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名乗り終えるや否や、ヴォルと名乗った男性は一息に間合いを詰め、頼義に向けて大上段から一撃を繰り出す。
頼義は一息漏らし、正面から力の籠った一閃を受けきる。
「胸を貸してくれる割には初っ端から決めにきてるじゃないか」
「ハッ! 俺の一撃を正面から受け止めれるヤツには妥当だろうが!」
頼義は両手で支えていた木剣を逸らし、半身をずらす。カラリと音を立てて両者の木剣が擦れ合う。
上手く初手を捌かれたヴォルは、受け流された剣先を切り返して打ち込む。頼義はそれを危なげなく防ぎ、受け流す。
上下左右と打ち合うこと十数合、一際大きな音を打ち鳴らして頼義は後ろへと跳んだ。
土埃を巻き上げ、彼女は地面を滑る。
「それだけか?」
そう、挑発したのは休む間もなく木剣を振るい続けていたヴォルではなく、それに剣を合わせていた頼義だ。
「そっちこそ、俺に掠りもしてないようだが?」
静かに息をあげつつも不敵に笑うヴォル。対して頼義は冷静にヴォルの動きを観察していた。
頼義の持つ木剣の切っ先がゆらゆらと左右に揺蕩う。
「別に当てようとしていないからな……謂わば、暖機運転だな」
「ダンキ?」
「この身体に本格的に慣れときたくてな……やっとマシになったところだ」
「何を言ってんだ? お嬢ちゃん?」
「今度は、こちらから行くぞ――」
ヴォルは咄嗟に剣先を体側面に添える。次の瞬間、馬にでも蹴られたような衝撃に歯を食いしばる。
ぎりぎりと木剣同士がしのぎを削る。
「ムっ。」
頼義は一瞬だけ怪訝に眉を寄せるが流れるような動作で木剣から手を離し、ヴォルの正面に踏み込み腰を据える。
打突、突き出した掌底がヴォルの腹部に刺さる。
「ッこぽ」
ヴォルのつま先が地面から離れる。
「まあ、初めて戦った相手にしては良かったぜ、アンタ」
彼に反応を許さず、頼義は脚による二撃目をヴォルの腹へとブチ当てた。
糸を切られた操り人形のようにヴォルは後方へ吹き飛ばされ、地に落ちたまま動かなくなった。
「ふむぅ」
頼義は不満足そうに唸った。頼義は自らが想定していたよりも上手く戦えなかったからだ。
傭兵組合で頼義が『道場破り』をした理由は2つある。一つは単純に前世の技巧がどれほど遣えるかの確認、そしてもう一つはこの世界の――この国で武力を持つ人間の見極めである。
後者はまだしも前者の自己採点としては全く、高得点をつけれはしなかった。
相手の剣戟に合わせて逸らしていたのは予定通りであったが、相手の得物をへし折るつもりで放った横なぎの一閃が、まさか相手の木剣に傷一つ付けられないとは思っていなかったのだ。
「こりゃあ、落第点だな」
つま先で地面を打ち鳴らし、とりあえずは筋トレから始めようと決めた頼義であった。
「ヴォルさんがやられたぞ……」
気付くと、周囲にはヴォルと同業の傭兵らしき人々が集まっていた。
各々の顔に浮かぶのは畏怖と驚愕と、高揚。頼義は浮足立つ傭兵たちに向けてにやりと笑い、天高く宣言する。
「次は誰だ! 誰が俺の相手となる!」
無言の熱気が満ちる。この場にいる傭兵たちには向上心があった。もしこの場で頼義を圧倒できたのであれば、それがコルン傭兵団での最強を意味するのだ。頼義自身の姿も相まってか、傭兵たちは静かに沸き立ち、互いに好敵手たちを牽制している。
「水矢よ!」
どこからともなく凛とした女声がし、水の矢が頼義に向かって飛翔する。未だかつて視たことのない現象に目を奪われていると、水の矢は頼義のそばを通りすぎ、背後より空を割いて飛んで来たナイフを撃ち落した。
頼義が振り向くと視線の先ではヴォルが片膝で立ち、右手を振り抜いた形で固まっていた。勿論、ナイフを投擲したことなんて頼義には分かりきっていた事であったが。
「ヴォル!」
女声がした所と同じ場所から今度はヴォルを叱責する言葉が投げかけられる。
傭兵の人だかりを掻き分け、出て来たのは赤毛を手のかかる髪型にしている、頼義に組合の入り口あたりで声をかけた女性であった。
「げぇ、ルツィエ!」
「貴方っ、こんな小さな子を引っ張りだしてどうしよっていうの! それにさっきのナイフはなにっ!? 私が撃ち落さなければ彼女に当たってたでしょう!?」
「い、いやむしろ引っ張りだされたのは俺の方というか……」
「おだまり!」
ルツィエはぴしゃりとしどろもどろになったヴォルの言い分を閉めつけ、彼の胸元を掴んだ。
「ヴォル! 貴方には名だたるコルン傭兵団の副団長だという自覚が足りませんっ!」
ルツィエはヴォルの襟首を掴みなおすとそのままずりずりと引きずって行った。見物に来ていた傭兵たちはまるで任侠者の姐さんを見るような眼つきで率先して道を開けていた。
出入り口あたりで、ルツィエは頼義に満面の笑みを向ける。
「そこの貴女も、あとでお話があるから、ね?」
「……うィッス」
頼義は凄みの効いた彼女の微笑みにそう答える事しかできなかった。
傭兵組合に併設されている食堂のとある席の一つに、頼義は腰かけていた。対面には先ほど、戦闘を繰り広げた、ヴォル・エイルードと赤毛の縦ロールが見事なルツィエ何某が席についていた。
「こほん。改めて、初めまして私はルツィエ・ミレエッタ。貴女のお名前を聞いてよろしいかしら?」
ルツィエは咳払いを一つして、胸に手を当てて貴族然とした優雅な振舞いで名乗った。頼義も礼を失さず名乗り返す。
「筧頼義だ」
「知ってると思うが俺はヴォル……」
「おだまり」
「ハイ、すみません」
ついでにと思い、ヴォルも乗じて再度名乗ろうとしたがルツィエの一言で封殺された。
「私はここ、コルンを拠点に活動をしているコルン傭兵団の斥候隊の隊長をしています」
「同じく、俺は副団長をしている」
「それ、で。カケイさんはどうして傭兵組合へ?」
先ずはそこからだろう。なにせルツィエが目撃していたのは中庭で幼気な少女にナイフを投げる上司の姿だけだったのだから。
「そうだな、理由としちゃあ一つしかないな――、俺より強いヤツを探しに来た」
頼義が不敵に笑うと、ヴォルは耐え切れず吹き出した。
ヴォルは呵々と大笑し、ルツィエは一瞬、思考を辞めたのち頭を抱えた。
「カケイさん? 私がどうこう言う資格はありませんが、もっと楽な生き方をしなさいな……貴女、お顔も整っているのですから……」
価値観の違いか、頭ごなしに否定しないあたりにルツィエの人の良さがにじみ出ていた。
「生憎、俺はこの生き方しか知らねえもんで」
頼義のその言葉で、ヴォルは更に大口を開けて笑った。
「お嬢は俺というコルン傭兵団で最も強い傭兵を倒し、『道場破り』を遂げた訳だが……、単刀直入に訊く。何が望みだ」
「何も。俺は俺より強いヤツを探しに来ただけだしな」
呆気らかんと頼義は返答する。頼義としては例の魔王とやらには各地を行脚していれば必ず邂逅できると“直感”していたし、それよりも戦闘の勘を取り戻す為に道場破りをしたのだ。
「まあ、何も貰わないってのも体裁が悪いし、情報をくれ。この辺で強いヤツのな」
彼女がそう伝えると、二人は顔を見合わせた。
「この辺りで俺より強いヤツって言えば誰がいたよ?」
「少し離れてしまうけれど、“北の魔王”ベレヘッドとか、緋剣騎士とかかしら?」
魔王という単語に頼義は片眉を上げた。