愛せない
最後までおつきあい頂けると嬉しいです
(聞いてない…聞いてない…転生がこんなに悲しいなんて…絶対聞いてない〜〜〜ぃ!!!)
「すまない」
そう言って婚約者であるデバルザン王国ロレンシオ王太子が目の前で私に頭を下げている。
(ちなみに私が悲しい理由は彼ではない)
「頭をお上げ下さい、殿下」
「いや、婚約者として遠国から来られたのだ。しかもこんな急に決まってしまい…さぞかし戸惑っているだろう」
彼とは今日…数分前に初めて会った。
初めて訪れたデバルザン王国。華美になりすぎず、しかし十分に洗練され上品さを称えた調度品が揃えられた応接間。
その長椅子に向かい合って座る私達はもうすぐ結婚する。
「そんな君に話すべきかどうか迷ったんだが。
しかしこれから君と夫婦となる以上、最初にきちんと話しておくべきかと。それが私の君に対する誠意ではないかと……いや、自信はない。かえって君を傷つけていたら、すまない」
「いえ、お気遣い頂きありがとうございます。大丈夫です。我々の結婚にはよくあることと聞きます。私の父も2人の側妃を持っております」
「いいのか?私に…その…恋人がいても」
「はい。構いません」
「いつか…我が国では婚姻後1年以上あけることが決まりなのだが…私は彼女を側妃にしたいと思っている」
「わかりました」
「もちろん、夫として君を軽んじるようなことは決してしない。君1人に負担をかけるようなことはしない。それは必ずだ。約束する」
「ありがとうございます。殿下と共に協力して『夫婦』を作り上げていけるのですね、それで私は十分でございます」
「ありがとう、すまない」
「いえ…………………うらやましいです」
「ん?」
「いえ、何も」
「アメーリア王女、ありがとう」
「『アメーリア』で結構でございます、殿下」
「あ、ああ。では君も『ロレンシオ』で」
「ありがとうございます、ロレンシオ様」
彼は心から安堵した笑顔を私に向けた。
(ロレンシオ様、そんな申し訳なさそうな顔は必要ありません。
なぜなら…私もあなたを愛せないから。愛せないから〜〜〜っ!!!)
ーーーーーーー
私が転生前の私を思い出したのは、2ヶ月前、父にこの婚約を言われた日の夜だった。
突然、名前を聞いたことがあるだけの遠い国の王太子と婚約が決まったと言われた。
どこ?だれ?
でも王女である以上、いつかは政略結婚するのだと思いながら生きてきた。
なのでそう言われた時は(殿下が優しい方ならいいな)と思った程度だ。
その晩は浅い眠りにしかつけず夢を見た。おかしな夢を…そう思いたかった。
でも違う。夢ではない。あれは現実だった。あの世界も、あの世界での私も、そして『櫂』との日々も。
転生なんてゲームや小説だけの世界、そう思っていた。でもきっと私は転生したのだ、アメーリアに。櫂といた私は死んだのだ。
転生前の私は23歳。櫂との結婚を半年後に控えていた。
仕事中、突然激しい頭痛に襲われた。
そして今に至る。
中学で出会った櫂は私の初恋の人だった。私の人生は櫂で始まり櫂で終わると思っていた。
死んだ、という意味では、私の人生はたしかに櫂で終わったけれど。そういうのじゃない!
櫂といた私を思い出した今、櫂を知らないアメーリアなはずなのに…彼が恋しくて仕方ない。彼以外考えられない。会いたい。
櫂…どうしているだろう。元気かな。ご飯食べてるかな。もしかして次の彼女とか……もう泣きそう、いや泣く。
なんで思い出しちゃったの?ただの天真爛漫、蝶よ花よと育てられた王女17歳のままでいたかった……しんどい。
自分に恋人がいること、私を愛せないことを真摯に謝るロレンシオ様に私は言えなかった、「私もです」とは。
なぜなら彼の恋人はこの世界にいる。でも櫂はいない。それをまだ口になんて出来ない。心が追いつかない。
うらやましい…つい言葉に出てしまった。
恋人を愛せる、恋人に会える、恋人に触れられるロレンシオ様がうらやましい…。
正直に言うと、彼に恋人がいると聞いてホッとした。
役割に徹したらいいだけ。それに彼はとても優しい方のようだ…会ってすぐにわざわざ恋人の存在を自己申告して下さるくらいだもの。
それに『夫』として協力して下さるとも言って下さった。
今の私にはそれで十分だ。いや、それしか欲しくない。それ以上などむしろいらない。
婚姻の儀は3ヶ月後。
右も左も分からないこの国できっと婚姻までバタバタと過ぎるのだろう。そうであってほしい。余計なことを考える暇がないくらい。