12
コルン傭兵団が運営している組合を出て、頼義とルツィエの二人はタタントラが逗留している商会へと足を向けた。
そこで恙なくタタントラに会う事が出来た二人は昼下がりの午後、手持無沙汰となった。
「さて、時間ができましたね」
メイベリーに到着して二日。一日は街に入る手続きに費やし、二日目である今日は昼迄で、しなければならない用事は全て完了したのだ。
「そうだな」
頼義は短く、隣で朗らかに自分の腕を取り持つルツィエに返事した。
メイベリーは――コルンより都会なのだから当然なのだが――、人が多い。日本国の東京やアメリカのニューヨークなどと比べるまでもないが、石畳の上を闊歩する人の種類に飽くことはない。
メイベリーに三つあるの大通りのうちの一つ、ミラボー公国方面……巨人平原へと延びる通りのど真ん中に頼義は立っていた。
人込みの隙間から、邸宅の並ぶ丘とは反対側に目を凝らしてみると、大仰な門の先に深緑の平原が見えた。丁度開門をする時間だったのだろう、門の前には多くの馬車とそれなりの人間が集まっていた。
常人の視力では見えないはずだが、頼義は門の向こう、平原の奥に人影を見出す。大斧を担ぎ闊歩するこの距離から見て人間大の影を。
「ルツィエ」
頼義は身体の芯が震えるような感覚を錯覚する。
「どうかいたしました?」
「武器だ」
「はい?」
「得物がいる。見つかりそうな場所に連れていけ」
頼義の不遜な発言にルツィエは目を細めた。
「あら、“火”が入りましたのね」
「――巨人を見た。影だけだが、俺が戦うに値する強者だ」
ルツィエは巨人に、ましてや巨人の戦士に会える確率は決して高くないなどと、忠告する気でいたが、頼義の射貫くような瞳に睨まれて言葉を飲み込んだ。
「いいでしょう。貴女の気に入る武器をお探ししますわ」
代わりに喉から飛び出たのは肯定の言葉。頼義は満足そうに、獰猛に口角を上げた。
大きなクジラが口を開けて待っている。
広くアーチ状に開口した搬出口の元を馬車や背負子を背負った人間が引っ切り無しに行き来している。『メイベリー中央マーケット』の銘板がアーチ中央部で光を反射していた。
頼義たちは街の中心部へと向かった。小高い丘があるメイベリー中央部は二層に分かれていて、丘の表層には邸宅が立ち並んでいる。丘の内部はくり抜かれ掘り下げられており、流通の拠点として利用されている。
古今東西の品々が取引されるこの場所では、凡そ手に入らないものは無いとされていた。
「見つかんねぇなあ」
ピンからキリまで。喧々囂々心地よく喧しいマーケットの中心で頼義は唇を尖らした。
「ヨリチカさんの要求が高すぎるのですわ」
「折れず曲がらずよく斬れる。難しいことかねえ?」
「私の目から見れば先ほどのモノなんて条件全てを満たしていたように見えましたが?」
「ありゃあだめさ。俺が本気で打ち合えるヤツ相手じゃあ三合ともたないね」
ルツィエとの無意味なじゃれあいの結果、頼義は肩をすくめる。
中央マーケットに二人が訪れてから三時間ほど経過している。市場内部に陽の光は差し込まない。故に陽の傾きによる時刻の把握は出来ないが、代わりにシーリング照明のような明るさを持った光源がドーム型の天井を覆い、内部を照らしている。
今は白昼色の照明であり、未だ昼間の時間であることを示していた。夜になればまた趣きの違った色の照明になるというのだから中々に洒落ている。
今まで見て回っていたのはマーケットの中でも最も雑多な露天商が多く並ぶ区画であった。
売られているモノは露店であるが為にピンからキリまで。規格品が並ぶ事は少なく、時たま逸品が出回る事もあるので、ルツィエは真っ先に頼義の求める得物が見つかりやすいこの区画に彼女を連れてきたのだ。
確かに、逸品と呼称される様な武具はあった。しかしながら頼義のお眼鏡には適わなかったようだ。
「仕様がありませんわね。大店のある区画にでも行ってみましょうか」
頼義は縦に頷くとルツィエの横に並んだ。
二人が居る場所は外区という場所で、主に露天商が多く商いをしている。マーケットでは中心部に近づくほど大店が多くなり、すり鉢状となっている中心部には丘の形をとどめ置くための魔法的な“光柱”が設置されている。その名の示す通り光の柱であり、照明の移り変わりも中心にある“光柱”の作用である。
外区は、――飲食店が並ぶ中区、大店やマーケットを運営する管理署が設置されている奥区などと異なり――、営業する許可を必要としないため(取り仕切る組織は存在するが。)猥雑な場所となっている。
頼義たちは露店の合間を縫ってマーケットの中心部に向かう。人込みを掻き分け、時には財布を掏られないようにあり合わせの武器をちらつかせながら。
整備された画一の石畳をしばらく歩き、二人は奧区へと足を踏み入れた。
雑多な様子はなりを潜め、通り沿いに軒を連ねる店々が並んでいる。ショーウンィンドウの中には店によって違う、主力としている品々が陳列されている。
ここまで来ると馬車通りと歩道が分けられ、重たそうに動く馬車が道路を徐行してゆく。人通りはけして多くはなく、観光に訪れた旅人や商談終わりの商人をちらほらと見かけるだけだ。
「こちらですわ」
ルツィエに先導されて頼義は歩道を進んでいく。
「どこか、ツテはあるのか?」
頼義がそう訊ねると、ルツィエは短く肯定する。
「ええ。私たちがよく数打ちの武器を卸していただいているお店がありますの。もしそこでもヨリチカさんのお眼鏡に適うものがなければ、ありそうな場所の情報だけでもお聞きしましょうね」
願わくば、己の求める武具に出会えればよいと、頼義は口を閉じた。
暫く歩道を中心部に向かって歩き、まばゆく輝く光柱の威容が感じられるようになったくらいで、その店は姿を現した。
店の外観は鄙びた古本屋といったような佇まいだ。陳列されているのが埃にまみれた古本ではなく、鈍色に輝く武器ではあるが。
軒先には銀の鷲の看板が掛けられている。それ以外の看板や文字は無いのでこの店の屋号は『銀鷲』であるという事が見て取れた。
「らっしゃい」
扉をくぐると、からんとベルが店内に鳴り響いた。短髪の女性がけだるそうにカウンターに頬杖をついて頼義たちを一瞥した。
「店主はいらっしゃる?」
「てんちょー、客ぅー」
間延びした調子で店員が声を張り上げると、店の奥から小太りの頭部の禿げあがった男性がぱたぱたと出てくる。
「はいはいはい、お客さんですね……っと、コルン傭兵団のミレエッタ嬢じゃないですか、お久しぶりですね!」
店長と呼ばれた小太りの男性はルツィエの顔を見るや否や感嘆した。
「ええ、お久しぶりですわ。シルバルド商」
彼のコミカルな仕草にルツィエは目尻を下げた。
「本日はどのような御用で?」
「こちらの、ヨリチカさんのお眼鏡に適う品を探しに」
ルツィエに紹介された頼義が軽く会釈をする。コルンの街で出会った武器屋の店主とは違い、どちらかといえばレストランのシェフだと言われたほうが納得できるような風貌のシルバルドに、ヨリチカは訊ねる。
「短槍を、とにかく刃こぼれもしないようなとびっきり頑丈なヤツを探している」
彼女の発言にシルバルドは目を細めた。
「……理由をお聞きしても? 見たところ貴女には短剣が扱い易そうですが」
シルバルドは彼女が佩刀している短剣と彼女の身長から判断して老婆心ながらにそう告げた。
頼義は短剣も扱えるが、と前置きして、
「俺が最も得意としているのが短槍で、頑丈なほうが俺の技に長く耐えられるから、でいいか?」
彼女は至極真面目に返答した。真剣さが伝わったのかシルバルドはそれ以上有無を言わなかった。
「しばしお待ちを」
狭くもなく広くもない店内の中で、シルバルドは壁にかけられていた短槍を一本、持ち上げるとそのまま頼義へと差し出した。