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女神さまに土下座されたので魔王を倒そうと思う  作者: ケアプ一浪
第一章 風雪は巨人をも斃す
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6


 武具屋を出て数時間、頼義とルツィエはコルン近郊の森林へと足を踏み入れていた。

 頼義が目覚めた明星の森と境界が隣接するこの森林は、よくコルン傭兵団の訓練地として用いられるらしく、それというのも明星の森には狂暴な大型獣の類が多く住み着いており、浅層から中層ほどならば訓練にもってこいなのだという。

 頼義の居た洋館は比較的浅い場所に建てられていたようであった。

 日も暮れ始めてあと二、三時間もあれば夜の帳が落ちきるだろう。野営も含めて良い訓練、研修になると、ルツィエは考えているようだ。


「ここいらで野営しましょうか」


 ルツィエは背負っていたリュックサイズの背嚢を地面に降ろし、テキパキとテントや野営の準備を取り出した。


「俺は何をすればいい」

「特には。……えっと薪を拾ってきてくれるかしら?」


 ルツィエは一人で全てを賄うつもりで居たが、さすがにそれは“可憐で多感な思春期の少女の”頼義の自尊心を傷つけてしまうかと思い、簡単な指示を与えた。可憐な、の前には外見だけ、という注釈が入ることを彼女は知らないが。


「ああ」


 頼義は深く頷き、木々の隙間へと消えていった。

 ルツィエは頼義の後ろ姿が見えなくなるまで眺めたあと、数センチほどに小さく畳まれた帆布を広げる。

 広げるとたちまち一辺が2メートルほどの大きな布地へと変わった。

 すぐ隣に置いていたヌンチャクのような伸縮折り畳み式のポールを接続し、帆布に設けられた通し穴へと差し込んだ。あとは頂点付近を上に持ち上げると……三人ほどであれば悠々と横になれるほどの大きさのテントが立ち上がった。


「ふう」


 ルツィエが一息つくのとほぼ同時に頼義が歩いて行った方角からずどん、と地面を揺らす低く大きな音がする。咄嗟に身構え、佩いていた短剣を引き抜き、切っ先を森の奥へと向けた。


「え?」


 茂みが揺れ、その中から丸太の木口が姿を見せる。続いて長髪を後ろでひと纏めに括った美少女、頼義が姿を現した。

 ――その肩に三本の彼女の頭ほどの太さのある丸太を乗せて。


「短剣なんか抜いて、どうしたんだ?」

「あ……うん、いいえ。何でもないわ。貴女、何をしてきたの?」

「何って、薪を作るための木を樵ってきたのだが?」


 そう言って頼義は肩から丸太を降ろした。土煙を立てて小さく地面が揺れる。


「あの、ご存知? 生木は薪にはならなくてよ」


 ルツィエは気が動転して本来聞くべき筈の事ではなく見当違いな指摘をした。


「知ってる。まあ、見てな」


 頼義は先ほど街で購入した短剣を鞘から抜き、刃を木の断面……木口に刃をめり込ませた。


「ほいっと」


 短剣をまるでバターでも切るが如く垂直に滑らせた。ぱきん、と丸太が真っ二つに割れる。


「ほほいっと」


 頼義は真っ二つに割った丸太を更に半分、四等分にする。


「ほいっほいっ」


 四分割されたうちのひとつを掴むと無造作に振り回した。ぶおん、ぶおんと風切り音がする。


「ほいよ」


 アンダースローで放り渡された薪をルツィエは篭手を嵌めた手の甲で軽く叩いた。

 硬質で乾燥した高音が鳴った。


「うそっ」


 それは、木材が十分に乾燥して火を安定して点けられる証拠でもある。


「あとは使いやすい大きさにしたらいいさ」

 頼義は次の一本へと手を出し、先ほどと同じように振り回す。そして木が乾いた頃を見計らって茫然とするルツィエの手元へと薪を積んでいく。


「ハッ! よ、ヨリチカさんありがとうございます」


 彼女の腕の中に薪が四本積まれたあたりでルツィエは正気を取り戻して、ぶつぶつといいながらも焚き木を組んでいく。

 その手つきは流石といったもので、たちまちに焚き木が組み上がった。


「種火よ」


 ルツィエが人差し指と中指の二指を薪に近づけて一声、発話するとたちまち薪に火が灯った。


「おおぅ」


 頼義が感嘆の声を漏らすとルツィエは目を瞠った。


「ヨリチカさんは魔法を見たことはなくて?」

「おう。俺でも使えるか?」

「街に戻ったら調べてみましょうか」


 ルツィエは外見相応の少女を見守るように微笑みかけた。






 野営の準備もつつがなく終わり、ルツィエ主導のもと持参していた食材で煮込み料理を作っていた。中くらいの鉄鍋にカットした野菜と麦、干し肉と味付けの為の調味料。魔法で生み出した水を入れ、そして隠し味にドライフルーツが幾片か。完成はおかゆのようになるのだろうと予想はできたが、彼女が使った調味料に見覚えが無く、どんな料理になるのか頼義は胸を躍らせていた。


「それでルツィエさんよぉ、アンタは俺に何を聞きたいんだ?」


 ルツィエが鉄鍋に蓋を落としたところでジロリと頼義は彼女を睨んだ。


「回りくどい事がお嫌いなのね、ヨリチカさんは」


 当たり前だろう、と頼義は笑い飛ばす。


「単刀直入に、ヨリチカさん貴女の本当の目的は何? 貴女のような年頃の女の子が一人で、しかも裸足で傭兵の門を叩くなんて滅多に……いいえ、在り得ない事ですわ」

「ここまで連れて来たのは気兼ねなく話させる為、か?」

「ええ。ココならば街中のように聞かれる心配はありませんし、ヨリチカさんにとっても喋りやすくてよろしいでしょう?」

「お気遣いドーモ」


 別に他人に訊かれてやましいものなどないのだが、と頼義は苦笑した。


「目的、目的か。ちょいと頼まれ事があってな、そのために情報とツテが欲しかったんだ」

「強者の?」

「ああ。半分は俺の趣味でもあるがな……こんなナリでも故郷では『超人』って言われてたんだぜ」


 頼義が誇らしく胸を張る姿をルツィエは胡乱げな眼差しで見ていた。


「ま、あんたらに迷惑をかけよう……結果的には“迷惑をかける”ことになったが、そんなつもりは無いから安心しな」

「“頼まれ事”についてお話はしてくれませんの?」

「流石にそこまで迷惑をかける訳にはいかないからな。情報料と紹介料については、追々で頼む」

「迷惑だなんて! もうヨリチカさんは私たちの仲間だというのに」

「まあ、その内にな」


 まさかこんな短時間にここまで気にかけてくれているとは知らずに、頼義バツが悪そうに頭を掻いた。

機を見計らっていたのか、火にかけていた鍋がふつふつと泡を吹いた。


「先に夕飯にしましょう」

 

これ以上、頼義から話を引き出せないと悟ったルツィエは、これ幸いと鉄鍋の蓋へと手を伸ばした。

 蓋を取ると野菜の甘さと香辛料の食欲をそそる香りが辺りに立ち込める。

 ルツィエは予め用意していた椀にどろりとした琥珀色の粥を盛った。


「どうぞ」


頼義は曖昧な表情で椀を受け取った。ルツィエのどこぞのご令嬢じみた外見からは想像できない、なんとも容姿にそぐわない側面を見たようで戸惑ったのだ。

頼義がずずりと粥を啜る。最初はぴりりと辛く、後に野菜の甘さが引き立つ。素朴ながらもしっかりとした味に頼義は唸った。


「美味い」

「それは、良かった」


 ずるずると、二人して粥をすする。ルツィエは傭兵という職業柄、早食いが身に沁みついているようで、頼義よりも先に椀を空にしていた。

 手すきになった彼女は小ぶりのやかんを鞄から取り出し、中に茶葉と水を投入し火にかける。


「これからの事だけれど……食べながらでよろしいので、お聞きになって」


 そう前置きしてルツィエは語りだした。




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