた。

それは茶会後のことだった。


ーーーーーーー


アメーリアが去り、ロゼッタが残った茶会は案の定大変気まずいものだった。

それでも客人達は表面上楽しげに振る舞い、なんとか茶会はお開きとなった。


皆が帰ったあとアメーリアに謝ろうと彼女の部屋に向かっていたところで、楽しげな笑い声が聞こえてきた。


すぐそこの温室の横でアメーリアとハロンがそれはそれは楽しそうに笑い転げているのだ。

彼女のあんな笑顔は見たことがない。

瞬間、苛立ちが沸き起こった。



「楽しそうだな」

「ああ、兄上」

「ロレンシオ様。もうロゼッタ様はお帰りになられたのですか?」

「ロゼッタ?」

茶会のことを知らないハロンが聞き返した。

「ええ。初めてお会いしました。お綺麗な方でしたわ。ロレンシオ様ととてもお似合いです」

「ロゼッタねぇ」



「それで2人は何をしていたんだ?」 

ハロンの含みのある言い方に更に苛つく。

つい語気がキツくなってしまう。


しかし彼女は気づかないのか満面の笑みで答えた。

「ハロン様に温室を案内して頂きました。ずっと入ってみたかったんです」

「温室?」

「はい。ロレンシオ様、見て下さい」

彼女はグナラータの花を手にしていた。独特の甘い香りが鼻をつく。


「リベラリオでは見たことがありません」 

「そうなのか?」

「はい。とてもキレイなお花ですわ。純白の花びらが何層にも重なって、まるで赤い芯を守るようなんですね。

儚そうに見えますが、花びらは案外厚みがあってしっかりしています。何よりこの強い匂い。なんて甘い匂いなのかしら」


「それでねロレンシオ様、今の話をハロン様としていたら私の頭にこのお花が落ちてきたんです!

で、笑っていたら、今度はハロン様の頭に落ちてきたんですよ!」


本当に楽しそうに話すアメーリアは少女のようだった。

 

(自分がその場にいたかった)



「ハハハ。では、兄上、アメーリア様、私はこれで」

「ハロン様、本当にありがとうございました」

「いえ、これくらいのことならいつでもお相手しますよ」



「ハロン……わかってるだろうな」

「兄上に言われたくはないね」

「なんだと?」

「では、アメーリア様、また」



「あの…私、なにかいけないことを言いましたか?」

「…………」

「…………」

「温室でもどこでももし行きたい場所があるなら、今度からは私に言って下さい。いつでも案内します」

「はい、わかりました。ありがとうございます。

あの…では早速お願いがあるのですが」

「?」

「王宮の森に行ってみたいのです!」


そこは王宮の西の端から始まる森のことだった。川があり、丘があり、山に連なっていく。


ロレンシオ達が幼い頃はよくそこで昼食をとった。馬が自由に乗れるようになってからは、時々そこで馬を疾走らせストレス解消したりしている。


「では近々お連れしよう」

先程までの苛立ちが少し和らぐのを感じた。

「本当ですか?ありがとうございます!」




「アメーリア、先程は気を使わせてしまってすまなかった」

「いえ。ロゼッタ様をご紹介頂きありがとうございました。本当にお似合い……」



アメーリアの口唇を自身の口唇で塞いだ。

ロゼッタの名前を彼女の口から聞きたくなかった。

ハロンへの残る苛立ちを消したかった。

何より…彼女を自分のものにしたいという欲望を自覚してしまった。


「あ、あの……」

「すまない」


そう言いながら彼はもう一度強く彼女に口づけると、驚き立ちすくむ彼女を置いて城内に戻った。


ーーーーーーー


「恋人か……」


ロゼッタと口づけを交わした直後だというのに、彼の口唇が思い出すのは柔らかく温かいアメーリアの口唇だった。

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