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女神さまに土下座されたので魔王を倒そうと思う  作者: ケアプ一浪
第三章 輝閃を制す
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 『勇み疾風』は弐式武闘流の《《宴会芸》》である。鎖術の外伝にあたり、おおくは鞭によって遣われる技だ。

 鞭をしならせ連続で音を鳴らす技であり、古くから流派の宴会時に持ち回りで何度音を鳴らすことが出来るかを競う。

 頼義はそれを雪吹の身体強化を加えたうえで彼の槍を用いて行ったのだ。弐式武闘流の達人である彼女にとって、指向性を持たせたうえで突風を巻き起こす事など造作もない。


「おっ、アレか!」


 頼義たちから十数メートルほど左前方に黒い鱗をもった蛇が頭をもたげて宙を舞う枯葉を呆然と眺めていた。

 『臥せる者』だ。通常の蛇と違うところといえば、トカゲのような前両足が存在し、体躯の大きさも軽自動車ほどはあるだろう。


「ほら! さっさといけ!」


 眼前で行われた光景に同じく唖然としていた傭兵二人に発破をかける。

 気もそぞろと、足並みそろわず少年二人はがちゃがちゃと装備を鳴らしながら駆けだした。


「とりあえずいつも通りやるぞ!」

「応!」


 ザキーの掛け声に威勢よくハマドが応じる。

 二手に分かれるとそれぞれ片手に持ったクラッカーボールを『臥せる者』目掛けて投げつけた。

 鈴なりとなった玉を紐で繋いで作られたそれは、『臥せる者』の胴や前腕に巻きつく。

 玉同士がぶつかり合った時に猶更大きな音が生じるように作られたそれは、爆竹のような連続的な破裂音を響かせる。

 突発的に生じた破裂音に、『臥せる者』はその身を捩る。

『臥せる者』は魔のモノにしては臆病な性質を持つ。今しがた二人が実践したように、大きな音の鳴る装備を用いて脅かし、追い払うのが常だ。蛇型であるから各種視野触覚類に優れるかと思いきや、聴覚が特に鋭敏なのだ。

 生じたあからさまな隙に、ザキーがグレイブで切り込む。


「ゼエエエエイ!」


 大声疾呼。気合十二分に叩きつけられた刃は並みの獣ならば両断される威力であったが、この、蛇の化け物相手には些か力及ばずといった所か。

 鉄が擦れ合うような音を立てて長斧の刃が鱗の表面を削る。


「クッソ! 刃が滑るッ」


 あからさまな敵対行動に、『臥せる者』の目の色が変わった。前腕を振り回し、外敵を遠ざけようとする。


「頭下げて!」


 ハマドはザキー、彼の背に一声かけて水平にクレイブを揮った。ぶおん、と空気を巻き込んでザキーの髪の毛数本諸共、『臥せる者』の前腕に叩きつけた。

 鉄鍋をはたいたような反響音を伴い、両者の腕と武器(得物)が弾きあう。

 長斧が弾かれて、諸手を挙げる格好となったハマドの胴をザキーが抱きかかえて戦線を離脱する。


「ぐえェ」


 無様に二人とも枯れ葉の中に頭を突っ込んだが、すぐさま態勢を建て直して敵を睨む。

 意外と追撃はなく、『臥せる者』もチロチロと二又に割れた舌を出し入れして威嚇をするだけだ。


「ザキー、頭狙おう」

「違うだろ、尻尾からだろ」


 二人の相反する意見に頼義が口を出す。


「二人いンだから、あの二つある腕から狙え」


 彼女の指示に、二人の傭兵は無言で頷く。

 長年の付き合いからどちらからともなく歩調を合わせ、二人は『臥せる者』へと駆け出す。

 ハマドが一歩先に『臥せる者』の元へと辿りつく。彼を迎撃しようと、『臥せる者』の緑鱗に包まれた太腕が目線の高さに迫りくる。


「弐式武闘流・槍術『枝葉打ち』!」


 相手の攻撃に合わせてグレイブの穂先を踏み込みと共に下段から打ち上げた。最大速に達する前にベクトルの方向性を誘導された『臥せる者』の拳は空を切る。


「『返り雨』!」


 伸びきった前腕めがけて対、アオラル傭兵戦(先の戦い)から修練を重ねたザキーの二閃が閃く。『臥せる者』は二人の流れるような連携技に腕を引き戻すことすら叶わず、刀に見立てられたグレイブの餌食となる。

 上下の二連撃が鱗によって強固にかためられた前片腕の肉を削ぐ。表皮は削いだが、()までは断ち切れてはいなかった。

 痛みに反応した『臥せる者』は即座に斬られた腕を引き戻した。


「チィ、断てなんだ!」

「弐式武闘流・槍術『枝葉落とし』!」


 ザキーの背を足場に、ハマドが跳躍する。

 大上段からの一刀、骨が露出していた丸太程の腕が両断される。


「ハマド! よくやっ……」

「ザキー、後ろに跳べ!」


 ザキーが快哉を叫ぶのも無視をして、ハマドが警告を発す。それは半ば錯乱している『臥せる者』の、残った片方の腕が迫りくる合図でもあった。

 我武者羅にぶん回された太腕が、避け損ねたザキーの胴体へと吸い込まれる。


「ぐぇえッ」


 一息に吹き飛ばされたザキーは、胴を守る簡素な鉄鎧と食事を少な目にしていた事が功を奏したのか、吐しゃ物をまき散らすことなく秋色をした自然のクッションの中へと転がり込む。

 慌ててハマドも彼我の距離を空けようとするが、視界外から迫りくる尾による攻撃を風切り音を元に避けるのに手一杯で、その場にくぎ付けとなる。


「ザキー、起きろ!」

「ぇ、ゲホッ」


 完全に錯乱し、自らの損耗すら無視して攻撃を繰り返す『臥せる者』。かの者が普段は討伐対象ではなく撃退対象となっている所以である。

 比較的に臆病な性質を持つこの魔のモノは、ひとたびその怒りを買えば嵐のごとく両腕頭尾を駆使して自らに害を為す外敵を撃滅せんとする兵器となる。

 ハマドはその猛攻をやっとのこと防ぎながら、腹を抑えて地に蹲る相棒に声を掛けた。


「まだ動ける!?」


 ザキーは、もぞりと落ち葉の中から立ち上がり、口内に滲んだ血を吐きすてる。


「ッ、ハマドォ! そのまま引き付けてろッオレがソイツのそっ首落としてやらあ!」


 日頃の訓練の成果か、それとも生来の頑丈さか。

 細かな擦り傷以外は目立った負傷も見当たらないザキーは怒りに耳を赤く染め、気勢を挙げる。友の変わらぬ苛烈さにハマドは密かに安堵した。


「3カウント!」


 そこからきっちりと3カウント後に、ザキーは戦線に復帰する。ハマドに迫りくる尾との間にグレイブをねじ込み、ハマドが離脱するだけの時間を稼いだのだ。引き際にハマドはグレイブの石突を『臥せる者』の顎先に打ち据えるのも忘れてはいない。

(けん)ほど後方に跳躍し、双方が態勢を整える。

『臥せる者』は引き際に残された打撃を挑発と捉えたのか耳障りな金切り声を出して二人を威嚇する。


「首落とすって言ったワリには後ろに下がってんじゃん、ザキー?」

「あれはそン時の勢いってやつだ、ハマド。流石に酒樽より太い首は一刀だけじゃあ落とせそうにないからな」


 減らず口を叩きながら二人の傭兵は互いを見遣る。

 背後を一瞥すると、黄昏色の髪を持つ少女が短槍を片手に飄々とこちらを眺めていた。


「ハマド、同時に頭狙うぞ。二人でなら一発で頭を落とせるはず」


 ハマドに指示を出す。後ろで泰然と構える少女の鼻を明かしたくなったのだ。


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