王族の血
「ロレンシオ!」
招待客と次々に言葉を交わしていた彼の肩を幼なじみのベンハミンが軽く叩いた。
「やあ!今日もいい男だな、我が王太子は」
「はいはい」
「さすがに今日は客人が多いな」
今夜の舞踏会はアメーリアの顔見せだ。いつもより大勢で賑わう舞踏会場。招待客達の興味は唯一つ。
『恋人がいる王太子がついに婚約したぞ。お顔拝見だ』
ロゼッタとの仲が公然なものになってからロレンシオと貴族達との関係はあまり良好ではなかった。
ロゼッタに眉を顰める貴族らと、眉を顰められていることに気づいているロレンシオ。
もちろん眉を顰められる原因も承知の上だ。
しかしそうされればそうされるほど意固地になってしまう。そしてその理由も彼は自覚していた。後ろめたさだ。
後ろめたさは時に刃物となり他者に向かう。そして気づかぬうちに自身をも傷つけてしまう。
「で、お前の婚約者はどこだ?」
「ああ、フェルデール国王がお見えになっているから、今は陛下と別室にいる」
「なかなかの女性らしいな」
「…ああ、まぁ…あれほどの女性は初めて見たよ」
「それほどか!それほどひどいのか!」
「は?」
「そりゃそうだよなぁ、あんな大国がこんな小国に王女を差し出すんだ。しかも恋人がいるとわかっている男に。そんじょそこらのヒドさじゃないだろ」
「何の話…」
「ベンハミン、言いすぎよ」
「ロゼッタ」
真紅のドレスに身を包んだロゼッタがロレンシオの腕をとった。
「やあ、来てくれたんだね」
「もちろんよ、あなたの妻になる方だもの。これから長いおつきあいになるわ」
「おー怖い、怖い」
「失礼ね、ベンハミンったら」
「でも君だってどんな醜女か見に来たんだろ?」
「そんな言い方ダメよ!」
そう言いながらロゼッタは笑っている。
「ここにいる全員それを見に来たんだ、お前の婚約者がどれほどの醜女かってな。ここ最近その話題しか聞かないくらいだ」
「ベンハミン、ロゼッタ……2人ともなんの話だ?」
「陛下、ご入場!!」
高らかに声が響いた。
人々は話を止め玉座を向いた。
玉座に向かって歩きかけたロレンシオの腕を、しかしロゼッタが離さなかった。
「皆の者、よく集まってくれた。今宵は我が息子ロレンシオの婚約者を紹介できる喜びを皆と分かち合えればと思っておる。
紹介しよう、リベラリオ王国アメーリア王女だ」
玉座の後方の扉からアメーリアが現れた。
その瞬間、会場は時が止まったかのように一気に静けさに包まれた。
水色の布地に散りばめられた刺繍は銀と紺色のみ。17歳の女性にしてはあまりにも地味…と思うのも一瞬、それは陶器のようになめらかに艶めき、この国では考えられないがドレス全体に金粉が散りばめられているのだろうか、彼女が動くたびそれは眩しいほどに煌めいた。
しかし人々が度肝を抜いたのはそんなドレスすら見劣りしてしまうほどの彼女の美しさだった。
会場の明かりに照らされ輝く金色の長い髪、人形のように可愛らしく神を象る彫刻のように美しい。
「……ウソだろ…」
思わずアメーリアに見惚れていたロレンシオは隣にいるベンハミンの言葉で我に返った。
そしてロゼッタの手から自分の腕をスルリと抜くと彼女を振り返りもせずまっすぐアメーリアに向かった。
玉座に上がりアメーリアの隣に立つと、2人は顔を見合わせ何も言わず笑みをたたえたまま寸分違わないタイミングで客人に礼をした。
彼は右手を胸に当て頭を垂れ、彼女はドレスを広げ膝を折る。
一度たりとて練習も相談もしてはいなかった。それでも2人の挨拶は完璧にシンクロしていた。
会場が割れんばかりの拍手と喜びの声に包まれた。
アメーリアとの完璧なシンクロに誰よりも心を打たれたのはロレンシオ、その人だったかもしれない。
(これが王族の『結婚』であり『夫婦』なのか)
とってつけた言葉や急場凌ぎの態度では覆せない王族の血のようなものを彼女に感じ、ロレンシオはなぜかとても胸が熱くなった。
人々の祝福の中、2人は手を取り玉座を降りると会場の中心へ向かった。
それは2人にとって初めてのダンスであり、初めての触れ合いだった。
ーーーーーーー
なんだこれは…溶けてしまうんじゃないか?!
立場上、そして男として多くの女性とダンスをしてきたし身体にも触れてきた。
なのにアメーリアのこの肌はなんだ。こんな感触の肌は初めてだ。
どこまでも真っ白できめ細かく柔らかい肌。まるで淡雪のようだ。温かい血の通った淡雪だ。
そしてなんて華奢な身体なのだ。折れてしまいそうだ。
彼女を壊してしまいそうだ、いや、溶かしてしまいそうだ。
まずい、先程から震えが止まらない。この震えはなんだ?
それにしても近くで見ると妙な色気がたまらない。
髪の生え際のうぶ毛がこんなに色気を放つなど聞いたことがない。
大きな目だ。なんて可愛らしいんだろう。吸い込まれそうだ…いや、吸い込まれてみたい。
そして何よりこの薄い紅色のふっくらした口唇。まずいぞ、触れてみたい、口づけをしてみたい。ああ、また震えが…
待て、なんだ?俺は一体どうしたというのだ。
ーーーーーーー
音楽が鳴り止みダンスが終わるとロレンシオはそのまま彼女の腰に手を回し、客人に挨拶すべく人々の中へ向かった。
人より頭1つ背が高く、広い肩幅、服を着ていてもわかる鍛え上げられた立派な体躯の王太子が、人より少し背が低く華奢で人形のようでありながら優雅で気品漂う若き婚約者を庇うように身を寄せる。
時には彼が身体を屈め彼女に何か囁いたかと思えば、時には彼女が一心に彼を見上げるその様は人々の心を温かく包み喜びで満たした。
「この国は安泰だ」
王族の結婚とは民に安心を与えるものでなくてはいけない。
今夜の2人はまさに人々の心に希望の灯りをともすようだった。