レポート3 箱庭の細分化と異世界への干渉
今回からやっとファンタジー要素が出てきました。
ある時、まるで細胞が分裂するように、箱庭の一部が別れた。
兆候など見られなかった。少なくとも、観察していた“彼ら”には突然のことだった。
分裂した一部は、泡同士がくっつくようにそばにあるが、戻る気配はない。
中の様子を見てみると、そこでは異変に気付くことなく、人間たちが普通に生活を送っていた。
突然世界が小さくなっても、中の人間たちはもともとそうであったと認識していた。
本体ともいえる箱庭の大きな方でも、同じく分裂したことを認識しておらず、消えた人間たちについても初めからいなかったという風に、辻褄が合わされていた。
わが子がいなくなった親は、部屋はそのままでも子どもの存在だけを都合よく忘却していた。部屋の住人が誰だったのか、考えもしなかった。
親がいなくなった子どもは「お父さん? お母さん? いないよそんなの当たり前じゃないか」と笑顔で答えた。家族と過ごした記憶があるのに、その家族が消えたことをおかしいとは思わなかった。
恋人がいなくなった女性は、恋人の存在を忘却した。恋人と一緒に写っている思い出の写真を眺めても、それが誰なのか、なぜ思い出なのか、そもそも恋人が写っていること自体を認識できなくなっていた。
箱庭が分断されたことで、存在自体を世界から消されたのだ。
この後も箱庭の分裂は幾度も発生した。時には二つの泡が大きな一つの泡となるように、分裂した世界同士が一つに混ざることもあったが、中の人間たちはいきなり現れた隣人たちを、昔からいたと認識した。
そして再び分かたれる、そして別の世界と混ざる、この現象が繰り返された。
中の住人たちはそのことを認識できないまま。
箱庭がとっくに限界を迎えていることに、人類は気づいていなかった。
惑星の表面積をはるかに上回る超広大な空間を維持したまま、途方もない年月を送るのは、初めから無理だったのだ。
その結果、少しずつ箱庭は細分化され、最終的に小さな世界群が形成されていった。
“彼ら”は万が一世界がバラバラに散らばってしまわないよう、世界の集まりを大きなフィールドで包んだ。あたかもそれは、大きな袋の中に小さな風船がたくさん入っているようだった。
これにより少なからぬ負荷がかかり、惑星の再生にさらに時間がかかることになる。
“彼ら”がこうなることをどこまで把握していたのかは分からない。
ただ言えるのは、これもまた興味深い観察対象であると捉えているだけだ。
◆
細分化された箱庭には、複数の大陸を持つ大きな世界もあれば、島一つしかない小さな世界もあった。
分割されたときの状況によって、モンスターや亜人らがいる世界もあれば、人間だけしかいない世界もあった。
戦争で荒廃したまま放置されていた土地が分割、そこで生き残った個体が独自の進化を果たした結果世界を「魔界」と呼ぶケースもあった。
箱庭同士は隣り合っており、世界によってその姿が夜空に映し出されることがある。その場合、月が複数あるように認識された。
人口が減り過ぎれば技術レベルを維持することはできない。分割した世界からは知識が失われ、文明は後退し、社会が崩壊していったポストアポカリプスの世界や、科学が未発達な剣と魔法の世界となっていた。
箱庭同士の融合により魔界と呼ばれる世界と人間が住む世界が混ざり、物語のように争う世界も出てきた。
また、魔法そのものが忘れ去られた世界もあった。
本来の使い方を忘却し、誤った認識が広まった世界も出てきた。
かつての高度な文明のテクノロジーを利用して、不自然な発展を遂げた世界もあった。
世界毎にそれぞれ特徴があったが、ある共通する問題点があった。
技術レベルが後退したことで人口も減少していき、箱庭を維持するための魂のエネルギー量が不足していた。とくに小さな世界ではそれが顕著だった。
中のもので足りないのなら、外から持ってくるしかない。
“彼ら”は異なる宇宙―――並行世界に手を伸ばすことにした。
◆
まったく異なる法則で成り立つ異世界では、魂を手に入れてもエネルギー源となるかは未知数。だが、異なる宇宙でも同じ法則で成り立つ並行世界なら同じような環境、生命体がいる可能性が高い。そこに目を付けたのだ。
並行世界の研究は、異世界への移住を計画された段階で行われていたが、箱庭が実現し、異世界への全人類移住が不可能となった時点で中断、忘却されていた。それを“彼ら”が引き継いでいた。
人間でいえば単なる趣味の領域だったが、それでも成果は出た。
限定的とはいえ、異なる宇宙にある、この惑星の並行存在のいくつかに干渉ができるようになった。
元々箱庭のある次元は、通常空間の一歩外、世界と世界のはざまとでも表する場所にあるため、干渉することは容易である。
“彼ら”はそこからエネルギー源となる魂を持つ人間を集めることにした。
集める方法は主に二つ、肉体から離れた魂のみを回収するか、生きた人間をそのまま箱庭に召喚するか、だ。
かつて異世界へ人間が渡ることは不可能と知った当時の人間が聞いたら、疑問を覚えるものがいただろう。
だがあれは、すべての人類を異世界に運ぶ手段がない、というものであって、異世界に渡る手段そのものがない、というわけではなかったのだ。
生きた人間をそのまま大多数運ぶのは無理でも、肉体を失った魂だけの状態、または少数なら生きた人間でも容易に呼び出すことはもともと可能であった。
当時の人々が「なぜ教えてくれなかった」と問えば「聞かれなかったからだ」と平然と答えたことだろう。
それに、もしそのことを伝えていても、全人類を移住することが不可能なのは変わらないし、わずかな数なら可能であることを知れば、その席を巡って争いが生まれる可能性もあった。
魂だけの状態も、要するに「死ねば問題ない」と言われているようなもので、やはり選択することはできなかっただろう。
魂のみを異世界から呼び出す場合、死亡して間もない状態で世界を漂っているものが望ましかった。
分かりやすく言えば事故や病気などのせいで、突然肉体のつながりが断たれて不安定になっている魂が召喚しやすいと判断された。霊体として安定している状態と比較して、世界とのつながりも不安定になっており、より少ないコストでこちら側に運びやすかったためだ。
ただ、魂を直接箱庭に送り出す場合、むきだしの魂そのものも大きな影響を受けてしまい、最悪エネルギーを失ってしまう恐れがあった。
それと比較して、肉体に守られた状態で転移することはそういったリスクを減らせることができる。だが、生きた状態のまま異世界から召喚するコストは、魂のみを呼び出すことに比べ何倍もかかるため、基本はやらない方針であった。
そのため転移は、偶発的な事故を利用する形が多かった。
時空の歪みにより、偶発的にほかの世界とつながり転移してしまうことはある。俗にいう「神隠し」である。どこの世界でも起こりうる事故だったが、それは天文学的な確率であった。
しかし、“彼ら”の干渉によりその現象が容易に発生するようになってしまい、それを有効活用しようと、ランダムに転移するところを箱庭に誘導し、召喚するようにしたのだ。
いずれにせよリスクは避けられなかった。それを防ぐために、“彼ら”は魂を加工、コーティングをするなどの対策を行った。
この結果、強力な能力、異能を持つものが現れることになる。
対象となる人間は、老年期より、幼い子どもから30代程度の若年層が選ばれた。
寿命を迎えるなどした老年期の魂は精神が安定しすぎていて、召喚するコストと比較しても発揮するエネルギーが小さい傾向があったためだ。
逆に精神活動が活発な時期の人間の魂はある程度のエネルギーを発揮しやすい。
特に10代の少年少女は感情の揺れ幅が大きく、その爆発から生じるエネルギーは箱庭の維持に非常に有効とみなしたのだ。
箱庭の設置した場所が、極東にある島国であったことから、異世界からの来訪者も、並行世界の同じ極東地域の人間が来る確率が際立って高かった。
◆
箱庭に送り込まれた魂は、新たな器を得てその中で生きていくことになるが、主に二つのパターンがあった。
一つは現地の生命体の中に入り込むパターンである。
生きている人間の中に入った場合、本来の肉体の持ち主の魂は追い出されるか、一つに融合するか、乗っ取られて眠らされるか、入り込んだ魂の一部として吸収されるなどした。逆に入ってきた魂を取り込んでしまうケースも見られた。
また死亡した人間の中に入り込み、再び生命活動が行われるケースもあった。
以降この状態を『憑依』と呼称する。
中には憑依した自覚がなく、生まれ変わって突然前世の記憶を取り戻した、と誤認するケースも見られた。
もう一つは箱庭の中の魂の輪廻の流れに加わり、初めからその世界の人間として生まれ変わるケースもあった。
あるいは妖精、精霊などに見つかり、彼らの影響を受けて新たな情報生命体として生まれ変わる場合も見られた。
以降この状態を『転生』と呼称する。
『憑依』『転生』ともに、前世の記憶・人格をそのまま有している場合が多い。
その場合、己の置かれた状況を受け入れられず混乱するケースが多々見られた。また、『憑依』だと本来の肉体の持ち主の記憶が混ざることで精神が不安定になってしまうケースもあった。どちらも暴走、人格の崩壊などが起こり、最悪死亡に至るため、精神に処置を施す対策が行われることになる。
生きている状態が最も魂のエネルギーを発揮できるため、すぐに死亡してしまっては、召喚するコストに合わないと判断したのだ。
なお『憑依』『転生』の対象は人間だけに限らず、モンスターや亜人種などになる場合もある。この場合魂と肉体が適合せず拒絶反応を起こし、死亡することがあるが、突然変異を起こし、絶大な能力を手にいれて生き延びることもあった。
転移の場合、言語が通じず意思疎通が困難であったり、異世界の人間にとっては未知の病原菌が原因で死亡することも確認された。これを防ぐためにも、肉体の強化や病への耐性が施された。
観察を続けた“彼ら”は、異世界の人間の魂は箱庭の住人よりも発するエネルギーがはるかに多い特徴があることを発見した。生きているだけで箱庭に十分な供給を満たすほどであった。
また転生、転移が行われる際、箱庭そのものが活性化する現象も確認され、メンテナンスのように転生、召喚が行われていった。
その際、すぐに死んでしまわないよう能力の付加、精神の強化を行う試みがなされた。
その結果、人格や思考回路に変化が生じてしまう恐れがある。しかしあくまでも生存して箱庭の維持に役立ってくれればいいので、“彼ら”は大して問題視していなかった。
これと同様に、望郷の念から暴走や自害などを防ぐため、元の世界で過ごした記憶、家族、友人などの執着をなくし、それに違和感を持たせないよう処置を施していった。
◆
“彼ら”はなぜ異世界の魂はエネルギーが大きいのか、その理由を探るため、いくつかの実験を行った。
単に別世界に移動することで力が増すのか確かめるため、箱庭から別の箱庭に転移させる・死亡した人間を別の箱庭に転生させる、などを行った。
逆に箱庭の人間を異世界に送り、経過を観察した。
『憑依』によって元の体から追い出された魂を、箱庭または異世界に送り転生させることで差異を調べた。
前世の記憶の有無が魂にも影響を与えるのか調べるため、偽りの記憶を植え付けて自身を転生者だと思い込ませたりもした。
『転生』では赤子の時に記憶を取り戻しても、成長するにつれ薄れていくこともある。この記憶の有無によってエネルギー量に差が出るのか確かめるため、前世の記憶を失わせない処置をする個体を用意した。
複数の魂を融合させてエネルギー量にどのぐらい変化があるのか観察もした。
だが、いまだに満足のいく答えにはたどり着けていない。
転生、異世界召喚については、あくまでもこんなケースもあるよ。というだけです。
あくまでも個人レベルで、国家ごと転移はさすがにキャパオーバーです。