表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さよならは言わないで

作者: たとう平蔵

―あぁ!どうして恋してしまったんだろう。


貴女が女性を好きにならないことは知っているのに。……


***


冬。北海道の冬は長い。爽やかな夏があっという間に終わって、雪が降る。秋は冬の前段階といった風情で、紅葉が咲いていても、寒いことに変わりはない。

住んでいる場所・環境が人格形成に影響を与えるというのは本当だ。こんなに過酷な環境で暮らしていくのは難しい。しかし、神経質になるか、辛抱強くなるか。どんな人間になるのかどうか、それは自分次第だった。


私はH大学に通う3年生だ。専攻科目は文学。なぜ、H大学に?と聞かれるが、学力的に目指せる範囲がH大学であったことと、北海道が好きだから住んでみたかった。それが理由だ。


ただ1度の出会いが、運命を変えてしまう。思春期の頃、そういったラジカルな存在を追い求めていた私は、あっという間に年を取り、大学生になった。高校生の頃、大学生はかなり大人に見えた!きっと、哲学書を読み、友達とカフェに行き、アートの話をするのだろう。ときどき、哲学の話をしながら。


「こらぁ~。マツコー?二重あごになってるぞ~。本当にマツコそっくりなんだからぁ。」


マツコとはマツコデラックスのことで、今回のマツコはあだ名だ。

残忍なギャグセンスが、うら若く見えるのは何故だろうか。

Kちゃんの笑い声が、大講堂の後ろの方からする。いつもの光景だ。


(いいなぁ…Kちゃんと話したいな)


Kちゃんは、お洒落でいつもチャムスとかラルフローレンを着ていて、日本人離れした綺麗な一重瞼で、前髪パッツンのロングヘアで、声がアニメ声で、実はとても情に厚くて、きっとアートに詳しいんだろうなとうかがわせる美的センスを持っていた。


(やめときな。同性愛者の私が話しかけても、鋭い子はカマっぽい子だな、と見抜くよ。ほどほどに距離を置きながら、絡むのが一番だって)

心の中の自分がそういった。


(そうだよね、遠目で見ているだけにしよう)


私は、好きな子と話せないタイプだった。

いや、理由があった。それは、中学校の頃、タイプの女の子に過剰なフレンドリーさで話しかけてしまって、陰で「あの子うざいよね」と悪口を言われたことがトラウマになってしまったのだ。ボーイッシュな子だったので遠慮がなかった。自意識が芽生えた頃の心に、それは痛く刺さった。


同性愛者の現実は厳しい。


(…神さま!一度でいいからKちゃんと両想いにしてください)


―札幌の空に向かってそう心の中でつぶやいた。趣味で勉強している中国語よりも、第二外国語のフランス語よりも、愛の言葉が難しいことを知った。


***


夕方、陽が沈むころ、図書館で自習していると、珍しくKちゃんがいた。


(あ…!いや、え…?Kちゃんが珍しく図書館にいるぞ)


パソコンを前にして、うーん…と言わんばかりの表情で画面を見ている。


(あぁ!ゼミの資料でも作ってるんだな)


そう思ってスルーしようとしたら、Kちゃんの鋭い猫目がすぐさま私の視線を追ってきて、話しかけてきた。


「ねぇ!今日はゼミじゃないの?」


「ううん、ゼミ休みなの。教授が出張だから」


「あのさ!私作った資料、見てくれない」

あぁ、Kちゃんは話を振ってくれているんだな。忙しいのに。

当たり前だ。毎日毎日、図書館に自習に来ていて、寮で友達とご飯を食べるまで、ずーっと独りで勉強しているんだから。私は勉強が趣味だからつらくないけど、周囲からみたら心配になるだろう。


Kちゃんは、皮肉やディスコミュニケーションを結構するくせに、周囲への気遣いが社会人並みの時があった。マツコちゃんは言った「こいつ、滅茶苦茶頭がいいです」と!そのことは事実だった。


「どれどれ…」


うわっ!デザイナーみたいな資料。私と同じパワーポイントで作ったとは思えないぐらい美しく整っている。


「教授にダメだしされたんだよね。どこがおかしいか分かる?」


教授というのはI教授だ。


「やっぱり、文学史の記述が甘いんじゃないかな?ほら、ここ」


「あぁそこねー。実は、昨日全然寝てなくて書けてないの。もっと調査して書いてみるね」


アリガト。


そのとき、Kちゃんの顔が間近まで迫ってきた。レジュメの不備部分に顔を寄せて、ここね、と指で指示したとき、私の心臓は跳ね上がった。


(私がこんな想いをしているなんて知らないよね…?)


よかった、気づかれていない。ゲイっぽいとか、思われてなさそう、いや、気づいていたとしても、Kちゃんは反応しないよ。


(悲しい)


Kちゃんに想いを伝えて、両想いになることは難しい。

なぜって、彼女は異性愛者だからだ。違う学科に彼氏(不良っぽい)がいるらしい。

これから先、どんどん年を取って行って、私だけ独身で、Kちゃんが彼氏と結婚して子供ができたら、どうなっちゃうんだろう?


「みづきちゃん!ちょっと疲れてる?顔が青いよ」


「あッごめん!私もあんまり寝てないの」


「ふーん?無理しないでね」


会話はそこで終わった。


***


夕方、図書館の入り口で別れるとき、私はこの世のものとは思えぬ、美しい光景を見た。


Kちゃんの愛車の、日産のキューブが走ってきて、図書館の入り口で止まると、男が出てきたのだ。


「石に泳ぐ魚事件?柳美里の文学作品?いやぁな話だったネ。俺もいつのまにか、小説のモデルになってるのかしら」


「法学部の高梨!結局、出席は取れたのかっ」

Kちゃんがアニメ声で叫ぶ。

ほぼ大学に来てないの、教授にバレてるぞ!ばかたれがぁ~!


夕方、夕日が札幌の大通りに沈む。

札幌に沢山ある山脈に沈む太陽は、美しいKちゃんをバックにして、荘厳に沈んでゆく。


あの、クールなKちゃんが、彼氏と下校をする。あぁ、Kちゃん!貴女は少女の頃、どんなに美しかっただろう。


私は見たことがなかった。こんなに美しい夕日を。高校時代、私は絶望していて、6月に咲く紫陽花を見た時でさえ死の予感があったのに、この世にこんなに美しい女性が生きていて、私と同い年だなんて思うことはなかった。


生きていこう。同じ時空にこんな女性が生きている。卒業してもときどき会いたいと思う女性がいる。


「Kちゃん………」


日産のキューブは足早の札幌の街並みに消えていった。車の中は、Kちゃんらしくないブルーノ・マーズの曲でいっぱいだろう。

私は車が完全に消えるまで待って、夕日が沈むころに学校を出た、

Kちゃんは高梨のものになるであろう。ニヒルに笑うと、私も札幌の夜の街に消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ