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誤字報告ありがとうございます! ちゃんと読んでくれてるんだなあって感じがして好きです
死山血河の中心に頼義は佇んでいた。
画一的に整備された庭園の真ん中で血の河の傍で悲哀と憤怒を露わにして『雪吹』を血振りした。
血だまりの上に居ながらも、返り血のひと飛沫も浴びていない純白の立ち姿をフィルマンは慙愧の念に堪えながらも目を逸らすことはなかった、
独り、四阿の中からフィルマンが目の前に佇む鬼心を漏らす子女に声を掛けようとするが、彼女は先んじてそれを制す。
「謝るなよ。コレはお前が生みだしたもんじゃあない」
フィルマンからは彼女の表情は伺い知る事はできないが、きっと怒りに歯を食いしばっているのだろう。
「アンタはここに居ろ。この場の方がまだ安全だ――アンタの役割は終わったのだろう?」
フィルマンは重々しく肯定した。
「ならここで座ってろ。俺について行って要らぬ疑いを持たれる方が危険だ」
「君はどうするのだ」
「待たせている奴らを見に行く。ルツィエも強いだろうが、俺ほどじゃあないからな」
「そうか……」
すれ違い際に彼女は目を細めて微笑んでみせた。フィルマンはこんなときに、地位だけは高くとも何も出来ない自分を呪った。
「またいつか俺を描いてくれよ」
「勿論だとも!」
頼義は彼の回答に満足したのか一陣の風となり庭園から抜け出した。
頼義は雪吹を携えて屋敷の内部を疾駆する。廊下を進む途中で数名ほど、この屋敷の元からの警備らしき者をなぎ倒した。
辺りにいた一般客たちはその場から逃げおおせるか、もしくは端の方で小さく怯えていた。
他にも、屋敷に囚われていたのであろう希少動物やら猛獣の類が堂々と闊歩していたり、人を襲っていたりと中々の混迷具合だ。
「急がないとな」
幾ら百戦錬磨のコルン傭兵であるルツィエが傍にいるとしても、完全武装ではないのだ。不測の事態が起こる事は十分に考えられた。
たまたま進路上で参加客を襲っていた虎と熊の合いの子のような獣を薙ぎ払いながら廊下を疾駆する。来た道を戻り、芸術品を返り血で汚し、頼義は大広間の扉を蹴り開けた。
大広間では槍や剣で武装をしたアブラームの私兵たちにルツィエが囲まれていた。
「男が寄って集って淑女を取り囲むだなんて」
ルツィエの片手にはタタントラのステッキに偽装していたワンドが握られている。
彼女を取り囲む数は5人。完全武装であったのならば倒すのに数瞬もかからない数だ。
しかし、今やルツィエの武器は使い慣れないワンドのみ。防具とは呼べないドレス姿で完全武装の兵士を相手に立ち回ろうというのだ。
唯一の救いといえば――
「――魔法使いがいない事かしらねっ」
ルツィエは背後から襲いかかってきた兵士の一人を半身になり躱す。すれ違い際にワンドでこめかみを打ち据えて脳を揺さぶった。
すかさず半歩で面をくらう兵士のそばに移動して、短詠唱の“水矢”を唱えた。
「水矢よ!」
ワンドの先を兵士の顎先に示し、鋭く研がれた水の鏃が男の顔面を砕く。
ルツィエはワンドを巧みに扱い、顎が砕かれた男を盾にして槍を持つ兵士の突進を受け止めた。
「紫電よ・伝え」
盾として使った男の懐から突き出ている、槍の切っ先にワンドを沿えての詠唱。
束ねられた少量の紫電撃が槍の穂先を伝い、木製の柄を爆発させる。
「紫電よ・貫け!」
追撃とばかりに肉盾を押し付け、自らは飛びのき間合いを開ける。去り際に詠唱速度を重視した一本の紫電撃をワンドの先から飛ばすが、使い慣れないもののためか狙いがずれて壁際の燭台を弾けさせるにとどまった。
兵士たちの包囲から抜け出す形となったルツィエは、数ある習得済みである魔術の中から制圧力の高いものを選び取る。
「水沫よ・花開け・咲き乱れよ・疾く・食らいつくせ!」
魔力をたっぷりと練り込んだ5小節の呪文は数多の水の礫となり兵士たちへ飛来する。
水波礫。散弾が連射されるように数々の礫が兵士たちを打ち据える。一つ一つの威力は然程なのか、致命傷にはならずに意識を刈り取る程度で収まる。
「水矢よ!」
ダメ押しとばかりに地に伏さず未だ意識を保っていた最後の一人を水の矢で撃ち抜いて戦闘は終息した。
「ルツィエ」
頼義の声に、ルツィエは素早くワンドの先を向けるがすぐさま降ろした。
「ああ、ヨリチカさんでしたか」
「派手にやったな」
戦闘の跡が酷く、先ほどの魔法の余波でルツィエを起点にして放射状に床や天井が捲れあがっていた。
頼義はおもむろに地に伏す兵士の一人に近づくと、雪吹の穂先を首筋に突き入れた。
「ぐぉ」
短く悲鳴をあげて狸寝入りをしていた敵兵の命が散る。
「油断大敵だぞ」
「感謝しますわ。ヨリチカさんの方は大丈夫でしたの?」
ルツィエはドレスに付いた埃を払い、頼義に問うた。
「猛獣共とヤク中連中に襲われたが全員ぶちのめしたさ」
頼義は辺りを見渡して、護衛対象であるタタントラがこの場に居ない事に気づく。
「タタントラは?」
「後ろのテーブル裏ですわ」
ルツィエは彼女らの背後で横に倒してあった長机を指さした。声をかけて上からのぞき込むとぎょろりとしたタタントラの瞳と目が合った。
「おっさん、痩せたか?」
「人間そんな短時間で痩せれるわけないだろう!? やつれたんだよ!」
心なしか頬がこけたタタントラは長机の裏で体育すわりをしたまま立ち上がろうともしなかった。
「……終わったのか?」
「ええ、一先ずは。打合せ通り邸宅の壁を超えて逃走用の馬車までいきますわ」
「ルツィエ、壁際は猛獣が放されてるみたいだぞ。俺は正面玄関から出るべきだと思う」
頼義は廊下の窓から見えていた光景をそのままに伝えた。
「正面玄関には魔法使いが配置されている可能性がありますわ」
「俺が全て斬り伏せる。獣相手より対人の方がルツィエだってやりやすい筈だ」
「それはそうですが……」
確かに頼義の言には一理あった。ルツィエの魔法や体術は対人型を想定しており、対獣よりかは使える手札も自然と多くなる。
暫く考えこみ、ルツィエは結論を出した。
「かしこまりましたわ。正面玄関から堂々と出てやりましょう。前はヨリチカさん、お任せ致しますわ」
「いいだろう!」
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