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女神さまに土下座されたので魔王を倒そうと思う  作者: ケアプ一浪
第一章 風雪は巨人をも斃す
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5


「ベレヘッド?」

「北の傭兵で何世代か前の魔王の子孫らしく、見た目もそれっぽいから魔王って呼ばれてるヤツの事だ」

「緋剣騎士はここから北北西にある国の聖教の守護騎士たちの総称で、緋色の刃を持つ特殊な剣を扱うからそう呼ばれているわ」

「直接はやり合ったことはないが、少なくとも俺よりもは強いだろうなあ。なんせ“北の強者”と訊かれればこの2つの名前が真っ先に上がるくらいだしなぁ」


 そう評したのはヴォルだ。ルツィエは指で机をなぞり、何かを考えている。


「……カケイさん。提案があるのですが、宜しいかしら」


 思考が纏まったのか、ルツィエはおもむろに切り出した。


「何だ」

「私達のコルン傭兵団に加わりませんか?」


 頼義は、やはり勧誘かと顎を引いた。


「ウチの傭兵団に入れば少なくとも、ベレヘッドには簡単に渡りをつけれますわ。それに加えて各地から強者の情報も手に入れ易くなりますわ」


 頼義からしてみれば傭兵になるのは吝かではない。自らを鍛えなおすのに強者との戦闘は必須と言ってもよい。実践、それも格上もしくは同等レベルの強者との戦闘が最も効率が良い(頼義の趣味も多分に含まれてはいるが)。強者と簡単に渡りをつけれるのは魅力的だが、組織という枠組みに捕らえられる事を頼義は苦手としていた。

 渋面を作っていた頼義に気付いたルツィエは第二案を提示する。


「傭兵団に入るかどうかは別にしても、カケイさんほどの遣い手ならば傭兵として組合に登録はしておいて損は無いと思うのだけれどどうかしら。フリーで活動している傭兵は居ないという訳ではないのだし」


 ルツィエによると、この街に住んでいる未成年が成人する2~3年前には傭兵組合に登録をして、小遣いを稼いだりするもので、登録だけするというのも凡そ一般的なものだ。もちろん組合に入会する以上、規約などもあるそうだが街ごとに違い、登録地でしか効力を発揮しないものが大半であると説明された。


「俺も元はフリーの傭兵だったしな。名義貸し程度と思っていてくれたらいい」


 ヴォルが最後にそう補足する。頼義は腕を組んで深慮する。数分ほど考え込み、彼女は答えを出した。


「……いいだろう。コルン傭兵団に加わろう」


 前世では修験の妨げを極力なくすために一匹狼を気取っていたが、今世ではその必要はないだろう。なぜなら、今この場に居るのは『超人・筧頼義』という武術の達人ではなく、『カケイ・ヨリチカ』というちょっとだけ武術が得意な人間なのだから。




 ルツィエは2度柏手を打って立ち上がり、頼義の傍へと近づいた。


「お話もまとまった訳ですし、カケイさんには早速だけれど私に付き合ってもらいますわ」


 さも、ありなん。とルツィエが告げるとヴォルが異論を挟んだ。


「いやいや、まずは俺のリターンマッチから……」


 ヴォルは先ほどの仕合に負けた事が悔しいのか頼義に再戦を申し込もうとする。


「ヴォル? 2週前、北区の『廻る胡桃亭』といういかがわしいお店で楽しんでいたことを奥様にお伝えしてもいいのよ?」

「はい。ルツィエ様の思う通りにお進めください」


 ルツィエが慈母の笑みを浮かべただけでヴォルはさっと身を返した。

 頼義の耳元で、ルツィエは「ヴォルはああ見えても既婚者なのよ」と小さく教えた。彼の奥さんとの力関係が良く分かる情報だった。


「ささっ、カケイさん行きますわよ」


 頼義は自分の自由意思はどこへやらと心の中で溜息を吐いた。


「どこへ行くんだ?」

「それは……まずは靴屋でしょう」


 なぜに? と頼義はルツィエの目先を追って足元へ視線を落とす。


「あっ」


 地面には自らの、白魚のような裸足が横に並んでいた。






 頼義は新しく手に入れた黒革のブーツの先で地面をつついた。紐靴ではなく、スキーに用いるブーツのような金具留め式のブーツは彼女にとって少し窮屈に感じた。


「よくお似合いですわ」


 目を輝かせて、ルツィエは頼義を褒めた。ヴォルとは組合で別れてルツィエと頼義の二人はコルン南西の服飾などの店屋が立ち並ぶ一角へと来ていた。


「あんがとよ……」


 頼義はじとりとした視線をルツィエに向けると、彼女はさっと目を逸らした。頼義の服装はこの街に着いた時とほぼ同じだったが、当初と比べて生地や色味が良くなり飾り布が増え、少女色が強くなっていた。ルツィエに靴だけではなく洋服の着せ替え人形にされたのだ。

 実はスカートやもっと多くのフリルのついたドレスのようなモノを着せられそうになっていたのだが、頼義の懸命な説得と断固とした態度で阻止したのだ。なお、料金は気前よくルツィエが払った。入団祝いらしいが、頼義としては服より酒や食事の方がよかった。


「ここですわ」


 次にルツィエに案内されて来たのは可愛らしさの欠片もない武骨な面構えの店舗であった。

 入口の両端には全身の鎧甲冑が飾られ、冷やかしに店内を覗こうとする者を威嚇している。

 入口の隙間から垣間見ると、奥には鈍色に輝く武具たちが見え隠れしている。


「武器屋? 買ってくれるのか?」


 ルツィエはもちろん、と微笑んだ。


「カケイさん、だって貴女無手でしょう? 傭兵になるのならば武具のひとつやふたつ、持っていないと様になりませんもの。――私のおさがりをあげても良いのだけれど、こういうのは当人しか判らないものもあるでしょうから」

「俺は別に木の棒でも何でもいいんだけどなあ」


 頼義が修める弐式武闘流は“広く浅く”を念頭に置いて創出された武闘法である。剣術に槍術、斧術や無手は勿論弓矢、銃器に至るまでその守備範囲は多岐に渡っていた。前世の――現代日本では節操無しの武術とまで評された事もあった。故に、皆伝である頼義は武具に於いては苦手としているものは無いに等しい。

 ルツィエはいつの間にか繋いでいた頼義の手を引き、店内へと這入った。


「得意な武器はありまして?」


 ずらりと刃物が並ぶ陳列棚の前でルツィエは頼義に訊いた。


「うーむ」


 頼義は唸った。正直な話、この陳列棚にある武器は一つ残らず及第点にも及ばないと思っていた。ルツィエは口を曲げる頼義を真剣に悩んでいるのだと思い、口を挟んだ。


「これなんてどうかしら」


 ルツィエが手に取ったのは何の変哲もない直剣だった。華美な装飾もなく長さも普遍的な鉄製の直剣であった。


「ううーむ」


 拵えも悪くないしここに並んでいる剣の中ではよく切れる部類に入るだろう。頼義も直剣を扱えない事はないのだが、この身体だと先ほどの仕合で判明した通り、扱いづらい武具に数えられるだろう。


「短槍はないのか?」

「ないよ、そんな半端なものは」


 せめても、扱える武具の中でも最も得意としている物を探そうと、ルツィエに訊ねたつもりだったが、代わりに答えたのは筋骨隆々の如何にも武器屋だという風貌の男だった。

 この店の店員か店主なのだろう。店内にはこの男性以外店員はいないので後者であろう。


「誰も使わないのか?」

「獣や“魔のモノ”相手なら長めの直剣の方が効果的だし、ごろつきや兵隊ならば長槍や突撃槍がリーチもあって良いしな。短槍なんて物好きが使うもンさ」

「そんなもんか……まあいいか。ならこいつをくれ、勿論鞘を付けてくれよ」


 そう言って頼義が持ち上げたのは抜き身の両刃短剣であった。武骨な造りで実用一辺倒の物だと見て取れる。


「あら、私と同じですわね」


 ルツィエは自分の腰に下げていた革の鞘を撫でた。


「ん? ルツィエは魔法使いじゃないのか?」

「魔法も使いますが、専ら妨害牽制用ですわね。本領は……今後のお楽しみという事で」


 ルツィエはお茶目に片目を閉じた。


「お嬢ちゃん、防具は無くていいのかい」


 店主が心配そうに頼義に問いかけると、彼女は首を横に振った。


「防具なんざぁいらねぇさ。己の肉体こそが一番だ」


 この頼義の発言は素手で木の幹に穴を穿っても傷一つ付かなかったという実体験があったからこその発言だったのだが、店主にはそんな事はもちろん解る筈もなくとてつもなく微妙な表情をされた。


「大丈夫ですわ。いざとなれば私が守りますもの」


 そう言ってルツィエは胸を張った。


「さて、武器も無事買えたことですし行きましょうか」

「どこへ?」


 頼義が月並みな疑問を持つと、ルツィエは楽しそうに微笑んだ。


「実地研修に、ですわ」




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