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女神さまに土下座されたので魔王を倒そうと思う  作者: ケアプ一浪
第四章  これからの話をしよう
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7


 

 数週間後、職人が作成した義手を頼義は身に着けていた。

 ウェムリット家、邸宅の屋外練武場で頼義は槍を振るう。

 白銀の短槍、精霊憑きの武具である“雪吹”を、上下左右突き上げ、斬り下ろす。さらさらと流れるように振り回していた。


 右の手で突き、持ち替えて左の手で雪吹を掴もうとしたとき、槍の柄が義手の指を叩き掴みそこねる。


「あ。」


 からん、からんと弾かれた雪吹は地面を転がった。頼義は白磁のように真っ白な左手を見つめる。

 人差し指から順番に折り曲げ、小指から順番に広げ伸ばす。その動作はどこか機械的で、いち(握る)じゅう(開く)かしかできない。生身の手のひらのように柔らかく動かす事ができないのだ。


「い、いかがでしょうか」


 頼義の動きが止まったのを確認してから、この義手を制作した技師の男が近寄ってくる。どこか気弱そうな瘦せっぽちの青年だ。


「すげえよ? 念じるだけで手が動くんだ。それにこれだよこれ」


 頼義が左手首を可動域を超えて外側へ倒すと、手首の内側から仕込みナイフが飛び出した。


「サイコーにかっこいい」

「お、お気に召したようで、な、何よりでございますです」


 満面の笑みを浮かべる頼義に、義手職人の青年は安堵した。


「コイツは練習すればするほど動きが滑らかになン(なるの)だろ?」

「ええ、ええ。モチロンです。使用者の思念と魔力を学習して生身の腕と同等になる……はずですはい。」


 青年の言葉を聞いてなおさらに頼義は笑みを深めた。


「おぉい、ルツィエ! クルスに礼言っておいてくれ、すげえ技師だとな!」


 すこし離れた場所で頼義の演武を眺めていたルツィエは彼女に聞こえるように声を張り上げる。


「両日中には休みをとれるそうですから自分からお伝えなさいな!」


 頼義はルツィエの返答に片手を挙げて応えた。

 演武の続きを、と雪吹を拾おうとするとかの短槍は彼女が何も言葉を介さずとも一人でに柄を持ち上げ地面から直立した。

 手痛い敗北から、“精霊憑き”の武具である雪吹はこのような自発的な動作を多くするようになった。

 ルツィエ曰く、この手の武具は経年や経験を重ねる事によってより高みに昇るという。

 彼女がこれまで見てきた“精霊憑き”の武具の中には、人語を喋るものまであったそうで、頼義の雪吹にも自我の芽生えともとれる()()()生じたのだろう。


「応。もう一度やるぞ、雪吹」


 頼義は相棒の成長を喜ばしく思い、声をかけて再び演武を始めた。

 流水のごとく、止めどなく繋がる技の演技にルツィエは称賛を送る。拍手しながらも、この演舞が始まる前に頼義からされた()()()をどうするのか、頭を悩ませていた。


「シンプルが故に、難しいですわ」

「ヨリチカさまが仰っていた対戦相手の用意ですか?」


 ルツィエの独り言を目ざとく拾ったのは、頼義の着替えをも手伝っていたピオニーという侍女だ。彼女はルツィエの腹心ともいえる存在で幼少の頃からの主従でもあった。


「彼女と同等までとは言わないものの、『首筋がヒリつくような仕合のできる相手』。先日の私との模擬戦は貴女も見ていたでしょう」

「ええ。ぼっこぼっこの、けちょんけちょんにされてましたね」

「もう少し言葉を選んでくれても良くってよ……?」

「事実ですから」


 この侍女はこういう人となりであったな、と内心でため息をついた。

 ルツィエは演武を舞う頼義に視線を移す。

 黄昏色の長髪を頭の後ろで一つ括りにして、ひらりひらりと身を翻す少女。頼義の精確な()()()()は判らないが、自分より十重(ひとえ)に歳が離れている事は明確だ。頼義本人から彼女の境遇について(転生者)詳しく聞いているとは言えども、見た目は少女。それも可憐な、どこかの姫だと告げられたほうがよっぽど納得ができる風体。それでいて武術においては傑出した技量を持つ達人。彼女と同等の達人なんて、彼女の語る兄かルツィエの実父と指折り数えるほどしか思い浮かばず、どれも彼もがこの場に喚びたてることが出来ない傑物だらけだ。


「ルツィエお嬢様」


 ルツィエが思考の海に沈んでいると、侍女のピオニーがきっちりとした立ち姿のまま彼女の名前を呼んだ。


「我が家に一人、いらっしゃるではございませんか」


 はて、と一瞬首を傾げるが、すぐにある人物へと思い当たった。


「……応じてくださるでしょうか」

「むしろ喜々として応じてくださるでしょう」


 ピオニーの語る人物であれば、確かに喜々としてルツィエの要請に応じるだろう。そんな光景が想像に難くないからこそ、彼女は心配なのだ。


「ルツィエお嬢様は何を心配なされているのか、私ごときに理解できるなど烏滸がましい事は申しませんが、無用な考えなのではないでしょうか」


 ピオニーの歯に衣着せぬ物言いに、この侍女の性格を思い出した。


「そういえば、迷ったときは何時も貴女に背中を押して貰っていた気がするわ」

「はて。そうでしたか」


 白々しく小首をかしげる腹心の侍女に、ルツィエは薄く笑みをこぼした。


「おうおう。楽しそうにお喋りしてんじゃん混ぜろよ」


 そこへ演武を終えた頼義が技師の男性を伴い現れた。ルツィエの隣にあらかじめ用意されていた椅子に腰かけ、技師の男性に左腕を差し出した。技師の男性は彼女の左腕を支えて点検を行う。


「ヨリチカさん。いかがでしたか?」

「さっきも言ったが、想像以上の出来だな。まあ、実戦でどこまで使えるかはわからん」


 あっけらかんとした様子で頼義はルツィエの問いに答えた。ルツィエは何となく返す言葉が見当たらす、奇妙な沈黙が二人の間に流れた。


「ヨリチカさん」

「なんだよ」


 意を決したようにルツィエが不自然に話題を切り出した。


「貴女がご要望の、手合わせの相手ですが……お一方、思い当たる方がいるのです」


 若干どもりながらも語る言葉に、頼義は呵々と笑う。


「なんだよ、ルツィエ。お前にしては歯切れ悪ィな」

「ええ、少しばかり……いいえ、とても独特な方でして、名をグランツ・ウェムリットといいます」

「ウェムリット? お前の血縁か?」

「私の、祖父にあたる人物ですわ」


 気恥ずかしさを隠すようにルツィエは頬を掻いた。



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