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女神さまに土下座されたので魔王を倒そうと思う  作者: ケアプ一浪
第一章 風雪は巨人をも斃す
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ここから、書き溜め分がなくなるまで隔日更新となります。


~緑の館~



 (まばた)きをした後のようにすんなりと瞼が上がる。

 頼義の視界に広がったのは極彩色の空ではなく、煤けた木製の天井であった。

 一瞬、変な夢を見ていたような気がする。それは錯覚であって、確かに頼義は極彩色の空間である女神とお茶をしていたという確かな記憶がある。


「くっくっくっ」


 そんな思考をするだなんて、正に異常者と同じではないか。そう思うと自然と笑い声が漏れる。

 あの空間では、今思うと思考を誘導されていたように感じる。ワクエヴの言動に強制力はなかったが、

あまりにも頼義のウィークポイント(弱み)を上手く突いて話を進めていた。

 腐っても女神、若しくはそれに準ずる存在であったという事だろう。本人は否定していたが。

 思う所は大なり小なり様々あるが、それでも頼義は彼女との約束を違えようとはこれっぽっちも考えていなかった。


(おとこ)に二言はない、ってな」


 そう呟いて頼義は自分の声に違和感を覚えた。急いで起き上がり(自分が寝ていたということにもようやっと気づいた)、自分の喉、顔、身体に手を触れる。次につま先に視線を遣り、腿、下腹、腹、胸と視線を動かした。


「マジかよ」


 頼義は自分の目に映る現実を受け入れられず、逃避するように(かぶり)を振る。

 そして視界の端にちらりと存在する姿見を直視してしまって、現実に打ちひしがれた。

 大きな姿見には、机の上で上体を起こしている全裸の少女が映り込んでいた。

 暫く、頼義は茫然自失とした。転生するのだから今まで鍛え上げて来た肉体を失うというのには、ワクエヴと会話していた時から惜しいと感じながらも納得していた。また最初から鍛えればいいのだと。

 だが、女になったというのには中々気持ちの整理が追いついて来ない。


「女、女になっちまったか……そうか……しょうがないよな、あの女神様も性別については言及してなかったしな……」


 頼義はどうにか踏ん切りをつけて自分の居る“部屋”を見渡した。どこにでもありそうな、ごく平凡な板間の部屋であった。大きな観音開きの窓が一つ、壁には薄埃をかぶった大きなラックが並べられ、そこには大小様々な瓶や故の分からない乾燥した草、ホルマリン漬けのような赤い物体などが不気味に鎮座している。

 床には赤色の毛足の長い絨毯が敷かれ、その上に頼義が座っている円卓が置かれていた。

 部屋の角には頼義を絶望に落とした豪奢な枠縁の姿見が存在した。

 頼義は円卓から飛び降り、姿見の前に立った。

 改めて自分の姿をまじまじと見た。年齢は14から16歳、髪は橙色の腰まである長髪で頭頂部から末端までグラデーションが美しい。容姿は勝気な眉が特徴的なコーカソイド(白人)系だ。躰の肉付きは良くもなく悪くもなく、成長期特有の滑らかな曲線を描いている。

 そして、鼠経にはやはり彼の望んでいたモノの一切合切がなかった。


「おおぅ……」


 頼義は絶望のあまり埃の積もった床に膝をついた。


「こりゃあ、暫らくは何度もダメージを受けそうだな……」


 頼義は独りごちて鏡と自分の体をなるべく見ないように立ち上がった。

振り向くと、頼義の寝ていた円卓に人型のミイラがもたれかかっていた。

 上質な絹の衣服に身を包んだミイラで、骨格から察するに男性のもの。顔を覗き込むが、乾燥が進んでおり表情は見て取れない。


「ふん、まるで眠ったまま死んでしまったようだな」

 頼義は()()()()()死体を見るのは初めてではない。いや、寧ろ見慣れていた。

 なぜなら彼が生前に挑んでいた霊峰には彼と同じように無謀な挑戦をし、敗れ去った者たちの痕跡が遺っていたからだ。

 雪山の多くでは冷凍保存されたように、正にこのミイラのような死体がそれこそ数十メートル間隔で鎮座していたし、獰猛な動物がいる場所ではより無残な死体もよく見かけられた。

 頼義は彼(?)の衣服を無造作に探る。出て来たのは開かないロケットペンダントと豪奢な装飾が施された短刀、あとは硬貨が数枚だけ。


「身元が判りそうなものは無し、か」


 個人が特定できそうな物があれば一度持ち出して家族なり知り合いなりに渡そうと考えたが、その当ては外れた。


「とりあえず、埋葬もしなきゃならんし、暖機運転がてら外に出てみるか」


 頼義は立ち上がり窓の外に視線を向けた。ガラス一枚挟んだ向こう側では緑の木々が風に枝葉を震わせていた。





 半歩左足を下げ、右足を地に食い込ませる。重心を下げて捩じり込むように右腕を撃ちだす。

 突き出された右拳が風切り音と共に迷いなく広葉樹の幹に突き刺さる。腹に響くような低い音を立てて樹が揺れた。一息置いて、枝先から緑黄色の実がぼとり、ぼとりと落ちてその内の一つが頼義の頭頂部に直撃した。


「あいてっ」


 頼義は頭をさすりながら地面に落ちた掌ほどの大きさの果実を拾ってはすぐ傍に置いていた壺へと入れていく。


「約束は守ってくれたようだが、なんだかなあ」


 頼義はそうぼやいて自らが打ち据えた幹に目を向ける。

 今の自分の胴よりも太い幹には小さな拳の痕が刻まれている。しかし、頼義自身の拳には()()()()()()()()()()()


「確かに、()()()()ではあるがそれだけだよなあ……」


 頼義は“転生”をする以前、他称女神であるワクエヴに一つだけ条件を課していた。

 それは『依り代として頑丈な肉体を用意すること』。

 頼義は前世では自らの肉体を限界まで鍛え上げていた。それこそ並び立つ者すら居ない程に。だが裏を返せば、頼義は人間という肉体の限界を超えることはついぞ出来なかったのだ。

 特に物理的な耐久性、捻挫で死亡してしまった彼からすればタフネスというものに過敏になるのは致し方がない事だろう。

 だからこそ、人を転生させるなんて事が出来るのであれば――と彼女に願い、それは聞き届けられた。

 彼は転生し、頑丈な肉体を得た。数十メートルから落下し受け身をとらずとも傷つかず、先ほどのように明らかに自分より硬く鋭いはずの樹皮を殴りつけても我関せずといった風に。


 頼義は手に取った果実を一口齧った。

 甘く、酸味のある蜂蜜のような涼やかな甘さが口いっぱいに広がり、ライムのような柑橘の爽やかな香りが鼻に抜ける。


「美味いなこれ」


 二口、三口と続けて名も知らない果実を口へと運ぶ。頼義はこれからどういう方針で行動するべきか思案する。

 ワクエヴはこちら側に自分の子供のような存在が居ると言っていた、そして彼らを頼れとも。

 彼女が頼れ、と言うくらいだ。少なくとも件の子供とやらは“敵”ではないのだろう。


「何はともあれ、情報収集が必要だな」


 情報収集といえば人が集まる場所に、つまりは街に辿りつくのが当面の目的としては妥当であろう。

 頼義は果汁で湿った口元を腕で拭う。そこで頼義は全裸のまま外に飛び出していたと気付く。


「先に服だな、服。寒かぁないがこのままっつーのも、()()らしくないしな」


 頼義はいそいそと踵を返し、背後にある苔むした洋館の鉄扉を開いた。

 頼義の目覚めたのは森の中にひっそりと佇む、寂れた洋館であった。人が住んでいる気配は無く、家具やフロアには薄埃が積もっていた。館の規模も然程で、彼女が目覚めたミイラのあった部屋(勿論、ミイラは丁重に埋葬した)の他に小部屋と広間が一つ、炊事場とあとは浴室があるくらいだ。

 小さな別邸といった感じで長期滞在は考えられていないような造りだ。なにせ恐ろしく生活感がない。炊事場には食料の跡はおろか食器の類すら見当たらないし、円卓の部屋を除いてどこの部屋にも個人の私物と呼べるような痕跡が一切なかった。せめてもの救いは円卓の部屋に数着だけ男物の麻服があった事か。

 頼義はサイズが全く合わないそれを着て、丈はカーテンの留め具などを応用して調整した。袴じみたバギーパンツを履いて、サイズの合わない大きなトレーナーを着た様な奇妙な恰好となった。

 あとは腰にミイラの形見である故も判らぬ短剣を佩いて、頼義は果物の入った壺を小脇に抱えた。

 服を探している最中に見つけた羊皮紙の地図(正確さは求めてはいけない)によると、この館の立つ森から西のほうに街が一つあるようだった。書かれていた街の名称らしき文字は読めず、どのような街かもさっぱり判らないが。


「日が暮れるまでには辿りつければいいがねえ」


 頼義は不安を一切感じさせないような軽い足取りで庭へと出た。

 この世界でも太陽は東から西に日周運動をしているようで、白く煌めく太陽はさっきよりも高い位置に移動していた。

 頼義は敷地と森の境目、鉄柵と門扉によって分たれた中心地に立つ。門扉の先には草の生えていない踏み固められた土の道が森の奥へと続いている。

 この門扉を超えれば、その先は真の意味で見知らぬ世界である。

 霊山に足を踏み入れた時も、名も知らぬ道場に挑んだ時も、彼の心にあったのは未知に対する好奇心だ。


「楽しみだ」


 頼義は背筋を震わせ、口角を上げた。


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