微笑み
「構いません」
そう微笑む目の前のアメーリアは、恋人がいる私でも目線が外せなくなるくらいに美しく可愛らしい女性だった。
これほどの女性には出会ったことがない。
リベラリオ王国アメーリア王女との婚約は突然決まった。
リベラリオは近隣諸国では最も力を持つ国で、さほど大きくない我がデバルザン王国はようやくこのたび国交樹立を果たすことができた。
ちょうど年頃の合う私と彼女の婚約を私の父が申し出たことがきっかけだった。
これだけの美しさの王女なら他にもたくさんの縁談が来ていたに違いない。なぜ我が国なのか…なぜ私なのか…答えは出ているのだが。
近年、リベラリオ王国は、北に位置するバイデル王国と絶えず紛争を起こしていた。
その為、リベラリオはバイデルを取り囲む国と手を組むことで優勢に立ちたいと考えたのだ。
そして彼らににとって唯一、未だ国交がなく手を組むことが叶っていない国、それが我が国だった。
そうでなければリベラリオにとって我が国など特に国交を結ぶ必要もないほど小さい存在でしかない。
それほどまでに2国の差は大きい。
そんな国の王女を妻に迎える私には恋人がいた。しかしリベラリオ国王、つまりアメーリアの父上はそれでも構わないと了承した。
娘の幸せより国の優勢なのか……私が言う資格はないのだが。
私の恋人であるロゼッタ。彼女は男爵令嬢で、一度結婚歴がある。
王位継承者である私の妻はこの国の正妃となる。男爵位である上に、離婚歴のある彼女は正妃にはなれない。しかし側妃にはなれる。
ロゼッタは私と同じ21歳。私達は同じ学園に通っていた。
陽気で明るくそして強い彼女に私は惹かれた。
恋人として良く言わせてもらえるなら、上品な令嬢達にはない彼女の荒っぽさや気軽さは、常に王位継承者としての振る舞いを強いられる私の心を軽くしてくれた。
私は彼女を側妃にしたいと思っている。
私はアメーリアに全て話すことにした。私とロゼッタの仲は皆が知っている。つまりアメーリアも遅かれ早かれ知ることになる。
別の者から面白おかしく聞かされるなら、私がきちんと話しておこうと決めた。
彼女の父上も了承してくれている以上、それで婚姻が壊れることはないだろう。
ただきっと彼女を傷つけてしまう。彼女は大国の王女だ。誇りも許さないだろう。
彼女がどんな反応をするのか…泣かせてしまうのか、怒らせてしまうのか…冷たい目で蔑まれるのか…それだけが気がかりだった。
しかし彼女の反応は私が最も予想していないものだった。
彼女は微笑んだ。そして全て受け入れると言った。
しかし私は途中で彼女の違和感に気づいた。
まるで天使のように微笑む彼女の目は私を見ていなかった。
彼女の目に私は映っていない。
彼女は私の目の前にいるが、いない。
彼女の心がそこにはなかった。
そんな経験は初めてだった。私が映っていない目など初めてだ。
(なぜだ?)
不安といえばいいのか、焦燥感といえばいいのか、自分でもわからない初めての感覚に襲われた。しかし彼女にそれを聞くことも出来なかった。
なぜか怖かった。そう怖かったのだ。
恋人がいる私が、初めて会う年下の彼女の心を知ることを怖いと感じた。
思えばその時、私の心は既に彼女に奪われていたのかもしれない。